光の教団 de 踊る貴女の影を追って
アレフが来なくなった。
代理を良く立てる彼の事だ、最初は誰も気にも留めなかった。代理の3人もアレフから頼まれているとブラックの空席を埋めに来てくれていて、ヒーローの活動はアレフがいるよりもある意味円滑に動いていると言って良かった。
暫くして、ロトが来なくなった。
戦闘直後には必ずメンテナンスに訪れていた彼女だったが、ある日を境にぱったりと来なくなった。以前、ロトが『あたしだって風邪くらいひくかもしれないし、アドルは頭がいいから覚えるの簡単!さぁ、やってみよう!』とメンテナンスのイロハを教えてくれていた。今はそれでどうにかやっている。
勿論、皆が不思議がってロト達がいる人材紹介所に行ってみた。だって、風邪でもひいて寝込んでるかもって心配じゃないか。
そうしたら普通にロトがいた。アレフも出掛ける矢先だった。
それはもう、皆が口々にどうしたんだと根堀葉堀聞きたがったよ。でも二人共『忙しい』の一点張り。代理を立てているアレフはいつもの事だとして、ロトまでもが『暫くヒーローズの活動に参加出来そうにない』と言い放つ始末だ。
その時、私はロトの目を見て分かった。
かなり怒っている目だ。アレフが穴に飲み込まれ行方不明になった時に比べればまだマシだが、彼女がそれなりに冷静さを欠く程の怒りを抱いている。ロトは怒りだすと怒りを解消させるために、全てを傾倒させる行動をとる。恐らくアレフとロトが来なくなった理由は、彼女の怒りと関係しているのだろう。
紹介所のメンバーは口が堅い。SICURAですら、探りを入れた途端に返事をしなくなる。アレフレッドやゾーマといった、個人の情報網でも彼等の行動は掴めない。
ロトが不在の時は私が参謀だ。任せてくれ。腕がなるよ。
私はロトの怒りの原因を探る為に、先ずはアレフに問いただす事を提案した。ロレックスもロトの怒りの原因を知っているだろうけど、やはりヒーローズの事はヒーローズに所属している奴に聞くべきだ。それに、私がアレフに接触する事を優先するには、もう一つ理由がある。
「だいぶ近くに来たようだ」
私の先を歩くサルムが呟いた。そして振り返ると私を心配そうに見下ろす。
「冷えるけど、大丈夫かい?」
「心配してくれてありがとう。大丈夫、着込んでるから」
厚手のダッフルコートにマフラー、靴下は二重履き。天気予報では最低気温がそれ程低く感じられなかったけれど、体感温度はまるで雪がちらつくような痛みを感じる寒さだ。繁華街の一歩奥まった裏路地に人気はなく、地下道への入り口がダンジョンのようにぽっかり口を開けている。物音が木霊して私の耳に触れた。
「アレフは戦っているみたいだ。ブラックの力を強く感じるよ」
「彼が現場を去る前に接触しよう」
アレフがヒーローブラックの力を使っているのだ。
これはとても珍しい事で普段の彼は力を使っても制限していて、他のヒーローズである私達でも気が付けない事が多い。だがここ最近は、私達がアレフの居場所すら特定出来る程の力を使っている。噂ばかりを聞いて表には決してでない、殊能力犯罪対策課に逮捕されてもおかしくないだろう。
異様な寒さは吐く息すら白くする。私は手を翳すと、一輪のパステルカラーの薔薇を作り出す。淡い黄色の光が零れるように花から溢れ、暗い地下道を明るく照らす。
私の薔薇を見て、サルムが何か言いた気だったが先を行く。可愛いとか言いたいんだろ。言わないから怒らないけどさ…!
