過去の幻影と戯れば
飲み会のセッティングは持ち回りだ。そして今回は、アレフが当番。実は俺は、アレフの飲み会を一番楽しみにしている。
アレフが飲み会をセッティングする場合は、確実に家飲みになる。つまり人材紹介所にある、アレフの部屋で飲む事になるのだ。プライベートな空間で、潰れて帰れなくなる心配なく飲む。酒はそれぞれに持ち込みを求められるが、夕食と酒の肴は事前であれば我々がリクエスト出来た。
シンプルなベッドと机と椅子があるだけで、衣類等は押し入れ等の作り付けの収納に入れてあるのだろう。我々のコートが壁にかかって、折り畳める有り触れた木目のローテーブルの上には僅かな肴の残りと夥しい量の酒瓶が乗っていた。サルムとアレフレッドはとうに潰れて、絨毯の上で座布団を枕に眠っている。
アレフの部屋での飲み会は、最終的には俺とアレフの一騎打ちになるのが常だ。
あれだけ杯を空けても顔色1つ変化のないアレフの酒の強さは、感嘆に値する。
日付が代わる間際になって、部屋の扉がノックされる。紹介所の面々には話は前もって通しているので、訪れる事等殆ど無い。アレフがひらりと足取り軽く立ち上がると、扉を開けた。廊下に立っていたのは、紫の髪が扉の高さより上にある身長も体格も大きい男だった。
男は部屋の中で酔い潰れている二人に苦笑し、俺に小さく会釈をしてアレフに向き直った。
「今日は飲み会の日だったんですね」
「メンテナンスの予定は聞いていなかった」
アレフの言葉に、男は柔らかく微笑んだ。
「えぇ、ちょっと気になる事の確認だけです」
飯はどうする? 食べてきました。そんなやり取りを聞きながら、俺は好奇心が首をもたげるのを感じた。この機会を逃す訳にはいかないと、勘が告げる。
この男は俺の情報網では外務省に勤める傍ら、ロト人材紹介所の非常勤職員である。そして自立型人工知能SICURAの制作者。存在は推測できても姿の見えない男で、SICURAの影にいる事は分かっていたが決して出て来ない。実際に会うのは初めてかも知れない。名前は、リウレム。外務省に問い合わせれば閲覧出来る画像の通り、穏やかな微笑みの似合っている紳士だ。
「アレフ」
俺が立ち上がり声を掛けると、アレフは『あぁ』と言いたげにリウレムに目配せした。
「リウレム。こいつはゾーマ。飲み仲間」
リウレムは扉を潜って進み出ると、にこやかな笑みを浮かべて握手を求めて来た。大きな手は事務仕事に縁遠そうな程に無骨だったが、手を握る力は絶妙な加減で好感を感じる程だった。俺も仕事上の笑みではなく、友人に向ける笑みを浮かべる。
「初めまして、リウレムと申します。昇竜の勢いのソフトハウスの社長様にお目に掛かれて、光栄です」
「ゾーマと気兼ねなく呼んでもらいたい。俺も半ば伝説になっているSICURAの制作者にお目に掛かれて、嬉しいよ」
正体を言い当てて警戒するかと思ったが、意外にもリウレムの瞳に悪戯っぽい光が灯った。
「SICURAの本体。見たいんでしょう?」
流石、良く分かっている。肯定するように微笑んだ俺から、リウレムはアレフに視線を向ける。アレフはウィスキーをグラスに注いで、それをちびちび飲みながら面倒そうに手を振った。
「プログラム関連は俺には分からん。お前が良いなら、好きにしろ」
「では参りましょう」
ロングコートとマフラーを翻し、リウレムが寝静まった他の職員を起こさぬよう足音を立てずに歩き出した。俺は巨大な壁のような背を追う。アレフは潰れて寝たサルムとアレフレッドの上に、それぞれのコートを布団代わりに掛けると俺達の後に続いた。
他の部屋の入り口と変わらない木目調の扉の前に止まると、リウレムはドアノブに手を掛け開く。俺も続いてドアに手を掛けたが、その質感は普通のドアとは遠い。重量のある金属製だ。極普通のドアのように開け閉めしていたが、入室権限の無い者には開かずの扉として立ちはだかるのだろう。
