光の教団 de 力の均衡の上で踊れ
そこは要人が良く利用する高級料亭の為に、従業員は皆公務員という特殊な環境だ。重要機密を口にしなければならない密談を、この場で行う事も多々ある。調理師から給仕に至るまで親子三代従兄弟まで遡って徹底的に身元を洗われた上で、様々な調査や面接を経て選ばれた精鋭達だ。店内の全員が武術を心得、銃の携帯も許されている。
国の管轄の中で一際厳重な守秘義務が求められている場所でもある。
この国の切り札的存在、殊能力犯罪対策課が話をする場は、神秘省の中以外ではここしかなかった。
「初めまして。人材紹介所の社長をしております。ロトと申します」
なるほど。初めましてか。俺は彼女の言葉から、彼女の意気込みを感じる。
優雅に頭を下げ、スーツに納まり切らない豊満な胸から視線を思わず外す。黒に近い紺色のスーツに白いシャツ、胸の為に開いた部分から覗く見せるレースの肌着。小柄な彼女幼さを際立たせないかっちりとしたスーツの型だが、それが彼女のしまるところ出るところのラインを強調する…って何を考えているんだろう俺は。
サタルが彼等から見えないように俺を突いた。やめろ。
蒼い瞳は真っ直ぐ俺を見上げ、ブロウで伸ばした黒髪が落ち着いた雰囲気を醸している。
先日、敗北を喫し、温泉郷での慰安旅行で宴会に招いた、ロト人材紹介所の社長、ロト。我々が保有している資料とは、そして宴会で見せた朗らかな笑顔とは、全く異なる彼女に違和感が拭えない。
「かの有名な公安警察第十課…特殊能力犯罪対策課が、私共のような弱小会社の世迷い事に耳を傾けて下さるとは光栄です」
ロトは歌声のような伸びやかな声でそう言った。
彼女の半歩下がった所に控えている男性も、小さく会釈する。
ワックスで軽くまとめた柔らかい髪。鉄の細淵フレームの眼鏡を掛け、キツすぎない視線で我々を見ている。スーツはクラシックな落ち着いた型だが、待機している姿勢は踞る虎のように感じてしまう。彼も我々の資料とは異なる姿で、初見でヒーローブラックことアレフであると理解する事が出来なかった。
サタルがその姿を写真にでも納めたくてしかたがないようにうずうずしているのを、アレフは眼鏡の奥から射殺さん視線で牽制していた。
奥の座敷へ促す給仕を断り、ロトが俺達を見上げた。
「単刀直入に話をさせて頂きます」
硬質な響きで、彼女は高らかに言う。
「光の教団を壊滅させたいと思っています。その為の戦闘許可を頂きたい」
率直な物言いに、俺は思わず目を見張る。サタルはやっぱりと言いたげに、大きな反応は見せない。
2週間程前ロト人材紹介所の職員ロレックスが、サトリ神父の護衛の際に光の教団と接触した。それを機にロト人材紹介所の動きは大きく転換している。先ず依頼を全て断り、光の教団の調査に全ての仕事を切り替えた。教団が血眼になっている炎と水のリングを調達し、直接的に教団と接触する機会も見えている。戦闘もちらほらしていて、一触即発の気配有りと報告もある。
その関係か、ロト人材紹介所の職員全員の監視レベルが最大に引き上げられていた。誰が見ても、教団に喧嘩を売っているようにしか見えないのだ。
「理由を伺って宜しいですか?」
「今回の商談に理由が必要ですか?」
俺の問いを、ロトはぴしゃりと疑問で還した。
蒼い瞳が冴え冴えと俺を見上げる。その冷たさは報告や映像で見知る彼女とは別物だ。
「光の教団がどれほど恐ろしい組織であるかは、把握されていると思います。それに伴う危険も重々承知しています。しかし当然、公安となれば一般市民の守護を司るもの。公安が、国が、我々の要求に拒否すれば我々は無理強いはしません。この国に籍を置く者の勤めに逆らうのは本意ではありません」
淡々と紡がれる聞き取りやすい声が、一拍の間をあける。
「しかし、公安十課の協力が得られない場合は、教会本部と連携を取るつもりです」
ロトは本題と言いたげに、俺と隣に居たサタルを見た。
「我々の目的は公的な能力の執行。認める者が誰であろうと構いません」
確かに本題だ。その内容の重大さに、俺は彼女の発言を慎重に分析する。
能力の公的な執行。それは公に認められない。
能力者の能力の行使は使用内容に関わらず、先ずは悪として定義付けられる。能力者の犯罪多発もその定義を確固たるものとしている。
