サーバールームの子供達
SICURAが忙しい。
リウレムさんが制作したSANDYは直ぐに制作者の元を離れて、今はSICURAがサポートしている。リウレムさん曰く、自我の強い人工知能は成長が早くて強くなるんだって。SICURAのノウハウがあったとはいえ、制作者の予想を上回る急成長なんだって嬉しい悲鳴を上げてた。
普段はサーバールームにいる筈のSICURAだけど、声を掛けないと出て来ないし、声を掛けられても困る時もあるみたい。
リウレムさんは資料室の全ての資料を把握しているけど、流石にあたしとアレフさんは無理。何処にどの資料があるのか、その資料の詳細や関連書物の有無を教えてくれないと困る。いつもは教えてくれるSICURAができないんじゃあ、どうしよう。
そんなあたしとアレフさんの困ったに、リウレムさんとSICURAは直ぐに対応してくれた。
『巨大ロボって大変だな』
不機嫌そうな声色に、あたしは答えた。
「そうなの! リウレムさんが手伝ってくれるけど、それでも手が回らないよー」
地下1階から2階まで吹き抜けた空間の壁を利用した巨大な本棚。その本棚に巡らせた階段と渡り廊下を歩く子供の後を、あたしは付いて行く。茶色い髪と茶色い瞳。動きやすそうな服装は歩調に合わせて皺を刻み、スニーカーが床に着く毎に軽く足音を響かせる。
階段の一番下には、紫色の髪の子供が腰掛けている。その顔の幼さに比べれば体格が良過ぎる子供だけど、何時もニコニコ笑ってて威圧感なんて全く無い。首に巻いた真っ白いマフラーを直して、小さいノートパソコンを時々覗き込んでいる。
彼等は幼いアレフさんとリウレムさん。年齢的にはアインツちゃんよりも、少し年下かな。
でも、当然本物じゃない。SICURAが蓄積させていた、画像・映像データと、行動履歴から導きだしたシミュレーションなんだ。でも、収集した量が膨大みたいで、このサーバールームでは生きているように振る舞える。返事も全く違和感無いし、音声も電子音が出来る限り取り除かれて電話口の声よりも自然だ。
この子達にSICURAがプログラムを追加してくれた。
幼いアレフさんが、資料の検索と保管場所へのナビゲート。
幼いリウレムさんが、資料内容の詳細説明や探している書物の相談を担当してくれる。
INPASSで動く彼等は、何時でも呼び出せるしSICURAの負担も減らせるんだって。
『この棚の下から二段目、右から27冊目…この本だ』
まだまだ子供らしい手が、一冊の本に伸びた。でも彼等はホログラムだから、手に触れる事は出来ない。あたしはアレフさんが指差した本を本棚から取って持ち上げた。資料室の本は整理された完璧な内容であれば、この空間に合うようにちょっと趣向を凝らしたハードカバーの本に仕上げるんだ。ちょっと雑に扱っても丈夫だからね。
あたしは中身をざっと確認して頷く。うん、探してた内容の資料だ。
「ありがとう!」
にっこり笑ってお礼を言うと、幼いアレフさんは顔を赤くしてちょっと唇を歪ませて駆けて行ってしまった。ぷぷ!照れてる!かわいい!
階段を下りてくると、最初の段に腰掛けていた幼いリウレムさんが立ち上がって見上げてきた。
『ロトお姉ちゃん。働き過ぎは良くないよ。寝てないでしょ?』
お姉ちゃん! えへへ! 可愛いな!
くすぐったくて笑っちゃうや! シミュレーションだって分かってるけど、本当に話してるみたいで面白い!
「大丈夫! 楽しくって寝たくないよ!」
『まだ寝ないのか? 楽しいからって、きちんと寝ないと駄目だろ』
幼いアレフさんが咎めるように言う。もう、あたしは子供じゃないですー! 頬を膨らませてみせたら、口を開けて笑った。
「二人共こんな小さい頃から、大人っぽいこと言うんだね!」
『あんまり言いたかねぇけど、俺達と大人の俺達はそんなに変わんねぇぞ』
幼馴染みの二人が顔を見合わせる。
『短気で愛想無くてお人好しだもんね』
『天才で腹黒くて悪戯大好きだもんな』
もう、大爆笑! もう、あたしの腹筋大変な事になっちゃうよ!
子供達の数段上まで階段を駆け下りる。手を伸ばして頭撫でようと思ったら、すかりと手が通り抜けちゃった。あー、そうだった。この子達はホログラムだから触れないんだった。この子達同士は触れているように映像が投影されるから、どうにも勘違いしちゃうんだよね。
まだ丸い幼さの残る顔立ち、柔らかい髪、そしてあたしよりもまだ低い背丈。大人の彼等を知っている分、なんだか不思議な感じ。
すると、資料室の扉が開いた。
入室権限があるのは、あたしとリウレムさんとアレフさんだけ。リウレムさんは用事で来るって聞いてないから、アレフさんだね。予想通り、シャツとジーンズ姿のアレフさんが入って来た。茶色い前髪の奥から、咎めるように細めた瞳があたしを見上げた。
「ロト。まだ寝ないのか? 楽しいのは分かるが、しっかり睡眠をとってくれ」
アレフさんの言葉に、あたしも子供達も大笑い。
「なんだ?」
その様子に、アレフさんの眉間に皺が刻まれたのが分かる。アレフさんの一睨みで、子供達はこわいこわいと消えて行った。
「何でも無いよ」
階段の上から、歩み寄って来たアレフさんを見下ろす。アレフさんは、なんなんだって言いたげだ。
触りたいなぁ…。
そっとアレフさんの頭へ手を伸ばすと、アレフさんはびくりと身体を強張らせた。だけど、あたしが階段の上に居るから転んだら危ないとか思ってるんだろうね。そのまま動かず、あたしがそろそろと動かす手を見上げている。
指先がアレフさんの髪に触れた。細くて指先に絡んで来る柔らかい髪。つむじからふんわりと髪が立って、ふんわりとそこに留まる。その髪と髪の間にアレフさんの温度が留まって、ほんのりと暖かいんだ。仕事とかで汗をかいてぺったりしてる事も多いんだけど、お風呂入ってきたからか今はふわふわだ!
あたしの髪って堅くて太くて直毛だから、ちょっと羨ましいな。なでなで。やわらかーい。あったかーい。おもしろーい。
「…おい、ロト」
アレフさんが心底意味が分からないって感じで、くしゃくしゃになった髪の下からあたしを見上げている。
「やっぱ触れる方が良いなぁって!」
「いい加減、終われ」
えー。怖そうな声出したって、ちっとも怖くなんかないよ。起きてるアレフさんの髪触れられるのって珍しいから、もっと触ってたいよー。
あたしの手を掴んだアレフさんの手は、珍しく熱かった。