光の教団 de 舞うは闇と光と虹の色

 薄暗い廊下を赤く染め上げ、赤い炎と影が踊る。
 ロトにぴったりとアインツが寄り添っているから、力の加減をしなくて良いの。私は思う存分『ガイアの剣』を振りかざし、敵を燃やし障害物を溶かし愛しい炎と戯れる。あぁ、素敵。もっともっと、炎が見たいわ。
「ルネさんって本当にお強いですね…」
「流石、十課最強のアタッカー! 敵無しって感じだね!」
 アインツが感心しきりで呟く横で、ロトがにこにこ笑いながら歩いている。
 二人共、戦闘には縁遠いタイプみたいで心配したけど、目の前で魔物が燃えようが汚い死体の山を超えようが平気なのには助かったわ。ロトは時々凄く嫌そうな顔をするんだけど、次の瞬間には凄く冷たい表情になって自分の感情を殺しているのは分かった。その表情を心配そうにアインツが見上げていると、ロトは『大丈夫』と苦笑して幼い少女の頭を撫でる。
 そんなロトは、タブレットを起動させながら何やら念入りに操作をしていた。ぶつぶつと通話を交わす相手の声は、低い男性の声のようだ。
 このロト人材紹介所の名を冠した社長は、今、世界の命運を背負わされている人物だった。
 光の教団が神から授かったと言う『神の国へ導かれる扉』、それは『魔界と繋がる扉』だ。光の教団は制御すらできない未完成の術式で、この世界と魔界を繋ごうとしている。未完成の術式が起動するだけで、暴走した力が世界に甚大な被害を齎すだろうとキラナは語る。その甚大な被害を後目に、光の教団はこの世界を魔界に変え、地獄の帝王を世界の頂点に据える。それが班長が掴んだ教団の目的だった。
 開かれつつある魔界の扉なんて、誰がどうにか出来るのか。誰かの呟きに答えたのは、ロトだった。
 『私くらいでしょうね』
 そう、スーツ姿のロトは妖艶な笑みを浮かべて言った。心配そうに上司を見下ろした副社長を、彼女は決意を秘めた瞳で見上げて言う。
 『私は決めたの。だから、止めては駄目よ』
 そうして名乗り出たのがロトだった。実際、彼女以外の適任者はいないくらい、ロトはジパングでも屈指の実力者だった。もしもロト人材紹介所が協力を申し出なかったとしても、この段階で彼等の協力を漕ぎ着けなければならなかっただろうと課長が漏らした程だ。
「もう直き、目的地です」
 アインツの高すぎない聞きやすい声が耳に届く。
 目の前の巨大な魔物を焼き付くし、私は優雅な手付きで豪奢な扉に手を掛けた。
 光の教団が放送する映像でも見覚えがある『神の国へ導かれる扉』とされた扉だ。太陽や花、天使のモチーフの彫刻が、扉の荘厳さをさらに引き立てる。場所が場所でなければ、じっくり眺めていたいと思う程素晴らしいわね。
 扉を開け放ち、振り返った悪魔神官達を一瞬にして灰燼に帰す。誰もいなくなった空間の中央に、私達は進み出た。
 そこは広々とした空間だった。神殿を模した柱の列が、高い天井を支えている。暗闇を照らすのは、天井と窓から差し込むステンドグラスの極彩色を帯びた月明かり。柱の奥には蒼い炎を灯したキャンドルが、まるで咲き誇る大量の青い薔薇のように甘い香りと輝きを放っていた。
 そして中央に不気味な魔法陣が展開している。
「あれが、魔界の扉となる魔法陣よ」
 ロトが冷えきった声色で、魔法陣の前に立った。そして私は素朴な疑問を口にした。
「どうするの?」
 何に対しての質問か、訊いた私も全く分からない。でも、ロトはそうねと笑う。
「封印だと意味が無いから、消滅させる方向で考えてるわ。でも、これは扉だもの。扉を壊せば魔界から大勢の魔物が溢れ出て来る…だから、扉と扉へ続く空間を閉ざし扉を消滅させる」
 出来るの?
