特殊能力犯罪対策室VSロト人材紹介所

 そこは大通りに面したカフェテラス。
 ジュラルミンケースを椅子の脇に置いた少女と、気怠気な男がリラックスした様子でお茶を飲んでいる。少女は甘い香りの漂うレモンティー、男は氷の浮かんだ水だけが置かれていて只管煙管を噴かしている。足が地面につかないぶらぶらとさせながら、スッキリまとめた黒髪のセミロングのを揺らしながら碧の瞳が人々の波を見つめている。赤毛の男は煙管を弄びながら、時々携帯を確認して誰かと話をしている。
 そんな時間の流れが少し経過した頃、動きがあった。
 気のせいかと思うような小さな音を立てて椅子を引き、少女が立ち上がった。足早に近づいてきたのは、埃っぽいモッズコートを羽織った男だ。良く言えば緊張感のある凛々しい顔つきだが、悪く言えばそれなりの色男が損なわれる仏頂面だ。
「申し訳ありません、御呼びだてして…」
「気にするな。お前らだけじゃ大変な仕事だってあるさ」
 男は軽く挨拶すると、ショップで珈琲を買ってきて二人と相席する。
 彼等こそ、今回のターゲット達だ。俺は揃った彼等の情報をもう一度改める。
「今回の依頼の品は『黄金の腕輪』です。依頼主は帝国ホテルに現在チェックインしている要人。成功の暁には前金の倍額を支払い予定です」
 そう淀みない声でハキハキと言う少女の名は、アインツという。
 見た目の通りまだ年端も行かない子供だが、彼女の習得した言語は世界中を網羅している。彼女は依頼された品を確実に入手し届ける事で知られている、その道では知られたバイヤーだった。交渉術に長け『天使の守り』という特殊能力の所有者でもある。
「なかなかに裏の黒い話でな。この国に持ち込むのも一苦労だったよ」
 気怠気に煙管を銜える男が、ケネス。
 アインツのガイドとして世界中に同行している。武器に関しては天性の才があるらしく、ナイフから戦闘機まで感覚で動かしてしまえるようだ。特殊能力の所有者ではないものの、戦闘能力だけ見ても十分に高い素養を持っている。
「珍しいな。お前らにしては、随分と仕事を選ばなかったじゃないか」
 そう静かな声で珈琲を啜る男が、ロト人材紹介所の副社長を勤めるアレフだ。
 現在、要監視レベル5の中で最も厳しい監視体勢を敷いているのが彼だ。異次元戦隊ヒーローズという、非情に強い特殊能力を持った集団に属するのだが、代理に任せてばかりで彼自身が出て来る事は滅多にない。何をしているかと言えば、仕事だ。厨房から動物園のスタッフまで何でも引き受けているのだが、このような厄介事にも関わっている事も多い。
 協調性に欠けた難しい人物で、ボランティア的な活動をしているヒーローズの中でも不穏のタネになっているそうだ。これはサタルからの個人的な情報だったな。
『ここから先が、大変ヨン』
 そう起動したタブレットから漏れた電子音声。
 SICURAと画面にロゴが浮かんでいるタブレットに潜むのは、自立型人工知能SICURAだ。謎の凄腕ハッカーSICURAと呼ばれ、世界中のデーターベースにアクセスし、あらゆるセキュリティを突破する。外務省の若者が趣味で制作したのだが、人工知能が自我を得てからは自由にやりなさいと放任してしまっているらしい。
 制作者は酔うと口が軽いから、SICURAに悪意のプログラムがない事だけは吐いてもらった。その後は二日酔いで本当にリバースしてたがな。
『公安十課が動いているヨン』
「情け容赦ない『特殊能力犯罪対策室』か。噂は予々聞いてる」
 アレフが面倒そうに呟く。そんなアレフの呟きを潰さん勢いで、アインツが頭を下げた。
「お願いします。アレフさんの力も借りれば、職務を遂行する事が出来ます」
「それは良いけどさ、俺は『仕事』じゃ力は使わんぞ」