内部は暖色系で統一された、大正浪漫の風情を漂わす巨大な書庫だった。
木の質感の柔らかい本棚が地下1階から2階までの吹き抜けた壁を覆っている。床は六角形になるよう配置された本棚に合わせた、美しいタイルがモザイクを描がいて敷かれている。一枚板の机に一輪挿しの花瓶があり菜の花が生けられている。座り心地の良さそうな椅子が2脚。天井から釣り下がったシャンデリアが穏やかな光を投げ掛けていた。
「ここがSICURAの本体であるサーバールームにして、ロト人材紹介所の資料室になっています」
リウレムが説明しながら、すぐ脇の本棚に手を掛けた。スライドした奥から冷気が立ち上り、硬質な金属が一面を覆っている。
成る程、この巨大な本棚の裏側にSICURAの本体が隠されているのか。
「こんばんわ、SICURA」
『来てくれて嬉しいヨン。リウレム』
SICURAの声が降り注いで来る。白い身体と青い触手のクラゲが、嬉しそうにリウレムの前に現れて漂った。
リウレムがそっと手を伸ばすと、SICURAも触手を伸ばす。互いに触れると接触箇所からぱっと黄金色の光の粒子が迸り、天井から夥しいSICURAを構築している言語が滝のように落ちて来る。
この空間自体が、大規模なホログラムで映し出されるディスプレイなのだ。まるで魔法のような世界が、目の前に展開されている。
それらをじっくりと眺めたリウレムがSICURAから手を離すと、言語の滝は消えて行った。
「問題ないようですね」
微笑んだリウレムは、クラゲの頭を撫でる。実際触れてはいないのだが、撫でようとしている事に喜びを感じるのだろう。SICURAは嬉しそうにしている。
「SICURA。この前 話した遊びをしてみましょうか」
『ヨン』
クラゲのグラフィックが消えたと同時に、俺達の目の前に二人の子供が現れる。
年の頃合いは中学生だろうか。一人は茶色い髪の目つきが鋭い子供で、もう一人は紫の髪で背の高い子供だ。二人共動きやすそうな服を着て、不敵な笑みを浮かべているのを見ると悪ガキの気配がする。
アレフが面白そうに唇の端を持ち上げた。
「ガキの時の俺とリウレムか」
『SICURAが保有している画像・映像データと、行動履歴から導きだしたシミュレーションだヨン』
女性の電子音声が響くと、子供のアレフが大人のアレフを鋭い瞳で睨み上げた。腕を組んで悠然と立つ姿は、今のアレフをそのまま小さくしたかのようだ。アレンとそう年齢は変わらない筈なのに、既に世慣れた様子で子供らしい可愛げはない。
『お前が大人になった俺か。…金、ちゃんと稼げてんのか?』
「少なくとも、お前よりかは稼いでる」
大人のアレフも子供の自分を睨みつけている。
睨み合うアレフ達を横目に、子供のリウレムが頭の後ろに手を組んで大人達を見回した。
『あーあ、良いなぁ。僕も早く中学卒業したいよ。そうすれば補導されずに金稼ぎが出来るのに…』
なぁ。ねぇ。子供達が顔を見合わせる様子を、リウレムは愉快そうに笑う。
「全く、若い我々の悪ガキっぷりは酷い物ですね!」
子供達は『あんた達に言われたくない』と口を揃えた。
暇があれば内職をし、足腰不自由な老人を見つけては手伝いを申し出て小銭を稼ぎ、ちょっとした伝手で仕事をしていれば警察に見つかって補導される。補導回数は三桁突入で数えるのを止めたが、警察署では有名人だと不満タラタラに語ってくれる。何もしてないのに、見かけられたら直ぐ声を掛けて来るとか酷過ぎだ。声変わりがまだ訪れていない声が、そう不満を打ちまける。
『お前らがして来た事だ』と子供達が言えば、リウレムは腹を抱えて大笑いをし、アレフは五月蝿い黙れと威圧する。
