温泉郷 de 一狩り行こうぜ!

 山奥の村の朝の空気は磨き抜かれている。
 とにかく綺麗で清々しくて、肺の奥まで吸い込むと身体が現れるようだ。鳥達がさえずり、花が綻び、桜が咲き始める。夜露を輝かす朝の日差しに輝く、春に芽吹く喜びに満ちた世界。コンクリートジャングルの喧噪ばかりを見て来た目には、まるで宝石箱のように綺麗だ。
 かさ。
 山道を散策する俺の行く手に、葉が擦れる音がする。栗鼠とか兎かな…?
「おおおおおりゃあああああ!!!!」
 大声の気合いとともに鳥達が一斉に飛び立つ。俺の目の間に吹き飛ばされた豪傑熊の頭に、大金槌を構えた青年の会心の一撃が入る!豪傑熊の頭は無惨なまでに潰れ、そのままゆっくりと倒れぴくりとも動かなくなる。青年はシーブスナイフを取り出すとさっと首を切り、脇の急斜面に頭を下にして横たわらせ血抜きをする。さっと聖水を振り撒いて、撮み食いするヘルコンドル避けを施した。
 その立ち姿はまさにプロだ。冷静な青い瞳、邪魔にならにように短くした黒髪、細身でしなやかな肉体に不釣り合いな程の重量を持つ大金槌を軽々と肩に掛けた。
「仕留めたか?」
 ゆっくりと木の葉を付けたモッズコートを翻し、青年の仲間だろう男が合流する。くすんだ緑色のモッズコートは返り血なのかワインレッドがこびり付いている。鋼鉄の剣と猟銃を片手に横たわる豪傑熊を一瞥する。
「悪くないが、あんまり頭を潰すな。役所の人間が嘔気付くから手続きが伸びるし、解体が面倒になる」
 男はそこで、周囲を見回した。
「ケネスは何処でサボっていやがる」
「薬草とか茸とか果物採取に行って来るって。十分前にアインツが獲物を回収に来て、手続き終えてもう一度取りに来るのは一時間後だって言ってた」
 男はやれやれと言いたげに息を吐くと、青年に視線を向けた。
「今の時点でまぁまぁの収穫だったし、次の便で最終にするか。大物狙うぞ、ロレックス」
「了解」
 すると、男は俺に向けて猟銃を構える。
 え?ちょ…!
 轟音が響き、俺は目を閉じて身体を硬くする。あぁ、課長、班長、十課の皆…短い間だったけど俺みんなと一緒に仕事が出来て本当に楽しかったっす。本当はこんな所で死ぬなんて、お前馬鹿かって怒るんだろうけど、俺はドジで間抜けで詰めが甘いから自業自得なんっすよ。テング、冷蔵庫のプリン食べちゃってごめんね。あと、アリアちゃんのシャンプー無断で使ったのは…ってあれ?
 背後で何か大きな物が倒れるような音が響く。
 俺が潤んだ視界を巡らせて振り返ると、綺麗に頭を打ちぬかれた暴れ牛鶏が痙攣している。男は急斜面に瀕死の暴れ牛鶏を転がすと、鋼鉄の剣をさっと引き首を切り裂く。どくどくと流れる血の量は、青年が仕留めた豪傑熊とは勢いが違う。まだ、心臓が動いているんだろう。
 男が聖水を振り撒くまで行うと、ロレックスと呼ばれた青年がぱちぱちぱちと拍手をする。
「これくらい綺麗にやれ」
「流石、アレフ…。勉強になります」
 そう、先日俺達十課と戦ったロト人材紹介所の副社長、アレフだ。部下のロレックスの賞賛も馬耳東風で聞き流していると、彼は俺に猟銃を押し付けて来た。俺が思わずアレフを見遣ると、茶色い瞳が俺を真っ直ぐ見つめていた。
「森の魔物が殺気立っている。さっきの調子じゃ、俺達と一緒の方が安全だ」
 殺気立ってるのは、アンタ達が狩りしてるからじゃないんっすか!?
