戦隊モノの中の人
日曜日の昼はリビングで本日の戦隊鑑賞会が始まる。
レックが朝の戦隊ものが放送される時間は夢の中で、見過ごしたと喚く事はもう無い。新たな基地に住まう座敷童こと管理人のフェイが、戦隊ものや魔法少女ものを余さず録画してくれているんだ。そんな二人が固い握手を交わすのは、自然な成り行きだった。
が、俺はぶっちゃけ戦隊ものなんて興味ない。
だって、戦隊ものって日曜日の朝にやってるんだろ? 俺はその時間帯は朝練に忙しかったんだ。殆ど見た事ねぇよ。
レックが『アレン。お前は男の人生として最も大事な時期を損している、今からでも遅くない』とか肩に手を置いて深刻そうに言うけど余計なお世話だっつーの。こうやってリビングで寛いでいるだけでも『やっぱ見たいんだろ?素直じゃないな!』とか言うんだぜ。いい加減にしろっつーの!
ノアやティアが、レックに付き合わされて何気に嵌っちまったのにびっくりだぜ。
ノア、レック、ティア、フェイと4人並んでテレビに齧り付いているのを、アレフが珈琲を片手に見つめている。いや、アレフの視線はテレビに夢中な男達の背ではなく、テレビの映像に向けられている。
「アレフ」
俺の言葉にアレフが茶色い瞳を俺に向けた。
無言でも棘が無い所を見ると、呼んだ理由を言えと促しているようにようやく感じられるようになった。
「アレフも戦隊もの見るの?」
「俺ではなく、年下のガキ共が好きだった」
アレフはテーブルに大皿を乗せると、持参した紙袋を逆さにしてプレッツェルを無造作に盛る。香ばしい香りをまき散らす焼き菓子を一瞥すると、珈琲を啜りながら再びテレビを見遣った。
「あぁやって、日曜日の朝はガキ共が張り付いていたもんだ」
懐かしいな。アレフはそう寛いだ様子で椅子に背を預けて、4人とテレビを見る。
俺もアレフにつられてテレビを見遣った。
内容は悪の組織に家族を殺され復讐に燃えるムーンブルクレッドと、その仲間ローレシアブルーとサマルトリアグリーンの三人で構成されたちょっと珍しい戦隊ものだ。レッドが女性で、男性のブルーとグリーンの恋の三角関係の恋愛モノと平行で物語が進んで行く。女子にも人気で明日の月曜日には、女子達がブルーだグリーンだと賑やかに騒ぐ程だ。
稀に、かつて曾祖父が悪の首領だったというドラゴンブラックが助けてくれたりと、過去の戦隊との繋がりもあるんだとレックが熱く語っていた。10年程前に放送されたものをリメイクしたものらしくって、この録画が終わるとオリジナル版の上映会が始まる。
丁度、悪の組織のバーサーカー軍団と、ローレシアブルーの戦闘シーンが始まった所だった。
必殺技はないが抜群の運動神経を誇るブルーが、斧を振り回す沢山のバーサーカー達を蹴飛ばし殴り飛ばす様は凄くカッコイイ。斧を奪い斧無双でバーサーカー達が吹き飛ぶ様なんて爽快だ。
中のスタントマンの腕がいいんだろう。演出にしては実戦向きで、玄人だからこその無駄の無さがある。寸留めや戦隊ものの演出がいつも目に付いて好きじゃなかったが、このスタントマンだけは別かもしれないと俺は思う。
………。
俺はじっとブルーの動きを見つめた。何か引っかかる。
とても理想的な動きだった。ワイヤーアクションを使わない、肉体で生み出すリアルな演出。チアリーディングをさり気なく混ぜ、単体だけではとても出来ない跳躍を見せつける。殺陣は見る者を引き込む程に立て続けで大胆、ブルー自身にもカメラを持たせているのかブルーの視点の迫力ある映像も混ざっている。
蹴りの角度、身を翻す時のちょっとした足捌き、拳を突き出し引いた時の位置。
だんだん、ローレシアブルーに誰かが重なる。
大きくバク転を決めて隙無く身構えたブルーにぴたりと重なったのは、黒いグローブを嵌めたモッズコートの姿だった!