 そう、それが不思議な事だったりする。
 アレフの所有する『ジゴスパーク』の力は強力無比だ。威力も応用も申し分なく、一人で1つの国を丸々ねじ伏せる事も容易い。しかし、彼はその力をヒーローズの敵対組織にのみしか使わない。攻撃に特化した特殊能力を持つ者は基本的に力を乱用する傾向にあるのだが、彼の場合は例外だった。
「はい!大丈夫です!」
 アインツの明るい宣誓の横で、ケネスが気怠気に煙を吐いた。
「じゃ、もう少し煙補充したら行こうなー」
「もう!ケネスさん十分です!大丈夫です!」
 SICURAさんも言って下さい!アインツが叫ぶと、『ケネスの燃料は煙だからしかたがないヨン』と電子音声が響いた。
 そんな彼等がわいわいと賑やかでに談笑するのを見つめていたのは、俺だけじゃない。俺の向かい、彼等に背を向けていたサタルが微笑んだ。
「かの有名なロト人材紹介所のお手並み拝見…か。フーガ、楽しみだね」
 その暗い笑みを見て、俺は顔を顰める。
 部下が危険に晒される事を、俺は良しとしたくないから…。

 ■ □ ■ □

 俺、狙撃に向いてないって自分でも思う。
 だって、俺の撃った弾が相手の脳みそ吹き飛ばすんだよ。本当に申し訳ないって思うんだけど、そうしないともっと悪いことが起きるって知ってる。だから、俺は銃で撃つ。狙撃が上手いって褒められても、お前のお陰だって認められても、やっぱ人が死ぬのは嫌だな。
 今回のターゲットなんか、可愛い黒髪でふくふくしたほっぺで、碧の瞳がくりって可愛い子なんだよ。仕事じゃなかったら妹に欲しいくらいだよ。そんな女の子を撃ち殺すなんて、なんて酷い命令なんだって思うよ。
 女の子は『黄金の腕輪』を運搬するバイヤーだ。俺達ですら見出せなかった『黄金の腕輪』を、何処からか見つけて買ってきて依頼主に渡すんだ。
 彼女を止めないと、『黄金の腕輪』がヤバい連中に渡っちゃう。だから…俺は撃つ。
「どうだ? 当たるか?」
 俺の横から声が掛かった。標準を定める為にスコープをのぞいていた俺は、ターゲットの顔を見ながら言った。
「全然当たらないっす」
 試しに一発。狙撃用ライフルの音が上空を飛行するヘリコプターの音に混ぜて狙撃する。真っ直ぐ吸い込まれて行く銃弾は、確実に彼女の脳みそを吹き飛ばす軌道に乗っていた。その間に彼女が何かを滑り込ます。
 女の子が翳したノートに、銃弾がめり込みぽろりと落ちた。
「流石だな。何度見てもすげぇよ。俺にはあんな芸当は無理だな」
 俺も頷いた。あの力は『天使の守り』と言って、もの凄い危機察知能力と危険回避能力を持っているって話だ。お陰で何度撃っても防がれる。お陰で俺は心置きなく狙撃が出来る。当たりませんでしたって報告するのが、こんなに気が楽だって知らなかった!
 それにしても、隣には誰が来てるんだろう?
 フーガ課長にしては間延びしてるし、サタル班長はもっと五月蝿いから違うし、テングかなぁ?
 俺がスコープから目を離して隣を見遣ると、そこにはターゲットの1人アレフの姿が…!
「うわぁ!」
「おっと、危ない」
 うっかり足を滑らせてビルから転落する所だった!俺を屋上に引っ張ってくれると、ついでと言わんばかりに狙撃用のライフル銃を蹴落とした。がちゃーんって遥か下から音がする!ひ、ひど過ぎるっ!
「SICURA、狙撃手Aは無効化した。これから合流するが、他の狙撃ポイントからの狙い打ちがあったら連絡くれ」
 ヨン。携帯電話が返事をする。
 うわわ。本物のアレフだ。データーベースの写真じゃなくって本物!最高レベルの超能力者、ヒーローズの1人。映像で見ただけだけど、ゾッとする程に強力な力を仕える能力者!すげーカッコイイんだよ!
