続・ヒーローブラックズ会議
大衆居酒屋の座敷の一番奥の部屋にね、イケメンが3人も集まってるのよ!そう若いアルバイトの女の子が賑やかす。
煙草の紫煙、仕事帰りのサラリーマン達の乾杯の音頭、重ねられた食器の音と従業員の雑踏が織りなす音楽。古き良き時代を彷彿とさせる手描きのメニューや、温められたおしぼり、お通しが慎ましやかに俺達を迎えている。
この場をセッティングしたサルム君は、女の子達の黄色い歓声に頬を赤らめながら俺達に頭を下げた。
「騒がしい場所で申し訳ない。それにお二人の口に合うかどうか…」
「いや、時には良い刺激だ。このような場を体験出来る事を、喜ばしく思うよ」
ゾーマさんは薔薇の香りの香水が似合う、妖艶な微笑を浮かべた。心の底からこの大衆居酒屋の座敷を興味深そうに眺めており、俺からは退屈した気配を微塵も感じはしない。
俺はゾーマさんのロングコートを壁のハンガーに掛けながら、サルム君を安心させようと笑った。
「君が声を掛けてくれて嬉しいよ。話し合いをするべき時期だと思っていた」
俺達が気分を害していない事にホッとしたのか、サルム君もようやく席に着いた。
大きめの木目の美しいテーブルには、旬の魚の刺身の盛り合わせや焼き魚、焼き鳥にサラダ、粉ものなど実に様々なものが運ばれた。酒は軽めのものが多い。
俺も新人の時代に、当時同期だったアレフがこのような居酒屋でアルバイトをしているのを注意した事を思い出す。二重勤務はいけないと注意する度に、お勧めのメニューで切り返えされるのが常だった。
「アレフはまだ戻って来ないんですかね」
「俺の情報網では、ガイドと道すがらのゲリラ組織を壊滅させながら避難民のキャンプを目指しているらしい。過激派集団が一方的に壊滅させられている為に、各国首脳が事実隠蔽させながら報道をねじ曲げるのに腐心しているようだ」
流石、世界最大規模の企業に成長しつつある企業の社長だ。
俺もその情報はつかんでいる。もともと内戦の地域の治安の悪さから、過激派組織がゲリラ部隊のように跋扈している。人々の住まう地域を恐怖で支配しているのだ。国内外問わず、人が殺されるのも日常茶飯事。そんな中、アレフとそのガイドは返り討ちにし、逆に食料や車や武器を奪って進んでいるようだった。背後には謎多き凄腕ハッカー通称SICURAが付いているらしく、彼等のいる町に国際連合部隊が空爆を仕掛けようとするとミサイルの軌道がねじ曲げられる現象が発生するそうだ。
「アレフの事は心配は不要だろう。問題はロトだ」
「えぇ、そうですね」
サルム君が疲労困憊といった面持ちで頷いた。ゾーマさんも悩まし気に眉根を寄せた。
「今日、ブラックのスーツを来て戻った時の彼女の顔…。アレフだと思ったんでしょうけど、俺だと分かったらすっごく悲しそうな顔をされてしまって…」
「ブラックの名が上がる度に、反応するのだ。見るに耐えないのは、君だけではない」
俺は思わず溜息が漏れた。
アレフは朝から昼に掛けて一日一度連絡をしてくる。それはロトから義務づけられた事であるらしい。電話が鳴るまでの間、彼女はアドルフィーネと将棋を打っていても集中力はそぞろ。電話が鳴ろうものならワンコールしないうちに取る。
『アレフさん!よかった!大丈夫!?』
心から安堵したように声を張り上げるロトが、痛々しい。
アレフは何処に居るか等の事は言わず、ただ無事である事とロトやロレックスの体調を気遣う話題しか上げない。だが、その口調は優しく『しっかり飯を食えよ。これ以上馬鹿になったら困る』と言って彼なりにロトを励ましているようだ。ボイスチャット機能でロレックスとも同時に会話をしているようで、ロレックスと三人で会話をしている。
この通話の逆探知は難しいらしく、過激派集団等に特定されないように特殊な周波と衛星通信できているようだった。
ロレックスもヒーローズのビルに足しげく通い、ロトの様子を見にきてくれている。そして彼女から離れないよう、一日で終わる仕事しか今はしていないとも聞いた。長期的な出張で国を離れる事も多いアレフだが、今回は場所が場所だけにロトの心配は一入なのだろう。
ニュースでアレフのいる地域の状況が流れるが、その内容は悲惨なものばかり。空爆、殺戮、貧困、恐怖の支配。
ロトは沈痛な面持ちで、口数も少なく食事もあまり喉を通らないでいる。ヒーローズが彼女を元気付けようと、それぞれに頑張っているが目に見えた効果はない。ヒーローズの雰囲気が暗くぎくしゃくし、ロトの笑顔がどれだけヒーローズの力になっていたか語るに及ばない。
俺はお冷やを啜る。とても酒を飲む気にはならなかった。
「代理である事がこれ程、心に堪える事だとは想像もしなかった」
二人も同意したように頷いた。
ヒーローズの仕事は誇らしい。ブラックの代理も、力を必要とされ役立てているのは分かっている。
しかし俺達は『ヒーローブラック』の代理はできても、『ロトの家族であるアレフ』の代理はできないのだ。
「帰ってきたら、絶対に力を返そうと思う」
サルム君の言葉に、俺もゾーマさんも頷いた。
「是非も無い」
「女性を悲しませる事は罪だからな」
まだまだ彼は帰ってきそうにない。だが帰ってきた時、俺達はアレフを強引にでもヒーローブラックとして復帰させる決意を固めたのだった。
しかし、数日後。紛争地帯が丸々と穴に飲み込まれた。その範囲は航空写真に納まらず、宇宙から写せば目を疑う巨大さ。
ぱったりと途絶えた連絡に、アレフがどうなったのか想像に容易い。
最悪の事態。本当の戦いが火蓋を切って落とされた。