 そんな威勢のいい事なんて、とても言えやしない。きっとアレフが助けてくれなきゃ、暴れ牛鶏に踏み殺されていたんだろうから。
 アレフとロレックスはゆったりとした足取りで、先を歩き始めた。
「そう言えば、まだ大鶏を見かけてねぇな」
 そう呟くモッズコートの背中から下がって来たロレックスは、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に訊ねた
「俺、ロレックス。あっちがアレフ。お兄さんの名前は?」
「俺はスランっす」
 よろしくな、スランさん。そう人懐っこく笑うロレックスに、俺もちょっと和んだ。

 ■ □ ■ □

 見覚えがあるんだが…思い出せねぇな。
 俺はロレックスとスランの賑やかな会話を聞きながら先を行く。内容は彼がこの山奥の温泉に仕事仲間と旅行しに来た事、この山奥の村に伝わる様々な伝説や逸話が中心だ。スランの語り方は喜怒哀楽に富んでいて、それを仕事にしているのかと思う程に聞き手を物語に引き込む。聞いているロレックスの警戒が緩くなる程だ。
 スランは背が高く、銀髪で緑の瞳の戦場が似合わない美形だ。背後からどたどた駆け寄って来る暴れ牛鶏にも気が付けないってのは、ドジというには度が過ぎている。猟銃を扱えるのか、渡した俺が疑問に思う。
 だが、不思議な事にスランに猟銃を渡すべきだと思ったのだ。
 勘…にしては自分でも驚く程に確信がある。自分の武器を渡し手数を減らす事は危険なのだが、スランが丸腰な方が危ないのは理由としては十分だ。だが、理由はそれとは違う。スランの方が銃の扱いに長けていると思ったのだ。何故かは知らねぇけどな。
 …まぁ、万が一鋼鉄の剣で対応出来なければ、ヒーローブラックの力を使えば良いだろう。気乗りはしねぇが、奥の手があるって事は悪くない。
 今、俺達はスランが言った大鶏の目撃情報を頼りに進んでいた。
 大鶏は成長すれば10メートルに達するともされる、大型の魔物だ。魔物のサイズには大中小と特大があるのだが、中型の魔物に分類される。卵の大きさは車と変わらない。肉の美味さ卵を狙い挑んだ幾多のハンターを、尽く返り討ちにすると言う森林の白いケツとも言われている。
「あ、アレフ。そっちじゃなくて、こっち」
 背後からスランの指摘が入る。その細くしなやかな指が差し示す、山道を逸れた獣道を見遣った。
「本当か?」
 俺の疑わしさを混ぜた質問に、スランは緑の瞳を瞬かせ確信を込めて頷く。
「本当。卵も3個巣にあるよ」
 まるで、見て来たように言いやがる。ロレックスが俺を見上げ、俺は小さく頷いた。大鶏の巣があるだろう場所が人の通る道に面している訳がない。今の所、スランの目撃情報を宛てにしている俺達なのだ。最後まで付き合ってやるべきだろう。
 そこから先はスランが先を行く。見た目の華奢さからは考えられない、しっかりした足取りだ。猟銃の持ち手はいつでも構えられる位置にあり、狭い獣道でも即応出来るよう意識した足運びをしている。
 そんな足取りを見て、ロレックスが耳打ちした。
「スランさんって、何者なんだろうね? 素人って感じじゃないぜ?」
「今は問題にならねぇな」
 俺はロレックスの質問を一蹴した。俺達に背中を向けて先を歩いている奴の素性を探ってもしかたがない。
「それよりも、今日の夕飯の材料の方が問題だ」
 あの胃袋ブラックホール共め…。俺は目元が険しくなるのが分かる。
 俺がバスに積んだカレーの材料は、かなりの量だった。無論、カレーって食い物は普段よりも食が進む食い物だ。茶碗一杯で満足する奴が、思わず2杯食ってしまう程の食欲を掻き立てる。そんなカレーは、参加者の胃袋の把握を目的とした献立だったのだ。
 余ったご飯やカレーを、今日はカレードリアにでもリメイクして昼に出そうとまで考えて用意した。その量は俺達、人材紹介所の慰安旅行での一日分の食料に匹敵した。
 全部駆逐されるとか、有り得ん。
 俺とアインツが夕食が終わった頃合いに到着した時、カレー鍋も御飯の釜も、食材の段ボールも空だった。信じられぬと5度見した。
 『アレフさんのカレーだったら戦争が起きてたねー』
 ロトのあっけらかんとした声に、正直目眩を感じたぞ。
「あいつ等を満腹を把握し、食材を余らせる…。暫く俺が食材の心配をしなくても良いようにな…!」
「アレフってさ、変な所で変な風に仕事の完璧主義が出るよな」
 べしんとロレックスの頭を叩き、蛙の潰れたような悲鳴を聞いているとスランが足を止めた。屈むように俺達にジェスチャーをする。俺とロレックスは胸元まで茂った薮に身を潜めながら、スランの横に並んだ。
「でか…」
 ロレックスが呻く。
 目の前には大鶏がいる。崖の影に隠れるように存在する巣に腰を落ち着け、微睡んでいる。一軒の家と変わらぬサイズだ。俺は驚きに固まっているロレックスと、意外に動じていないスランに声を掛けた。
「俺は上へ登る。俺の準備ができたら攻撃を始めてくれ。飛び上がろうとした瞬間に、翼を切り落とす」
 頷く二人から背を向け、俺は崖を登る。景色のいい山間の村の屋根が遠くに見え、朝霧の晴れた清々しい青空が森を見下ろした視界に広がって行く。あまり高い崖ではなかったから直ぐさま登る事が出来た。俺は見上げる二人に手を振る。
 ロレックスが大金槌を振りかざし、大鶏を横薙ぎに振り抜いた。
 もふん。
 そんな音がしそうな感じで、ロレックスの大金槌が弾き返される。慌てたスランが大鶏の眉間を狙い、正確に銃弾が放たれるが…もふんと音がしそうな感じで銃弾が真っ白い羽毛に阻まれた。
 ………。
 流石、森林の白いケツの異名を取る大鶏。予想外過ぎて開いた口が塞がらねぇ。
 森林を震わす甲高い鳴き声と、ロレックスとスランの悲鳴が響き渡った!