 へたり込んで座っている俺を一瞥すると、アレフは歩み去ろうとする。その行く手を遮るように、黒い稲妻が走った!
「貴方を先に行かす訳にはいきません」
 アリアちゃん!白銀のストレートの長髪をなびかせ、黒いグローブを嵌めた彼女がアレフの前に立ちはだかる!
「その力…ヒーローブラックのジゴスパークか…」
 アレフはモッズコートのポケットに手を突っ込んで、悠然とアリアちゃんに言う。
「その力で戦わない方が良い。きれいな顔に傷を付けて、慰謝料請求されたら困る」
「心配は無用です」
 にっこりと天使のようなアリアちゃん、可愛いっす。
 そして可愛らしい唇が『ジゴスパーク』と歌う。強力な黒い稲妻が、アレフを打ち据える。堪らず一瞬気絶したのか、アレフは倒れ込んで咳き込んだ。
「…っつ!痺れる…マジでいってぇなあ…」
 すっげー!あのアレフが倒れてるよ!…いや、ヒーローズで一番倒れてんのはアレフなんだけどさ。
 アリアの力は『悟りの書』。能力者の力をコピー出来るが、オリジナルに比べれば半分の威力になる。半分でも彼女がコビーしてきた能力の威力と比べたら桁違いだ。彼女の事だ、最初の一撃は手探りだろうから手加減しただろうけど、あまりの強さに彼女が驚いているのが分かる。
 アレフは立ち上がる。ばちばちと身体を走る電気を見て、アリアちゃんが呆れたように言う。
「生身で受けるなんて、なんて無謀な事をするんですか」
「一般市民に特殊能力使って良く言う」
 そう、アレフが吐き捨てると、アリアちゃんに何かを放り投げた。ジゴスパークで撃ち落とそうとすると、それはアリアちゃんの目の前で爆発する…!
 俺の『鷹の目』が捉える。あれは、俺の狙撃用の銃弾…!
「まだまだあるぞ!」
 俺が横に置いていた銃弾の箱をわし掴むと、アリアちゃんに放り投げる。銃弾をバラバラと頭から被り、彼女の足下には足の踏み場も無い程の銃弾が転がった。
 アレフがまるで悪役みたいな笑みを浮かべる。
「さぁて、これでジゴスパークの力を使うと自爆するぞ。どうする? しかも、その銃弾1つ1つに俺が浴びたジゴスパークの静電気が移っている。別の力を選択して使っても、1つでも爆発すれば誘爆は避けられず瀕死になるだろうな」
 た、大変だ!
 俺が銃を構えてアレフの後頭部を狙う。
 アレフを殺さなければ、アリアちゃんが死んでしまうかもしれない。いま、アレフを仕留められるのは、俺だけだ。
 あぁ、でも、どうしよう。手が震える。だって、一瞬前に俺を助けてくれた人に、俺は銃を向けて殺そうとしているんだ!なんで、何でこんな事になってるんだ!?俺は何処で道を間違えちまったんだろう。こんな事したくない。殺したくない。でも、やらななくちゃ…
「撃たねぇのか」
 アレフが振り返り俺を見る。
 その茶色い瞳の中にどす黒い光が灯ったのを捉えた瞬間、俺の身体は浮き上がり背中から叩き付けられた。投げられた!? あまりの早業で、素早さに自信があった俺ですら感知出来ない。アリアちゃんが俺の名を呼んで心配そうに顔を覗き込んだ。青空に切り取られたアリアちゃん、綺麗だな。
 かちりと、銃が構えられる音がする。
 アレフが俺達の周りに落ちている銃弾に、銃口を向けていた。
「お前が俺を撃たねぇでちんたらしてるから、お前も仲間も危険に晒されるんだ。お前みたいな甘い奴は、冷酷非情な十課の足手まといだな」
 俺は目を見開いた。自分でも分かっていた事を、敵からも言われる。その言葉は的確でナイフのように心に刺さった。頬を生温い何かが伝った。
 アリアちゃんが俺を庇うように、ショックを労るように肩を抱く。
