光の教団 de 踊り手達は舞台へ登る

 時刻は太陽が傾き、もう直き暮れ始める夕刻。青々とした森林の深い緑の香りが押し寄せ、視覚に山の恵みを、聴覚に川のせせらぎと鳥のさえずりを誇らし気に示します。
 巨大な山へ続く登山道の鳥居の前、案内の看板には山の山頂へ登る登山道が描かれていました。踏み固められた地面は多くの人の行き来を語っている。この山こそ、光の教団の本部がある山なのです。
 そして登山道の入り口に最も近い駐車場に、私達は集まっていました。
 私達の到着よりも先にバイクで到着していたのは、サタル班長の友人。昼はカフェの店員、夜はゾンビハンターの顔を持つ双子、ヨハンさんとスーザンさんです。まるで街のショッピングモールで再会したようににこやかでしたが、それぞれが手にしたボストンバッグには重火器の重い金属音が奏でられています。
 そして程なくして2台の車が到着すると、ロト人材紹介所の方々が降りてきました。見慣れたいつもの服装で、変わっている事と言えばケネスさんが大きなゴルフバッグを背負い、喫煙していない事でしょう。そして彼等の車から、サトリ神父も降りてきました。
「遅くなって申し訳ありません」
「いや、指定した時刻前だ。問題ない」
 ロトさんが妖艶な笑みで、ゆったりと頭を下げる。フーガ課長がやんわりと言葉を紡ぐと、ロトさんの背後で賑やかな声が響いた。
「サトリ、やっぱり来やがったな」
「僕はさっさと、あの気分の悪いゴミ虫どもを駆除しろと言った筈だ。これ以上神の御心に反する行為を許せる程、僕は気が長くない」
 白に黄緑色の縁取りを施した司祭の出で立ち、胸元に光るのは銀のロザリオ。白に金糸を縫い付けた浄化の意味を込めたマフラーを翻し、サトリ神父は鋭く私達を見回しました。彼は歯に絹着せぬ暴力的な声色で、私達に言いました。
「ロレックス達から話は聞いている。命のリングを光の教団は悪用している事は明白だ。薄汚い悪魔共から取り戻す必要がある」
 教団が操る大規模なゾンビ達の襲撃。それらの影には、命のリングという秘宝の悪用があるのです。
 教会が保有する神秘の秘宝『命のリング』は、生命の誕生に大きな影響力を与えます。傷を癒し、病を退け、聖書で語られる数々の奇跡の影に命のリングの存在がありました。本来は正しく使われれば命を癒すものですが、光の教団はそれを悪用し死者に偽りの命を与え生者を殺める兵器に変えてしまったのです。
 サトリ神父は腕を組み、我々公安十課を見回しました。
「安心しろ。今回の事は教会側にまだ報告していない。僕は個人的な独断の上でここに居る」
 世界に強大な影響力を持つ教会。それが関わって来ては、私達も困ります。
 しかし今回は、サトリ神父の個人的な参戦になる様子。課長が厳格な表情で頷きました。
「わかった。協力してもらおう」
 話は済んだ。そう言いた気にサトリ神父は身を翻し、紹介所の車に背を預けて聖書を眺め始めました。その様子を見ていた双子が苦笑して班長に言う。
「全く、相変わらずだなぁ。ま、俺達もサトリと同じだ。命の冒涜を見過ごす訳にはいかねぇ」
「教団に遅れをとるつもりなんて更々ないわ! どーんと大船に乗ったつもりで任せてよ!」
 双子に班長が端正な顔を微笑ませて『助かるよ』と応じている。そんな私達の携帯に、様々な着信音が同時に響き渡りました。
『サポート対象者、3名追加で良いヨン?』
 携帯を待機状態から自動的に起動し、SICURAシステムのアプリが画面に表示される。
 皆に親しめるようにと、白と水色の可愛いクラゲのマスコットがふわふわと画面上を漂っています。サポート対象者リストが表示され、私達十課、ロト人材紹介所のメンバーの後に『New』の表示と共にヨハンさん、スーザンさん、サトリさんの名前が追加されました。
 ロトさんの携帯から、女性の電子音声が響く。