俺は驚きに目を見開いて、ばっとアレフを見た。
アレフは珈琲を啜りながら、俺の反応を眺めていたらしい。静かに、しかし楽しそうな声色は隠しきれずに呟いた。
「なんだ。バレたか」
アレフはテレビの映像を見遣ると、丁度ムーンブルクレッドの必殺技が炸裂した所だった。派手な爆発が巻き起こり、敵があれよあれよと逃げて行く。戦闘終了のお決まりの音楽が流れると、3人がハイタッチする映像が大写しになる。
「やはり癖が出てしまうのだな」
そう自己採点でもするかのように呟いて、アレフがプレッツェルを齧った。ぱきりと良い音を立てて弾ける焼き菓子を咀嚼すると、食えと言いたげに皿を俺に押しやる。
俺も勧められるままに頬張ると、固めに焼いたプレッツェルから香ばしさが迸る。噛み締める程に生地に練り込まれた塩キャラメルがふんわりと広がって行く。もう一つ。ぼりぼり。あ、バジル掛かってる方はオニオンマスタードで癖になる塩辛さ!
俺の手が止まらないのを呆れた様子でアレフが見ている。
「小学生の時に手伝ってた弁当配達先に、特撮撮影班があってな。運動神経良いからスタントマンしてたんだ。中学卒業してから参加した作品には、フタッフロールに名前が載っているぞ」
可愛がってもらったもんだ。そうアレフは懐かしそうに目を細めた。
「アレフィルドで載っているのに、ゾーマの奴は直ぐ分かった」
アレフは呆れた様子でリビングの横にある、DVD専用の棚を見遣った。
日々こつこつとコレクションして来たフェイのお影で、戦隊や魔法少女モノが当時の放送内容そのままで網羅された充実振りだ。CMや速報から当時の時代が見えるって、レックが感動する程だ。
「スタントマンってさ、俺も出来るかな?」
俺が興味津々に訊ねると、アレフは振り返って にやりと笑ってみせた。
「アレンは筋は良さそうだ。やりたいなら次回作のオーディションに応募してみろ。最終選考までは残れるだろうよ」
「マジで!」
俺がはしゃいで立ち上がると、何事かとテレビに齧り付いた4人が振り返った。アレフと俺が何でも無いとジェスチャーすると、4人は再生を開始したオリジナル版を見始めた。そんな4人を見遣ってから、アレフは静かに続けた。
「お前は殺陣のやり方とか身体で覚えるタイプだから、ロレックスに付き合ってもらえ。あいつの殺陣の立ち振る舞いはセンスが良い。だが一回でもミスしたら容赦なく落とすからな。なにせ、審査員に俺が混ざってる」
「マジで!?」
悲鳴を上げるとアレフはプレッツェルを噛み砕いた。
「冗談だ。落としたら恨まれそうな審査員なんて、俺が引き受ける訳無いだろう」
そう言うアレフだが、俺は審査員に混ざっているアレフの姿を簡単に思い浮かべる事が出来た。
いや、そうじゃなくって。
俺がちょっと期待した事はそんな事じゃない。俺はアレフに恐る恐る訊ねた。
「アレフは教えてくれないのか?」
「俺に教えてもらいたいのか?」
アレフは意外だと言いたげに、僅かに目を見開いた。少し考え込むように口元に手を当て、視線を落として黙り込む。そして暫くすると小さく頷いた。
「ここで待機してるのは暇だし、いいぞ」
「よっしゃあ! 先生! 宜しくお願いします!」
なんだか嬉しい!俺はアレフに勢い良く頭を下げた。
■ □ ■ □
ヒーローズの新しい基地は、庭も広い。
フェイ曰くこの家に生まれ育った子供達がのびのびと遊べるようにと、広々としたふかふかの芝生が心地よい。庭の隅には小さいジパング式庭園があって、飛び石の先には作られた小さい池に蓮の花が咲いている。葉の下にはやや小振りだが柄の美しい錦鯉が泳いでいる。