 思わず口に出しそうになった言葉を、慌てて飲み込んだ。出来ないからと、彼女に託したのは我々なのだから。
 ロトはふわりと笑って手を翳した。手から虹色の輝きが零れ落ちて、占いで使うダウジングのように揺れた。それは金の鎖で繋がれた、七色の雫の形の宝石だ。宝石から顔を上げたロトの瞳が七色に輝き、ここではない何処かを見ている。
「これは『虹の雫』。今の所、あたしの最高傑作よ」
 そして虹の雫が輝き、ロトの手が広げられる。薄暗い空間を七色の輝きが沸き上がり、魔界の扉に立ちはだかるように七色の魔法陣が展開された。今まで私の炎に焦げ臭く感じていた空気が吹き払われ、花々の匂いすら感じられそうな程。薄ら寒かった温度さえ、日向にいるかのように温かい。
 私は不安が消えているのに気が付いた。彼女は本当に、魔界の扉を消滅させる事が出来る。そう確信させてくれる。
「アインツ。後は宜しくね」
「はい。社長、任せて下さい」

 漆黒に紫色の邪悪な光を迸る魔法陣を前に、虹色のロトの魔法陣が背後に展開されている。二つの魔法陣の間に広がる、100メートル程の何も無い空間に私は立っていた。天井は消え失せ満天の星空が広がっている。地面のタイルはやや薄い光を放り、溝の線が輝いて格子のように交差し柱と壁を失った世界の地平線まで伸びて行く。
 なに?なにが起きているの?
 周囲を見遣ると、真横には変わらずアインツが立っている。彼女は私の視線に気が付いて、黒髪の下で碧の瞳を瞬かせ微笑んだ。
「これは、ロトさんとSICURAさんの制作者さんが共同で開発した、ロトさんの魔法陣の支援システムです」
 そう言ってアインツは手を翳す。騎乗で用いられた突きに特化した古めかしい槍が、彼女の手の平に光と共に現れた。蒼い刃の部分の、金の装飾が美しい。そして槍を持っていない方の手には、銀と金、そして蒼い宝石の嵌った美しい丸い盾を装備している。
 黒地に白で縁取られたウィンドウが目の前に現れると、ドットの荒さが愛嬌のあるフォントが文章を入力する。低い電子音が文字の入力と合わせて響いた。
『『ガイアの剣』も使えますよ。試しに出してみてください』
 文字に後押しされ、私はガイアの剣を使ってみせる。
 驚いた事にきちんとガイアの剣が利き手に現れる。美しく燃え盛る炎の色、吹き上がる愛しい熱の愛撫。どれもが本物に等しい。
『問題ありませんね』
 ウィンドウが閉じた先で、アインツが『宜しくお願いします!』と元気に言う。彼女の挨拶に、ウィンドウが『こちらこそ』と応じた。
 アインツは私を見上げると、話しだした。
「これだけ強力な魔法陣の抵抗に晒されると、ロトさんだけでは支えられません。私達はこの支援システムの力を借りて、効率的に魔界側の抵抗を妨害して行きます。…試しに1つ出して下さい」
 最後の言葉は虚空に向けて言うと、漆黒の魔法陣から小さい魔物が現れた。スライムと呼ばれる青い、魔物の中では最弱。水道管の雫からうっかりスライムが現れる事があり、主婦達は毎日のようにフライパンを片手に撃退し経験値を積み重ねている魔物だ。
 スライムがぴょんぴょんこちらに向かって来る。それをアインツは槍でぺこんと叩いた。しゅんと光を伴ってスライムは消えて行く。
「この様に相手側の抵抗は、魔物として表現されます。倒すと妨害達成です。でも私達が仕留められず、ロトさんの魔法陣まで侵攻を許すとロトさんの制御に支障が出ます」
「つまり、魔物を先に行かせなければ良いのね?」
 アインツが頷いて、私は感動した。
 魔法陣の制御は精密作業だ。私達が勝手に魔法陣の制御に干渉すると、ロトの制御に支障が出る。私はロトが魔法陣を展開させている間、手持ち無沙汰かと思ったけど余計な心配だったわね。この支援システムは敵の抵抗も私達の行動も、プログラムに一度置き換えられロトを支援する行為に全て変換させるのだろう。
 流石、国造りの女神に選ばれし天才と、凄腕ハッカーと名を轟かす人工知能の制作者。恐ろしいまでの実現力だ。
 アインツが槍を構え『始めて下さい!』と声を上げた。
 変化は直ぐに現れた。漆黒の魔法陣から雪崩のように魔物達が現れる。
「制作者さんに余裕があると、私達にお助けシステムを出してくれます! 頑張って凌ぎましょう!」
 火蓋を切って終わりの見えない戦いが始まった。
 そして、私は直ぐに魔物達はとても良く再現されている事に感動した。
