家出少年 de 紹介所の御飯をお見せします


■ お昼のお弁当 ■

 朝食当番は外回りの仕事の奴の為に弁当も作る。
 アレンは学校の部活で朝練もあるから、朝飯食って部活して授業が始まる前に早弁させてやる為に弁当は二つ作ってやっていた。ささっと食べれるように、弁当はおにぎり3つで固定だ。
 まぁ、当然っちゃあ当然だが、おにぎりの具で職員達は遊びだした。
 オーソドックスな具材と、ちょっとした冒険心と遊び心が発揮されたのが1つ。豚キムチ入れた奴もいれば、ミニハンバーグだったりエビの天ぷらの尻尾がはみ出たおにぎりを拵えた奴もいた。ロトなんかチーズを焼き付けた、イタリアン焼きおにぎりなんて作っていやがった。
 味は勿論保証するさ。
 だが、見た目は面白い。食べる時も楽しみだ。だが、その面白さと楽しみは自分だけのものではない。集団生活を営んでいると特にだろう。『今日のおにぎりの具はなんだい?』そう同級生や同じ部活の仲間にツッコミされるのが相当ご不満のようで、アレンはこの3つ目の具材も普通にしてくれと懇願していた。
 アレン、御愁傷様。作ってもらってる立場で、そりゃ無理なお話よ。
 俺は窓硝子に背を預けながら振り返り、ロレックスが作っているおにぎりを怖々と覗き込むアレンを見遣った。吐息のように吐き出した煙が、靄のようにやわやわと沈み解けて空気を滑り落ちて行く。ロレックスが寝ぼけ眼を微笑ませながら、アレン用の弁当の包みを差し出している。
「早弁用のおにぎりの具は、鮭と梅干しと唐揚げにしたよ」
 銀色の髪に寝癖をつけたまま、体操着とジャージ姿のアレンが吠えた。歯磨き中だったようで、口から歯ブラシを取り出すと泡を飛ばしながらロレックスに言い放つ。
「なんで、おにぎりに唐揚げ入れるんだよ!」
 ロレックスは『えー』と笑う。俺はあまりに普通な具材で、感心が失せるのが分かった。
 短く切った黒髪の下で眠そうな顔を綻ばしているロレックスは、髪の色が違うだけで良く似た兄弟のようなアレンに然も当然と言った。手だけは他の職員の弁当を包んでいるので、流石アレフの教育が行き届いていると思わされる。
「甘辛いタレを潜らせた唐揚げは、米に馴染んで美味しいぞ」
 確かに。俺は煙管から煙草の煙を吸い込みながら同意した。
「そうそう、アレン。今日の弁当はなかなかの自信作だぞ」
 今日は海苔弁だぜ! そう、アレンのデカイお弁当箱一面が、海苔で真っ黒になっているインパクト絶大の弁当をロレックスが見せる。アレンが盛大に口の泡をシャボン玉銃みたいに噴射させる反応に、ロレックスは楽しそうにガッツポーズを決める。
「安心しろ、アレン! おかずは海苔の下に埋まってるから、発掘する楽しみがある!」
「やめて! 普通の弁当作ってお願いだから!」
 残念ながら、この個性の塊みたいな紹介所の面子が作る弁当に普通を求めてはいけない。
 アレフが一番無難な見た目の弁当を作るが、細々とした一流の技術にとても豪華に見えてしまう。アインツはサンドイッチを中心とした可愛らしい盛りつけで、女子に群がられ写メに納めまくられるらしい。俺は中華丼とか単品の弁当が多く、胃袋空っぽな男子連中の羨望の眼差しを浴びるとか。ロトは混ぜ御飯の組み合わせでケーキに見えるちらし寿司や、季節の行事をモチーフにしたキャラ弁等の見た目の面白い弁当を作る。ロレックスが技量不足から一番普通だが、普通に潜んだ遊びの度合いは流石ロトの弟分だと思うレベルである。
 今では、学校のお昼のアイドルらしい。アレンの今日の弁当を見るべく集まった連中を『満席の応援席のど真中に立たされているようだ』と言う。良く分からん例えだ。
 ちなみに、健康異常以外の職員が納得できる止む得ない事情が無い限り、残す事は御法度である。思春期とか反抗期とか面倒な時期のアレンには酷な話だが、どんなに嫌だろうが食えよ。他人の目なんか、俺達の説教に比べりゃマシだろ?
