闇の中の死闘
「穴だねー」
「そうだな、穴が開いてるな」
それは河川敷の一角。かなり広範囲に工事中のしきりで区切られていて中が見えないようになって数日が経つ。ここで悪の組織とヒーローズが小火騒ぎを起こした当初は、24時間警察が立って出入りが多かったが今では深夜に警察もいない。俺とロトはようやく、この隠された仕切りの内側に侵入する事が出来たのだった。
広大な砂利の広がりの中の穴を見つけるのは、思った以上に簡単だった。
穴の大きさは球技で使うボール並。ロトはその穴を懐中電灯で照らしながら、深夜の暗がりよりも尚暗い穴を覗き込んでいた。河川敷は広いが月明かりが砂利を白く照らし、川面の水はキラキラと輝く中で穴はとても不吉な存在その者だった。
「これ、良くないねー」
ロトは顔を顰めて穴を睨んだ。俺も落ちていた鉄の棒を拾って肩を叩きながら、ロトの後ろから穴を覗き込む。
「塞げるのか?」
それは俺だけではなく、駆けつけた警察、この穴を見た国家権力を持つ官僚達の共通の問いかけだろう。
ロトは難しそうに『うーん』と唸って豊満な胸の上に腕を組んだ。
「わかんないなぁ。情報少な過ぎて何とも言えないよ。でも、今回の騒動の発端の敵の出現が穴の出現によるものなら、きっと過去に出現した場所にも同じ穴があるのかも。調べてみる価値があるかもね」
きっと国は国で調べ尽くしたんでしょ? ハッキングしてきちゃお! と穏やかじゃない事もヘラリと言いやがる。
俺が全くと呆れながらも、踵を返すロトの後に続く。
ふっと気配が変わるのと、俺がヒーローブラックの力を作動させてグローブを装備したのは同時だった。振り返り手を翳すと、鋭い白銀の刃をグローブが受け止めた!
目を見開くと、月明かりにぬらりと光る肉体。人間の偉丈夫をさらに一回り大きくしたような巨体は、筋肉隆々でまるで美術館の石像を見上げているようだ。筋肉は鋼と言いた気に関節だけを覆うような露出の多い鎧、厳つい顔を覆う兜は古風だが圧倒的な造形美を醸している。深紅に光る双眸が愉悦に光り、刃を受け止めた俺を見下ろした。
「我が名はデュラン。デスタムーア様に仕える戦士だ」
「ご丁寧にどうも。俺はアレフ。ただの一般人だ」
鉄の棒が黒い電気を帯びる。ジゴスパークでコーティングして鉄の棒とは思えぬ破壊力を得た俺の武器の横薙ぎが、デュランの剣を弾く。稲妻の爆ぜる音と、金属音が鈍く響く。敵の一撃は確かに重いし速度はあるが、俺の鉄の棒も十二分に付いて行ける。
何度も打ち合い、鍔迫り合いをする様はワルツに似ているかもしれない。互いの腹を探りつつ、技量を確かめ合うような緩い戦い。
だが、体格差から生まれる隙がでかい。
巨大な刀身が一瞬引いた隙に、俺はデュランの懐に飛び込む。砂利を踏みしだき、砕けちった石の破片が電気を帯びる。俺は拳を握り、思いっきり奴の鳩尾を殴り振り抜く!デュランの巨体が数歩下がる間に、俺は合間を開ける。背後に居るロトの無事を確認すると、再び敵を見据えた。
やはり、ダメージは叩き込めていないようだな。
俺はグローブを握り直し、さらに力を引き出す。稲妻の音が更に大きく爆ぜた。
「貴殿のような戦士と戦いに興じる事が出来るとはな…」
にやりと笑うデュランの双眸を、俺は冷たく見上げた。
「タダ働きと無駄口は好きじゃねぇ」
駆け出し勢いを付けて地面の砂利を切り上げる。稲妻の力を帯びた1つ1つの飛礫が真っ直ぐデュランに飛んで行く。デュランが防御の姿勢を取ったが、当たりやすくなって良い的だ。
「爆ぜろ」
俺の呟きに、飛礫1つ1つに籠められたジゴスパークの力が放たれる。一撃は直接よりも威力は確実に落ちるが、足止めが目的だ。
腕を絞り、棒を突きの構えにして駆出す。溢れ出す黒い稲妻が、棒に納まり切らずに身体を駆け抜けるが構いやしねぇ。ここで、こいつをどうにかしないとロトが殺されちまうからな。見逃してくれる程、甘くないなら相打ちはせめて狙わねぇとな!
突き出した棒を、デュランの手の平が捉える!突き抜けようとする力と押し止めようとする力がぶつかり合い、川面の水が吹き飛び夜空に舞い上がって妖精のように踊っている。美しい空間に秘められた狂気が闇の中に蠢いて輝こ、一瞬が永遠に感じられる。
と、デュランの瞳が力を込めた。
「アレフさん!」
ロトの声を聞いた時には、砂利の上に倒れ込んでいた。デュランが小さくかすんだ目に映る。ロトが真横に駆け寄ってきたらしく、その歩数からロトが居た後方まで吹き飛ばされたのだろう。どんだけだよ。一瞬、意識が飛んだんだろう。油断した…。
「マホターンに気が付いて、ジゴスパークの威力を弱めたようだな。本能的だろうが、よくやる…」
そこでデュランは笑ったようだ。
「貴殿が本来の力を取り戻した時を楽しみにしている」
ふわりと穴の気配がひろがり、すっと収束して行った。もうデュランの姿はなく、静かな河川敷と穏やかな流れが戻っていた。
ブラック力を分割して代理に預けているために、俺の力は他のヒーローズ達に比べれば10分の1にしかならない。それを、俺はグローブ等の極一部に限定させて集中させる事で、他の連中に劣らない攻撃力を実現させた。まぁ、ヒーローズと一緒の時は、だらだらしてるからバレもしない。
とはいえ、攻撃特化時はグローブ以外は生身の人間。ジゴスパークのダメージは自分自身に蓄積する。だからこそ短期決戦を狙うのだ。俺の防御を棄て攻撃に特化させる戦い方の弱点を、この僅かな間でここまで看破されるとは情けねぇな。
ぐえ。
どすんとロトが俺の腹の上に腰を下ろしやがった。
「運が良かったね」
俺が息を吐いてそうだなと呟けば、口に血の味が広がった。ロトが俺の顔を覗き込む。
「アレフィルドさん」
何怒ってんだよ。ロトが本名を呼ぶ時は、怒っている時だ。全く、肝が冷えるぜ…。
「もう、代理立てるの止めようよ。次、こんな事があったら強制的にブラックの力を統合するからね。それまでに、自分で考えてよ」
へいへい。俺は手を軽く挙げて応じた。あー、痺れる。多少耐性があってもジゴスパークのダメージが響く。暫く動けねぇや。ロトが重いし散々だぜ。
「あと、死んじゃ駄目。約束でしょ?」
ロトの手が優しく頬に触れる。返事がしたかったが、俺の意識は安堵に深く沈んで行った。