「なんて事を…!」
 アレフは俺達を暫く見つめていたが、小さく鼻で笑った。惜しげもなく銃を屋上から放り投げると、狙撃用ライフルが落ちた辺りから再び騒がしい音が響いた。
「この俺が格安の授業をしてやったんだ。次は抜かるなよ?」
 そう言うと、アレフは階段を駆け下りて行った。

 ■ □ ■ □

 煙草の紫煙が煙る。薄暗い地下道は全く人気がなく、男がシャッターに凭れて気怠気に煙管を噴かしている。
 眠そうに細められた目元、だらし無くよれた衣類に無精髭。うちの課長も疲れているように見えるけど、この男はその上を行くわね。お風呂は入っていそうだけど、ホームレスみたいなだらし無さが漂っている。男は私が響かすヒールの音で顔を上げると、ようやく私を認識したようね。
「おっと。のんびりし過ぎたな」
 男は煙管を腰に固定したバッグに押し込むと、ジャージに見えかねないスポーツジャケットに手を突っ込んで立ち上がった。私の進む道を塞ぐように、と表現するには頼りない立ち姿でへらりと笑う。
「お姉さんは、あのジュラルミンケースに御用なのか?」
「お姉さんではなく、ルネと呼んで良いわよ。で、だとしたら、何だというの?」
 男は班長でも見せない締まりのない口元を擦った。
「出来れば引き返して欲しいんだ。俺、戦いとか面倒でしたくねぇんだよ」
 私は思わず笑ったわ。
 この男…ケネスはターゲットよ。逃がす訳がないわ。
 それに、報告書では能力を持っていない人間にしては、特異な才能の持ち主。武器を感覚で扱うって素敵な事だと思うわ。勿体ない事ね。そんな良い力を持っているのに、生かす機会が面倒なんて理由で避けたいなんて…!
 私は手をゆっくり伸ばす。そこから零れた炎がゆっくりと刀身の形になっていく。
 その炎の熱で防火シャッターが落ちる。陽炎に揺れる熱気がじわじわと空気の温度を上げる。その赤々とした私の炎を、ケネスがうっ とりしたように見た。
「ルネ、火が好きなのかい?」
「えぇ、だって綺麗でしょう」
 ケネスが大きく頷いた。
「あぁ、火は良い。俺には欠かす事の出来ない恵みだ。だけど、ルネは炎の事を全部理解していねぇみたいだな」
 そう?
 私が微笑み『ガイアの剣』を振るう。吹き出す炎、沸き出すマグマ、灼熱の地獄の前に現代の英知なんて意味がないわ。どんな銃弾もどんな刃も、この熱の前では泥と化すだけ。ケネスは私の炎と楽しそうに踊っている。さぁ、もっと踊りなさい。
 すると、ケネスは笑った。
「ルネ。お前は気が早いな」
 ふわりと鼻の先を掠めたのは、炎に炙られた焦げた匂いではない。豊潤なシナモンの香りに、危険な甘さが混じっている。
「なに…」
 赤と橙、黄色の空間が霞んでいる。良く見れば紫煙が炎の中からもくもくと沸き出している。
 ケネスは笑って、紫煙の香りを嬉しそうに吸い込んだ。
「毒草とラリホー草の絶妙なバランスに、金縛りの種とシナモンを利かせているんだ。ちょっとびりびりするが、上級者向けの良い味わいだろう?」
 馬鹿な。煙草の草なんて一瞬で燃やし尽くす程の高温だ。だが、足下に転がっている煙草の塊は、燃やしても直ぐさま燃え尽きない。まるで木炭のように熱を抱き込みじわじわと燃えて煙を吐き出して行く。
「本来は高温の火でも少しずつ焚くんだけど、ルネは気が早過ぎる。一気に燃やしたら…」
 ケネスの笑みがぐらりと傾ぐ。いや、傾いだのは私の視界だ。
 息が出来ない。冷や汗が出て、心拍数が上がる。指先が痺れて、意識が遠退く感覚が襲って来る。
 遠くでキラナの声が聞こえる。大丈夫?どうしたの?そんな問い、私が聞きたいくらいよ!