「お前がヘマしたお陰で、俺の脇腹の傷は残っちまったんだぞ」
『能力者相手に無事だったんだから良いだろ。お前が子供のくせに、裏組織の内部見学に行こうとか言い出すからだ』
『まぁ、アレフの機転の良さと僕の勘の良さがあれば平気だよ。今度は工場の中に忍び込んでみよう。SICURAが監視カメラの映像弄るの上手になって来たからね』
お前ら、子供の時から何をしているんだ。
呆れるばかりの俺が見守る先で、大人のアレフが鼻で笑う。
「俺から見ればお前らはまだまだだ。俺は中学卒業してから身につけたスキルの方が大きいぞ。この首都圏で働いた事が無い会社が無いくらい、あらゆる職業を網羅したからな」
「まぁまぁ。子供達の存在があるから、我々は充実した人生を送っている訳です。大人げないですよ」
リウレムがもっともらしい事を言うが、こんな子供時代の悪行を見せつけられると何とも言えない気持ちになる。
しかし、まるで生き生きしている様子の子供達と、過去の自分に違和感を持たない大人達を見るとシミュレーションの質はとんでもなく良いのだろう。会話の内容は流れるようで遅延一つなく、映像は影まで再現されている。本当にその場に存在しているように見えた。
「凄いな。本当に会話をしているようだ」
俺の感心しきった声に、女性音声が応えた。
『SICURAはリウレムが10歳の時に作った、パソコンのOSが始まりなんだヨン。だからその時から付き合いのある、リウレムとアレフの情報量が膨大だから出来るんだヨン。次は紹介所のメンバーヨンけど、ここまで自然なやり取りはまだ無理ヨン』
「しかし、こんな調子では親はさぞや心配だったろうな」
俺の呟きに俺以外の全員が振り返った。誰もが驚いたように俺を見る。
何か変な事を言っただろうか? 警察に補導され様々な危険地帯に侵入したりでは、暴力を振るって他者を傷つけてはいないが、札付きのワルと言って過言ではないだろう。子供が危険な事をしているのに、心配しない親等いない。
『親なんていないよ』
『そうそう、あんなの親なんて思いたくもない』
子供のアレフが言えば、隣で子供のリウレムが嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。
そんな様子を苦々しく見ていた大人のリウレムが、目を丸くする俺に説明するように言った。
「私達、児童養護施設で育った幼馴染みなんですよ」
俺の何とも言えぬ顔を見て、アレフが笑う。
「んな顔するな。別に親なんていなくても、楽しく生きてる。見てみろ、あのガキ共」
子供達は顔を突き合わせ、何かを真剣に話し合っている。警察署のおっさんが紹介したい人がいると話しかけて来たが、これは黒か白か。アレフの真剣な問いに、リウレムはオセロを放り投げてテーブルに落とす。黒い面が出て『断れば? アレフが嫌がる話だよ』と答えた。
「あれね、特殊部隊の引き抜きだったみたいですよ」
「断って正解だったな。流石、リウレムの占いは良く当たる」
国家の狗になるなんて、考えたくもない。そう大人と子供のアレフの声が重なった。
「私は外交官やってますけど、狗じゃないですよ。自由にやらせてもらってますから、狼っぽいですかね」
わかるなー。子供のリウレムが大人の言葉に頷いた。
子供達も大人達も全く変わらない様子に、俺は笑った。少し、羨ましいくらいだ。
サーバールームは常に排熱や冷却装置が働う寂しい空間だと思っていた。時代の違う同一人物達の賑やかな声と、頭上でふわふわとクラゲが明るいシャンデリアの光に透けている。意外な過去を覗き込み、俺は予想以上の収穫に微笑んだ。
出会いとは幸運を運ぶのだと、彼等を見てより強く思う。