光の教団 de 拍手喝采を送る観客達
□ おかめ様の影を見て踊る者達を読まれるとより楽しめます。
神秘庁舎27階。特殊能力犯罪対策室のビスケット色の扉の前で、あたしとアレフさんは立ち止まった。
国の庁舎って事で門前払いされると面倒だからって、あたし達は完全お仕事装備だ。アレフさんがブロウとお化粧してくれて、スーツをびしっと着こなしたら青紫と白の花のコサージュでばっちり完成!『社長っぽいでしょ!』って聞いたら、アインツちゃんが大丈夫言ってくれたから問題ないよ!
ケネスさんはジャージで麻薬取締課がある公安庁に出入りしてるから、どうやってんのって聞いたら煙吹き付けたら道開けてくれるんだって。うーん、あたし、煙草の煙好きじゃないんだよねー。
背後を見遣るとアレフさんが立っている。髪をワックスで軽く整えた前髪、細い鉄のフレームの眼鏡の奥からあたしの事を見下ろしている。あたしが1つ頷くと、アレフさんはアタッシュケースを持っていない方の手で扉をノックした。
はーい。明るい声と共に出て来たのは、白金色のさらさら長髪が素敵なアリアちゃん。とっても綺麗なルビーレッドの瞳が、あたし達を見てぱっと輝いた。手を合わせて口元に持って来た手から、歓声が漏れた。
「わぁ!」
その反応にあたしもアレフさんも顔を見合わせる。アレフさんが眉間に皺が寄りそうなのをどうにか堪えた表情で、アリアちゃんに話しかける。
「フーガ課長に面会に来たのですが…」
「はい! 課長にですね! どうぞ!」
そう通されたオフィスは何の変哲も無い場所だ。有り触れた机が並び、有り触れた感じのソファーやテーブルがあって、備品が乱雑に押し込まれた棚があって、コートを引っ掛けたハンガーが壁にかかっている。
課長のフーガさんと班長のサタルさんが奥に居て、たぶん全員集合ってかんじなのかな。フーガさんはアレフさんを見ると、口元を隠して目を逸らすんだ。サタルさんなんかお腹を抱えて笑っちゃって、一人二人と笑いがあっという間に全員に伝染してっちゃった。
へんなのー。っていうか、なんか見覚えあるなぁ…。
「あ、もしかしてここ!?」
「社長。何処だと思ってたんです?」
アレフさんが心底不愉快だと言いたげに眼鏡を押し上げた。
「じゃあ、この人達!?」
「えぇ、そうです」
あたしの驚きの声に、特殊能力犯罪対策室の皆が首を傾げる。そんな皆にあたしは嬉しそうな声を隠さず言い放った。
「特殊能力犯罪対策室の人達って、すっごい良い人達だったんですね!」
あたしはあんまり特殊能力犯罪対策室…通称公安十課に良い思いって抱いてなかったんだよね。だって、手荒くって能力使った犯罪者は殺しちゃったりするんでしょ? 悪い事してるからって殺しちゃうのって、どうかなーって思うんだよ。
最後は記憶を消しちゃうらしいじゃん。ケネスさんじゃないけど、仲良くなるつもりなんてない方が良いと思ってた。
そう、たった今まではね。
昨日SICURA経由ですっごい面白い映像送られて来たんだ。あたしとアレフさんが、恋人みたいな設定のプチドラマな感じのやつ! あんまりにも面白くって、あたしったら涙流して大笑いしちゃった! モシャスのレベル、お爺ちゃん並で凄かったよ! 最後の締めは本物のアレフさんが出て来て、がっつりオチまで決めてくれる!
ロレックス君は腹筋がヤバいと笑い転げ、ケネスさんも呼吸困難なくらいに笑っちゃう。アインツちゃんは真っ赤にして笑いを堪えちゃってかわいいんだー! あたしのせいでどんよりしてた紹介所の空気が、がらって明るくなったんだ。
あたしは感動のあまりに一番手前に居た、桃色の髪のキラナさんの手を握った。
「すっごく面白かったです! あたしの為に作ってくれたんですよね!」
目を白黒させるキラナさんの手を離して、次々と握手をする。そうそう、こんな感じの人も映像に映ってた。あたしは一人一人の手を取って、最後はフーガさんの前でくるりと一回転!
「もう、あたしったら笑い過ぎちゃって悩みまで吹き飛んじゃいました! あたしが沈んでるからって、皆に気を使って貰っちゃってごめんなさい! 本当に嬉しかったです! 感動しました!」
びしっとかっこよさそうなポーズを決めると、ピエロの格好のテングさんが紙吹雪を散らてくれた! タイミングどんぴしゃ!
