ロト人材紹介所の日常

「アレフ。ロト姉ちゃんさらわれちまったよ」
 買い物から帰ってきた俺の言葉に、アレフは外国語の新聞から顔を上げて怪訝な顔をした。
「ロレックス。焼き肉のタレ買い忘れちまったよ的なトーンで、何を言ってるんだ?」
 買って来た食材を冷蔵庫に詰めながら、俺は状況を説明する。アレフが俺の説明で嫌な顔をしないあたり、まあまあ上手く説明出来たんだろう。俺は詰めが甘いが、アレフからも素人は卒業だろうなって大小判貰ったからな。俺ですら手も足も出ない、一瞬の出来事であったのを考えれば相当の手練だ。プロと言っても過言ではない。
 ロト姉ちゃんが行方不明になる事は3日に1回のペースであるとして、さらわれるのは珍しい。
 アレフは職業柄、警戒は怠らないのだが情報に抜けがあったが相手が上手だったかだ。そういう手合いが大嫌いだったりするのが、根が負けず嫌いなアレフ。スケジュールも今日は空いているのもあって、無言で立ち上がるとコートを羽織って出掛ける支度を始める。
「俺も付いて行って良い?」
 水色のグローブと、ゴーグル付きのヘルメットを被りながら言うと、アレフは何も言わないで出て行った。オッケーって事だね!
 俺の装備しているグローブとヘルメットは、ヒーローズのスーツの試作段階のアイテムだ。それでも、あの姉ちゃんの試作は実戦に十分耐えられる。拳を叩き付ければコンクリートを粉砕出来るし、ゴーグルは暗視や顕微鏡並の拡大も出来る。俺は能力者じゃないけど、これを装備すると氷の力を仕えるようになるんだ。
 そしてなにより、ヒーローズが共有している互いの居場所を探る事もこれで出来るんだ。
 アレフは正式なヒーローブラックなのだが、どうにも姉ちゃんの作ったスーツは気に入らないらしい。装備しないから、他の誰かがアレフの居場所を探ろうと思っても出来ない。
 手ぶらで散歩しているように道を進む。だが、何故か姉ちゃんの居場所に真っ直ぐ向かってる。
「ロト姉ちゃんだから、直ぐ助けに行くのか?」
 アレフは立ち止まると俺に振り返る。じっと影の中で漆黒に見える瞳で俺を見ていたが、別にと呟いて先を歩き出した。
 なんだかんだで不思議な人だ。
 ヒーローズとしての仕事は全くしない。いや、明日は雨が降るって程度にはする。
 目の前で銀行強盗が起きようが、立て篭りが起ころうが基本的に眺めてる。それは、アレフにとって利益が無いとばっさり切り捨てているからだと思ってる。代理を立てて、そいつにやらせる。ヒーローブルーをしている友達が、アレフは悪の組織の人間じゃないかって疑われてるって言ってた。そうだろう。ヒーローズに属しているのが不思議なくらいだ。
 俺と姉ちゃんとアレフは、本当か知らないけど遠い親戚になるらしい。だが、アレフは姉ちゃんには基本逆らわない。嫌だと口では言うが、なんだかんだで姉ちゃんや俺の頼みは聞入れてくれる。この差は一体何なんだろう?
