ヒーローブラックズ

 そこは世界的に有名な料理ガイドで星を与えられる有名店。三ツ星ではないにしろ、予約無しでは入れないそんな店だ。
 真新しいイグサの香りと目映い萌葱色の畳、藍色の畳縁にはこの店の家紋があしらわれ由緒の正しさを示している。風流な中庭から涼し気な夜気が流れ込み、何処の一室で演じられているのか琴の音が耳に触れた。
 オレの正面で優雅な手付きで料理を食べるのが、先日取引を行った一流企業の幹部アレフレッドさんだ。仕事も完璧、オレが知っている不真面目な同名の男性と比べれば姓名占いの信憑性なんて全く無いと思えるくらいだ。
 オレと同じく金に見える毛髪を遊びすぎない程度の遊び心で跳ねさせ、日に焼けた肌は白いワイシャツにとても映える。こんなカッコイイスーツの着こなしが出来たらなんて素敵なんだろうと、彼の前に座った時からそう思うばかりだ。
「サルム君、楽にすると良い」
 そう日本酒を進めるアレフレッドさんの杯をどうして断れようか…!
 俺が心臓ばくばくで杯を受け取ると、どすどすと場にそぐわない足音が響く。障子戸から姿を現したのは、先程から比べていた決して尊敬出来ない方のアレフ。黒髪にすら見える焦げ茶色の髪と瞳、埃っぽいモッズコートを翻しどかりと畳の上に座った。
 彼はロト人材紹介所の実質副社長。実力の揃った人物を紹介するとその道では有名な会社で、副社長である彼も様々な仕事を忙しなくこなしている。
「なんでこんな店を指定するんだよ」
 忌々し気に言うごろつきに、一流企業の幹部は微笑む。
「良いではないか。俺の奢りなら、俺が店を指定して何の問題が生じる?」
 舌打ちを1つすると、ゴツゴツした無骨な手が小さいフラスコを取り出した。フラスコ中は幻想的なオーロラ色に輝いていて、可愛らしい茸がぽわぽわ生えている。微睡んでいるような目元に見えるシワと、ぺろりとベロを出しているような不思議な形だ。きっちりと栓を締められ、硝子も透明度は高いが強化硝子なんだろう。アレフがピンと弾いて澄んだ音を立てる。
「二人共お疲れ。これ条約違反に今後なるだろう、ギアナ高地で採れる超珍しい茸な」
 甘い香りは眠気誘うから注意な。その説明に、にこやかにアレフレッドさんが笑いながら受け取った。
 その反応に、オレは二人のアレフを交互に見る。
「も、もしかして…」
「ふふ。俺も君も、アレフにヒーローブラックを押し付けられて災難だな」
 オレは愕然となった。
 事の発端は一年程前にアレフから届いたメールだった。『ちょっと仕事が入っちまったので、ヒーローやってくれ』そう言われて指定された場所に行けば、悪の組織と戦う戦隊ヒーロー達の姿。メールに添付されたアプリが起動して、オレはヒーローブラックとして戦場に駆出すのであった…!
 それからも何度かメールがあったり、ヒーロー仲間達からの連絡でヒーローブラックとして活躍し今に至る。
 オレ以外にも別にブラックの役を押し付けられた奴が居ると察してはいたが、まさか一流企業の幹部アレフレッドさんだとは思わなかった。
 …っていうか、こんな柄の悪い奴が悪の手先じゃなくて、ヒーローで良いのか!?
 アレフは生酒を瓶ごと口飲みしながら、オレの反応を楽しむように笑う。
「あともう一人いるが、あいつはネクロゴンドに出張中だ。俺も少ししたらうちのバイヤーとガイドと、一緒にサマオンサに一狩り行かなきゃなんねぇ。報酬のでかい仕事だからな。ヒーローごっこのタダ働きしてる場合じゃねぇのよ」
 な!
 立ち上がりそうになるオレより早く、アレフレッドさんがずいっとアレフの顔面にタブレットを押し付ける。
「皆、悪の組織と戦ってるんだ。その言い方は感心しないな」
 アレフはタブレットを覗き込んで、酒を一口飲む。
「サマオンサの恐怖政治の黒幕の情報か、さすが一流企業は早いな。次いでに、ちょっくら潰してくるわ。仕事しねぇと社長が五月蝿いからな」
「早く正式なヒーローブラックが合流するべきだ。君の存在は仲間達に周知されてて、何故か悪の組織の一人ではないかと噂すらある」
「そりゃいいな。甘ちゃん共を一回は転がしてやるとするか」
「俺は君に正式なブラックの仕事をさせたいと思っている。だが君は拒否だ。この相違、何を意味しているか分かるか?」
 そう言って、オレにアレフレッドさんが目配せする。
 オレは頷いて、三本目の生酒を空ける所のアレフを睨んだ。
「オレも貴方のやり方を正してみせる。力づくでもな…!」
 おぉ、怖い。口先だけそう言って、アレフは不敵に笑った。