 スライムは柔らかく、ガイアの剣の熱風で蒸発する。ギガンテスレベルになると、流石に一撃で屠るのは難しい。抵抗のジャンルを細分化させて当てはめているのか、魔物の行動パターンも実物と酷似していた。これ、正規で国は採用して対魔物実戦シミュレーションに活用すべきってくらい、リアリティがある。
 アインツは槍を棒高跳びの要領で飛び上がり、衝撃波を伴う一閃で次々と敵を消していた。それでも、彼女は私の後ろに陣取り、私の取りこぼしを確実に潰しす事に専念している。別に打ち合わせをした訳じゃないけれど、彼女は自分の役割を理解して行動出来る聡い子なのだと笑みを浮かべる。
 私は心置きなく敵を焼き尽くす。爽快で、とっても気分がいいわ。
 がこんと重い音を立てて、赤い宝箱が私の真横に落ちて来た。なんだろうと触れると、宝箱開き光に解けるように消えて行く。
 光から現れたのは黒髪にやや吊り上がった青い瞳。可愛らしく3頭身にデフォルメされた、ロト人材紹介所の職員ロレックスだ。アインツが『ロレックスさんだ!』と歓声を上げた。
「ロレックスさんは、フィールド上にいる全ての魔物の動きを止めてくれます!」
 アインツの解説とほぼ同時に、ロレックスが飛び上がる。ヒーローズの試作品、水色のグローブが輝きキラキラとダイアモンドダストを振り撒いた。魔物達は凍り付いたように静止する。
 その静止した全てを巻き込むように、私は最大出力の火炎を放つ。
 全てが燃え盛る世界、現実に見る事は叶わないからこそうっとりする程に幻想的だ。
 背後でごとんと宝箱が落ちて来た。
 振り返って見遣るとアインツが開けた宝箱の中には、デフォルメしててもやる気の無いケネスが納まっている。ケネスは煙管を振ると、全く間に目の前に再び溢れ出した魔物達を煙に巻いた。ぽんっと軽い音を立てて、魔物達が全部スライムになる。
 面倒臭がりがここまで来ると、もう個性ね。
 もうどれだけ魔物を倒して来たか、わからない。きっと制作者に頼めばカウント数を出してくれるんだろうけど、その暇も与えない程に魔物達が現れて来る。宝箱から現れるロレックスとケネスの支援でようやく一呼吸息がつける、それくらいに溢れ出る魔物達。
 時々、背後の虹色の魔法陣から矢のように光が放たれ、漆黒の魔法陣に干渉しているのが流れ星のように美しかった。
 突如ウィンドウが飛び出し赤い文字が表示される。
『大きいのが来ます! 備えて…!』
 間髪置かずに落ちて来た宝箱を開くと、そこには可愛らしいデフォルメされたアインツが納まっている。
 足の裏から震動が伝わり、次の瞬間身体が浮き上がる程の衝撃が突き上げて来た。漆黒の魔法陣から黒い煙のようなものが溢れ、それがかぎ爪の鋭い黒い手になる。腕が恐ろしい速度で伸び、二本の邪悪な手がロトの魔法陣を切り裂こうと振り上げられた。
「させません!」
 甲高い、澄んだ音が響く。振り下ろされた二本の手の前に、二人のアインツが立ちはだかった!白く輝く障壁が、立ちはだかるアインツの目の前に展開される。漆黒の手は渾身の力を振り絞っているのが見えたが、アインツの絶対防御『天使の守り』を突破する事は出来ない。
 だが、お助けシステムとして具現化したアインツの姿が薄らいで行く。ちらちらと光を放ちながら、懸命に消えまいと碧の瞳が尖る。
 私は魔物達の海の向こう、黒い腕を生み出している漆黒の魔法陣を見た。直接魔法陣を攻撃出来たら、きっと腕は消えるはず。でも、流石の私もこの魔物の海を一撃で枯れさせる火炎は放てない。
 その時、ごとんと宝箱が落ちて来た。
 赤い宝箱ではない。それは紫色の宝箱だった。
 私が叩くように触れると、そこに納まっていたのはデフォルメされたアレフだ。茶色い瞳で鋭く魔物達を睨みつけると、両手に装着したヒーローブラックのグローブがバチバチと火花を放つ。アインツが背後で歓声を上げた。
「アレフさん! 激レアです! 目の前の全ての敵を粉砕します!」
 デフォルメされたアレフのジゴスパークが、ありとあらゆる魔物を打ち砕く。私は雨霰と降る黒い稲妻と、それに打ち抜かれる魔物達の間を駆け抜けた。時々立ちはだかる魔物も、ジゴスパークでダメージを受けているからか一撃で切り捨てる事が出来た。
 黒い魔法陣を間合いの間に捉えると、私はガイアの剣の力を最大に引き出す。刀身が巨大化し、灼熱する程に燃える。
 心が昂る。この技を出すのは、久々。
 ここまで熱くさせてくれるなんて、燃やし尽くしてあげないと気が済まないわ…!
