家出少年 de 家出始めました

「あー!ムカつく!」
 俺はボストンバッグを乱暴に床に叩き付けた。
 思わず全力で叩き付けちゃったから、凄まじい音が響いてヒーローズの基地に居た全員が振り返った。そして俺の顔を見て、皆が驚いた顔をする。俺も窓硝子に映り込んだ銀髪の中学生の顔を見て、本当に俺なのか疑わしいくらいに怒っていた。顔を真っ赤にして、目がこれでもかって吊り上がって、噛み締めた歯が唇の隙間から見える。
「アレン!? 何があったんだ!?」
 レックが俺の怒鳴り声に負けない大音量で聞き返す。その場全員が耳を塞いだ。
「どうもこうもねぇよ! あんのくそ親父、だいっきらいだっ!」
 俺は苛立ちを隠せず、どかりと椅子に腰を下ろした。
「あんな家、出て行ってやる! …っていうか出て来た!」
 思い出すだけでも、ムカつく。あのくそ親父め…! 俺は怒りに頭から煙が出そうだ。
「家出は良いけど、どうするの?」
 怒りにすっと入り込んだのは、アドルのテノールだった。そのあまりの冷静な声に、頭から冷や水を打っ掛けられたかのように、燃えるように熱かった頭が冷える。汗だくの身体のまま冷蔵庫に放り込まれたように、心臓が縮こまる。
「うっ!」
 思わず詰まった声を他人事みたいに聞く。
 そして周囲を見渡せば、その場全員が俺を見つめていた。レックは成人しているからか、ちょっと兄貴ぶった余裕のある視線で。ノアは年下の兄弟が居るからか、弟を心配する兄貴のように見つめて来る。ティアは怒りを鎮めるような穏やかな不思議な眼差しだ。アドルは冷静でこれからどうするのと、訴えているように見えた。
 俺は家が壊されるかもしれないと、ヒヤヒヤした面持ちのフェイを見た。
「この家に寝泊まりさせてもらおうかなぁ…って」
 フェイは小さく溜息をつくと、俺をひたと見て言った。
「俺は別にいいけど。本当に大丈夫か?」
 ヒーローズの基地は、皆のバイト代で賄われてる。皆で使うんだから、皆でお金を出し合うんだ。そういうレックの指針に、誰も意を唱えるものはいない。
 だから、俺が家出してこの家に寝泊まりするって事は、俺が勝手に使うってことになる。つまり、自分で勝手に使う分は、皆の金を当てにするなって事だ。フェイはもの凄く大人だから、そういう平等さを心得てる。
 でも、俺は親から小遣いもらってる中学生だ。
 金なんてない。
「レックー」
「おっと、俺と可愛い妹の楽しい時間は誰にも邪魔させん」
 俺が恨みがましくノアを、ティアを、アドルを見る。それぞれに首を横に振って、皆に代わってアドルが言う。
「ごめん、流石に無理かな…」
 そうだよな。皆には、それぞれ家族がいるんだ。俺みたいに家出したから泊めてやるよって、普通は言わないよな。
 途端に不安に胃が重くなる。どうしよう。家に帰らなくちゃいけないんだろうかって、不安が込み上げて来る。
「アレンの親戚の家は?」
 アレフレッドに頼らないの? そう訊ねるティアの言葉に、皆が小さく頷いた。
 アレフ兄ちゃんもサタ兄の家も行こうと思えば行ける。だけど、親戚の誰の家に行っても、一晩泊めたら帰りなよって諭されるに決まってる。そして、俺も諭されたら納得しちまう。親友のアーサーもそうだった。一拍程度なら許してくれそうだが、親友もその家族も帰れと説得して来るだろう。
 でもさ、あのくそ親父の顔なんて見たくもねぇっつーの!! 俺は家出するんだ!
「家出するからには、親戚の家に行きたくない! 俺1人でも生きてやるんだ!」
 頑なな俺の決意を見て、皆が黙り込んだ。どうしよう。そんな皆の心の声が聞こえてきそうだ。
 迷惑なんて掛けるつもりなんて無かったのに、なんだか、俺が悪者みたいで凄く居心地が悪い。そんな時だった。
「あれー? 皆して暗い顔してどうしたのー? ほーら、笑顔えがおー!」
 明るいソプラノがまるで太陽みたいに差し込んで来た。振り返るとにっこり笑顔のロトが、今日のおやつのドーナツをバスケット一杯に詰めてやって来た所だった。何でも解決してくれる、ロト人材紹介所の社長にしてヒーローズの頭脳の名を俺は泣きそうな声で呼んだ。
「博士!」
「アレン君、どうしたの? そんな大荷物持って、遠征?」
 代理にロレックス君でも連れて来ようか? そうロトが笑う。
 そうじゃないんだ! でも、ロトの笑顔が何もかもを解決してくれそうで、俺は心に希望の光が灯ったように思えた。
 ロト人材紹介所は、体験学習で一度行った事がある。あそこは、職員が住み込みで働く会社だった。住宅街では大きな一軒家が会社を兼ねていて、仕事の時は昼ご飯も出たし、遅くなれば夕ご飯も出してくれた。寝る所なんてリビングのソファーでも良い。体験学習みたいに、中学生でも働かしてくれるかもしれない!
 俺はロトに頭を勢い良く下げた。
「博士! 俺さ、博士の所で住み込みで働かせて欲しいんだ!」
 異様な沈黙。ロトの返事が全く返って来ないから、恐る恐る頭を上げずに盗み見る。
 ロトはバスケットからオールドファッションのドーナツをパクりと食べながら、俺の事を見下ろしていた。深い海を彷彿とさせる蒼い瞳が、何の感情も感じさせやしない。もぐもぐ、ごっくん。無言で食べ続けて1つ平らげると、唇の横にくっ付いた食べカスを指ですくって舐めた。
 そしてにこりと笑う。
「ん。良いよ」
 俺は今まで生きてきて一番大きい声で、ありがとうございますって叫んだ。