電気クラゲの親は人
時々、携帯電話の待ち受けにふわふわとクラゲが現れるようになった。白い身体に青い触手がデフォルメされて、シンプル可愛いキャラクターのクラゲだ。SICURAが『皆と仲良くなるため』と用意したグラフィックなんだって。喜怒哀楽に富んでいて、可愛い物好きな一面を持つ面々は頻繁に待ち受けを覗き込んでる。
俺はあんまり可愛いとか興味が無いけど、電子音声だけのSICURAよりか好きかな。
「なぁ、SICURA」
『アレン、なんだヨン?』
携帯電話から声が響き、クラゲのグラフィックが画面の隅から俺を伺うように現れた。クラゲのグラフィックに触れるとぷにぷにと揺れる。
「SICURAはプログラムなんだろ? 俺達みたいな人間が操作してるんじゃなくって、身体がなくって、世界中のパソコンの中で大暴れとかしちゃうんだろ?」
『そうヨン。SICURAは自立型人工知能ヨン。アレン達みたいに人の身体は無いけど、人には出来ない事がいっぱい出来るヨン』
画面のクラゲが胸を張ったように身体を反らせ、青い触手が一本胸らしい部分を叩いた。
うん、じりつがたじんこうちのう…ってのは分からないけど、人じゃないのは知ってる。SICURAは謎多き凄腕ハッカーとして世界的に有名らしい。たまに犯罪捜査の手伝いをしたり、裏金の証拠を流したりして、テレビのニュースに流れたりする。パソコンの中じゃ無敵みたいで、どこにも現れるし、どんな防御も突破するし、どんな攻撃だって回避したり返り討ちにしたりするらしい。パソコンの中の戦いって良く分からないけど、俺達人間じゃ出来ない事だと思うとSICURAは一流の戦士なんだろう。
俺なんかパソコンはインターネット見る為の物で、わーどとかえくせるとか全然分かんないから尊敬しても良いかもしれない。
そんなSICURAに俺は訊いた。
「SICURAには親が居るのか?」
『いるヨン』
俺達とは違って生き物じゃないからちょっと意外だったけど、俺が着ている服だって誰かが作ってくれたもの。生き物でなくても、それを生み出す存在は必ずいるんだ。俺は画面のクラゲに訊ねる。
「どんな人?」
『SICURAが越えたい人ヨン。でも、優しくってSICURAは大好きなんだヨン』
クラゲのグラフィックが頬をぽっと染め、花を画面にぽわぽわと振り撒いた。
液晶画面に映っていた銀髪の横に、覗き込むようにロト博士が顔を寄せた。頬に博士が耳にしている、真ん丸の青いイヤリングが触れる。冷たいかと思ったら、博士の体温に温められていて温いくらいだ。俺が背を預けていたソファーに水瓜みたいな胸が乗って、谷間が暗い闇を覗かせるから慌てて視線を明後日に向ける。
「おやおやー、アレン君はSICURAのマスターに興味があるの?」
面白くってしかたがない。そう顔に描いたような博士が朗らかに言う。
「うふふー。その内会えるよ。会いに来るって言ってたから…!」
最近はSICURAを突き過ぎた為に、画面を高速で移動し回避するクラゲを突くゲームと化している携帯からティアが顔を上げる。
「SICURAのマスター、どんな人?」
「えーとね、頭が良くて、優しくて、背がとっても高くて、力持ちで…」
博士がにこにこと話す仕草から、見た事も無い制作者の人の良さが伝わってきそうだ。だが、次の一言で全てが台無しになる。
「アレフさんの幼馴染み」
□ ■ □ ■
博士が『会いに来る』と言って数日が経ち、一週間が過ぎ、そして誰もがSICURAの制作者が来る事を忘れてしまった頃の事。俺達はヒーローズの仕事を終え、現場から離れて人気の無いビルの屋上で足を止めた。
空の星は地上の輝きに負けて見えなくて、月だけが冴え冴えと光っている。地上の車のクラクションが、軽快に響く。平和な賑わいに包まれた街、車のライトの輝きと街灯や人々が暮らす営みが灯す光は、空をひっくり返して星を落としてみたみたい。とても綺麗で、俺は飽きずに眺める。
アレフは早速ヒーローブラックのスーツを解除し、モッズコートを翻して溜息を吐く。レッドはまだまだ興奮しているようで、ノアやティアを捕まえて勝利の余韻に浸っていた。そんな様子をアドルと俺が安心した様子で見ている。
そんなとき、拍手が背後から響いた。
「お見事です。流石、生きる伝説とまでなっている異次元戦隊ですね」
誰もが驚いて振り返る。そこに気配もなく立っていたのは、紫の癖毛に紫の瞳、なかなかお目に掛かれない長身と体格を持つ男だった。黒いスーツに良く似合うシンプルなロングコートが風に翻り、真っ白いマフラーが光っているようだ。穏やかな眼差しだが、全く隙がない。
「誰だ!?」
思わず身構えるヒーローズだったけど、驚いた事に男に無防備に近づいたのはアレフだった。互いに軽く手を挙げると、挨拶代わりに手を打ち合う。アレフがそんな事を自分からするって事が想像出来なかっただけあって、俺達全員ぽかーんて固まっちゃったよ。
アレフが男と並んでこちらを見る。
「どうだった?」
「やはり、実際手合わせしたいですね。3分、如何でしょう?」
3分か。アレフが呟くと、一気にブラックの力が膨れ上がる。両手にいつの間にか装備した、ヒーローブラックのグローブがバチバチと漆黒の雷を爆ぜる。男も手に金色の電気を纏わり付かせた棒、スタンロッドを無造作に両手に握る。互いに短く目配せし、良く似た悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「足引っ張んなよ」
「戦闘なんて久々なんです。頼りにしていますよ」
なんなんだ!?