「もう少ししたら、ケネスの蕎麦ブームが来るもんな。もう、世界中の蕎麦の実予約したんだろ?」
 ロレックスが話を振って来たので、俺は煙管を持っていない手を軽く上げる。
 蕎麦ってのは痩せた土地でも育つから、世界中の何処でも栽培されている。年に一回、俺は蕎麦の実が実る季節になると、世界各国からそれぞれ蕎麦の実をまとめ買いする。それぞれの地域の蕎麦の味を食べ比べるのさ。それぞれの土と水の生み出す違いが面白いのだが、誰も付いてきやしねぇ。
 だが、俺の打つ蕎麦は美味いぞ。蕎麦の魅力を余さず表現する事が、無類の草好きの使命だからな。
「おう、今年も十割蕎麦打ちまくるからな。蕎麦が打てるようになるまでの腕慣らしに、冷やし中華とうどんを弁当にしてやるからな」
「そんな弁当嫌だぁあああ!」
 あーー、朝っぱらから面倒くさい新入りだなぁ。ジパングの何処にでもあるコンビニで、普通に麺類の弁当売ってるじゃねぇか。
 俺はふっと強く吐き出した呼吸に乗せて、煙を出し切る。
「俺の麺料理好評だってのに、失礼な奴だな。明日俺が朝飯当番だから、お前の弁当お好み焼きにしてやるから覚悟しとけ」
 ちゃんとお好みソースとマヨネーズ、青のりと花鰹は後掛け出来るようまとめておいてやるからな。俺がそう言えば、アレンの悲鳴が上がる。
「そんなに嫌なら、自分で作るしかないよな」
 作れるんなら作りてーよ!と騒ぎ立てるアレンに、俺もロレックスも大笑いよ。
 アレンの恥ずかしい昼飯は、まだまだ終わりそうにない。


■ 夕食と未来の事 ■

「アーサー! 結構上手にできたろ!」
 アレンが嬉しそうに胸を張って言う。そのアレンと僕の間には、夕食の支度が整ったテーブルがあった。
 食卓の上には3人分の食事が乗っている。焦げ茶色の濃淡で市松模様になっているランチョンマットの上に、センスの良い器に盛られた肉じゃがとほうれん草のお浸し、冷奴の上には今が旬のトマトと新玉ねぎを刻んでごま油と醤油で作ったドレッシングが掛かっているようだ。味噌汁の具は大根とわかめ。ごはんはふっくら炊きたてだ。
 親友であり従妹のアレンの様子を見にロト人材紹介所に訪れた僕は、夕食に招かれていた。
 アレフ兄さんから聞いた事がある、優秀な同期だったというアレフィルドさんが麦茶とグラスを食卓の上に置いた。さっきまでアレンと並んで台所に立っていて後ろ姿だけだったが、こちらに顔を向けると茶色い髪の下で黒く見える瞳が鋭い。でも、低い声は思った以上に柔らかった。
「今日は俺達3人分だからな。アレンに夕飯を作らせてみた」
 そうなんだ。僕は改めて目の前の食事を見る。
 とても美味しそうな夕食だ。アレンの料理を僕は食べたことはなかったけれど、アレンは作る人がいないから必要に迫られて作っているだけだと言っていた。美味しかなんてどうでもいい、ただ食べれれば良いんだと、つまらなそうに言っていたのを思い出す。
 僕が感心しているのを見てか、アレフィルドさんが静かに言う。
「アレンは年齢の割に自炊経験が豊富だから、調理に慣れてるし包丁の扱いも自己流だが筋が良い。まぁ、細々と口も手も出したが悪くはなかったな」
「…ってことは独り立ち?」
 ひょっこり背後から声を掛けたアレンのおでこを、アレフィルドさんがぺしりと叩く。
「出汁も分からん奴が調子に乗るな。まだ俺の隣で修行が必要に決まってんだろ」
 そう言いながら、全員が席に着く。
 今時珍しい住み込み式の職場だが、今は偶然出張が重なってアレフィルドさんとアレンしかいないらしい。僕を含めた三人がそれぞれに『いただきます』と手を合わせた。