『アレフーーー!助けてーーーーー!!!』
 阿呆共…。俺は崖を飛び降り、大鶏の背中、翼の付根あたりにしがみつく。すっぽりと柔らかい羽毛に埋まり、窒息しかける。暴れる大鶏の羽根をに掴まり、剣を振るい羽毛を斬り飛ばして皮膚まで到達する。小さいながらにでかい体格を支える翼の筋肉を見つけると、俺はその筋を断ち切るように剣を振り下ろした!
 振り落とされそうになりながら、羽毛を切り飛ばしながら進む。ばらばらと真っ白い羽毛が光の粉のように空に舞い上がって行く。俺を捕まえようとする手は、もふんもふんと音を立てながらロレックスが妨害する。
 ち。埒が明かねぇ。俺が舌打ちしたと同時に、思わず飛び退く。
 俺が潜んでいた羽毛の辺りがばっさりと刈り取られ、更に鋭い光が縦横無尽に掛けて羽根を切り飛ばして行く。
「よ!副社長!随分と要領悪い戦い方してんじゃん!」
 振り返るとにやにや笑みを浮かべたケネスが立っている。背中に背負った籠からは、溢れんばかりの戦利品が覗いている。ケネスが煙管を噛み締めると、翳した手に吸い込まれるように納まった刃のブーメランに火炎草を塗り付ける。こつんと煙管の炎を落とせば、刃のブーメランが炎を纏った。
「要領よくやろうぜ。バーニングバード!」
 ケネスの炎のブーメランが瞬く間に大鶏を白から肌色へ変えて行く。
 そして丸裸になった大鶏の急所に、スランの銃弾が捩じ込まれたのだった…!

 ■ □ ■ □

 俺達が借り切っているジパング式家屋は凄く立派だ。俺達の事務所と同じくらいの敷地の庭があって、俺達の事務所の2倍の延べ床面積があるとかロト姉ちゃんは笑っていた。庭の一角は今回狩った食材が、でかい保冷シートに覆われて家の屋根と同じくらいに積み上げられている。最高新記録と役所から驚かれたけど、ちょっと狩り過ぎじゃね?
 アレフは報奨金をざっと確認して、満足そうに口元を緩める。報奨金はとりあえずロト姉ちゃんに預けると、アレフは集まったロト人材紹介所のメンバーを見回した。
「さて、毎度恒例の社長命令の宴会の準備だ。段取り決めるから、皆よく聞いてくれ」
 的確に放たれるアレフの指示。
 ケネスは狩って来た魔物の解体。だるいなぁと言いながら、ケネスは隼印の万能包丁を両手に装備して煙を吐き出す。
 ロト姉ちゃんは焼き肉サイズに切り分けられた肉を漬ける為のタレ作り。味噌じゃん、塩じゃん、豆板醤の辛めのタレじゃん、じゃんじゃんってギャグじゃないわよ!照り焼き系の甘塩っぱい系も欲しい?何が良い?と皆に聞いて賑やかだ。
 俺にはバーベキュー用の竃作り。数を沢山作らないと火が足りないだろうから、暇してるガキ共を手伝わせろだってさ。
 アレフとアインツは料理を担当する。火に掛けておけば完成するパエリアやピザ、アインツリクエストのカレーに野菜サラダからケーキまで作る品目はちょっとしたバイキング並だ。しかも姉ちゃんの方針で地元に還元って事で、ご近所さんに配る量も担当する。ご近所さん用を配り終えてから、俺達の夕食分を作るってんだから大変だ。
 実際は俺達のそれぞれの割当が終わったら、総出で夕食準備に追われる。
 アレフは大変だとか言うけど、俺は好きだよ。台所が狭いからいつもは2人が精々だけど、旅行の時だけは皆でわいわい御飯作るんだもん。それに俺達の御飯を美味そうに食べてくれる皆の顔、怠そうにしてるケネスだって満更じゃなさそうにしてるんだ。
 楽しみだなぁ。
「皆、頑張ろうねー!」
 おー!それぞれ声を上げて仕事を始める。
 ケネスが挑む肉の山は、煙草片手に刃のブーメランで切り刻まれ、更に超隼切りって感じの包丁さばきで細切れにして姉ちゃんの作ったタレの中に放り込まれて行く。時々、毒抜きって事で毒消し草を放り込むのを、無類の草好きは怠らない。
