その闇を越えて
青い光を抜けると、そこは暗闇の大地。天高く青白い光が星の様に1つだけ輝き、大地も空も全てが黒く塗りつぶされている。空気は淀んで硝煙と血の臭い、何かが腐った吐き気がする匂いを含んでいる。
青い光が俺達の背後にふわふわと留まるそれを、俺はロトの説明の通りに消した。旅の扉と呼ばれる転送原理は、俺の水の力と相性がいいらしい。冷たくない氷のような形になると、俺はそれをポケットに捩じ込んだ。
「ここが、穴の内側か…」
マフラーを掻き寄せてノアが周囲を見回した。俺、レック、ノア、ティア、ブラックの代理であるアレフ兄ちゃん、サルム、ゾーマも真っ暗で何も見えない世界を見回す。スーツを着ている関係で暗闇でも見えるんだけれど、そこは広大な荒野と山しかない大地だった。
その横でティアが不思議そうに呟いた。
「ブラックの気配…」
「あぁ、確かにアレフの力を感じる。いや、不思議なのは微量だが、数がとんでもない程多いようだ」
サルムが感じている事に、皆が頷いた。まるで荒野に極稀に舞う砂塵のように、至る所にブラックの気配を感じる。
瞬間。何かがこっちに飛んできた。
俺達の地面に突き刺さったそれは、音もなく閃光をばらまく。暗視状態にしていた俺達の目は眩み、身動きが取れない間に鈍い衝撃が身体に打ち込まれる。これは、ゴム弾か何かか? 鋼鉄の素材ではないが、スーツの上でも容赦なく殴られたように響く。
周囲を敵意を持った存在が取り囲むのを感じたが、それでも目の眩みが慣れない。眩しくて目が痛い。
「あっちか!」
ティアが銃弾の方向に、真空波を放とうとする。しかし、その力の出掛かりを、銃声と共に発動したブラックの力が相殺する。レックも力を使おうとするが、強力な火炎の力に対して無数の銃弾で相殺に掛かる。
「舞え、ブラックローズ!」
ゾーマさんの声とともに、周囲に薔薇の花に見立てられた電撃が舞う。銃弾でも相殺出来ない同じ属性の技が、敵に襲いかかる。仲間ではない男達の悲鳴が上がり、バタバタと倒れる音がする。聞き取れない異国の言葉だが、『なんて力だ…』ってニュアンスの声と痛みに苦しむ呻きが響く。それでも戦意が消えた訳じゃない。誰もがナイフを手にして、俺達を見上げている。
「彼等がこの地域を恐怖で支配していた、過激派組織なのか? それともただの山賊か…答えてもらうよ」
ノアの声に答えたのは、アレフの力が籠った銃弾だ。
異国の言葉が響くと、男達が後退を始める。俺達は逃げる連中には目もくれず、岩の上で狙撃用の大振りの銃を構えている男を見ていた。短く乱雑に刈り込まれた赤い髪、浅黒い肌に片手だけヒーローブラックのグローブが嵌っている。にやりと歪んだ口元に煙管が引っかかっていた。
「あれは、人材紹介所のガイド」
アレフ兄ちゃんが呟くと、声を張り上げた。
「待て! 俺達は敵じゃない!」
「確証がねぇなぁ」
煙管がぐらぐら動くってのに、ガイドの男は器用に話す。
「疑わしい奴の疑いをいちいち晴らしてやる程、俺は細かい事好きじゃないんだ。敵はどんな姿でも忍び込んで来る。先日は、女子供の姿で侵入を許して何人も殺されたしな。お人好しのアレフじゃなく、面倒臭がりの俺に見つかった事に同情はしてやるよ」
狙撃用の銃弾でアレフの力が籠っていようと、スーツの防御を貫く事は出来ない。あの煙管の男が俺達を殺す事は出来ない。
でも、信頼してもらえないんじゃ駄目だ。
この男を倒したら、きっとアレフは俺達の敵になってしまうかもしれない。
「アレン!?」
俺は変身を解いてゆっくりと男を目指して歩く。そして銃口の前で足を止めた。
「俺達は敵じゃない。アレフを助けにきたんだ」
「信じられないな」
煙管の男の赤い瞳と、俺の視線が糸で結ばれたように克ち合う。男の嵌めたヒーローブラックのグローブがばちばちと音を立てて爆ぜ、指先に力を込めるのがはっきりと見える。スーツを着ろ、やめろ、仲間達が声を上げる。駆出して男を倒そうと躍起になる声も聞こえた。
動かない。俺も煙管の男の視線も結びついたまま。
引き金が引かれる。
かちんと乾いた音が響いた。
「信じてもらう為に、命張るってか。こっちも信じる為に命賭けねぇと、釣り合わねぇじゃんか。簡単明瞭で好きだぜ」
男は大きく煙草を吸い込んで、大きく煙を吐いた。粗野な笑みを浮かべて、狙撃用の銃を担ぐと彼は朗々と声を響かせた。
「ようこそ、異次元戦隊ヒーローズ諸君。俺達『梯子』はお前らを歓迎するぜ」
■ □ ■ □
ひゃっほー!かいてきー!