俺達が慌てる間もなく、男が控え目だけど とても無邪気な笑みで告げた。
「では、これから3分間、皆さんには我々の攻撃を凌いでいただきます。勿論、皆さんには我々をボコボコにするつもりで、来て頂いて結構ですよ。そうでないと、情報収集が捗りませんからね」
そう微笑んだ男が、胸元の携帯電話を操作した。ピッと電子音が夜気に響く。
それが、戦いの合図だった。
アレフがポケットに忍ばしていたビー玉を弾くと、俺達の中央に飛び込んで来たビー玉からジゴスパークの力が迸る。だが、アレフが手加減しているんだろう。ヒーローズが纏うスーツが、尽くジゴスパークを遮る。ただの音の派手な目くらまし、そう思っていた。
「いってぇ!?」
レックが悲鳴を上げた。慌てて見遣ると、ヒーローレッドの腕を捻り上げた男が静かに俺達を見回している。ノアが剣を生み出し切り掛かると、男は髪一重に避けてスタンロッド軽くイエローのスーツに触れて間合いを取る。ノアが追撃しようとしたが、見当違いの場所に剣が振り下ろされる。
俺は何が起きてるのか分からず、アドルがノアに下がるよう言い放った言葉を聞く。ノアを下がらせる為に俺は飛び出して蹴り放つ。半歩引く事で避けた男は、スタンロッドで軽く俺の胸を突いた。
変化は直ぐに現れた。
視界が一気に何重にも重なる。目の前の男が、地面が、仲間達がぶれて3人になったり5人になったりする。ぐらぐらして気持ちが悪い。
「ど、ど、どうなってるんだ!?」
『INPASS! なんて侵攻が早いんだヨン! 駄目ヨン! 防ぐよりも新しく構築した方が…!』
どうやら博士のヒーローズの装備に仕込まれたシステムに、この男は何かを仕掛けたらしい。いつもは遊んでいるような余裕を見せるSICURAが、慌てふためいているのを俺は始めて見た。暫くすると視界のブレが小さくなって来る。
男は小さく苦笑して、手品の種明かしをするように両手を広げ言った。
「ヒーローズの特殊能力が如何に優れていようと、防御力が如何に高くなろうと、人の身である事に変わりはありません。関節を違えれば痛め、認識は視覚や聴覚に頼らざる得ません。特にヘルメット装着時は、肉眼ではなくデータ処理を通していますから弄られると幻惑と同じ状態異常にされてしまいますよ」
ティアが力を振るおうと集中すると、アレフが猛然と突っ込んで来る。完全に力の妨害に徹する隙だらけの背中を、レックが『もらったぁ!』と叫びながら炎の力を放とうとする。その合間に、男の長身が滑り込んだ。
「INPASS。『ダークフォース』起動」
男の静かな声が響くと、スタンロッドが帯びて居た電気の光が、黄金から黒に変わる。炎の力をぶつかった漆黒の稲妻。レックが殺してはいけないと思って手加減していたから、スタンロッドが放つ黒い稲妻と相殺されてしまう。男はそのままレックの腕を掴むと、一本背負いの要領で投げ飛ばす!ノアが投げ飛ばされたレックを抱きとめると、レックは苛立ちを隠さずに吠えた。
背中を預ける形になったアレフと男、それを囲み込んだのはアドルの花弁だった。
「ちょっと暴れ過ぎだと思うよ!」
男はそのまま頭上に、スタンロッドからダークフォースを移したビー玉を放り投げる。目配せも視線のやり取りも行わず、アレフのブラックホールがビー玉を介して発動し花弁を尽く吸い込んだ。
アレフが満足そうに唇を歪めた。
「凄いな、完全にダークフォースと同じ使い勝手だ」
「ジゴスパークが雷の属性だからこそ、成せる業ですよ」
アレフはこの男との共闘に慣れてる。俺はそう思う。でも、男は能力者ではなさそうだ。だったら、アレフよりか崩しやすい…!
