温泉郷 de 旅行に行こう!

 神秘庁舎の27階、その魔物課の窓口の前に、赤い髪を乱雑に切りそろえた男が間延びした声で職員と話している。
「そうそう、最近の危険ドラッグの配合に魔物の毒が入ってると思うんだけど、サンプルくれない? 俺? 俺は麻薬取締課の依頼を受けてんだって。ほら、依頼書。偽物じゃないって、電話で確かめろよ」
 そうだらだらと話している最中も、煙管から黙々と煙が出ている。ここは喫煙ですと職員が嗜めても、決して火を消す気配はない。
 男は見覚えがあるどころか、先日完敗を喫した憎い相手。ロト人材紹介所に所属するガイド、ケネスだ。ケネスは受け取ったサンプルを揺らして確認すると、乱雑に紙袋の中に放り込んだ。丁寧に扱って下さいと非難を浴びるのもどこ吹く風、ケネスは気怠気に言う。
「ここで危険ドラッグの嗅ぎ分けやって良い?」
「駄目に決まっているでしょう! 副流煙ですら毒なんですよ! 何を考えているんです!」
「じゃあ、表で吸うか。配合表、風で飛んじゃうかもしれないけど勘弁ね」
 表に出られる扉は何処だい? ケネスが訊ねると、諸君は麻薬取締課に抗議の電話を入れたらしい。ケネスが煙管から煙を噴かしながら、細かいなと面倒臭そうな顔をしている。そんな彼が私に気が付いた。
 しげしげと私の顔を見ているものだから、逆に聞き返してやったわ。
「私の顔に何か付いているかしら?」
「あぁ、すまない。なんか見覚えがあるかと思ったんだけど、気のせいだった」
 ケネスは煙管を振って詫びるのを、私は気にしないわと笑う。
「他の美人と見間違えたのね。光栄よ。私はルネ」
「俺はケネス。しがないガイドさ」
 自己紹介を滑稽に感じるが、ケネスは私と戦った記憶がない。『ガイアの剣』を使って戦っているのを見た上に、彼の煙草の煙の毒で完封させられたのだ。そんな情報が流されては任務に支障が出る。課長の判断で、彼とアレフの記憶は消させてもらったわ。
 ケネスは困ったように煙を吐いた。
「困ったな。危険ドラックの嗅ぎ分けをする場所がない。事務所に持ち帰る手続きも面倒くさいんだろうなぁ」
 電話口で厄介事の押し付け合いをしているのだろう、魔物課の事務員を見てケネスが煙管を銜えた。
 実はケネスは麻薬取締課では、なかなかの有名人である。どんな麻薬の種類をぴたりと当て、様々な麻薬を配合した危険ドラッグの配合を嗅ぎ分ける。吸うだけで人体に害がある危険ドラッグだが、耐性があるのか即死するような猛毒でない限り彼は平気だ。その正確性は機械を凌駕する。その感性を買われ、ロト人材紹介所に定期的に依頼を出しているのだという。
 無類の草好き、ヘビースモーカー。ここまでくると特殊能力で良いと思うのよね。
「この階に私が所属している課があるの。その奥の窓際で良ければ、嗅ぎ分けさせてあげても良いわ」
「お、ありがたい」
 ビスケット色の扉を通り過ぎ、突き当たりの小さな窓を開ける。風は入り込まず、中の空気が外へ吸い出されて行く。その風の流れを煙で確認したケネスは頷いた。
「丁度良い。ここ、少し借りさせてもらうよ」
 積み上がった段ボールをテーブル代わりに、麻薬取締課が寄越したサンプルを並べ始める。数的には30はある小袋を眺め、紙に出して検分し、最後に煙管に突っ込んで吸ってみる。紙に書き出した配合割合だけでなく、その産地、加工時期までケネスは書き出す。
 扉を開けてデスクの椅子を少し引くと、扉の隙間からケネスが見える。怪しい事をしないか見ているが、普通に検分している気怠気な男が見えるばかりだ。
「あーこの惑わし草、甘みがあるなー。SICURAちょっとちょっと」