俺はイオの爆発の力で、軽トラックをジェット軽トラックゼットに改造して加速させて走らせていた。轟音響かせ、有り得ない速度で進むジェット軽トラックカイザーに俺とガイドの兄ちゃん以外は荷台にしがみついている。やめろー!って叫び声がブブゼラみたいに響いてるよ。
だらし無いなー!こんな何もないだだっ広い所で、最高速度がどれだけ出るか試したくなるじゃん!なぁ!
隣で形だけハンドルを持ったガイドの兄ちゃんが、携帯を取り出している。SICURAの文字が灯ると、様々な情報が流れた後に通話状態になる。
「あーもしもし? おれー。今、穴の一番外側の探索行って戻って来れそう。え? なに? 音? 聞こえねぇよー」
ガイドの兄ちゃんがだらだらと話す。まるでスイッチのオンオフみたいに、戦いが終わったらやる気がなくなっちまった。ナビ頼まないと寝ちゃいそうだから隣に座らせて、これまでの事を話させる。
アレフとガイドの兄ちゃんが、目的地に到着して直ぐにこの地は穴に飲み込まれた。地震のような揺れが起きて多くの建物が倒壊し、慌てふためいている内にすとんと夜のように暗くなっんだとさ。天辺には青白い星1つだが、夜は陰り真っ暗になる。しばらくして、それが外とここを繋ぐ穴だと分かったんだと。
暗くなるとともに、魔物が現れるようになる。姿は様々だけど、人間を攻撃するって特徴は一緒だ。
アレフとガイドの兄ちゃんは直ぐさま、武装組織を片っ端から説得しに歩いた。殴って分からせたり、力で従わせたり、話し合いでまとまる事もあった。それでも、魔物達の脅威から身を守る為に、この穴から脱出する為に、皮肉な事に内戦は終結し過激派武装集団や人々は一丸になったんだって。
「そうして出来たのが『梯子』って名前の組織だ。アレフはその『梯子』の指導者みたいな立場になってる」
ガイドの兄ちゃんは窓の外へ煙を吐いて話を続ける。
魔物に対して普通の刃物や重火器は効き難い。それは警察達もそうで、人間では抵抗するのに限界がある。その為に、俺達ヒーローズが活躍しているのだ。俺達6人のヒーローは、そう言う意味では人々の希望なんだろう。
そこで考えたのが、アレフが持っているヒーローブラックの力を武器に添付すること。ダークフォースと名付けたらしい力で、一人一人の人間が魔物と戦えるようになったんだってさ。そうして、生き残った人たちは『梯子』の元に集まっている。
でも、穴に閉ざされて2週間。食料も限界ってことで、本格的に脱出の計画を立てているらしい。
ガイドの兄ちゃんが穴の端っこまで行ってみたけれど、脱出は無理だって煙管振りながら笑った。
「脱出よりも先に、あのブオーンとか言うでかい奴をどうにかしないとな…お、見えてきた」
視界の先に明かりがぽつんと光っている。
そこで、おれはある事に気が付いた。
「やっべ。止まれない」
「お、そりゃあ大変だな」
ガイドの兄ちゃんも危機感ゼロで、煙を吐いた。
「ツッコミ無しか!」
背後でノアが叫んだと思えば、ティアの爆風の力で車よりも先に飛び出した。ノアが大地に降り立つと、地面に両手をつける。
『絶対防御、メルキドの壁!』
光ったと同時に地面が盛り上がる。大きなゴーレムが立ちはだかり、背後に要塞のような壁がそそり立つ。ゴーレムの目元に金色の光が輝いたと思うと、腕が地響きを立てて動きジェット軽トラックサイクロンを受け止める為に構える。俺達はそれぞれに『梯子』の男達を抱えて、ジェット軽トラックバーニングサンダーから飛び降りる。まるで彗星を受け止めているようなゴーレムの腕が、ぴしりと音を立てた。
「レッド、遊び過ぎ」
ティアのツッコミに、俺はぺろりと舌を出した。誰もいない軽トラックレッドバロンなら、爆破させて壊しちまうか!景気良くタマヤーってな!
