ライダーモノの中の人

 今、ロイト邸で流れている戦隊モノは『鎧ライダー』シリーズだ。
 主人公が鎧甲冑姿に変身し、颯爽と大型バイクに乗って現れ敵を倒す。最初は『皮の鎧』だった主人公が仲間と共に成長し、『騎神の鎧』を纏った偉大なる戦士の導きで、強大な悪を倒して行く物語だ。友情ものであると共に、大型バイクの操縦演出が特に人気がある。
「カッコイイ!」
 そう叫んだのはレックだった。同意するように、ティアが隣で頷いている。
 横に並んで見ているノアも『彼女を後ろに乗せて走れたら、絶対惚れ直すだろうな』的な想像で物語の世界に旅立っている。
 俺の前で煎餅を齧っていたアレンも、やはり年相応に大型バイクを魅力的に感じるらしい。いつもは戦隊ものには興味をあまり示さない彼も、大型バイクの演出には釘付けだ。
「そうだろう。やはりスライムナイトレベルから、メタルライダーレベルにクラスチェンジする演出は、男子たるもの燃えずにはいられない!」
「闇に堕ちたデンガーに手を差し伸べるシーンなんか、男泣きしちまうよ!」
「主人公に向けたスライムジェネラルの熱い台詞、本当にカッコイイよ」
「ゴッドライダーになった時の止めの一撃は、思わず叫んだ」
 監督が聞いたら喜びそうだ。俺はEDの流れる画面の前で、熱く論議を交わす男共から視線を外した。ロイト邸は空調が利いて心地よい温度だったが、夏バテ気味なのは誰もが同じだ。そうめんでも茹でて、肉味噌炒めでも乗っけて食わすか。そう、ぼんやりと珈琲を啜りながら考えていた。
「なぁ、アレフ! 俺に大型バイクの乗り方教えてくれよ!」
「やめておけ」
 好奇心の塊レックの言葉に、俺は即答してそっぽを向いた。『なんでだよー!』と抗議の声を背中で受けながら、俺は台所に立つ。流石、ノアが使い終わった後は綺麗だ。冷蔵庫を開け、適当に買ってきていた路地物の野菜のラインナップを眺めながら俺は言う。
「大型自動二輪は特別に免許が必要だ。車の運転が出来るからと言って、乗れるものではない」
 茄子にパプリカとピーマン、トマトに、誰だ白桃買ってきたのは…ノアだろうか? フルーツ系はティアの差し入れの場合も多い。
 薬味も一通り揃ってる。シソにみょうがも、俺が買って置いてある。
 旬の野菜に足の速いモヤシを出す。冷凍庫から小分けに冷凍した挽肉を取り出してシンクの上に置くと、想像以上の音が響いた。振り返るとちょっと引いた様子の子供達が見えた。いや、別に怒っちゃいねぇがな。
「俺に教えて欲しければ、『取りあえず動けるようになるまで』教習所で勉強して来い」
 体力に自信があるアレンも『スタンド教習』で音を上げそうだ。大型バイクは取り扱いが小型のバイクとは全く違う。それの説明は青空教室なだけで、卓上で授業を受ける内容と変わらない程だ。
 レックはマニュアルが運転出来るだろうか? オートマ限定の運転手はクラッチ操作の理解も壁になるはずだ。
 それに加えて誰もが受ける、道路標識や交通のルール。教習時限も普通の車の運転の倍はかかる。
 まぁ、当然、そんな事を分かって言っている訳ではないだろう。俺は鍋に水を張って火にかけると、包丁を取り出して洗った野菜を切り始める。料理をして出来上がるまでは、静かだったのでこの話は終わったと思った。
 出来上がったのは旬の野菜と挽肉の味噌炒めを、そうめんに乗せたもの。各々で食べる量が異なるから、硝子のボウルの上には氷が涼やかに輝く山盛りのそうめん。麦茶と間違えないように、継ぎ足し用の麺つゆは蓋付きの白い陶器のポットに入れてある。大皿には野菜と挽肉の味噌炒めが盛られている。デザートに用意したヨーグルトとカットした白桃は、大きい硝子のボウルにお玉を添えて中央に鎮座していた。正直、紹介所の食卓よりもボリュームがある。男所帯とは恐ろしいものだ。
 そうめんだけだと栄養が偏るから、野菜も肉もバランスよく摂らないとね。ノアが学生らしい分析で、綺麗に盛りつけた食卓を見遣っている。ティアは早速飯テロを実行しているらしく、写メを取った後は着信が鳴り止まない。アレンは早速、そうめんの山の攻略に乗り出した。
 それぞれセルフサービスで盛りつけて、頂きますと大合唱。そして次の言葉が俺にかかった。
「なあ、アレフ!せめてアレフの後ろに乗せてくれよ!」
 俺は啜りかけたそうめんを、思いっきり吹いた。
 ぶっちゃけると、変な所に入って盛大に噎せる。咳き込んでもなかなか動かないそうめんが胃袋に落ちてくれるまで、俺は数分を要した。折角、美味しいと思っていた気分が台無しだ!ティアが差し出した麦茶を飲んでから、俺は恨みがましくレックを見遣った。
 レックはキラキラと輝く目で俺に向かって手を合わせた。
「頼むよ!な!」
「お前の所のバンド仲間に頼め。大型バイクに乗れる奴くらい居るだろう?」
「でも、今乗りたいんだよ!な!な!!」
「何故、俺に頼む?」
「そりゃあ、スタッフロールにアレフの名前があったから!プロの実力を体験したい!」
 な!な!!な!!!
 これが噂の無限ループか…。アーティストとしての好奇心に、完全に支配されたレックの頼みを断るのは大変そうだ。下手をすると紹介所まで追いかけてきそうである。
 ふむ。見れば、まだレックのそうめんは一口程度しか減っていない。それを確認して俺はにやりと笑って立ち上がった。
「そうか。今直ぐ乗りたいか。俺の本気を、俺の後ろに乗って体験したいのか…」
 俺の笑みにその場に居合わせた全員の表情が凍り付く。そのまま、ぽんとレックの肩に静かに手を置いた。
「飯を食う前で良かったな」
 さぁ、いくぞ。俺の言葉に全員が震え上がった。

 3時間後、レックはロイト邸の居間でただの屍になっていた。世界に蘇生呪文があったとしても、蘇らなさそうな屍っぷりである。ノアがティアがアレンが、怖々と声を掛けても返事が無い。ただのしかばねである。
 可哀想なレック。だが、俺のそうめんが伸び切った事は許されると思うな。
「何をしたんだ?」
 フェイが訊ねるので、そうめんを啜りながら答えた。
「レックが体験したいだろう事柄を、フルコースで実践してやった」
 何度か気絶していたが、直ぐさま喝を入れて意識を呼び戻す。お前の為にやってるんだ、気絶してるんじゃねぇ。まぁ、俺も少し意地悪して、少し危険な運転はしたがな。だが、スタントマンとして要求されるのは、そんな少し危険な運転だ。トラックに頭持って行かれそうになったり、ほぼ絶壁の崖を駆け下りたりした程度で気絶しないで欲しいものだ。リバースは背中でなければ路肩に停めて許容してやるし、俺はかなり優しくしてやったぞ。
「死ぬ程の事でもないのに、大袈裟だ」
 俺は帰りがけに山の向こうで買ってきた白桃を冷蔵庫に入れた。紹介所に持って帰って食わそう。
「お前、酷い奴だな」
「何を今更」
 理想のヒーローはテレビの中だけの存在だ。
 俺に良い人である事を求めるな。