窓を開け放てば鏡のような磨かれた板張りの縁側になるリビングの窓際に、男達が目を輝かせて並んでいる。
「いけ!そこだ!」
「戦隊オタクは黙れ!」
耐えかねて怒鳴り返してしまった。撮影中は静かなもんだから、声が入るのは集中を乱される。
レックは『キックだ!』『パンチ!』とか兎に角五月蝿い。ノアとティアの静かさを見習って欲しいものだが、フェイの目の輝き並にキラキラしていて割と煩い。いつの間にかやって来ていたアドルも、釘付けといった面持ちでこちらを見ている。
折角だから殺陣を触り程度教えれば良いと思ったら、がっつり3時間だ。
基礎的な立ち回りを教えたら、すぐ実践。
ロレックスもそうだったが、言葉で伝えるよりもやらせた方が覚える。
アレンは物覚えが良い上に、凄まじく意欲的だ。いい加減にしろと、俺が何度思った事か。やはりアレフレッドの親戚だ。
しかし見物人共は3時間近く飽きもせずに、よくもまぁ見ていられるものだ。撮影時は基本的にカメラが回り、監督を始め関係者が凝視して来る環境だから俺は気にも留めない。最初は恥ずかしそうに見物人に文句を垂れていたアレンも、実践が始まるともう眼中に無い。
俺は突き出された拳を髪一重で避ける。頬を擦る風を感じながら、アレンの胸元を蹴る体勢に入る。アレンが引いていた腕で胸元を庇うように出すタイミングに合わせてバク転をし、蹴りを寸留めにして宙返る。
俺が顔面を殴る軌道で拳を振るえば、アレンは早過ぎるタイミングで頭をずらした。さっと腕を取り、投げの体勢に入るのでそれに合わせて飛ぶ。俺の身体が空中を舞って、芝生に叩き付けられるように見える姿勢に隠れて受け身をとる。
鳩尾に一発いれるように拳を寸留めさせると、俺はアレンにストップと声を掛けた。
「初日にしては上出来過ぎる。今日はここまでだ」
「えー!」
俺はゆっくりと立ち上がり、滴る汗をシャツで拭った。剥き出しの腹筋が風に晒され、古傷が引き攣る感じがする。
アレンも同じように滝の汗だったが、まだまだ余裕がある面構えだ。
愉しさに目が爛々と輝いていて、色の薄い瞳がダイヤモンドのようだ。どの仕事も最初は楽しみを見出す事が肝心だ。身体を動かす事が元々好きな奴ではあるが、テンポよく拳をやり取りをし、軽い力で相手が舞うのは快感だろう。アレンは見事にその快感を味わったらしく、表情に恍惚感が浮かんですらいる。
まぁ、俺は相手に合わすのが上手い方だ。よほど楽しかったのだろう。
「もう一回!」
「駄目だ」
俺は手を合わせるアレンの願いを一蹴した。
これ以上やったら、指導的な発言を連発しかねない。折角だから、良い気持ちで終わらせてやりたいと思うだろう。
アレンはロレックスと、本当に良く似たタイプだ。スタントマンとしては優秀だが、欠点がかなり致命的になる。俺が不在の時は代役として派遣するロレックスだが、クレームが来た場合の内容は深刻だ。武術を心得ている故に、立ち回りは文句が無い程上手いが、攻撃を避けるのにギリギリを待てない時がある。さらには拳が早過ぎてカメラが捉えられなかったり、役者に当てて痣を作ってしまう事もあった。
社交ダンスのように呼吸を合わせて行う殺陣だが、武術の経験者がそれを体得するには少々努力が必要なのだ。
しかもアレンやロレックスのように実力があると、彼等に合わせられる実力者は限られてしまう。足の運び、拳の角度、それを一瞬で見抜き瞬時に合わせられる力量を持つ殺陣師が戦隊モノの撮影に常駐出来る訳が無い。
「ゾーマから聞いていたけど、実際見ると感動するな」
