光の教団 de 舞踏会を離れて影二つ

 賑やかな繁華街の喧噪が、深夜の為に控え目になって来た。営業時間を終えて消えて行くネオンの代わりに、月明かりがタイルを白く照らしている。
 ヒーローズの為に用意した雑居ビルは、もぬけの殻。リースの品物を返品したら、何にも残らなかった。何も無いだだっ広い空間に、備え付けられたスプリンクラーや火災警報機が見えるだけ。給湯室もノアやティアが充実させていた飲み物関係の物品が撤去されて、物寂しいと感じてしまう。自分達のマグカップを持って行った辺りがヒーローズ達の姿勢を感じられて、可愛げがあった。
 ロトはリビングとして使っていた一室を見渡せる窓を開け放ち、窓枠に腰をかけていた。
 書類を片手に歩み寄って来た俺に目もくれず、がらんとなった室内を見ている。蒼い瞳は空虚で、俺の言葉も耳に入っていないようでぼんやりとしている。月明かりを含んで流れる風が彼女の髪を揺らしているので、ロトが人形ではないのだと分かる。
「ビルの解約手続きを済まして来た。誰も使わないんじゃ勿体ねぇし、また必要ならこの手の物件は簡単に見つかる」
 俺はロトに話しかけた。こんな状態でも、言葉は割と入っている。
「置き手紙にも書いてあるが、ゾーマからも話を聞いてる。なかなか面白い条件だか、ガキ共の小遣いの範囲で家をレンタルして基地が運営出来るそうだ。正直驚いてるよ。俺はガキ共を見くびってたようだな」
 ロトの無反応も気にせず、俺はやや口調を明るくして話した。実際は感心と感動でいっぱいで、俺はどうしても喜びは隠せない。
 冷静なティア、しっかり者のノア、賢いアドル。そこらへんが俺達がヒーローズの運営の全てを握っていると指摘したんだろう。そしてガキ共が頭を付き合わせ、色々考えた末にこの結果だ。
 俺達に一泡吹かそうとしやがって、まったく可愛いじゃねぇか。
 想像を越えた対応を俺は心から嬉しく思っていた。
「この先、対等に仕事をする立場になると思えば楽しみだ。成長を喜んでやろうじゃないか」
 ヒーローズは俺達にとってボランティア、仕事以下の遊びでしかなかった。それは俺達の行き過ぎた支援の範囲で活動する、ヒーローズの体質が大きな理由だった。
 だが、奴等は俺達の手を離れようとしている。遊びのボランティアじゃなく、本気の、それを生業として行く事を視野に入れる活動を自覚し動き始めている。
 良い事だ。
 俺もガキ共との関わりを見直す必要があると、改めて思う成長っぷりだ。
「ごめん。アレフさんがいっぱい喋ってるって事は、あたし凹んでるんだよね」
 ロトがようやく喋った。
「成長は別れじゃねぇよ」
「じゃあ、あたしが成長出来てないんだね」
 俺は大きく溜息を吐いた。
 ヒーローズ達の成長を見せつけたこの行動は、ロトの急所だった。
 会社を立ち上げたばかりの時、彼女は会社が潰れて皆が去る悪夢にうなされていた。それは現実味のある悪夢で、今の人材紹介所の経営の成功は奇跡と言っても良かった。
 その時の、この若過ぎる社長の不安定さは俺ですら見ていられなかった。結局、俺はこの若葉マークの社長の為に、公私を完全に混ぜる事にした。事務所を一軒家に変え、住み込みで会社を切り盛りする。その体勢は思いの外、コアな人種に受けたらしい。まだ幼いが実力のあるアインツは、このような完全なサポートがあるから彼女の身内から所属を許されている。ケネスもこのような公私が混ざった会社の体勢でなかったら、去っていただろうと煙を吐きながら笑っていた。ロトの弟分のロレックスも、知っている人が居るからと安心している。
 行き過ぎだ。ケネスもゾーマも、俺のお人好しを笑う。だが、それもいいと彼等は呆れて笑うのだ。
 ロトは孤独に対する免疫が無い。
 誰かが去る事、誰かを失う事に、とてつもない恐怖を感じている。いざ、そうなると自制は利かず、過剰なまでの暴力に動くか死にそうなる程の鬱になる。
 今回は俺達との関係を継続させようと、置き手紙やら引っ越し通知で分かるからかそこまで酷くはない。
 だが、光の教団との戦いでロトの心はだいぶ疲れていた。
 俺はコートを脱いで、ロトの頭に被せた。
 ロトの真横に腰を掛けると、ロトは身体を押し付けるように寄り添って来た。誰かが隣に居る事をロトが実感する事が、ロトの恐怖に対する薬だった。
 なんか落ちそうで怖いな。俺はコートの上からロトの華奢な肩を支える。
「お前の選択は間違ってない。条件にヒーローズを巻き込んでいたら商談は成立しなかったし、俺達単独で動くリスクを分散させ尚かつ共闘相手にあいつら選んだ事は正解だ。あいつ等と俺達の関係は絶妙な距離感で保たれていて、このまま目的達成まで契約を更新するだろう。全部正解だ。ロト、俺達はお前の判断を必要としてる。俺達はお前について行くと決めていて、命を賭ける覚悟もある」
「命を賭けるなんて言わないで」
 モッズコートの下から恨みがましそうな目で俺を見上げる蒼。俺はそんなロトの懇願を撥ね除けた。
「ヒーローズにそれを強いれない。だから外したんだろ」
 俺は鋭く、その蒼を見つめた。
「ロト、俺は誰だ?」
「アレフさん」
「お前にとってどんな立場だ?」
「副社長でしょ?」
 ロトの言葉に俺は頷いた。
「副社長の仕事は社長を支える事だ。お前の判断は俺の判断。お前が間違えれば、修正する。お前が望む事は、俺が達成してやる。お前が辛い事は、肩代わりしてやる。お前が進めないなら、俺が担いで連れて行ってやる。社長だからと抱え込むな。俺の仕事が減るだろ」
 ロトが小さくとも声を上げて笑った。もう、大丈夫そうだな。
 俺も安堵から微笑んだ。被せたモッズコートから頭が出て来て、俺は彼女の硬い黒髪を撫で回す。
「後もう少しなんだろ? もう直ぐ終わるさ。そうしたら…そうだな、ガキ共の秘密基地を拝みに行ってやろうじゃないか。面白そうな家らしいぞ」
 立ち上がろうとすれば、ロトが服を掴んでいる。
「ねぇ、アレフさん」
「なんだ?」
 ロトは天井をちらりと見遣り、そして小さく笑って俺の肩に頭を押し付けた。
「ううん。なんでもない」
 もう少しこのままか。ロトは体温が高いから眠くなるんだよな…。