 真横に歩み寄ってしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだケネスが私の問いに答えた。
「そりゃあ、急性中毒になっちまうよ」
 ケネスは煙を吸い込んで上機嫌に言う。
「もっと致死性が高いのも用意出来るんだけど、試してみるか? 俺ですら三途の川が見えるくらい美味いぞ。ルネはお迎えがくるかもしれねぇな」
 そう言ってケネスはバッグの中を漁る。
 このままでは死ぬ。今まで悠然と敵を炎で屠ってきた私が、こんな男に油断するなんて思っても居なかった。
 私はガイアの剣を振りかざし、電気系統が走っているだろう天井を切り裂いた。運良く水道の配管を切り裂いたのか、切り裂かれたコンクリートの天井から土砂降りの雨が降り注ぐ。ケネスが驚いて下がり、炎は見る見る衰えて行く。
 薄まる紫煙の香り。顔に降り掛かる水が心地良く、私は少し息苦しさが和らいだのを感じた。
「おっと、煙が水に解けちまった。折角、全身で煙を楽しめると思ったのに残念だなぁ」
 心の底から残念そうにケネスが言う。そして背中を丸め、出会い頭の気怠気な気配を纏って私を見た。
「やる気がなくなっちまった。じゃあな、ルネ。また、いい味見つけたらを楽しませてやるよ」
「次は薫製にしてやる」
 楽しみにしてる。ケネスはにやりと笑うと、煙管を銜えて歩み去って行った。

 ■ □ ■ □

 帝国ホテルのふかふかな絨毯の敷かれた廊下。扉のドアノブは磨き抜かれ、格調高い配色は流石一流ホテルです。
 私は依頼人の部屋の前にジュラルミンケースを置きました。携帯電話を起動しSICURAを起こすと、様々な盗聴や追跡不可能の特殊回線を経て扉の向こうの依頼人に繋げます。どうして、目の前にいるだろう人物にそうするのか皆さんは疑問に思うかもしれません。ですが、依頼人の指示は可能な限り応えるべきです。
「お久しぶりでございます。アインツです。ご依頼の品を扉の前に置きました」
『ご苦労。確認の後、即座に成功報酬を振り込む』
 声の主の男性は厳格な口調でそう言いました。
「宜しくお願いします。では、失礼いたします」
 そう言って通話を切ると、私は扉に向かって一礼しエレベータへ向かいます。ルームサービスらしい台車を押した二人のホテルの従業員と擦れ違うと、私は彼等に振り返ります。
「あの」
 従業員の男性二人が振り返り、慇懃な一礼をして『お客様、どうされました?』と優しい声色で声を掛けて下さいます。私は彼等の足下を示して、微笑みました。
「歩き方、下手です。背筋をきちんと伸ばして下さい」
 従業員二人は顔を見合わせ、私の指摘に背筋を伸ばしました。私の友人が5つ星ホテルを経営してるんです。世界最高の宿との評判も頂く、由緒正しい素敵なホテルです。良く、お手伝いに行っているので、こんな些細な事に目が行ってしまいます。ただでさえ、空気から一流の気配がするのです。些細な不手際やだらし無さは、真っ白いシャツに落とした一滴の染みのように目立つ物なのです。
「僭越な指摘、申し訳ございません。では、失礼させて頂きます」
 流れるように一礼すると、私はエレベーターを降りて玄関から外に出ました。アレフさんとケネスさんが街灯の下で、私を待ってくれています。ケネスさんが延々と喫煙し、その横で煙いだなんだとアレフさんがスケジュールを書き込んでいます。
 二人が私に気が付くと、私も二人に駆け寄りました。
「依頼は達成出来たか?」
「はい。でも、今頃は特殊能力犯罪対策室に逮捕されていると思います」
 アレフさんがほうと声を漏らし、鋭い視線で訊ねます。
「成功報酬は?」
 彼らしい問いに答えたのは、SICURAでした。