フェイが感動し切った様子で声を掛けた。イベントで戦隊の殺陣を披露する事もあり、この家の子供達は見た事があるかもしれない。しかし、この家から一歩も出られないフェイには夢にまで見た光景なのだろう。
俺は用意したペットボトルの水を掴むと、口に含む。こんなに汗だくになるのなら、塩でも入れておけば良かった。
「ね、ねぇ。アレフ」
まるで男子に告白しようとしている乙女のように、アドルが歩み寄って来た。
すらりとした細身を包み込むボーイッシュな装いが、言う事を躊躇うような口元と視線を外し伏せられた瞳をより強調させる。男だと知らない奴の前に立たせたら、アドルの言葉も聞かずに『結婚しよう!』と口走しらせ抱きしめさせてしまう あざとさだ。演技だろうが無自覚だろうが恐ろしい限りだ。
アドルはたっぷり二呼吸程間を置いて、俺を見上げた。
「あの、投げる奴。私にもやらせて欲しいんだけど…」
その言葉に、アドルの背後に居た男共が がたがたっと立ち上がった。
「ちょ! ずるいぞアドル! なぁ、俺にもやらせてくれよ!」
どうしようもないリーダーだな、おい。
ノアもティアも腰を上げたが、流石に年上の残念な姿に自らを省みる余裕ができたと見える。フェイは言うタイミングを逸した感じだった。百年以上生きているだろうに、何故ここまで筋金入りの戦隊オタクになってしまったんだろう?
俺はペットボトルの蓋を閉めて隅に丸めたコートの横に置くと、小さく手招いた。
「アドル、こい」
アドルの顔に、ぱっと笑顔が広がる。
…笑顔には弱い自覚があるから、そんな顔はしないでもらいたい。
俺は芝生の真ん中にアドルを立たすと、投げの基本動作を教える。教えながら、アドルの小柄さを再確認する。この体格なら教えた動作を忠実に再現さえしてくれれば、身体に接触する事無く上手く飛び越えられるだろう。アドルに一通りの動作をしてもらって、問題ない事を確認すると俺はアドルの前に立つ。
手を差し出すように上げると、アドルの顔の前に留める。
「いつでもいいぞ」
アドルが両手で腕を掴み、背負い投げるように身体を捻る。その動きに合わせて俺は踏切り、アドルの肩に触れそうなギリギリの高さで宙返りを決める。端から見れば背負い投げをされているように見えるだろう。受け身をとりながら、背中から落ちるように着地する。
「わぁ…」
アドルは未だに俺の腕を握っている。なんだろうと見上げると、アドルは見た事も無い程に嬉しそうに微笑んだ。
「私、凄く感動してる…」
身体が弱く、体育だって見学ばかりだろう。少し頑張らせれば直ぐに疲れてしまうのだから、容易に想像がつく。自分よりも大きい男を投げ飛ばすなんて、ヒーローピンクに変身しても出来ないのだから、きっと一生出来ない事と賢い彼は諦めていたに違いない。
俺は掴んだ手を放させると、未だに感動に浸っているアドルを見上げた。
「満足したか?」
「うん。ありがとう」
それはなにより。俺は立ち上がって、ようやく身体が冷えて来たのを感じた。コートを羽織ろうと思った矢先、銀髪が突撃して来る。
「アレフ!やっぱ、もう一回だけやろうよ!」
血が滾ってしまっているのか? 全くしょうもない奴だ。俺は手を合わせて深々と頭を下げるアレンを、冷たく見下ろした。
「今日は終わりだ」
俺は縁側に丸めていたモッズコートを羽織ると、携帯電話の着信を確認した。紹介所の伝手ではない、俺個人が渡り歩いて来た様々な職種の知り合いから『明日、仕事をしてくれないか』的な依頼が何件か来ている。今は風邪も流行っているからか、普段よりも多めな気がする。
