素敵な変身のススメ
ヒーローズの日曜日は遅い。土曜日の夜遅くまでライブで叫んでいたレックが、寝ぼけ眼で蜂蜜レモンを啜る頃には昼のワイドショーが始まってる。まぁ、無理強いしないでプライベート優先って、ヒーローレッドが良く言ってる。ヒーローだって遊びたいし。
でもアレンのように月曜日に提出する宿題で、頭を悩ませている奴だっている。
そんなアレンの宿題を覗き込んでいるのが、アレフレッドとロトと私だ。三人が揃うとサクサク宿題が進むから助かるよってアレンは笑うけど、うーん何もしてないかな。素直だから分かりやすく教えれば、飲み込み早いから教え甲斐はあるけどね。
「アドル、ありがとう」
私が紅茶を入れて皆の前に置くと、アレンは私達に礼を言ってからアレフレッドに向き直った。
「アレフ兄ちゃんが、今日は代理なの?」
「あぁ、今日は絶対無理って頼まれててね」
アレフレッドは、本物のヒーローブラックことアレフの代理として今日来ている。金髪を適度に撫で付け、カッチリした服装で経済新聞を眺めている。そんなアレフレッドが、ロトを見て首を傾げた。
「ロトさん。君は大丈夫なのかい?」
「なにがー?」
ロトがくりんとあざとく首を傾げる。
「アレフから聞いた話では、重要な商談があるとの事なんだが…」
その言葉を聞いて、ロトが目を白黒させる。凍り付いた表情のまま固まる事しばし、あ!っと声を上げるのと携帯電話が鳴るのはほぼ同時だった。電話を取り落としそうになりながら慌てて電話を取る。ロトにしては珍しいなって思いながら、彼女の声は賑やかな奴が居ないビルに響き渡った。
「ご、ごめんなさい!忘れてた!今すぐ戻る…ってもう来てるの!?うん、うん、分かった。顔洗って待ってるね」
ロトは通話を切ると、ぱたぱたとタオルを片手に洗面台に走り込んでいく。
間を置かず来客を知らせるライトが灯り、リビングの扉がノックされた。
ロトの知り合いが来るんって察してたから、はーいと声を上げてアレンが扉を開けにいった。
扉の向こうにいたのは、スーツ姿の男性だ。硬すぎずにワックスで整えた茶色い髪、鉄の質感を持った細いフレームの眼鏡の奥には、きりりとした茶色い瞳がこちらを気にしている。日に焼けた健康的な手元には、女性物のスーツを掛けたハンガーが握られている。
「おはよう、アレン君。ロト社長はいらっしゃいますか?」
深く落ち着いた声色で名前を言い当てられ、アレンが凍り付く。
「ご、ごめんね! 時間大丈夫!?」
ロトが慌てて男に駆け寄る。頬にばしばし付けている化粧水が、キラキラと宙を舞う。男は落ち着かせるように穏やかにロトに声を掛ける。
「30分余裕は見ています。着替える時間に余裕はありますが、ブロウは諦めて下さい」
「分かった!着替えて来る!そこで待ってて!」
そう個室に飛び込んだロトを見送り、私は男に振り返る。男は小さく息を吐いて時計を確認し、ネクタイを直している。中に入る様子も無く、静かにロトが出て来るのを待っている感じだ。
ヒーローズと無関係な人を入れて大丈夫なんだろうかと迷うアレンの後ろから、アレフレッドが声を掛けた。
「久々の臨戦態勢だね、アレフ」
え? 言葉を失う私達の前で、男は眼鏡掛け直しアレフレッドを見た。
「社長は若い女性。副社長の私が補佐をするのは当然の事です」
そう凛とした声色に、アレフレッドがうっとりしたように微笑んだ。
「本気の君は相変わらずカッコいいなぁ…。むりやり引き抜いて会社に呼び戻したいくらいだよ」
スーツ姿のアレフは失礼と小さく頭を下げて中に入ると、テーブルの上にアタッシュケースを置いた。その動作1つ1つが洗練されていて、溜息が零れるほど綺麗だ。淀みなく無駄のない動きは、一流の武道家や踊り手のようにすら見える。
あの埃っぽいモッズコートと、斜に構えた姿勢から覗く仏頂面の印象は何処にも無い。
これはアレフレッドでなくとも惚れ込みたくなるのは分かる。仕事を任せられる、そんな気にさせてくれる安心感がある。
「相手は名の知れた大企業。油断等見せられる訳がありません。折角仕込んだ口調を崩そうとしないで頂きたい」
とんとんとんと小気味良い音を立てて、アタッシュケースの中から化粧品が出て来る。コンパクトにまとめたポーチの中身はプロが使うような様々な大きさのブラシが納まっている。鏡を取り出すと、アレフは自分の顔を見て複雑な表情を滲ませた。
「人って上手く化けられるよね。正直、ここまで演じ切られると清々しいくらいだ」
私の言葉に、アレフは『ありがとうございます』と慇懃に頭を下げた。
「でも、疲れるでしょ?」
「商談が終われば戻れます」
『本当に別人みたいだ。プロってここまで凄いのか…』そう顔にでかでかと書いて見つめているアレンは、変貌したアレフの姿に相変わらず声が出ない。ヒーローの変身なんて要らなそうなくらいだもん、そんな反応もしかたがないね。そんなアレンを見て、アレフが困ったように苦笑い。
「そんなに心配でしたら、商談が終わったらこの格好で寄りましょうか? 私の中身は変わっていないと証明しても良いですよ」
アレンは激しく顔を横に振った。それはそれで夢が壊れそうだから、私も遠慮したいかな。
「お待たせ!」
慌ただしくロトがスーツに着替えて出て来た。慌てているのが目に見えて分かる服のよれ具合だ。アレフは彼自身の前に招き寄せるとその服のシワを伸ばし、しっかりと着付ける。椅子に座らせ、化粧をアレフが手慣れた手付きで施す。
その様子を私が興味津々で覗き込んでいるから、ロトは照れ隠しのように笑う。
「アドルったら、恥ずかしいよー」
「いや、綺麗だよ。私は化粧をしたロトも素敵だと思うね」
ほんのりと薄い化粧、あまり大人ぶらない、でも子供っぽくない絶妙な口紅やアイシャドーの配置。ロトがいつもよりもっと綺麗でドキドキしちゃうね!鏡を覗き込んで青い宝石のピアスとネックレスを付けると、にっこりとロトは笑った。
「ありがとう!ばっちり!」
「社長」
アレフが優しく声を掛けると、ロトの胸元に紫の花のコサージュを飾る。そして上から下まで確認するように見て、1つ頷いた。
「宜しいかと思います」
立派なスーツの似合う女性に変身したロトは、アレフを見上げて大人びた笑みを浮かべた。
「宜しくお願いしますね。私の副社長さん」
アレフがくすぐったそうに笑うと、すっと手を差し出した。
「お時間です。参りましょう」
そう伴って出て行く二人と擦れ違ったレックは、吃驚したように硬直した。
ロトは辛うじて分かるけど、アレフは分かんないかもね。私とアレンとアレフレッドは、ちょっとした秘密に顔を見合わせて笑った。
変身も悪くはないね。ピンクでひらひらは認めたくないけどさ…!