 ケネスが携帯電話を突くと、携帯電話が『ヨン』と返事をする。
「ダーマ南西部の雨天記録。夏期だけ5年分検索してくんない?」
 ヨンと返事が返って表示されたダーマ南西部の雨天記録を眺めると、一番雨が少ない年が書き込まれる。
『ケネス。また麻薬の嗅ぎ分けヨン? 結果を画像データで欲しいヨン。SICURA犯人探しごっこするヨン』
 そりゃあいい。ケネスが笑って煙管に麻薬を放り込んで噴かす。気が狂ってるわ。
 すると風変わりなアラームが鳴る。
『会議しまーす!出られる人は通話ボタン押してー!』
 ケネスが通話ボタンを押すと、携帯電話のチャットボイスが起動する。参加者にロト人材紹介所のメンバーが次々と名を連ねる。
『はーい!全員集合!これからちょっと複雑なシフト組むから、皆よーく聞いててねー。ケネスさーん』
「はいよ」
 ケネスが魔物の毒のサンプルを嗅ぎながら返事をする。
『地球の臍へのガイド依頼が入ってるの。いつものガライさんね!』
「ガライ教授、今度はランシールかよ。民族音楽、考古学、言語学まで手を伸ばされちゃ、何処が見たいかわからねぇっつーの。何処の誰に会いたいか、ちゃんと聞き出しといてくれよ社長。あと、地球の臍は入場制限で一人しか入れないから、倉庫に転がってるゴスペルリング捜索、誰か手伝ってくれ。3日で調べてプラン立てるわ」
『宜しくね!ケネスさんが不在の間は、ロレックスとアレフさんがアインツちゃんのガイドを担当するよ!スケジュール調整、それぞれやってね!』
『アレフさん、ロレックスさん、宜しくお願いします』
 賑やかな声と落ち着いた声がそれぞれに返事をする。
『ロレックスとあたしは、来月お爺ちゃんのエジンベア・ポルトガ・ロマリアの特別公演ツアーに同行するから、不在の間はアレフさんが社長代理してもらうから宜しくね!』
『お前ら、あんまり手間掛けさすなよ。あと、ロレックスは外国語の特訓、覚悟しとけ』
 げ。賑やかな声がぷつんと途絶える。
『で、繁忙期迎える前に慰安旅行しまーす!』
 それぞれに違った反応が携帯から沸き上がる。
『はーい!最近若い子と関わる事増えたし、春休みに持ってきてみました!場所は山奥の村ね!皆で誘って遊びに行こう!他の4色の学生さん達やそのお友達も一緒でだいじょーぶ!それぞれ声を掛けてこうね!ロレックスもカノンちゃん連れておいでー!』
『え!姉ちゃん!カノン先輩連れてきていいの!?』
『いいよー!この前の防衛成功のお祝い兼ねてるから、遠慮しちゃ駄目って言ってねー!』
『ありがとう!姉ちゃん!』
 ケネスが煙管を片手に顔を上げてこちらを見た。
「なんか、殺気を感じたんだけど…」
 あぁ、きっと班長の気配だ。厄介な事が起きなければ良いけれど…。

 ■ □ ■ □

 ロト人材紹介所は賑やかに今回の慰安旅行の準備に追われていた。
 いつもだったら社員だけなんだけど、今回はヒーローズやその友人まで招くってんだから人数の桁が違う。
 主に忙しそうなのはバイヤーの本領を発揮するアインツ。参加者にFAXで使っているシャンプーやら石鹸を聞き出し、アメニティを全て宿泊先に準備しているらしい。圧力鍋は勿論、調理器具もプロ御用達の本格器具が既に送り込み済み。持って行くの着替えだけってのが、ロト姉ちゃんの慰安旅行の趣旨だ。
 次に忙しいのがアレフで、食事関係全般を担当している。元々、三ツ星の料理屋の応援依頼が来るレベルだから、毎回毎回食事全般を背負い込む羽目になっているんだけど、今回は人数の量が半端ないから、食料品の買い付けが真っ暗闇だと嘆いている。