とりあえず、明日がオープニングだと言う洋菓子店の穴はでかそうだ。金払いの良いオーナーだから、風邪をひいて出られないパティシエの代行は引き受けてやろう。仕込みの開始時間と裏口の鍵を開ける時間は何時か、そう返信しようとした時だった。
「そうか。アレフは疲れちゃったんだもんな…。しょうがないか…」
背後から響いたアレンの言葉に、かちんと音がした。
「誰が疲れたと言った…」
俺が静かに振り返ると、アレンがびくりと身を固める。俺はコートを脱いで丸めると、その上に携帯電話を放り投げた。
「良いだろう。当てないって殺陣のルールさえ守れば、制限無しで相手をしてやる」
「やった! アレフ、ありがとう!」
アレンが、にっこりと無邪気に笑った。
俺はこの後、送信ボタンを押さなくて本当に良かったと思うのだった。あまりの疲れに翌日は昼まで熟睡してしまい、ケネスに にやにやと説教を食らう事になるとはこの時は思わなかったのだ。ロトがアレンと仲良くなったと、事の始終を話しやがったのも良くねぇ。
そりゃあ癪だが、一回り以上年下よりかは若くないって認めるさ。
しかも何故か俺を指定してくるから、代理に押し付ける事も出来ん。どうしてこうなったんだ。
…あぁ。アレンが元気過ぎて困る。
■ □ ■ □
ロト人材紹介所のサーバールームにして資料室に、珈琲の良い香りが漂っていました。
アレフさんと私は疲れ切った様子で資料室の椅子にそれぞれ腰掛け、焼いて来たエッグタルトを食べていました。もう、休憩して甘い物口にしないとやっていけないんですよ。フォークで切り崩したタルトに、生クリームとジャムを乗せて口にする。
定期的に行われるメンテナンスは私とアレフさんの共同作業。プログラムは私が担当で、物理層はアレフさんが担ってくれます。自惚れじゃないですけど、SICURAとINPASSが入った、この紹介所のサーバーって世界屈指レベルだと思うんですよね。お陰でメンテナンスが毎回命を削るレベルで大変です。一日でやるな? 暇がないんです。
アドルさんの『ヘブンズアーク』の為に生まれた、人工知能SANDYはここにはいません。彼女は生まれて間もなく自我を得て、ヘブンスアークのサーバールームをギャル好みの空間に改築したという話です。もう私の元を離れたSANDYの世話は、SICURAが焼いていますね。先が楽しい子ですね。
あぁ、そうだ。私は熱い珈琲を啜りながらアレフさんに声を掛けた。
「ドラゴンクエスターはきちんと機動したようですね」
先日、八岐大蛇の偽物が出現したとの事で、ロトさん作の巨大ロボ『ドラゴンクエスター』がお披露目になりました。シミュレーション上では可動に問題なかったのですが、ヒーローズ達を乗せる試運転無しなのがロトさんらしいです。
圧倒的な力量を見せて勝利を納めた映像を確認した私も、思わず歓声を上げた程でした。
しかし、制作の一端を担った私とは真逆で、搭乗者の一人アレフさんはどんよりとした面持ちで呟いた。
「散々だった」
「プログラムは組みましたけど、原動力とかはロトさんに完全一任だったので盲点でしたね」
まさか、人力だったとは。
私はアレフさんの一言から、幼馴染み故に全てを察して言いました。
ロトさんの事なのであのペダルによる運動も必要な事なのでしょう。ヒーローズ達の4属性の力を貯め、それにトリガーとなる残り1つの属性を加える事によって必殺技があれこれそれどれ的にプログラムが複雑化していて頭が痛い。彼女の提示する問題は毎回毎回、意味が不明な程に現実離れしているのです。プログラムを組んでいる私も、ぶっちゃけると付いて行けてない感があるのです。
それでもきちんと動くのだから、我等が社長は天才なのです。