 パソコンの画面に、寄り添っている男女が映っている。書類がぱらりと床に落ち、男が居眠りをしているのが分かった。それを見て女性が笑い、肩に掛かったモッズコートをよいしょよいしょと男の肩に掛けてやった。
 そう、オレ達が去った後の旧ヒーローズのビルの様子だ。
「流石、ロトは気が付いたみたいだね」
 オレの言葉にアドルが頷いた。
「ちょっとやり過ぎかなって思ったけど、紹介所の気持ちが聞けて良かったかな」
 オレ達はサルムの兄から超小型で高性能の隠しカメラを借りて、ビルに仕掛けて出て行った。ロトが紹介所の社員の携帯に搭載させているジャミング装置でも、画像や音声の明瞭さが損なわれない一番良い奴らしい。
 とにかく、アレフとロトの反応が見たかった。
 皆が手分けして手配をし、スプリンクラーの装置の中に仕掛けたんだ。誰かが来たら自動で映像を転送するようにも、アドルがプログラミングしてくれた。
 まさか…こんな映像を見る事になるなんて誰も思わない。
 アレンは顔を真っ赤にさせて黙り込んでいるし、ティアは即座に録画ボタンを押し、レックは隣で『キスしろ!』とか『告れ!』盛り上がってるし、アドルは呆れ果てて笑いしか出て来ない。オレですら恋人のナナで想像すると、顔から火が出るレベルだ。
 冷静に紅茶を啜り画面を覗き込んでいたゾーマの隣で、フェイがオレに訊ねた。
「この二人付き合ってんのか?」
「驚いた事に、互いに恋人って認識すらない」
「嘘だろ…」
 愕然とするフェイに、その場にいた全員が『本当』と返した。


 時を同じくして、公安十課もアレフとロトに連絡がしたいと要請があった。
 答えるのが面倒だったSICURAが、この隠しカメラの映像を転送したのは言うまでもない。