その瞬間、限界から崩れ始めたゴーレムの上から人影が舞う。黒い稲妻を迸らせ、強烈な一撃がジェット軽トラックファイヤーソウルをぶっ壊した!あぁ、俺のジェット軽トラックプレミアム…。お前の事は忘れない…。
ゴーレムの崩れた砂埃と、軽トラックの爆発の程度を見極めるように埃っぽいモッズコートが揺れた。
「…アレフ?」
俺の声に、彼が振り返る。重い前髪の奥に隠れた瞳が、驚きに見開かれる。
「お前ら、なんでここに居るんだ?」
なんでってそりゃあ、博士があんな辛そうで見てられねぇじゃん。心配で心配でハラハラしてて辛そうだったけど、お前の電話がかかってくると嬉しそうだった。それが、穴に飲み込まれちまったって分かった日から、別人みたいになっちまってどうしたらいいんだよ。笑わなくなっちまって、返事も冷たいし、ロレックスだけ普通に接してるけど『アレフが戻って来るまでこのまんまかな』って笑ってるし。
お前が心配かけるからいけないんだ。
お前が帰ってくれば、全部丸っと丸く納まるんだよ!
それなのに、お前ってやつは心配して探しにきたってのにも気が付かねーのかよ!
気が付けば俺は拳を握りしめて、アレフに殴り掛かっていた。アレフは驚きながらも、俺の攻撃を避けている。
「お、おい! なんなんだ!」
「良いから、黙って殴られとけ!」
流石アレフ。レッドとしての拳も、避けるだけなら確実に避ける。それでも余裕がないのは俺からも分かる。ノアが地面を軽く弾くと、アレフの足下の地面が大きく揺れてバランスを崩す。その隙を逃す俺じゃない!俺の渾身の正拳突きが、アレフの鳩尾に刺さる!
「先ずは博士の分で一発!」
「これ、ロレックスの心配の分な!」
「皆を心配させない」
「俺達の心配を分かって無いとか、鈍すぎるだろ!」
「代理の辛さを理解してもらおう!」
「これに懲りたら、ちゃんとブラックとして戻りたまえ」
「同情はできん」
皆で一発ずつ。流石のアレフも気絶したけど、博士の為だ!悪は滅びるべし!
■ □ ■ □
「良く寝た…」
アレフが寝ぼけ眼を擦って、モッズコートを羽織る。元々、このような外国での仕事では熟睡をする事は滅多にないらしく、極度の緊張状態が続いていた為の疲労も蓄積されていたんだろう。
結局アレフはあの後、12時間程眠っていた。その寝顔が写真通りだとかくすくす笑われていたのは、黙っておこう。
人材紹介所のガイドがフラフラやってきた。彼がガイドを務めるバイヤーは、我々一流企業も世話になる事が多い。俺も面識がある。何処でもかしこでも、禁煙エリア無視で喫煙するヘビースモーカーで名が通っている男だ。バイヤーの少女は彼を気に入っているのか、注意はすれど解雇にはしない。そんな彼は煙管の火を入れながら笑う。
「ようやく起きたな。お前が寝てると仕事量が増えて休めねぇよ。返すぞ?」
「いちいち返しに来るなよ」
アレフがそう言って手を差し出すと、ガイドの男がその手を握る。ばづんと、黒い電撃が静電気のように爆ぜた。
「だが、喫煙しながら状況報告しろ。ヒーローズも居る訳だから、働いてもらう」
はいよ。ガイドの男は煙管から煙をぷかぷか吹かせながら、ここに集まったヒーローズ、代理、『梯子』の幹部達を見回した。
「ブオーンが動きだした」
アレフが深刻そうに、『梯子』の幹部達がざわめく。話に付いて行けない俺達に、アレフが言う。
「ブオーンって言うのは、ゲームで言うエリアボスみたいなもんだな。この穴の中に溢れる魔物達の中で、超巨大で強い魔物だ。大きさは高層ビル並。動きは鈍いがその重量から繰り出される攻撃力は、軽めで空爆ミサイル重めでクレータでも出来るだろうよ」
アレフは椅子に座りながら、この地方独特の茶を啜る。ティアは好きらしいが、ノアやレックは飲めたものじゃないと好き嫌いの分かれる香りが特徴だ。
「倒せば脱出出来るかもな!」
「上手くいけばな」
レックの声に冷静にアレンが突っ込む。アレフは説明の仕方が良くなかったと言わんばかりに、眉根を寄せた。