「映像確認しましたが、格好良かったですよ。資料ひっくり返して、デザインした甲斐がありましたね」
「SICURAとロトの冗談が現実にならなくて、本当に良かった」
アレフさんが心の底から安堵したように呟きました。
今でもSICURA視点のヒーローズ達の反応を思い返して、笑いが込み上げてしまいますよ。あんなでたらめのデザインでも、ロトさんなら実装させてしまうから困るのです。アレフさんが如何に必死だったかは、よく心得ていますよ。
私は笑みを深くして、アレフさんに囁きました。
「アレフさんも、楽しそうでしたね」
「…言うな」
ふわりと資料室の光の加減が変わる。
子供達の声が何処からともなく沸き上がり、悲鳴に似た笑い声が耳を貫いた。アレフさんも私も見遣れば、そこには大柄な紫の髪の少年が、赤い大人用の長袖をマントのように身につけた少年をくすぐっていたのです。棒を振り回そうとすると、すかさず空いた脇の下に指先が滑り込んで少年は涙を浮かべる程に笑い暴れました。
既に、紫の髪の少年の足下には、緑のカーテンの少年とうさみみを着けた少女が笑いすぎて動けずにいる。
『ぐはははは!もはや再び立てぬよう、そなたらの脇腹をくすぐりつくしてくれるわ!』
安定しているなぁ。昔の私は。
私はにこにこと、高笑いをして子供達の前に立ちはだかる幼いリウレムを見つめました。
『あぁ、ファイターレッド!なんて事だ!卑怯だぞ レムにぃ…いや、魔王バラモス!』
びしっと指を指し、白いシーツをマントの代わりにした少年が叫びます。貴方、後で怒られますよと注意するには、今の私では遅過ぎますね。
『駄目だ、僕達じゃとても敵いっこないよ!プリーストブルー!あの人を呼んで来るんだ!』
ブルーシートを肩に掛けた少女が駆出しました。『アレにぃ!』と叫んで伸ばした手の先から、きらきらと光が伸びる。光は不機嫌そうな鋭い目つきの少年になりました。
引っ張られる形で現れた幼いアレフさんに、子供達が一斉に輝いた視線を向けて叫んだのです。
『…ヒーローパープル!』
幼いアレフさんは1つ溜息を吐くと、びしっと決めポースをして言い放った。
『闇を退ける光と共に参上! ヒーローパープル!』
「無茶苦茶恥ずかしいにも程があるだろ!」
アレフさんが叫ぶと、子供達が蜘蛛の子を散らすように消えて行く。サーバールームに残ったシミュレーションは、幼き日のアレフさんと私だけになっていました。
未来の自分自身の反応に不満そうに、幼いアレフさんが腕を組んだ。
『なんだよ。好評だったろ』
「そうそう、子供達大喜びでしたね」
私の言葉に、アレフさんが茶色い髪を掻き回して吠えます。
「俺は戦隊ものが好きだった訳じゃないんだぞ!」
『そうだね!アレフは戦隊ものの物真似で、皆が喜んでくれるのが嬉しかったからやってたんだもんね!』
幼いリウレムの言葉に、二人のアレフさんが同時に怒鳴った。
「うるせぇ!』
そんな二人の反応に、大爆笑する私達。一頻り笑った私は、珈琲を啜りながら懐かしい話を始めました。
私達が小遣いを稼ぐ為にあちこち駆け回っていた時に、偶然出会った特撮撮影班の話。アレフさんも最近アレンさんに殺陣を教えている為か懐かしそうにその話に乗ってきました。お弁当の余りやお菓子をくれた事、怪獣の着ぐるみの中が地獄のような匂いだったこと、撮影スタッフの皆さんがとても優しかった事。
アレフさんも私も、過去の私達もそれを懐かしそうに話しては話を膨らませて行きます。
「特撮班の人達も、私達を戦隊ものに嵌らそうと頑張ってましたものね」
「裏設定だ世界観だ語られても、イマイチ分からんかった」
