帰ってきたブラックさん
その道では割と名の知れた人材紹介事務所なのだが、洒落た外観の一軒家だ。
訪ねる度に、イタリアンの外装だったり、和風な佇まいだったり、ガーデニングの美しい壁面になっていたり、クリスマスのシーズンのイルミネーションは遠方から来るレベルだったりと忙しない。今回も見覚えが無い外観になっているのだが、その分浮くように目立った。
扉を開けてくれた白衣を着ていないロトを見ると、ホッとする。
「あ、ティア君! 珍しいね! 頼んだ物取りにきたの?」
こくりと頷くと、ロトはオレを中に招き入れる。事務所横のテーブルに座らせると、キッチンから小気味よい料理を作る音が聞こえて来る。鼻先をくすぐるスパイスの香りに、オレの体内時計は夕ご飯が近い事を察して鳴いた。
ロトはオレが預けていた道具を綺麗に直したものを、紙袋に入れて持ってきてくれる。
「良かったら御飯一緒に食べない? 今日は多めに作ってるから1人増えても平気だって」
「迷惑、だめ」
「迷惑じゃないよ全然!」
そうにっこり笑顔で笑うロトに、オレも思わず口の端を持ち上げる。それを了承と受け取ったのか、ロトは笑顔になって駆出して行った。台所で『ティア君も御飯食べるって!』とはしゃいだ様子で話しかけている。
オレは携帯電話を取り出して、夕ご飯は要らないと告げる。何故に説明を返している間に、ロレックスが帰ってきたようだ。
「あ、ティアさん。いらっしゃい」
このロレックスもヒーローズの事を知る人物の一人だ。黒髪に鍛え抜かれた体つき、やや小柄だが少しの事でも機転で乗り切ってしまうらしい。彼は賑やかに俺と話しながらジャンパーをハンガーに掛け手洗うがいをしてから、夕食の支度を手伝い始めた。
テーブルを賑わせたのは、異国の料理。
スパイスの香りが漂う挽肉を、渦巻き状に巻いてグリルした肉料理。大きなフランスパンの中身をくり抜いて、カレーを注いだ一品もある。三角の形の春巻きや、不思議な香りのハーブティー、ミルクプリンがどんどんと食卓を彩って行く。
思わず写真を撮ってメールすると、飯テロ!と非難の返信が帰ってきた。
「美味しそう!」
ロトがテーブルの前で小躍りし、ロレックスが座って眼を輝かせている。
「南アフリカの郷土料理。割と上手く出来ただろう?」
そう言って奥から出てきた人物に、オレは眼を丸くした。
「ブラック…」
茶色の柔らかい髪、前髪の奥に鈍く光る瞳。彼こそヒーローズの不穏の原因、ヒーローブラックことアレフ本人だ。殆どのヒーローズの任務を他者に任せ、本人の顔を見たのは最初に会って以来初めてかも知れない。事件現場で見た事ある顔ではあるが、このように近くで見たのは実に久々であった。
アレフはオレの顔を見て、怪訝な顔をした。
「スパイス、苦手だったか?」
「大丈夫」
オレの否定にアレフは気を悪くした様子も無く、オレの隣の席に腰を下ろした。いただきまーす!と声が響けば、アレフはどうぞ召し上がれと滑稽に感じてしまう言葉で返すのだった。
会話は思った以上に弾んでいた。ロレックスが現在関わっているとある外交官の近辺に登場するクラゲを連れた魔法少女の正体が未だに掴めないとか、テドンの治安の悪さで邦人が何人か事件に巻き込まれて覆面パンツマスクの集団を牢屋に放り込んだとか、今回の新作を試したら空間に穴が開いてプクリポがハローしてたとか。ロトは楽し気に、ロレックスは賑やかに、アレフは静かに話をする。
オレはちらりとアレフを見る。
…満腹になったのか手を特に動かさず、グラスに手を掛けて話を聞いている。前髪の奥の瞳は軽く閉じられ……寝息が聞こえる。
「寝てる?」
ロトがあ!っと声を上げて、アレフの肩をばんばん叩いた。アレフがハッ顔を上げるが、瞼は重たそうで直ぐうつらうつらし始める。
「アレフさん、今、時差ボケ修正中なんだよね」
「飛行機で寝てくりゃ良いのに寝ないで、いつもここで直すんだよ。今回は最大の12時間だからな。そりゃ眠いさ」
ロレックスが、おーい、起きろーと声を張り上げる。アレフは寝惚けた状態で半分寝ながら夕飯を食べ続けている。どんな言葉を掛けても半分寝ている状態で、割と擦れてない返事を返している。
これは、試す価値があるかもしれない。
オレはアレフに訪ねた。
「アレフ、ヒーローをどう思う?」
ロトがすっと眼を細めたのが見えた。アレフはぼんやりとしたままで、ハーブティーを口にして言う。
「俺は正義とかそんなものに、興味が無い…。悪と戦うなんて金にもならん…。だが、力があるなら戦わねぇと…」
「アレフィルドさん」
ロトが強い口調で言うと、アレフは痛みを感じたように顔を顰めた。
「命を軽んじる真似はしない。約束は…守るさ」
ついに眠気が限界に達したらしく、アレフはソファーに横たわると深く眠ってしまったようだ。布団をかけ、枕をいれるロレックスはこの状態なら朝まで起きないなと笑う。そして、オレを見てロレックスは人懐っこく笑った。
「あんた達が思ってる以上に、アレフはあんた達を信頼してるみたいだな。眠気がどんなに勝っても、信頼出来る人間の前じゃないとアレフは絶対に深く眠らない。ま、そうだろうな。アレフは仕事に対して完璧主義っぽい所があるから、任せるって相当信頼してないとさせないもんな」
オレはアレフを覗き込む。とても無防備な寝顔で、なんだか微笑ましい。
「悪い奴じゃない」
次いでに写真をぱしゃり。『ブラックの寝顔ゲット』と題名に書いて、写真を貼付しメールで送信。
反響は直ぐさま来た。なんか意味の分からない文字の羅列みたいな返事の奴もいる。
「俺はお前の方が、随分悪い奴だと思うんだけど」
ロレックスの言葉にオレは微笑んだ。
寝顔、思った以上に可愛い。
ライトの返事が返ってきた。