 珍しい事にケネスも忙しい。山奥の村は『大鶏』『人食い熊』『暴れ牛鶏』等の魔物が闊歩していて、討伐対象になっている。狩れば地域の役所から報奨金が貰えるだけでなく、獲物の肉はご自由にどうぞなのでアレフが狩りの準備をしておけと迫ったらしい。狩猟銃や刀等の許可証を掘り起こし、武器を掻き集めている。
 ロト姉ちゃんは現地の住人の方々に挨拶回りに行ってきて、昨日帰ってきた。
 でも、なんて言うか、俺が一番大変なんじゃないのかなぁって思うんだよね。
「ロレックス」
 事務所の前に止めたバスの運転席の窓から、アレフが顔を出した。シャツとジーンズ上にモッズコートの相変わらずの服装が身を乗り出す。
 俺に何かを言っているようなんだけど、外国語で全然聞き取れない。俺が聞き取れなくて意味が分からないのを察すると、ゆっくりと外国語で話しかけて来る。本当になんて言ってるか分からないんだけど、『ロト』姉ちゃんの名前が聞き取れた。
「ロト姉ちゃん呼んで来いって事?」
『あぁ、そうだ』
 そんなニュアンスでアレフが頷いて言う。
 俺は今、外国語の特訓中。
 俺以外の全員が外国語で喋っているんだ。付き合いも長いし、ちょっとした表情や雰囲気からこんな事を言っているんだろうなって想像で今の所どうにか付いて行ってるって感じ。聞き慣れれば意味も掴めて来るって言うし、アインツも大丈夫って言うんだけど本当かなぁ?
 ロト姉ちゃんを呼べば、がぼがぼでワンピースみたいなのニットのセーターに、スキニーパンツで歩み寄ってくる。うん、ぶっちゃけ、目のやり場に困るよ。
「業務的なお話だから、ジパング語でオッケー!」
 あぁ、凄く懐かしく感じるジパング語だ…!なんか、涙出そう!
 ロト姉ちゃんが笑うと、人材紹介所のメンバーが集まって来る。最初に口を開いたのはアレフだった。
「俺とアインツは別の車で、食材を買い付けしてから現地に行く。とりあえずバスには今日の夕食用にカレーの材料と米を積んであるから、間に合わなかったら先に作って食ってろ。カレーなら失敗の仕様がない」
「アレフさんのカレーが食べたいですけど、間に合わないでお腹が空いてはいけませんからね」
 姉ちゃんの趣味でひらひらの可愛いレースの上着と、動きやすそうでも可愛いめなハープパンツのアインツがちょっとしょんぼりしてる。先日のカツカレーが大変お気に召したようで、星形にカットした人参を凄く嬉しそうに眺めていた。アレフは甘口と辛口両方作るし、スパイスも別個に用意する拘り振りだから俺も早く合流してくれないかなーって願っとく。
「じゃあ、誰がバスを運転するんだ? ロレックス、大型持ってたか?」
「俺はまだ、大型免許持ってない」
 首を横に振ると、ケネスが煙を不満そうに吐き出した。ジャージの上下のスポーツウェアなのに、なんでこうも運動に縁遠い奴が着てるんだろう。
「じゃあ、俺しか運転出来る奴いねぇじゃん。面倒だな」
「私が運転しましょうか?」
 アインツが言うと、メンバー全員から静止が入る。俺もアインツの運転する車に乗った事あるけど、死んでもおかしくなかったから!
「俺が運転しますから、俺の天使様はアレフと買い物行って下さい」
 ケネスが平伏した。一番アインツの操縦に苦しめられてトラウマになっているそうだ。
「後は皆を待つばかりだね!アレフさん達はもう行っちゃう?」
「あぁ、出発させてもらう」
 アレフはそう言うと、アインツと一緒にワゴンで出発した。いってらっしゃーいと送り出す言葉がもう外国語に切り替わっている。あぁ、もう駄目だ。
 俺の顔を見てロト姉ちゃんが『大丈夫!大丈夫!』って感じの事を言った。
 パーカーにカーゴパンツで仕事着と変わらない俺だけど、旅行楽しめるか凄く心配だ…。
 早く、誰か来てくれないかなぁ…。