「本当はもう少し早くから対処したかった相手なのだが、『梯子』側が戦力不足で後回しだった。だが、今回はヒーローズの火力がある」
すっと椅子から立ち上がると、アレフは軽く目を伏せ小さく頭を下げた。
「ヒーローズ。協力してもらえないだろうか?」
誰もが驚いたが、代理である俺達はアレフらしいと微笑んだ。アレフはこう言う時は、律儀な男だからだ。
勿論だ!当たり前だろ!そう浪々明快な声が鎮まるのを待って、アレフは俺達に顔を向けた。
「今回は俺も全力で戦う必要がある。お前らの力も、一回回収するからな」
俺達もヒーローズも首を傾げる。何故なら俺達代理は、アレフから力を借りて戦っている。元々はアレフに帰属する力のはずだ。回収という言葉は不適切だ。
「アレフ、どういう意味だ」
サルム君の質問にアレフは黙り込み、歯切れの悪い声でボソボソと喋りだした。
「その、なんだ。この話をすると代理を突っ返されるからしなかったんだが、今回ばかりはそうも言ってらんねぇから白状する。俺のブラックの力は、分割して代理を頼んでいるお前らに渡してしまっているんだ」
「渡してしまっている? だが、分割して一人に充てられる割合が減ろうと、君の攻撃力は非情に高いではないか」
「という事は、君はほんの僅かな力で敵と戦っていたのか?」
「呆れたな。ロトやロレックスに、どれだけ心配かければ気が済むんだ?」
代理三人口を揃えれば、アレフは重く溜息を吐く。いや、溜息を吐きたいのはこちらだ。
「攻撃力が高いのは、スーツの防御に力を割かないからだ。防御無し、攻撃特化だから強いだけだ。ちなみに割合は、俺が1、他の3人に3割って配分だ」
「どんだけだよ!っていうか、博士が今回の事でめっちゃ心配してたのって、お前がちょっとの力しか持ち歩いてないで危険な場所に行ってたからじゃないのか!?誰もがお前がブラックの力を管理してると思ってたんだぞ!単独で戦う事も多いんだ!自分の命を大事にしろよ!」
レックの言葉にアレフは肯定のように項垂れる。
「ロトとロレックスには悪い事をしたと思ってる。デュランって奴に完敗した直後だってのに、今回ばかりはもう弁明も出来ん。戻れても、二人から離れ…」
「駄目。見つける」
「関わるなって言ったって、もう遅いよ。だって、アレフも含めて、オレ等は仲間なんだからな」
アレフはティアとノアの言葉に、小さく息を吐くだけだ。そして立ち上がると、ゾーマの前に歩み寄って手を差し出した。
「手を出してくれ」
「代理は楽しかったよ。君には感謝している。そして、これからも感謝出来るよう、君の配慮を期待しているよ」
アレフは鼻で笑って悪態を吐くと、ゾーマから力を受け取った。次にアレフはサルムの前に立つ。
「必要とされてるのは、代理であるオレ達じゃない。本物のお前だよ。逃げるな」
アレフは無言で力を受け取ると、俺の前に立った。
「君とは長い付き合いだ。もしかして、代理も一番に依頼したのは俺だったのか?」
「まぁな」
「頼ってくれて、嬉しかった。ブラックの力がなくても、これからも頼って欲しい」
アレフの差し出した手を握る。握った手からブラックの力がアレフへ流れ込んで行くのが分かる。流れ込む力に、俺は願いを込める。彼が、これからも彼であれるように。独りを選ばず皆の心配に応えて、生きてくれるように…。
アレフは自分の手を見て、呟く。
「不思議だな。俺の力じゃないみたいだ」
二人も願いを込めたのかもな。
俺達は笑って、復活した本物のブラックを見た。
■ □ ■ □
歩行は地震のように地面を穿つ。迫る巨体はまるで山が向かって来るかのようだ。
ブオーンと呼ばれる魔物に、オレ達が生唾を呑む横でアレフが歩き出す。オレ達から離れて行くアレフはブラックのスーツを纏って、ちらりと振り返って言った。
「ちょっと離れるぞ。この技は近くで発動させると危ないからな」
十二分には遠過ぎる。この暗がりでは黒を基調としたスーツの色で溶けて見えなくなる程離れると、ブラックの力が突如膨れ上がる!ばちばちと黒い稲妻が爆ぜ、どんどん大きくなって行く。それは目の前に聳えるブオーン程に膨れ上がる。