 料理はとても美味しい。
 料亭で出るような繊細で上品な出汁だけど、味付けはちょっと大胆。僕としては肉じゃがは、少し甘いかもしれないと思うくらいだ。ほうれん草の上を踊る花鰹と醤油の香りが食欲を引き立て、冷奴は熟したトマトとしゃきしゃきの玉ねぎの触感が食べていて楽しい。味噌汁の大根はちょっとダイナミックな大きさだけど、しっかりと煮込まれていて舌で崩せるほどに柔らかかった。
 アレンが怖々と覗き込んでいるのは、黙々と食べるアレフィルドさん。声変わりの時期でちょっと不安定な声が、恐る恐る訊ねた。
「アレフ。美味しいか?」
 小さく頷いて箸を進めていたアレフィルドさんが、アレンの問いに顔を上げた。食事を飲み込んでから答える。
「あぁ、美味いよ」
 ぱっとアレンが表情を明るくするのが分かった。僕にも同じ問いを向けて『美味しい』と答えれば、『当たり前だろ!』と笑った。
 アレンは学校であった事、紹介所でやらせてもらっているバイトの事を僕に楽しげに話す。アレフィルドさんは僕とアレンの会話には特に口を挟まず、お茶を飲みながら書類らしい紙の束を眺めている。アレンが本当に楽しそうで、僕はおじさんの事を思うと少し複雑な気持ちになった。
「楽しそうだね、アレン」
「あの馬鹿親父の顔見ないだけで、清々するよ! もう、帰りたくねーや!」
 そんな事を言うなよ。僕がそう言おうとした時だ。
「アレンは父親と仲が良いんだな」
 突然響いた低い声を見やると、アレフィルドさんがグラスのお茶を啜りながら僕らを見ていた。真横にずっといたんだ。当然、話も全部聞いていたんだろう。でも、どうしていきなりそんな言葉が飛び出るんだろう?
 アレンが氷のような色の薄い瞳でアレフィルドさんを睨み付けると、喧嘩腰ともいえる怒りを込めて言い放った。
「俺は親父なんて大っ嫌いだ!仲良くなんかねーよ!」
 アレフィルドさんは全く動じず、立ち上がって睨んで来るアレンをじっと見上げている。すっと視線を外したのはアレフィルドさんだった。
「そうだったな。すまない」
「なんでアレフが謝るんだよ!」
 アレンが捲し立てると、食器を乱暴にかき集めるとがちゃがちゃとけたたましい音を立てて洗い、どかどかと二階に上がって行ってしまった。アレンに充てられたのだろう部屋の扉がばたんと大きな音を立てて閉まる音が響くと、ベッドに飛び込んだんだろう鈍い振動が天井を軋ませた。
 誰も悪くないけれど、自分が悪いような気がしてしまったんだろう。アレンは優しいけれど、おじさんのように少し不器用だ。
 僕はアレフィルドさんに頭を下げた。
「ごめんなさい。アレンに悪気はないんです、許してやってください」
「分かってる。俺も口を滑らせてしまった」
 アレフィルドさんは気分を害した様子もなく、淡々と僕に頭を上げるよう言った。
 顔を上げた僕は、テーブルに飛び散った味噌汁を布巾で拭いているアレフィルドさんを見て首を傾げた。『アレフと呼んでくれ』名乗った時にそう告げた事を思い出して、僕は問いを口にする。
「アレフさんはどうして、アレンとおじさんが仲が良いと思ったんですか?」
「あぁ、たくさん見て来たから分かるんだ。親を憎んでいるか、ただ嫌いと口先で言っているか、それとも知らないから関心も持てないか…。アレンは口先だけさ。ちょっと喧嘩して頭が熱くなったんだろうよ」
 アレフィルドさんがこともなげに言う。