「御陰様で、完全復活で元気いっぱいです!」
ありがとうございましたー! ってぺこり。
「社長。その前向き解釈、絶対にオカシイです。気分が昂っているのは分かりますが、ビジネスである事を忘れないで下さい」
扉の横で眼鏡を外して拭いているアレフさんが呆れて言う。あたしはアレフさんの横に歩み寄ると、その眼鏡を引ったくった。
「もー! アレフさんは素直にお礼も言えないの? あたしが元気になったのも、公安十課の皆さんのお陰なんだから感謝しなきゃ!」
あたしの言葉にアレフさんは目をぱちくり。呆気にとられたように反論した。
「感謝って…我々をネタに馬鹿にしてたようにしか見えませんでしけど。それと税金泥棒に、私は感謝の『か』の字もございません」
「そう? あたしは普通に面白かったけど」
まぁ、アレフさんは冗談好きじゃないからね。アレフさんに眼鏡を返すと、彼は眼鏡をかけてあたしに頭を恭しく下げた。
「社長。本題を…」
差し出されたのは最後の契約更新書類だ。この書類にサインをもらう事ができれば、あたし達の目的はほぼ達したも同じだ。こんな紙切れ一枚であっても、国を味方にし裁きから逃れる強力な盾なのだ。
あたしはすっと表情を鎮め、控え目な笑みを浮かべて公安十課の皆さんを見回した。
「では、本題をお話しさせて頂きます」
アレフさんが報告書をフーガさんに提出し、その横にあたしが契約更新の書類を置いた。
「依頼された内容は現時点で全て達成出来ました。術式に関しましても、こちらの戦力に関しましても、特殊能力犯罪対策室のご依頼に十分お応えできる内容です。必要なら教会本部の伝手ではないルートで、聖職者の助力も得られるよう手配出来ます」
あたしもアレフさんの隣に並んで、フーガさんを見つめた。
「後は…フーガ様。貴方の決断を待つばかりです」
フーガさんはあたし達を交互に見遣り、小さく頷いた。
「了解した。時が来れば連絡する」
「商談成立ですね。ありがとうございます」
あたしは微笑んだ。フーガさんの握ったペンが、さらさらと紙の上を踊りサインが描かれて行く。差し出された書類を受け取ると、感慨深くなっちゃったんだね。あたしは熱い息を吐いて、アレフさんに語り掛けた。
「もう直き、終わるね」
「名残惜しいですか、社長?」
毎日毎日、考えた。どうすれば良いのか。どうすれば出来るのか。繰り返した考察、堂々巡りの仮想の未来。それが終わる。ようやく終わる。後は実行の時を待つだけ。
アレフさんの静かな問いに、くすぐったくなって笑ってしまった。
「まさか。とても楽しみよ。貴方もでしょう?」
「えぇ、勿論」
アレフさんを見上げれば、闇を含んだ瞳が嬉しそうに笑っている。その瞳の闇から彼の考えが、あたしの鏡のように共有されているのを感じる。本当にあたしの副社長さんは、どんなあたしも受け入れて理解してくれる。
あたしは微笑んで、そうねと囁いた。
■ □ ■ □
アレフが課長と今後の事を詰めている間、ロトはくるくると十課のオフィスを見て回っている。一緒に回ってくれているのはテングで、ロトも彼のテンションに順応して子供のように無邪気な反応を見せている。割とテンションの高い二人は、息ぴったりな感じね。
「社長。終わりました。戻りましょう」
粗野な口調なんて微塵も無い、心地よい低い声でアレフはロトに声を掛けた。
それだけでも笑っちゃうわ。それ、社長だけに向ける声なんじゃない?って思っただけで、ノート30頁分は余裕よね!
ロトは元気に返事をしてアレフの元へ戻って来た。そして嬉しそうにばっと両手を広げてみせた。
「はい! あたしの大事な副社長さん! 胸に飛び込んでおいで!」
全員、昨日の出来事がフラッシュバックして吹き出した。
アレフはずり落ちかけた眼鏡を持ち上げ、呆れたようにロトを見遣った。
「社長。冗談は良いですから、事務所に引き上げますよ」
「えー!折角、同じ場所だから再現やりたーい!」
アタッシュケースを持って悠然と佇む男と、その前で無邪気に笑う女の姿。スーツの男女は正にオフィスラブの一コマのようだ。ルネの携帯の充電はまだ終わらないし、まだ充電たっぷりのカメラを密かに録画モードにして彼等の姿を捉えている。
液晶に輝く瞳とピンクの髪が映り込んで、自分は相当この二人がお気に召しているんだと思う。おもしろいもんね!
アレフが折れたらしい。小さく肩を落として、ロトを見下ろす。
「再現って…私は全然知らないですよ」
ロトがくるりと蒼い瞳を回して、にっこりと笑った。
「えーとね、あまーい言葉言ってた!」
「甘い…ですか」
アレフはじっくりと考えた後、そっと身体を屈ませた。アタッシュケースをロトに当てないように腕を下げ、まるで頬にキスをするように顔を寄せてみせる。耳元に何かを囁いたんだろう。ロトはくすぐったそうに笑う。
やばい。砂糖口の中に放り込んだみたい!
アリアが口元を両手を持って来て頬を赤らめ瞳が輝き、ルネは『見せつけてくれんじゃない』って不敵に笑う。テングですら大騒ぎする事無く見つめ、その横でスランが見てられないと顔を手で覆っているけど指の隙間から見てるのがバレバレ。課長は苦笑を通り過ぎて肩を震わせ、サタルですらにやにやと笑うばかりだ。
異様な静けさの中でアレフは姿勢を戻した。ロトが笑う。
「えへへ!確かに『さえずりの蜜たっぷりのクリームを、プラチナクッキーで挟み込んだプラチナキングサンド』想像するだけで甘い!」
「絶対に作りたくないですけどね。さぁ、満足されたなら帰りますよ」
アレフが手を差し出すと、ロトはにっこりと笑ってその手を取った。自然過ぎてエスコートのつもりってのも霞む。
「はーい!」
「では、失礼いたしました」
小さく頭を下げたアレフと、手を振るロトが廊下へ消えていく。
そんな二人を見送って、思わず呟いた。
「やっぱ くっついてそうで くっついてない感じが、最高ね!」
全員がうんうんと頷いた。