 姉ちゃんの反応が強くなる。解体途中の廃墟ビルだ。アレフは錆びた鉄筋の棒を拾い上げると、それを肩に担いで入る。
「なぁ、ヒーローブラックに変身した方が早いんじゃないか?」
「あんなダサイもの着れるかよ」
 悪の組織が絡んでいるだけあって、人の形をしていても強さは人のそれとは比べ物にならない。俺もグローブの力があってこそ正拳突きで沈められるが、アレフは鉄の棒一発で気絶させる。操っている存在が居ると分かっていても、これ程の手加減が出来るアレフの強さは本物だと思う。俺よりも深手にならない程度に、でも気絶させる絶妙さだ。頭から倒れそうになると、支えてやる事もある。
 アレフが立ち止まると、俺をちらりと振り返る。
「俺が切り掛かったら、走って先に行け。ロトと合流したらさっさと逃げろよ」
 耳に微かに触れる程の音。目の前にブラックの気配を感じる。アレフの背中はそのままに、鉄の棒を握った手だけ漆黒のグローブが現れる。ばちっと音が爆ぜると、鉄の棒が黒い電気を帯びて紫色の光で爆ぜる。
 アレフが駆出したと同時に俺も走る。奥へ伸びる廊下を照らす、崩れた天井から差し込む夕焼け。崩れた天井から頭すら飛び出る巨体がその夕焼けを遮って、廊下に黒々とした影を落としていた。
 影に魔力の塊。あれが操っている本体…!
 アレフは振り下ろされた拳を飛んで避けると、狭い廊下の壁を蹴り魔力の塊に棒を突き刺す。
 動きを止めた影の横を、俺は全力ダッシュで駆け抜けた。背後でアレフの低い声が響く。
「爆ぜろ。ジゴスパーク」
 決して小さくない音が響き、脆い壁がぐらぐらと揺れる。俺は扉を開け放ち、ロト姉ちゃんを見つけると頭を抱き留めて覆い被さった。ガラガラと小さい飛礫が落ちて背中に落ちて来る。やばいやばい。大きいの落ちてきたら潰されちまう!
 俺の不安はヤバい方には良く当たる。頭上に大きな瓦礫が傾ぐ音が聞こえた。倒れて来る。
 まずい!潰される!
「逃げろって言ったろうが!」
 アレフは瓦礫の前に立ちはだかり、庇う姿勢になる。その背中が凄くかっこいい! 助かるって安堵と、頼もしさに身動きが取れなくなった。これが、ヒーローズ…!
 金色の閃光が瓦礫を粉砕した。そして追撃するようにもう一撃! アレフがジゴスパークの黒い一撃と火花を散し、相殺すると、周囲の瓦礫も吹き飛び静寂が訪れた。
「流石、本物は強いな。報告書にちゃんと書いておかないとね」
 最後の夕焼けが投げ掛けられた壁際に、若い男が微笑みながら立っている。トレンチコートにスーツ、微笑みを絶やさずにこっちを見ている。
「あ、ロトさんに名刺は渡しましたが改めて。僕の名はアレクと申します」
 慇懃に頭を下げると、にっこりと微笑む。その笑みがとても冷たく感じて、俺は思わず生唾を呑んだ。アレクと名乗った男は、冷えた瞳でアレフを見た。
「忠告させて頂くと、早くヒーローズの一員として戻られた方が良いですよ、本物さん。貴方の大切な物が失われる前に…ね」
 そう言っててくてくと去って行く。足音が聞こえなくなると、俺は息を吐いた。
「あーーー。助かった!」
「もう、アレフさんとロレックス君が来るの待ちくたびれちゃった!」
 そんな事言って、アレフに怒られちまうよ!俺がぎくりと見上げると、アレフは無言で俺達を見下ろしていた。
 その表情を見て俺は驚いた。
 優しく細められた目元、口だって安堵したかのように薄らと笑みの形で開かれている。あのアレフの表情、俺達が無事だからしてるの!?ホッとしてるの!?
 だが、そんな表情はほんの一瞬だった。
「ロレックスは詰めが甘いな。ロト、お前もお前だ。焼き肉のタレみたいに無抵抗でさらわれてんじゃねぇ」
「あたしがなんで焼き肉のタレなのよ!」
 あぁ、もう、帰るぞ。そう言いたげにアレフが歩き出した。素手になった両手をコートのポケットに突っ込んで、疲れただなんだとぶつぶつ言っている。
「あたし、好きだなー。アレフさんのあの顔」
 立ち上がるとロト姉ちゃんはアレフに並んで引き止める。俺においでよーと手招きする。
 俺も、好きかも。
 二人の間に飛び込むと、誰からとも無く歩き出した。