『ロト。特殊能力犯罪対策室とのシステム連動の不具合を改善てもらったヨン』
 実は前々からキラナとSICURAでサポートをする時に、特殊能力犯罪対策室のシステムと、SICURAのシステムに連動時に不具合が発生していたのです。伝説的な凄腕ハッカーと知られるSICURAは自立型の人工知能。彼女なりに色々と改善を試みたのですが上手くいかず、先日ついに彼女の制作者に泣き付いたとの事でした。
「わぁ!ありがとう!貴方のマスターと話せる?」
 にっこりと笑ったロトさんの携帯電話から、凄まじい量の書類が雪崩落ちる音が響き、忙しないポルトガ語の会話が繰り広げられる。内容はポルトガでのゾンビの異常発生事件。ジパングでも同様の事件が多発しているのではないかという、詰問に近いやりとりです。世界的に影響が出始めている事に、事態が如何に切迫しているかを感じます。
 ざざっと雑音が入った後に、男性の穏やかな声がロトさんの携帯電話から聞こえた。
『ロトさん。電話の着信に気が付かず、申し訳ありません。SICURAのログ確認しましたが、システム連動は問題ないようですね。後はSICURAが上手くやってくれるでしょう』
「無茶振りしちゃってゴメンね!」
 伝説的ハッカーの生みの親は『いえいえ』とやんわりと笑ったようです。
『SICURAでも対応出来ないから何事かと思ったら、特殊能力犯罪対策室とのシステム連動とか耳を疑いましたよ。公安十課のシステムは国から独立している上に所属している能力者との能力リンクシステムが特殊過ぎて、私だってなるべく関わりたくないんです。ロトさん、身元割れたら恨みますからね』
「心配するな。もう割れてる」
 フーガ課長が言うと、ロトさんの携帯電話からけたたましい騒音が飛び出した。
『まさか、課長のフーガ殿ですか!? 公安庁情報戦術対策室に人事異動だけはご勘弁を…!』
「国も君が秘密裏に告知している、国際指名手配者の追跡実績を評価しているのだかね…。まぁ、今回に限り目を瞑ろう」
 …ありがとうございます。そう消え入りそうな声が響くと、電話口の向こうでエジンベア語の怒声が響きました。『皆さん、御武運を祈ってます』そう告げると、通話が終了した。
『状況を説明するわね』
 キラナの声がそれぞれの携帯電話から響く。『大声』も特殊能力ですから、それなりに消耗もしてしまうものです。SICURAの力が使えるなら、SICURAを頼り
『光の教団への突入において、幾つか達成すべき目的があるわ。『光の教団の信者達の保護』『光の教団の教祖及び幹部の逮捕』『エスタークの討伐』『魔界の扉の封鎖』『命のリングの奪還』がそれね』
 キラナの言葉にアレフさんが頷いた。
「人数も個々の戦力も十分だ。戦力を固めず、分散させて対応するべきだろう」
「俺もそう思う」
 フーガ課長が神妙に同意し、そのままアレフさんを見遣る。
「そこでチームを結成し、それぞれ目的遂行に当たってもらう事にした。俺が紹介所の人事も決めさせてもらうが…良いな」
「先ずは案を聞いてからだ」
 アレフさんが鋭い視線で見返すと、フーガ課長が携帯電話に語り掛ける。
「キラナ、説明を」
『先ずは皆のサポートを、あたしとSICURAで担当させてもらうわ』
 携帯から『ヨン』と返事が返って来る。
 キラナはとても頭が切れる。彼女の『大声』で届いた助言に救われた場面は、数えきれない。冷静に戦場を見つめ、的確な助言を下すのに必要なのは正しい現状の把握。今回はSICURAが特殊能力犯罪対策室に残っているキラナの目となってくれる。そして広大な戦いの舞台になるだろう、光の教団の中のナビゲーションもSICURAがサポートしてくれる。
 これからの戦いに必要な情報の共有。仲間達との繋がりを感じられて、私は頼もしく携帯電話を見つめました。
『光の教団の信者達の保護は、テング、アリア、ロレックスさんで担当して頂きます』