「あいつ、なんて力を出していやがるんだ…!」
レッドが叫ぶ声すら掻き消される。凄まじい力が放出され続けていたが、暫くしてまとまりだす。
雷が至近距離で落ちたような轟音。
紫の光が爆ぜる空気の中で、首を擡げたのは巨大な竜だ。全身を黒曜石の鱗で覆い、黄金の瞳、立派な角と爪を輝かせ、尾へと続く背に生えた巨大な翼。竜は背を伸ばし、尾で地面を叩く。
「カッコイイ!!」
ブルーですら目を輝かせ、レッドと並んで竜を見上げる。
そのあまりの巨体さに、真横に立つ形になった竜はぐるりと頭を巡らせた。鋭い牙が並ぶ顎が開くと、そこから響いたのはブラックことアレフの声だ。
『ロトが命名したんだが、ドラゴラムって技だ』
竜はブオーンを見遣って言う。
『力を完全に防御に割いた。俺がブオーンを留める。その間にお前らが攻撃しろ。身体を大きくしてみたから、俺の身体に乗ってブオーンの上を取る事も出来る筈だ』
皆が頷く中、レッドが震えている。だが、心配はいらない。武者震いだ。
「よぉぉぉおし!異次元戦隊ヒーローズ!出陣だぁ!!」
おう!
それぞれが気合いを入れて駆出す。
ブオーンの巨体で、空に1つ輝く青い星を陰る程に接近するのは難しい事じゃない。ノアがアースブレイクでブオーンの足を掬おうとするが、その巨体故に多少の地面の揺れではびくともしない。オレの風の力でも難しいだろう。その巨体、重さ、タフさがヒーローズの力さえも跳ね返す。
『ちょっとは、頭を使えガキ共…!』
ブラックドラゴンがブオーンに突っ込む。流石のブオーンも足を止め、相撲を取るような形になった。腕が回り切らない体格を、ブラックドラゴンは尾を使う事で掬い上げて転ばした!
地面に亀裂が入り、石油の匂いが漂う。
「石油?」
火を放てばレッドの技を強化出来る筈。そこに風が加わって更に温度を上げれば、ブオーンにダメージを与える事が出来るかもしれない。
オレはイエローとブルーに声を掛ける。
「石油、探して」
オレの言葉にイエローはピンと来たらしい。分からないと首を傾げるブルーに、探しながら説明するとイエローが引き摺って行く。
ブオーンとブラックドラゴンの戦いはほぼ一方的だ。鈍いブオーンの攻撃は、思った以上に俊敏なドラゴンに当たる事はない。さらに体術も凄い人物がブラックドラゴンになっている関係で、ブオーンは何度もひっくり返され地面を揺らす。ブオーンも周囲から攻撃して来るレッドやオレを五月蝿く感じているようだが、的が小さ過ぎて当たらず、まぐれで当たりそうになった時にはすかさずドラゴンが間に入る。
レッドが腕に弾かれそうになったのを、ドラゴンが防ごうと阻むが押切られる!
「レッド!」
レッドを巻き込みながらドラゴンは倒れたが、地面に倒れ込む寸前に身を捩って潰してしまうのを避ける。駆け寄ったオレに、ドラゴンの荒い息が響く。
「ブラック?」
『俺の心配はするな。この技はあまり長時間は保てねぇが、まだいける』
「あまり無理すんなよ」
『今 無理しねぇで、何時 無理するんだよ』
レッドが呆れたように笑うと、ドラゴンの頭に乗り上がる。
「よっしゃーー!!いくぜぇええええ!!」
ドラゴンの力は明らかに鈍り、アレフの消耗の激しさを浮き彫りにする。だが、アレフの攻撃にレッドが乗る事で、ブオーンと対等に戦う事が出来る。俺の風の力で相乗効果を乗せた、レッド命名『ドラゴンバーニングトルネードパンチ』がブオーンを吹き飛ばす。
変な技の名前を叫ぶなといちいち突っ込んでいたドラゴンも、口数が大分減って来る。
『お前ら、俺から降りろ!』
ドラゴンの声が響くと同時に、ブオーンの拳がドラゴンに入る!咄嗟に飛び降りた俺達は、大きく吹き飛ばされたドラゴンを見た。
まずい。
限界が近い事を、オレは察する。焦るオレ耳に、待ちに待った言葉が響いた。
「お待たせ!」
振り返ると、そこには滑るように輝く月が見える。いや、それは石油の塊だ。ブルーの力とイエローの力で制御された石油を見て、レックが叫ぶ!