『勿論、依頼主の連中が確認した直後に引き落としたヨーン!アインツの足止めがなくったって、SICURAに掛かれば一秒も要らなかったヨン!』
「特殊能力犯罪対策室の全力の妨害が、私の運ぶ『黄金の腕輪』の信憑性を立証して下さいました。それ故に、依頼主は受け取る為に多少の危険を冒さなくてはなりません。彼等は私が運んだ『黄金の腕輪』を受け取った直後に、特殊能力犯罪対策室の突入を受けて逮捕されてしまった事でしょう」
 私は微笑みました。
「私は依頼を達成し、依頼主は一瞬でも依頼品を手にいれた喜びをかみしめ、特殊能力犯罪対策室が目標を逮捕した。調達した『黄金の腕輪』は大変価値のある一品でした」
「俺の天使様は寛大だな」
 ケネスさんの言葉に、ぺこり。アレフさんが軽く拍手をして、私に笑って言いました。
「抜かりもない、剛胆なやり方だ。やるじゃないか」
「俺達からも拍手を送らせてもらおう」
 背後から声が掛かり、拍手が聞こえる。
 私達が振り返ると体格のしっかりした殿方と、小柄な桃色の髪を結った女性が並んで立っていました。アレフさんが『あいつらは…』と呟いて見遣ったのは、銀髪の背の高い男性と、美しい白金の長髪をなびかせた女性です。なんとなく察します。彼等こそ、特殊能力犯罪対策室、第十課と呼ばれる特殊能力専門のチームです。
「君達の戦いを見させてもらった。能力者と能力を使わず、ここまで対等に渡り合えるとは思わなかった」
「ありがとうございます」
 私がぺこりと下げた頭を、アレフさんが軽く叩きます。礼を言うんじゃないって言いたいんですね。
 良いじゃないですか、褒めて下さってるんですから。
「お前らみたいなガチガチの公安の狗が、俺達の仕事に口を出すんじゃねぇ」
 アレフさんが睨みつけると、桃色の女性が怒りを露にする。でも体格の良い殿方がそれを諌めて、優しさを滲ませた声でアレフさんに言った。
「法があってこそ保たれる秩序がある。勿論、我々も万能ではない。君達の存在が保てる秩序もある。互いに手を取り合う場面も少なからずあるだろう、その時は力を借りたいものだ。…ブラック君」
「流石、調べ尽くしてるってか」
 吐き捨てるように言いましたが、殿方は気を害した様子も無く穏やかな表情のままです。
「しかし、君達は少々我々の事を知り過ぎた。戦闘情報だけは消させてもらう」
 ルネ。殿方が声を掛けた瞬間、背後で二人の呻き声が聞こえた。振り返ろうとすると、立派なお尻に顔が当たっちゃいました!
「ご、ごめんなさい!」
「良いのよ? 貴方みたいな可愛い女の子なら、胸も触らせても良いわよ」
 わわ!大きい胸!駄目です!
 慌てる私に微笑んだ赤い髪の女性が退くと、目元や頭を押さえるアレフさんとケネスさんが立っています。
「では、失礼するよ。ロト人材紹介所の諸君。再会するような機会が訪れない事を、私も心から願っている」
 立ち去る彼等を見送ると、二人が呻く声が聞こえました。
「アインツ。仕事が終わったから飯にしよう。折角だからアレフに作ってもらおうぜ」
「何考えてるんだ。俺が協力したのに、何故俺が振る舞わないといけないんだ」
「折角戻ってきたんだ、アレフのおいしい飯が食べたいなぁ。店選ぶの面倒いし」
 ふざけるな…!アレフさんとケネスさんが言い争いを始める前に、私が声を掛けました。
「アレフさん、私、カレーライスが食べたいです」
「しかたがないな。今回の報酬額も良かったし、トンカツもプラスしてやろう」
 やった!私が笑う。
 ケネスさんの手を引いて、その後をアレフさんが続きながら、私達は事務所へ引き上げて行きました。
 アレフさん、カレー甘くして下さいね!
 ニンジン、星形にもしてくれるかもです!楽しみです!