「ボルケーノ・ブレード…!」
 魔法陣の真下を切り裂くと、深々と切り裂かれた大地から灼熱のマグマが覗く。マグマは大剣の刃の形となって吹き出し、魔法陣から伸びた腕を切り落とした!黒い手が力なく崩れて行くのを見遣っていると、背後から七色の輝きが迸った。私の影が長く前方に投げ掛けられる。
 振り返り翳した手の隙間から見えたのは、ロトの魔法陣から飛び出した美しい七色の大鳥だ。巨大な翼の1つ1つの羽根が、七色の光で出来ていて羽ばたく度に七色の光を振り撒いた。
 真っ直ぐ漆黒の魔法陣に突っ込むと、大鳥は魔界の扉を擦り抜け光り輝く! 魔界から迸る強烈な光が、扉となっている魔法陣から溢れ出る。
 ぴしり。そんな音がした。漆黒の魔法陣が硝子が割れるように砕け散った。
「やった! 目標達成です!」
 アインツの喜ぶ声が響くと、ファンファーレの音と共に世界が元に戻る。魔界の扉になるべき魔法陣は跡形もなく消え去り、ロトの魔法陣も消えている。薄暗い空間に耳が痛い程の静寂が包んでいた。
 褒めてもらいたい子犬のように、アインツが嬉々とした様子でロトを探す。そして見つけた途端に、飛び出して行った。
 年相応のあどけなさが、とても可愛いわね。私は思わず微笑んだ。
「…ロトさん?」
 私は微笑ましく緩んだ口元が強張るのを感じた。
「ロトさん!しっかりして下さい!」
 頭を擡げた不安は、一気に現実味を帯びる。何故、気が付かなかったんだろう。
 強大な力の使用は術者本人の負担に直結する。『神に近き者』として魂に干渉した班長は、ほんの僅かな時間であっても凄まじい疲労を滲ませる。
 『魔界の扉を消滅させる』その行為がどれだけロトの負担になっていたのか、そしてそれを成し遂げた彼女がどれほどのダメージを負っているか、想像する事も出来ない。支援が無ければ途中で潰れていただろう可能性を考えれば、まさにギリギリの勝利と言えた。
 アインツは必死に、倒れ込んだロトの肩を揺すっていた。呼吸は正常で顔色も唇の色も良い。しかし薄らと開き時折瞬きする瞳の色は虹色で、アインツがいくら揺さぶり声を掛けても全く反応しない。『虹の雫』を持った手も、アインツに揺さぶられるがままでぴくりとも動かなかった。
「息はあるわ。死んではいない…でも、意識を失っているにはおかしいわ…」
 心当たりがある。
 天才と呼ばれる存在は、己の魂を世界に溶かすとされている。
 世界に自らの魂を溶かし、真理を得て持ち帰る事が出来るのが天才と呼ばれる者達なのだ。
 その魂は何百と言う人間の魂を覗き込んで来た班長のサタルでさえ、覗き込みたくはないと真面目な顔で言わせる程だ。路肩の占い師程度の者でさえ、覗き見る事を拒むだろう。その魂を覗き込んだら戻って来れない事を、魂を見る者達は本能的に察するのだ。
 ロトが極度の集中を見せるのも、軽く魂を世界に溶かしている状態だろう。世界に魂を溶かす者は、最後は世界と同化してしまう為に蘇生呪文でも復活は出来ない。しかし、そんな事が有り得るだなんて…
『ロトさんは戻ってきませんか…』
 男性の悲痛な声がタブレットから漏れた。その声に、私は鋭く聞き返す。
「SICURAの制作者ね。どういう事?」
『『虹の雫』は使用者の前例が未だにない未知なる領域。しかし、今回ロトさんは光の教団を潰すが為に、『虹の雫』を使う事を決めてしまわれました。それしか、魔界の扉を消滅させる手段は我々には無かったのです。私もアレフさんも、そしてロトさんも、口にしなくても分かっていたのです』
 男性の声は静かに告げた。
『全てを賭けて世界の力を引き出さねば、『虹の雫』を扱う事は出来なかったのです。ロトさんの魂は、世界に溶けてしまわれた』
 アインツがロトの身体に縋り付いて、小さく肩を震わせた。押し殺している嗚咽が漏れるのに、心が痛む。
 慰めにならないのは分かっている。でも、私はロトの目を閉じさせ、アインツの小さい背を擦った。
「泣いてもしかたがないわ」
 私はキラナに電話をかける。直ぐに電話にキラナの声が聞こえた。
「キラナ。魔界の扉は消滅したわ。これから誰か援護に寄越してくれる? ロトさんが…大変な事になってしまったの」
 誰一人動かない空間で、虹の雫が憎らしい程に美しく輝いていた。