 確かこの人は物心付いた頃から児童養護施設で育ったと教えてくれたのは、アレフ兄さんだったっけ、それともサタル兄さんだったかな? テレビで知る限り、親が死んで身寄りのない子供、育児放棄されたり虐待で保護された子供、多くの訳ありの子供達が集まる施設だ。幼い頃からいろんな子供と親の関係を見て来たんだろう。
「幸せな記憶が、その味を特別なものにしてくれる。母親の味だってそうさ」
 アレフィルドさんは布巾を畳んでテーブルの隅に置く。
「アレンの味を父親が受け入れて、仲良く飯を食ってくれれば良いのだがな」
 良い人だ。僕はアレフィルドさんの言葉の中に秘められた優しさを嬉しく思う。
 アレフ兄さんから家出の切欠を聞いたのだろうか。でもきっと、アレンに料理を教えているのも、今後のアレンとおじさんの関係を思っての事なのだろう。妻に先立たれた寂しさ、母のいない寂しさ、それを埋めるには二人とも不器用すぎるところまでこの人は見抜いているのかもしれない。本当に良い人の所に身を寄せることができたのだと、僕は親友の幸運を自分の事のように嬉しく思う。
「ありがとうございます」
「なんでお前が礼を言うんだ?」
「アレンもブラムおじさんも、きっとお礼なんて言わないでしょうから」
 僕が微笑んで答えると、アレフィルドさんは眉間にしわを寄せて淡々と言った。
「礼を言われる程の事じゃない」
 さて、明日の弁当は何にしよう。アレフィルドさんは視線をアレンがいるだろう部屋へ向けて、ぽつりと呟いた。
 お弁当騒動の話を思い出して、僕は微笑んだ。
 また面白い話がアレンから飛び出すんだろうな。


■ 出前の小人 ■

 じゃりじゃりと砂利を踏みしめる音を聞きながら、俺は車を止めた。助手席に座っていたアレフがシートベルトを外してひらりと車を降りる。モッズコートを脱いで車のシートの上に置くと、後部座席に積んでいた荷物を降ろし始める。俺もエンジンを切り、アレフが全ての荷物を降ろした事を確認して鍵を締めた。
「無理を言ってすまない」
「アレフレッド。謝るなら頼むな」
 アレフは不機嫌そうに花を腕に抱く。真っ白い菊と霞草、目の覚める青の竜胆、ピンクから白へグラデーションが美しいグラジオラスでまとめられている。昨日の日付の新聞紙で包まれた花を持ってない手には、重そうなビニール袋が下げられていた。アレフが働いた事があるという米屋に寄って量り売りしてもらった米、様々な食材が半透明の袋から透けて見えていた。
 彼は材料や仏花のお金しか求めなかった。彼が言う所の『格安料金』なのだろう。
 本来なら彼の腕に払われる金額が一番多いのだが、それを取らないんだからお人好しだ。俺は変わらないかつての同僚に微笑んで、材料の入った袋を受け持った。
 砂利に浮かんだ飛び石を踏みながら、俺は玄関を目指し始めた。後にアレフが続いて来る。
 庭師が入っておらずやや荒れたジパング庭園を抜けると、古めかしい純ジパングの一軒家が立っている。フェイの宿るロイト家の洋館のように古き良き風情を漂わしていたが、どこか寂し気でとても静かだった。雨戸は全て閉じられ、木枠の美しいガラス張りの横開きの玄関は暗い闇と日差しの眩しい外を隔てている。俺は幼い頃に親戚だからと渡されていた合鍵で、玄関の扉を開けた。
 アレンが飛び出したその日と、全く変わらない光景があった。
 板張りの床が見えなくなる程に散乱した新聞や広告を見て、アレフが眉間に皺を寄せる。
「おじゃまします」
 声を掛けても誰もいないのは知っている。この家の主、ブラムおじさんは現役の軍人。昼間は留守だ。