 姉ちゃんは相変わらず仕事が早い。タレを作り終えたら、ご近所さん用に作った御飯片手にあっちふらふらこっちふらふら挨拶回りだ。村のあちこちで姉ちゃんの明るい声が上がる。
 俺もレック達がキャンプファイヤー作る次いでって、手伝ってくれたから一時間もかかんないや。
 アレフの手際はとんでもない。食材1つ切る包丁の音すら、思わず振り返るようなプロ仕様。台所は狭いからって、広い縁側でアインツや俺と肩を並べて料理をする様は、本人に言ったら怒るけど面倒見の良い兄貴だよ。ケネスが山で摘んで来た山葡萄のタルトや、牧場の牛乳で作ったチーズケーキやジェラートを冷蔵庫に放り込み、アレフは圧力鍋に掛けているカレーの具合を見る。
「アレフさん。甘口カレー、味見させて下さい」
「俺は辛口味見したいな!」
「仕方のない奴等だな」
 味見用の小皿に取ったカレーに息を吹きかけ、アインツが啜る。
 俺も隣で辛口のカレーを啜る。口の中に広がったスパイスが燃え上がり、口の中で辛味になってひろがっていく。でも鼻から抜ける頃には丁度良い感じに鎮火して、食材の甘さが辛味をリセットしてくれる。一欠片だけサービスしてくれた牛筋肉はほろほろだ!
 美味しいなぁ!嬉しそうに微笑むアインツと顔を見合わせれば、アレフもほっとしたように微笑む。
「甘口の方の人参は星の形だし、リクエストのコーンも入れた。辛口はやや大人向けにしてみた。チーズを乗せて炙ったパンにつければ酒の肴にできるだろう。このペースならハンバーグも拵えてやれそうだな」
「嬉しいです!チーズも入れて下さいね!」
「それはケネスが挽肉に取り掛かれそうだったら…だな。量が量だけに、夕食までに全部解体ってのは流石のケネスでも難しそうだ。作り置いて寝かせて、明日でも良いかもしれないな」
 アインツがしょんぼりしちまったよ。アレフはハンバーグって言わなきゃ良かったと顔に描きながら、アインツの頭を撫でた。
「分かった、急遽煮込みハンバーグを追加してやる。あれなら火にかけとくだけで良いからな。耐熱皿を用意してくれ」
「アレフさん、ありがとう!急いで用意します!」
「ロレックス、ケネスから挽肉に出来そうな肉を受け取って来い。粗刻みにしてハンバーグ用の肉を作ってくれ」
 はいよ。俺の返事を聞く前に、アレフは背を向けて早速圧力鍋にデミグラスソースの材料を放り込み始める。俺が一服に忙しいケネスからハンバーグ用の肉を受け取っていると、こちらに向かって来る人影が見えた。
 ロト姉ちゃんと、スランさんと、背の高くてがっちりした男の人だ。スランさんが俺に気が付いて手を振ってくれた。
「ロレックス君!アレフさん呼んでくれる?」
「呼ばなくても見えてる」
 アレフが半眼になって耐熱皿にバターを塗っている。アインツに仕事を引き継がせると、アレフはロトの隣に並ぶ。スランの隣に立っていたやや疲れた感じの中年に差し掛かりそうな男が、軽く頭を下げた。
「初めまして。私はスランの上司のフーガと申します」
「ロト人材紹介所の副社長をしてる、アレフィルドです。アレフと呼んで頂きたい」
 アレフもフーガと名乗った男に頭を下げた。そんなアレフにフーガさんが言う。
「部下を助けて頂き、報奨金も頂いてしまったと報告を受けています」
「大鶏の発見はスランの手柄、正当な報酬です。受け取って頂きたい。スランも貰えるもんは貰え。細かい事を気にするな」
 そう言い捨ててさっさと戻って来ちまったよ。やっぱ煮込みハンバーグ追加、無理したんじゃねーの?
「ぼさっとしてんな、ロレックス。時間が惜しい」
 はいはい。
 ロト姉ちゃんがスランさんとフーガさんに、皆で晩ご飯一緒に食べに来ませんかー?って誘ってる。
 姉ちゃん、アレフが睨んでるよ。仕事増やすなってさ…。
 宴会はスランさん達も一緒かな。賑やかになって、楽しみだなぁ…!