唯一の例外が我々特殊能力犯罪対策課なのだ。力を力で制する。しかし極秘裏であり公にはされない。
ヒーローズがもてはやされているのは、彼等がアニメや特撮で見られるようなスタンダードな正義の味方であるからだ。ボランティア的な活動から逸脱する事はなく、国もその力の大きさから取り締まる事はしない。
だが、能力者が力を使えば取締りの対象になる。銃を持つものが警察に逮捕されるのと同じだ。
しかし彼女は能力者の力の執行を公に認めろと迫る。
彼女は能力を用いて光の教団と全面戦争をすると、宣言しているのだ。
さらに分が悪い事に、彼女はサトリ神父と言う教会本部との繋がりも間接的に持っている。教会は世界規模の宗教組織、この国でさえその影響力をゼロにする事は出来ない。教会が認めれば、この国の法律外の特例で能力の執行が認められる。
ロト人材紹介所は規模が小さいが、世界屈指の実力者を紹介する組織だ。その力が一時であれ国外の組織に所属する事は、非情に危険だ。利害の不一致で対決すれば強敵である事を、先日十課は身を以て知った。この組織はこの国に所属していてもらわねばならない。
選択するべき返答は1つ。
ロトはその答えしか求めていない。だから理由が必要ないと断言するのだ。
大した娘だ。俺は相手の強かさを内心で賞賛する。思わず持ち上がりそうになる口元を引き締め、俺は厳格な声で告げた。
「我々も光の教団の危険性を危惧している。我々の協力者としてなら、力の執行も認められるだろう」
彼女の瞳が満足そうに細められた。
「商談成立…と御見受けして宜しいですね?」
彼女は背後を見遣って、後ろに控えていた男に声を掛けた。
「アレフィルド」
男は慇懃に会釈をすると、ロトの隣に並ぶ。眼鏡を押上げ聞き取りやすい声で、業務的な内容を淡々と説明して行く。
「僭越ながら、私アレフィルドがロト人材紹介所の指揮を執らせて頂きます。情報の共有に関しましては機密事項を除外、また互いに知り得ない情報があった場合の共有を行います。これはSICURAが主に担当します。基本的に我々が国に協力する立場、我々の独断で動く場合は至急に限る所存です」
そこで一息つくと、アレフィルドは我々を見上げた。
「今回の商談の範囲は、ロト人材紹介所の範囲のみ。異次元戦隊は含みません」
なるほど。ヒーローズを巻き込む気は、ないという事か。
俺はアレフィルドに訊ねた。
「君は?」
「会社の仕事が優先されます」
茶色い瞳が伏せられて、断言する。先日言った我々公安が気に入らないと言い捨てた事を考えれば、その言葉は自虐的な皮肉に聞こえた。
とはいえ、力の行使を求めた最大の理由は彼の存在だろう。隠れて使う、もしくは彼自身が能力を制限するのなら、我々の公認等必要ない。今まで通りで構わない。だが、相手は未知数な光の教団。彼がヒーローブラックの力を、最大限発揮する必要があると考えたのだろう。その判断はこの社長と副社長両名の決断でもある。
ロトが俺を見上げ、厳しいまなざしで言う。
「フーガ様、人材紹介所にとって職員の命は会社の存在そのものです。一人でも欠けるような危険な作戦は、拒否をさせて頂く事を了承してください」
「勿論だ」
俺も部下達の一人一人の命の重さを承知している。彼等の覚悟を汲み、信頼し、そして迎える為の努力を惜しまない。
俺の瞳を見ていたロトが目を伏せ、そろそろと手を挙げる。アレフィルドがさり気なくその手を取った。
「アレフィルド、皆を宜しくね」
縋り付くように握る細い指に、アレフィルドが優しく応える。
「御任せ下さい、社長。…そろそろお時間です」
差し障りのない挨拶を交わし、ロトとアレフは外に待機していた車に乗り込み去って行った。彼等の乗った車を見送り、俺は隣を見た。
「何を笑ってる、サタル」
「いや、面白い物見たなぁって」
これから散々からかってやろうとでも思っているのだろう。俺から見れば、サタルとアレフの相性は最悪だ。本人達も自覚している。だが、サタルと相性の良い存在は大変貴重な逸材で、アレフが相性が悪い事は決してアレフの責任ではない。サタルが全部悪い。
「これから肩を並べて戦う事になるんだ。仲良くしろよ」
はーい。棒読みの返事が返って来た。
願ってもいない協力を得たというのに、この不安はなんなのだろう。
俺は手持ち無沙汰な手で、こつんとサタルの頭を叩いた。