「任せろ!フルパワァァアア、メガライアアアアアアア!!!!」
レックの炎で巨大な太陽と化したそれがブオーンに襲いかかる!見る間に火だるまになるブオーンに、オレはバギクロスを放てば天高く、それこそたった1つ輝く空色の星を焦がす程の火柱になる。ブオーンの悲鳴が響き渡るが、倒れない。ずしりずしりと地面を揺らし、人々が住んでいる町へ進む。
ブオーンの前に立ちはだかったのは、黒いドラゴンだった。
「アレフ!?」
『これ以上、先に進めると思うな』
ドラゴンが炎に体当たりした。そのままじりじりとブオーンを押し返す。無茶だ!オレ達誰もがそう思う!
ブルーがドラゴンの肩に乗ると、ドラゴンが叫んだ。
『馬鹿ガキ!お前はすっこんでろ!こいつはまだ死んじゃいねぇ。もう少し…留めさせねぇと…!』
「ブラックが死んじまうだろ!」
ブルーの力がドラゴンを覆う。水のカーテンがドラゴンを炎から守る。
燃え上がる火柱と、水のカーテンが織りなす水蒸気が深紅の空間に星の様にきらきらと広がる。どれくらい続いただろう。
突如、ぴしりと音が響いた。
ばらばらと闇が崩れて来る。青空が亀裂の間から覗き、どんどん広がって行く。サラサラと降り注ぐ雨が陽光に煌めいて世界を虹色に染め上げた。
穴が崩れて行く。
「綺麗」
オレが見上げ、そして全ての闇が去った時、ブオーンもドラゴンもそこには居なかった。
変身すら維持出来ず倒れ込んだアレフを背負ったレッドが、ガッツポーズで勝利を宣言した!
■ □ ■ □
アレフは二人から距離を置いて立ち止まった。
まるで見えない壁でもあるかのように、アレフは前に進む事はない。彼の前に居る、彼の家族ロトとロレックスもまた動かなかった。空港の雑踏の中で、静止した三人はまるで別の世界にいるかのように不可侵な存在のようにそこにある。
「アレフさん」
ロトの福与かな唇がアレフの名を告げると、アレフも伏していた瞼を押し上げて二人を見た。
「お願い。言って。あたし達が一番望んでいる言葉を…」
言葉は懇願に近い。切々に訴える声が震えている。ロレックスは黙ってアレフを見ていた。信頼を込めて、裏切りを知らぬ真っ直ぐな眼差しだった。
アレフはその二人を前に、酷く迷っているのが誰にでも分かっていた。それはきっと俺達が知らない、アレフとロトとロレックスという家族だけが知り得る歴史の中の事なのだろう。
震える唇をキツく結び、アレフは言葉を発するのを躊躇うようだ。その困ったような目を俺達は知っている。関わりを拒絶しているのに、問答無用で立ち入って来る者へ向けた瞳だ。受け入れるべきか拒絶するべきか、揺れる瞳が選ぶべき答えを探している。
「お願い」
ロトの言葉にアレフは目を閉じた。
息を吸って、目を開ける。優しく細められた目、そして微笑んで告げる。
「ただいま」
ロトとロレックスの表情が崩れ、ロトが駆出してアレフに抱きついた。ロレックスが歩み寄って人懐っこい笑みで見上げているのを、アレフが乱暴に頭を撫で回す。すると、アレフの背後に回っていたロトの手がふわりと光った。アレフがロトを冷えた目で見下ろした。
「ロト、狡過ぎやしないか?」
「あたし、滅茶苦茶心配して怒ってるんだからね!」
そして始まる二人の口喧嘩。その内容の端々を聞かなくても、なんとなく察しがついた。アレフは今回の戦いでブラックの力を統合した訳だが、まだ彼の裁量によって分割して渡してしまえる状態は続いている。ロトは恐らくも何も、ブラックの力をアレフに固定したのだろう。今後、アレフの判断で力が譲渡出来ない状態にしてしまったのだ。
行き交う人も足を止めてしまう言い争いの間に入ったのは、ロレックスだった。
「はいはい。姉ちゃんも兄ちゃんも、そこまで」