俺は全力で駆けて、男に挑みかかる。属性を伴わない攻撃には、アレフも妨害のしようが無い。
男は俺が拳で勝負すると察したのか、スタンロッドをあっさりと手放した。俺の回し蹴りを掴んで防ぐと、俺は掴まれた足を軸にもう片方の足で胸を蹴った!
男が驚いて後ずさる。力を緩められてしまうのが早くて威力は無かったが、俺はそのままムーンサルトの要領で着地し男に追撃を放つ。拳を叩き込む速度は最速。だけど男は尽く拳を流してしまう。時折、隙を突かれて拳を叩き込まれると、身体全身に衝撃が走る程に重い!どんだけだよ!
だが、俺の攻撃に男が紫の瞳を嬉々として輝かせたのがはっきりと見えた。
「アレンさんでしたね。貴方のような腕前の格闘技術の持ち主に会えて、光栄ですね!」
俺の振りかぶった右ストレートに、男もクロスカウンターを狙って拳を向ける。だが、ヒーローズのスーツの力で動体視力と身体速度を上げた俺は、叩き込もうとした攻撃を投げに変える。男が仕掛ける前に気が付いて腕を引こうとしたが、もう遅い! 俺はそのまま男を背負い投げ、屋上の床に叩き付けた!
受け身を取っても、床はコンクリート。余りの衝撃に悶絶する男の懐からアラームが鳴り響いた。アレフが男の真横に飛び退って来ると、しゃがみ込んで紫の頭をぽかりと叩いた。
「良いザマだな、リウレム」
「いやぁ、情けない。ついつい、面白がってしまいました」
男は両手で頭の真横を支え、腹筋の力を使って飛び起きる。いててと背中を擦りながら、懐から鳴り響く携帯電話のアラームを止める。すっかり敵意が無くなった男は、携帯電話に囁いた。
「INPASS。3分間の戦闘データログを展開」
携帯電話からホログラムが展開し、大型のパソコンのウィンドウ並の範囲に数字とエジンベア文字の羅列が溢れ出す。俺にとってはあまりにも多過ぎて頭が痛くなる画面を、満足そうに見遣った男は『ふむ』と唸った。
「SICURA」
ヨン。アレフの携帯電話から情けないSICURAの声が響いた。
「ヒーローズ達の視野システム、INPASSに乗っ取られてしまうのでは貴方の援助がないほうがマシですよ。あと、処理速度もヒーローズについて行けていません。ロトさんが作ったヒーローズのアイテムに伴う基本システムのソース、渡しているでしょう? もうちょっと、私を出し抜けるよう頑張りなさい」
ヨーン。SICURAが切ない声が漏れる。
あ、もしかして。
「SICURAの親?」
俺の言葉に男は嬉しそうに微笑んだ。居住まいを正す仕草の間に服の乱れをさり気なく直し、丁寧に俺達に頭を下げる。
「いきなり仕掛けて驚かれたでしょう。ごめんなさい」
男は心地よい声で詫びると、顔を上げて俺達を見回した。
「初めまして、私はリウレムと申します。本職は外務省職員なのですが、ロト人材紹介所の非常勤職員。そして…SICURAの制作者でもあります」
リウレムの自己紹介を引き継ぐように、アレフが言う。
「リウレムは人材紹介所の立ち上げの時からのメンバーだ。 今でも情報・プログラム関連の依頼は、全部リウレムが担当している。俺達ヒーローズのアイテムの作動プログラムとかを担当しているのもこいつだ。ロトのぶっ飛んだ非常識っぷりに付いて行ける阿呆だ」
『私が阿呆なら、貴方は馬鹿です』リウレムがアレフに悪態をつく。
しかしアレフがそれに怒る事無く、先を促すようにリウレムの脇を小突いた。
「今回、ロトさんが本格的な巨大ロボットを作成するとの事でしたので、大掛かりなプログラミングが必要になりましてね。その為に、皆さんの能力を直に確認する必要が生じました。抜き打ちしたお陰で、大変良いデータを収集する事が出来ましたよ。ロトさんや、皆さんの御期待に応えられましょう」
『巨大ロボ』の単語にレックが雄叫びを上げた。
「巨大ロボ!何それ!超カッコいい予感しかしないんだけど!!」
そして雄叫びを上げながら、アドルを捕まえ舞い踊る。勢い余ってアレフに飛びつこうとしたら、見事な右ストレートで吹き飛んだ。まぁ、ヒーローズのスーツ着てるから平気だろ…。
「SICURA」
リウレムが語り掛けると、彼の携帯電話から『ヨン』と返事が返って来た。
「紹介所の方々だけでなく、ヒーローズの皆さんと一緒に過ごす時間が増えたようですね。楽しいですか?」
『勿論ヨン!』
SICURAの即答に、リウレムは嬉しそうに笑う。
「本当に貴方が生まれた事が、私にとって最も誇らしい事です。多くの事を見て聞いて経験して、成長なさい。貴方なら出来ますよ」
ヨン。嬉しそうなSICURAの声に俺は笑った。
親子じゃないけど親子以上の温かさがあって、すごく良いな。