温泉郷 de 玄関で
朝来様の『風呂場で』の直後の話
久々に酔っている自覚がある。
酒に関しては滅法強く、どんなアルコール度数も酩酊状態にさせられた事はない。一度、ゾーマが『勝負』と称して飲み比べをした事がある。あの勝負事では負け知らずのゾーマに対して、『引分け』に持ち込んだ実績はかなり輝かしいと思っている。その時でさえ、意識はややほろ酔いを自覚する程度。自分は酒に強いと信じて疑わなかった。
新たに徳利に注いだ地酒の日本酒を煽って、鼻から抜ける香りと共に溜息が出る。シャツとシーンズだけ着てコートは横に置いているが、身体は温まりきっているようで暑いくらいだった。髪から落ちる雫を受け止める、肩に掛けたタオルが心地いい。
「アレフさん、珍しい!酔っぱらってる!」
「酔っているように、見えるか?」
俺が見上げれば浴衣姿のロトが頷いた。タオルでざっと拭いただけの髪が、しっとりと落ちてロングヘアーになっている。新しく用意した徳利の中身を見て、ロトは楽し気に笑う。
「温泉入りながら呑んだんでしょ! お風呂入りながらだと凄く酔いが回るらしいから、流石のアレフさんも酔っぱらっちゃうんだね!」
あぁ、そうかもしれん。旅行で同席していた連中とのお喋りが過ぎて、少し長湯をしてしまった。
ロトの説得力に後押しされて、もう一口。清流で名高い水で磨き抜かれた酒は、するりと喉を落ちて胸を実り豊かな秋の色彩に焦がし、春のような香りをともなって吹き抜けてくれる。いつもは辛口を好むのだが、たまに呑んだ甘口の酒がついつい多めになってしまったようだ。
風呂場で何か話していて、怒っていた気がするのだが思い出せない。
意識は割とクリアで理解はしているのだが、何事もふわふわしていて覚束無い感覚だ。そんな俺の顔をロトがしげしげと覗き込んで、ぷぷぷと吹き出した。
「ぷっ! アレフさん酔っぱらってるー!」
そんなに俺が酔っているのが面白いのか…。俺がひらひらと追い払うように手を振る。
「俺は酔いが醒めるまで、ここにいる。湯冷めするから先に帰れ」
ロトは聞いていないかのように真横に腰を下ろした。…呂律が回っていないんだろうか、それとも言ってもいないんだろうか? 風呂を出てさらに酒を追加で呑んだのは失敗だった。言った筈の事実が、次の瞬間には自信の無い幻になってしまう。
「アレフさん、あたしね、アレフさんと恋人なんじゃないって皆に聞かれちゃうんだよ!」
「あぁ…そういえば俺もお前との関係を聞かれた気がする…」
ロトがへぇーと笑った。そしてにやりと悪戯を考えている笑顔を浮かべる。
「なんて答えたの?」
「会社の社長で、家族のようなもので、大切なパートナー」
ご丁寧にも『、』で区切った部分で、ロトは深々と頷いてくれる。そして妙に艶っぽい声で囁く。
「それだけ?」
俺は首を傾げた。他に何かあっただろうか。頭がぼんやりしていて、どうにも言葉が出て来ない。いや、言葉は出て来る。出て来るが、それは当てはまるのだろうか。いや、当てはまらない。なんかちがう。なんだろう、関係で当てはめようとするから駄目なんだろうか。ふわふわと言葉が浮かんでは消えて残らない。
「他には? 他には何か言う事無いの?」
言う事…。俺はようやく風呂の中での会話を思い出す事が出来た。
そうだ。恋愛の話をしていた。レックやノアの恋人を想う嬉々とした顔が目に浮かぶ。
「そうだな、結婚して欲しい」
ロトが吃驚したように、目を丸くした。…何か、変な事を言っただろうか?
「レックやノアの方が、お前と歳が近い。あいつ等は恋人が居て恋愛をして、年相応の楽しみを満喫してる。お前が立ち上げた会社とはいえ、俺はお前に社長として頑張りすぎず恋愛とか結婚とかしてもらいたい。お前の人生なんだ。会社の事で棒に振るな」
ロトが笑った。あんまり嬉しそうに笑うから、なんだか俺も嬉しくなって来る。
「アレフさん!やっさしーい!」
がばりと抱きついて来るから、俺は慌ててひっくり返らないように身構える。だが、酔っている身体はふわふわして頼りなく、思わずロトの背に手を回して身体を支えさせてもらう。
「えへへ!大丈夫!今はね、会社のお仕事楽しいから!同じ年齢の子達が体験出来ないような、あたしだけのすっごく素敵で楽しい時間を満喫してるから!アレフさん!ありがとう!優しくって、アレフさん大好きだよ!」
はいはい。俺がロトの背を手持ち無沙汰に擦りながら、眠気を感じ始めたのに気が付いた。
俺は酔うと眠くなる質だ。
横になったら直ぐ眠れそうだ。
□ ■ □ ■
「素敵な関係だなぁ、アレフさんとロトさん…」
キラキラと輝く視線を送るアインツの背後で、風呂上がりの女性達が息を潜めて事の次第を見守っていた。ナナは顔を赤らめながらに目を輝かせ、マリアは大声を出しそうになるのを自分で一生懸命堪えている。キラナはそんな女性一同の反応を含め、呆れながら成り行きを見守っていた。
「今のって…告白じゃないの!?」
「で、でも、スルーしちゃったよ二人して…!」
互いに手を握りしめ合い、きゃっきゃとはしゃぐ恋多き年頃の娘達の横でキラナは嘆息した。
「見せつけられるとは、思わなかったね」
アレフとロトと共に貸別荘に戻るまで、何故か男湯からは誰も出て来なかったのは別の話である。