ジゴスパークの爆ぜる力がビリビリと空気を震わす。逆に吸い込み飲み込まれるような力も感じる。雷気を帯びた冷たい風が、私の喉を痛め付ける。私はマフラーを掻き寄せ、サルムには悪いけど風よけにさせてもらってぴったりと後ろを歩く。
私達が到着した時には、アレフが地下道の行き止まりに立ち電話をしているようだった。
「今終わった…。あぁ…特に気になる事はなかった…。報告は…そうだな、必要ないんだったな…。では、また連絡を…」
アレフが会話を終えて通話を切るのを見計らって、私はアレフの名を呼んだ。
「余程の用らしいな」
アレフがモッズコートのポケットに携帯電話を突っ込みながら、油断なく私達を見た。サルムが一歩前に出てアレフに問いただす。
「君は一体何をしているんだ?」
「ロトがあんな調子だからな…。心配するなとは言える立場ではないが、人材紹介所で大きな仕事をする事になった。仕事で忙しくて、俺もロトもヒーローズの活動に参加出来なくなった…それだけの事だ。仕事が終われば、俺もロトも復帰する」
それは最初に聞いた言い訳と全く同じだ。
「それで…私達が納得するとでも?」
「仕事内容をお前達に隠す事は、社長と俺…そして社員全員で決めた事だ。お前らが納得するしないに関わらず、俺が言えるのはそこまでだ」
成る程。そう簡単には教えてくれないって訳か。
私はヒーローピンクに変身し、アレフを睨んだ。アレフも静かにグローブを具現化させ、私とサルムを見遣る。
「ビジネスには守秘義務ってもんがある。力尽くで喋る程、俺は口が軽くはねぇぞ」
「確かに、この条件で君が喋ってくれるとは考えていない。情報を得る為の条件を揃える為に、少し準備が必要なだけだ」
サルムがぐっと拳を握り、駆出した。追撃するように私の花の花弁が吹雪のように地下道を覆う。アレフの視界を奪うが、サルムには私の力が作用して視界を遮る事がない。花びらがアレフの身体に触れる度に、アレフの位置、力の発動のタイミングが私に伝わって来る。
アレフのジゴスパークの力が放たれる。
予測済み。そう思ったが、力の働きが違う。爆ぜた力が周囲の花びらの力を全て巻き込んで収束して行く。瞬きする間もなく花弁は闇に吸い込まれ、ふっと消え去る。いつの間に習得したんだろう。放出の性質を持つジゴスパークを逆手に取り、まるでブラックホールのように全てを吸い込む力だ。
だが驚いてはいられない。
懐に入ったサルムの拳がアレフに迫る。互いに一歩も譲らぬ肉弾戦を繰り広げながら、アレフは退路を探っているように見える。
アレフは私達を傷つける事を避けたがっている。撤退に意識を向けているなら、その意識、利用させてもらおう。
私は再度花吹雪を生み出すと、サルムに触れた花弁越しに語り掛けた。
『サルム。一瞬だけ隙を作ってアレフを逃がすよう仕向けて欲しい』
困惑する意識が花弁を通して伝わる。
『大丈夫。信じて欲しい』
アレフのブラックホールのような力が再び放たれ、花吹雪を吸い込む。サルムが拳を振り下ろすタイミングをずらし、アレフは地面に拳を叩き付ける。地面に迸ったジゴスパークの衝撃に身体を乗せ、私の上を飛び越える跳躍を見せる。
着地位置。
読み通り!
足下に敷き詰められたアスファルトの色彩の花弁が、着地したアレフの足下を掬う。堪えきれず転倒したアレフに、サルムが一足飛びで肉薄する。バランスを崩された上に、相手はヒーローズの力を持っていなくとも武術の達人。あまりの早業に見えなかったが、サルムの一撃に成す術無くアレフは意識を失って倒れた。
ブラックのグローブが解除されて消えたのを確認し、私はロトに電話を掛けた。
「ロト。気絶したアレフを拾ったからさ、ヒーローズのビルまで取りに来てよ」
ロトは来る。例え怒りに我を忘れようと、家族を見捨てる事は絶対にしない人だから。
■ □ ■ □
「誘拐と同じだよ、アドル」
そう扉をくぐったロトは、呆れた様子で私を見た。
ソファーに座って不貞腐れているアレフの真横に腰を下ろすと、ぺたんと彼の肩に頭を預ける。『アレフさんのドジ、間抜け』そう呟くロトに、アレフが気まずそうに『はいはい、社長。すみませんでした』と呟いた。
気絶したアレフを連れ帰り、先ずやった事は携帯電話の中のデータの確認。当然っちゃあ当然だけど、通話履歴も着信履歴もアドレスもまっさらだ。SICURAが管理するデーターベースからデーターを引き込んで使う携帯らしく、まるで新品のように何もなかった。パスケースの中の電子マネーのカードの履歴照会も、何の収穫もない。やりすぎと言える程の機密具合だ。
