ヒーローブラックズ会議

 大変有意義な時間だった。人々からの感謝の言葉の心地よさ、無報酬だからこその清々しさ。ヒーローブラックの力を振るう行為も爽快だ。力を振るう事はやはり肉体的な疲れを齎すが、それ以上の達成感が私に言い様も無い満足感を与えてくれる。
 薄暗い落ち着いたバー。暖色系の照明が暗い室内を切り取る中、グラスの氷と踊るのは趣味の良い洋酒。ブランデーにウォッカ、ウィスキーにカクテル。匂い立つ酒の香りを混ぜるのは、客の声がその人達だけ聞こえるように溶かす絶妙なクラシックジャズ。
 とても良い雰囲気。酒を酌み交わすのは、同士と呼べる存在。
 贅沢だ。金をいくらつぎ込んでも、これだけの贅沢はそう味わえない。
「お疲れさまです。社長」
 何度か取引をした事のある一流企業の社員のバッジが、きらりと黄金色に光る。やや緊張した面持ちの青年に、俺は微笑んだ。
「社長はやめてくれ。今の我々は会社の利害関係から解き放たれた、友人だ。そしてヒーローブラックの存在を一時的にでも預かる、運命を共にしている仲間でもある。ゾーマと、気兼ねなく呼んでくれ」
 金髪の青年達は精悍な顔立ちを戸惑わせながらも、ぎこちなく俺の名を呼んでくれる。恐怖を越え、俺の言葉に応えてくれる彼等のなんと尊い事か。
 俺は追加の酒を促しながら、アレフレッドとサルムに微笑んだ。アレフレッドにはブランデー、サルムには爽やかな色合いのカクテル。ウォッカ、ウィスキーのボトル、それぞれが頼んだ酒がテーブルに十分に揃い、摘みのナッツのバスケットが華やかに中央を彩る。
 ウェイターも暫くは来ないだろう。俺は話を切出した。
「さて、折角一同が介する場を設けたんだ。話したい事は、やはり1つではないかな?」
 俺の言葉にアルフレッドは頷き、サルムは戸惑うように視線を彷徨わせたがおずおずと頷いた。
「本物のブラック。アレフをどうやって復帰させるかですね」
 そのとおり。
 サルムの言葉に頷く。
 俺達は本物のヒーローブラックであるアレフに、ヒーローとしての使命を代行するよう頼まれた立場である。他のヒーローズ達曰く『押し付けられている』そうだが、我々はヒーローブラックの使命に関われた事は光栄な事だと思っている。
 だが、代理は代理だ。
 アレフの力を借りている状態である以上、本物に勝る事は出来ない。俺も一度アレフが片手のグローブだけの状態でブラックの力を使っているのを見た事があるが、それは俺達の全力の威力と変わらない程に強力だった。
「これから戦いは熾烈になる事が予測される。アレフの復帰は緊急的な課題だ」
 アレフレッドは凛とした声に、俺もサルムも頷く。
「だけど…どうやってあのアレフを復帰させるんだ? 仕事が事務所に流れないように妨害でもしてみる…」
 サルムはそこまで言って『いや、駄目だ。殺されかねん』と首を振った。アレフは筋金入りの守銭奴だ。業務妨害でもしようものなら、その報復は想像するのも恐ろしい事だろう。
 アレフレッドが酒を口に含んで、思案するように言う。
「我々のうち誰かが、任務の過程で重傷を負ったと演じてはどうだろう。アレフは責任感のある男だ。彼が負わせた責務の過程で、我々が負傷したとなれば最早見て見ぬ振りは出来ない筈だ」
「いや、止めた方が良い」
 俺がやんわりと否定するのを、二人は眼を丸くして見た。
「君達の予想の通り、アレフは俺達が負傷した事に対して黙っては居ないだろう。だが、それでヒーローズと連携を取るかと言うと、そうはならない。アレフは独りで戦う事を選んで、敵陣に突っ込んで行ってしまうだろう」
 そしてそれが、ロトやロレックスといった彼の理解者が最も怖れている事でもある。
 独りで巨大な悪の組織と戦おうとして、出来てしまうのがアレフだ。他人の命は重く捉えるくせに、自分の命は軽んじる。俺達が独りでも負傷して、彼が命懸けでも敵を潰そうと考えれば彼の死は現実となることだろう。
「それよりも、身内からの説得が効果的だと思う」
 その言葉にアレフレッドがピンと来たようだ。
「男は女の涙に弱い。アレフも例外ではない」
「成る程、ロトが泣いて平手打ち一発でも叩き込めば、目覚めるかもしれないって事か…」
 問題はあの娘が泣くような子ではないという所か…。
「もしくは、ヒーローズとアレフの距離をもっと縮めるか」
 アレフは無関心で居られる程に非情な男ではない。距離が遠いからこそ、代理を頼んでしまうのだ。距離を縮め、仲間としての意識が芽生えれば復帰してくれるかもしれない。
 二人が成る程と理解している横で、不真面目な声が響いた。
「あのさぁ」
 本物のヒーローブラックことアレフが、眉間に皺を寄せながらウィスキーのグラスを弄ぶ。
「そういうこと、普通は本人の目の前で話すか?」
「どれが良いか、選んで良いぞ」
 俺が微笑んで言うと、アレフは苦虫を潰したような顔で言う。
「本当にお前は嫌な奴だな」
「我々は真剣に、君の為と考えているんだけどね。気分を害してしまって悪かったな」
 余計なお節介だ。そう言ってウィスキーを啜る。
 来なければ良いのだが、そこがアレフという人の良い所である。