「誰がお前の兄貴だ!」
「アレフしか居ないだろ。手間の掛かる兄貴と姉貴だよ全く」
噛み付かんばかりのアレフに、やれやれとロレックスが笑う。この三人の中で一番冷静で、かつ打たれ強いロレックスは二人の背中をぽんぽんと叩いた。
「俺も姉ちゃんも心配してて、無事に帰ってきて嬉しいんだ。アレフだって帰って来れて嬉しいんだろ。それで、良いじゃん。素直になんなよ」
「偉そうに言うな」
言葉だけの悪態だが、腰に抱きついたロトをぶら下げたままでは様にならないな。
アレフのデコピンを食らったロレックスは、そうそうと言ってタブレットをアレフに見せた。
「アレフはこのまま、バイヤーコンビと蜻蛉返りね。プライベートジェットに外交官の人も乗るから」
タブレットに映っているのは、穴が崩壊して解放された直後からインターネット動画サイトに投稿され爆発的な再生回数を記録した映像だ。投稿者は穴から生還したジャーナリスト。彼は様々な番組に出て、穴の中の状況、紛争の終結、希望の登場を語り、その体験談を発行する事まで決まっている。ベストセラーは確定だろう。
横から覗き込んだバイヤーの男が、煙管から煙を噴かしながら笑う。
「お、懐かしい。『梯子』発足の時のアレフの演説じゃん」
肩を寄せ合って不安そうに空に輝く1つの青い星を見上げる人々、モッズコートの埃っぽい男が彼等に語り掛ける。
武器を持つ者、赤子を抱く者、全てがこの世界では平等だ。武器を持つ者は戦わなければならない。武器を持たぬ者は支えなくてはならない。青空の元に帰る事を、俺は諦めない。だから、俺に協力して欲しい。皆の力が必要なんだ。あの暗闇に浮かぶ青い空の下へ。太陽が昇る希望の大地へ。俺は梯子を掛け、お前らを登らせてみせる…!
力強い演説だ。人々の心に灯った希望を、自分の胸にも感じる事が出来る。
「この国、臨時政権が発足するんだけど、その元首にアレフが指名されてるから」
「はぁ!?」
顎が外れそうなアレフに、ロレックスは淡々と続ける。
「世の中に出る前の個人のデーターベース内だったら消去できたけど、これだけ広がっちゃったら流石の私でもどうにもなりません!どうして自分の事になると脇が甘いんですか!だって。この台詞を言った本人も二人が避難命令区域に行くのを知った上で渡航ビザ出したのがバレて、この立ち上がりそうな臨時政権の手伝いとして派遣されるんだってさ。目標は一月らしいけど、できるのかな?」
「つまり、ブラックが一ヶ月も国を離れるって事? その間、どうするのさ?」
ノアの言葉に他のヒーローズも頷いた。その疑問に、ロトが明るい口調で応えた。
「えへへ!代理は続行しまーす!」
驚く皆を後目にロトは続ける。
「アレフさんの代理の人達が力が必要な時はアレフから力が借りれて、使わなくなったら自動で戻るようにしました!」
くるりとアレフを回すと、その背をロトがばんと押す。躓きそうになるのを堪えて、アレフは俺達に小さく手を挙げた。
「宜しく頼むな」
そうしてガイドを引き連れ、出発ゲートへ向かう。ゲート前に立っていた背の高いスーツにマフラーの出で立ちの男と大声で何かを話すと、三人はゲートの向こうへ消えて行った。そんな一幕を見守っていた俺達代理は、誰からとも無く微笑んだ。彼らしいと言えば、彼らしい。
「結局、何も変わらなかったな」
サルムの言葉が終わらぬ内に、この場に居た全員の携帯からアラームが鳴る。レーダーに反応があって敵が現れた事を告げるアラームだ。
「誰が行きます?」
アレフレッドの言葉に俺は小さく頷いた。
「では、公平にじゃんけんで決めよう」
今日もブラックは代理だ。本物が参加する日は何時になるのやら…。