代理を除くヒーローズ全員の前で、私はロトに言った。
「貴女の口から理由を聞きたくてね。社長と副社長を揃えれば、方針を変えてくれるって思うでしょ?」
アレフは会社全体で決めた事だから、喋れないと言った。自分だけの決定ではなく、複数との連帯責任を伴う事柄は崩す事が難しい。だが、ロトとアレフは彼等の会社のトップとナンバー2。二人の決定であれば、会社の決め事を覆す事が出来るはず。
引きずりだされる形になったロトは、手を組んでヒーローズ達を見回した。
「あたしはね、君達を巻き込みたくないんだよね」
声も目もとても冷たい。まるで他人に接するような隔たりを、彼女は作っている。
「君達はまだ無関係なんだ。巻き込む訳にはいかないじゃない」
私の後ろで事の次第を見守る筈だった仲間達が次々に声を上げる。
「無関係? 博士、本気でそう言ってるの?」
「俺達、ヒーローズの仲間じゃないか」
ノアやレックの言葉に、ロトは痛みを感じたように顔を顰めた。硬い表情から硬い声が紡がれる。
「君達は本当に良い子だね。そう、君達の力を利用すればあっという間に終わる。あたしの…あたしたちの私闘に、全く関係のない君達を利用しちゃう。あたしが本気で怒って理性も全部怒りに注ぎ込んでたら、隠し事しないで君達を焚き付けて私闘の駒にしちゃうんだ。最強の駒を手に入れて、あたしは目的達成、ばんざーいって元通りになると思う」
ロトが身震いした。組んでいた指を解し、苦し気に胸元を押さえた。
「本当に放っておいて! あたしは、まだ、酷い事しちゃいけないって、分かるんだもん…!」
「ロト」
苦し気に感情を吐き出すロトを、アレフが抱き寄せる。頭を抱え、震える身体を落ち着かせるように撫でる。
アレフが茶色い瞳を辛そうに細め、私達を見た。
「今回は関係者が集まって協力体制を築いている。俺達 ロト人材紹介所だけが動いている訳じゃないんだ。まだ、世の中に知れ渡っている事でもないし、水面下で終息させようと動いている。ヒーローズが出て来て、一発で万事解決って方向だったらとっくに話が来ていただろうが、そうじゃないだろう? お前達がいくら強力で万能であろうと、お前達以外の者でも出来る事がある。今回は後者って事だ」
アレフはヒーローズ一人一人を見つめ、訴えるように言った。
「その…なんだ…信じてはくれないか?」
「でも…!」
誰かが言った。その言葉と同時に、床に堅い物が落ちる音が響いた。
瞬く間に空気に甘い香りが広がり、ばたばたと仲間達が倒れて行く。すでにレックは大鼾だ。
素早く窓が開けられて閉じる音がすると、私の背後で気怠気な声が響いた。
「ふん。社長が言うまでもなく説得は無意味だったな」
ケネスがロープを肩に掛け、ピンクにすら見えるような濃厚な甘い香りのする煙を吐いた。味わうように吸って、満足そうに眠りこけるヒーローズ達を見る。
「ラリホー草と甘い息の極上ブレンドだ。魔物でもスウィートルームのベッドに寝転ぶようにすやすやよ。坊や共は寝ちまって、全く勿体ねぇなぁ」
ご苦労様。ロトがケネスを労うと、私に視線を戻して冷たく微笑んだ。
「アドル、やっぱり寝なかったね」
「演技…ではなかったみたいだけど、仕掛けて来るとは思ってたよ」
私は直ぐさまピンクのヘルメットを装備して、睡眠ガスから逃れる事が出来た。そんな私の肩をぽんぽんとケネスが触れた。
「予め身構えていただろうが、いい反射神経だった。だけどよ、アドル。お前さん、どうして他の連中がすやすや寝ちまったのか分かんねぇ? 急性過敏症のアレルギー反応を利用させてもらったが、前もって仕組まれてた睡眠作用は何処から来たと思う?」
力を使っただけではない疲労感。ガスを避ける事は出来たけど、戦う事は出来ない。
何も出来ない私にロトは、微笑んで種明かしをする。
「貯水タンクにラリホー草の微粉を混ぜたの。手洗いうがい、ちゃんと出来る良い子達だからしっかり効いてくれて嬉しいわ」
そうしてアレフとロトが立ち上がる。眠気から来る倦怠感を撥ね除けようと、私は声を張り上げた。
「待って、ロト!」
ロトは動きを止め、自らに言い聞かせるように呟いた。
「もう少し…もう少しで潰せる。後少しの辛抱なのよ」
未練なんてない。そう言いた気に去って行く背中。ケネスが窓を開け放ってから、ロトに続いて出て行く。その背を見送って、アレフが私に言った。
「悪いな」
一体、何が起ころうとしているんだろう。三人が去って行った扉を、私は胸が張り裂けそうな思いで見つめていた。
ロトも、アレフも戻って来ない。