「宜しくね、アリア」
「テングが適任ですからね。サポートさせて頂きます」
 そうピエロの格好のテングに微笑みかけた私達の元に、ロレックスさんが歩み寄る。
 青のヘルメットにゴーグルをつけ、青のグローブはヒーローズのアイテムの試作品。男性にしてはやや小柄な体格ですが、接近戦が得意な方です。彼が居れば、接近戦が不得意なテングや後衛の私が『悟りの書』に集中する事が出来る課長の判断でしょう。ロレックスさんは屈託無い笑顔で『宜しくお願いします』と頭を下げた。
『光の教団の教祖及び幹部の逮捕は、フーガ課長、スラン、そしてケネスさんに向かってもらいます』
「後衛ばっかりで平気かい?課長さん」
 ケネスさんがゴルフバックを重そうに掛けて歩み寄ります。そのバッグをぺしぺしと叩いてケネスさんは怠そうに、課長とスランに話しかけます。
「一応、俺の手持ちはナイフも兼用の刃のブーメランと、『イオナズンの矢』が30本と取って置きの『イオグランデの矢』5本持ち歩いてるから。あと、火気厳禁取扱中だから、俺は禁煙中な」
「はぁ!? イオグランデは国際法で、所持と製造に申請が必要な奴っすよ!」
 ケネスさんが耳を掻きながら怠そうに、スランを見下ろした。
「あー、警察って本当に面倒くせぇなぁ。イオグランデの調合なんて、どこの組織も隠れてやってるってーの」
 わいわいと騒がしい二人を、フーガ課長が苦笑いで見つめています。
『魔界の扉の封鎖は、ルネ、ロトさん、アインツさん、宜しくお願いします』
 女性三人集まって、華やかに『宜しく』と挨拶が交わされます。あぁ、なんだか楽しそう…!
『急遽追加になった命のリング奪還は、ヨハンさん、スーザンさん、サトリさんにお願いしたいと思います』
「任せてくれ」
 そう誇らし気に微笑んだヨハンさんと、悪戯っぽい笑みを浮かべたスーザンさんは双子だからか息ぴったりです。背後でサトリさんが重たい溜息を吐いています。戦闘能力も申し分無い聖職者の方々なのですが、ちょっと心配になってしまいます。
『そして、エスタークの討伐は、サタル班長とアレフさんにお任せします』
「本気で言ってるのか?」
 間髪入れずに言い放ったのは、アレフさんでした。フーガ課長を見上げ苦々し気に異を唱えます。
「どう考えても俺と十課の班長が、上手くいくとは思えない」
うんうん。アレフさんの発言に、十課だけでなく紹介所のメンバーも頷いた。
 確かに双方の最強を並べるだけなら、この二人を選ばざる得ない。班長の実力も然る事ながら、アレフさんのヒーローブラック力はとても強いのです。エスタークと戦い勝利する人選に、彼等を選ぶのは当然かもしれません。ですけど…。
「へぇ!これは驚いた!俺も同意見だよ。でも、副社長殿でも出来ない仕事があるんだね!」
「あぁ!? 俺に出来ない仕事がある訳ねぇだろ! お前が足を引っ張らなきゃ、俺単独でも成し遂げてやる!」
 サタル班長の言葉に、アレフさんは眉間の皺を深く刻み付けて怒鳴る。班長の挑発を流せていないのが、誰が見ても明らかです。
 そう、問題はこの相性の悪さ。班長の性格と、アレフさんの性格が絶対に合わないと誰が見ても分かるのです。譲り合い、そんな言葉は彼等の中にはないのです。特に、班長には。
「いやぁー、頼もしいねぇ。俺、何もしなくても良いってことかい? 君の後ろでお茶飲んじゃうよ?」
「あぁ、勝手にしろよ!精々、ジゴスパークに巻き込まれないようにな。俺は仕事をしてない奴は目に入らねぇからな!」
 瞬く間に加熱する二人の意見。取っ組み合いの喧嘩になりそうな一触即発の気配に、誰もが不安を抱いてしまいます。
「課長…本当にあの二人大丈夫なんっすか?」
 スランの困惑仕切りの声に、フーガ課長が答えました。
「大丈夫だ…たぶん」
 終わる気配のない言い争いを後目に、一人一人と山に登り始めました。
 準備万端の筈なのに、大変不安です。