私達はテレビの番組よりも、小遣いが欲しい可愛げの無い子供でした。私達は戦隊ものに興味すら無かったのです。
だからこそ、最初に撮影現場にお弁当を届けにいった時の反応を鮮明に覚えています。
スタッフの皆さんががたがたっと立ち上がって『君達は戦隊ものを見た事も無いのか!?』と叫んだのに、私達は腰が抜ける程に驚いたものです。監督はガタイが凄く良い男性で、食われるんじゃないかと思った程です。
子供の私達が、大人のアレフさんの言葉に同意するように言いました。
『おっさん達がきらっきらした目で夢中で話してるの見てたら、わかんねぇとか言えなかったな』
『むしろ、おじさん達が楽しそうに話してるのを見てるのが、僕達には面白かったよね』
撮影班の彼等は私達を可愛がってくれました。今でも親交があり、アレフさんはスタントマンとして今も撮影に参加したりしています。
でも、本当は撮影班の方々は悔しかったのです。だから『俺達の戦隊もので、あの戦隊に興味も無い子供達を楽しませてやろう!』そういう意気込みに溢れていたのを、今になって理解するのです。
彼等の必死さは、今思い返しても吹き出してしまう程でしたね。
アレフさんも珈琲を啜って微笑んだ。
「特撮撮影班の人達が一生懸命作ってるのを見てたら、特撮は嫌いになれなかった」
「アレフさんらしいですね」
アレフさんにとっての『嫌いじゃない』は好きって事ですからね。
でも次の瞬間、眉間に皺が寄る。
「だが、それと自分がプライベートでやるのは別だ。しかも、こんな大人の年齢になってだ」
『いや、この歳でも十分に恥ずかしいんだけど』
子供のアレフさんが腕を組んで眉根を寄せると、子供の私がその脇を突いた。
『ノリノリだったくせに』
「リウレム黙れ!』
同一人物の一喝に、私は涼しい顔でタルトを口にした。
「私は何も言ってないでしょ」
ふわりと子供達の映像が消えて、サーバールームにいつもの静けさが戻ってきました。SICURAはこちらが声を掛けねば来ない所を見ると、SANDYの面倒で大変なのでしょう。本棚の裏から、静かに稼動する音が聞こえてきます。
「ヒーローズの皆さんとも、打ち解け合って来ちゃったみたいですね」
私の言葉に、アレフさんがぎくりと身体を強張らせました。
自覚あったのか。私は少し驚きながらも、労るように微笑みました。
「まぁ、しかたがないですよ。物心付いた時から、私達は皆の『おにいさん』でしたからね」
私達が育った児童養護施設は、親が訳あって育てられない子供が集まる場所でした。
親に甘えたい時を独りで過ごす寂しさに泣く子を見つければ寄り添ってやり、虐められた子が居れば虐めた奴を懲らしめに行く。笑顔にする方法を頭を付き合わせて考え、その為に金が必要ならなんでもやった。子供達はそんな私達を本当の『おにいさん』と慕い、今でも親し気に声を掛けてくれるのです。
アレフさんも私も、年下の面倒を見る事は呼吸するのと同じだったのです。それが大変だとか、褒められるような事だとは、今でも思えない。だから見返りが形になる仕事に、アレフさんが嵌るのもしかたがない事でしょう。
だからこそ一度でも懐に入られたら、拒めなくなってしまう。
「癖ですよ。もう、直りませんて」
視線を感じて見上げれば、渋い顔の子供と にこやかに笑う子供が、階段の手摺に凭れて未来の自分達を見ています。手を振って居着いた子供達を帰らせるよう促せば、二人は駆け出し消えて行きました。
「癖か…そうだな…直らんな」
アレフさんが諦めたように呟きました。
こうしてまた1つ、鈍感な彼は自分に気が付いて行く。