「失礼します」
 アレフはこの家に溶けてしまいそうな低い声で敷居を跨ぐと、俺の後に続いた。
 居間と台所を一瞥したアレフが真っ直ぐに向かったのは、居間に据えられた仏壇だった。
 和服姿のアレンの母親の写真が、若い姿のまま俺達を出迎えてくれた。仏壇の前の座布団に正座すると、蝋燭に灯を灯し線香を立てる。アレフは優雅な手付きでリン棒を摘むと、鈴に触れるように叩いた。澄んだ音が響き渡りその余韻が消えても、アレフは長い間今は亡きアレンの母親に向かって手を合わせていた。
 俺に仏壇の前を譲り、俺が挨拶を終えたのを見計らってアレフがぽつりと言った。
「綺麗な奥さんだな」
「綺麗で優しくて、素敵な人だった」
 俺の言葉にアレフが目を細めた。そして視線を鋭くして薄暗い居間を見回してから、俺を見る。
「アレフレッド、先ずは換気だ。雨戸を開けて窓を全開にしろ。暇だろうから仏壇を綺麗にして、玄関の有様をどうにかして、居間を片付けて箒で掃いとけ。俺も一段落したら手伝う」
「了解した」
 アレフは頼りになる。俺だったらこの後どうして良いか分からず、立ち尽くしていただろう。的確な指示を受けて、俺は上着を脱ぎ、袖をまくり上げた。
 先ず彼が飛び込んだのは脱衣場だった。洗濯機のスイッチを入れたようで、水が流れる音が響いた。
 台所に入ったアレフも早速準備を始めたようだ。食器の奏でる音、水の流れる音、台所が息を吹き返し歌うように音が響き始めた。軽快なリズムを刻む包丁の音を聞きながら、俺は幼い頃に見たアレンの母親を思い出す。子供をなかなか授かれなかった彼女は、自分の子供のように可愛がってくれていた。水仕事で少しだけカサカサした手が、優しく頬を包み髪を撫でてくれた。
 今日はアレフ君の好きなものを作りましょうね。
 そう微笑んで台所から顔を出した笑顔を思い出して、俺は胸が締め付けられそうだった。
 だが、立ち尽くしている場合ではない。俺はアレフに言われ事を思い出し、早速動き出した。仏壇を顔が映る程に綺麗に磨き、散らかった新聞紙や広告を回収して資源ゴミとして紙袋の中に放り込む。箒で掃いた後に廊下の板の間を雑巾掛けする。そうしている間に、アレフが仏花を仏壇に供えてくれていて、いつの間にか乾燥機に入れて乾いた洗濯物を畳んでいた。
「もう、食事の用意は良いのか?」
 俺が問うと、アレフはアイロンを探して押し入れを開けながら言った。
「米が炊けたり、煮えるまで時間があるからな。調理をしない人なら、作り置きはしない方が良い。時間など掛からん」
 見つけたアイロンでワイシャツとハンカチの皺を慣れた手付きで伸ばしながら、アレフは不機嫌そうに言った。
「アレフレッド、お節介過ぎやしないか? アレンの親父さんはかなり年配らしいじゃないか。余計な世話になりゃしねぇのか?」
「そうか? でも、心配なんだ」
 アレフの言葉の通り、ブラムおじさんは俺が子供の時から大人だった。そんな年上にお節介なんて、余計な世話に違いない。
 だが、心配なんだ。
 御飯をちゃんと食べてるだろうか。
 あんなに大切に思っていたアレンが出て行ってしまって、寂しいに違いない。後悔だってしてるだろう。
 アレンが紹介所の人に良くされている分、ブラムおじさんが可哀想に思えてならなかった。
 そんな俺の言葉に、綺麗に皺の伸びたワイシャツをハンガーを掛けていた背中から溜息が聞こえた。片付けるべきアイロンを見た頭は、完全に項垂れている。
「本当にお前って奴は、真面目で真っ直ぐで融通本当に利かねぇなぁ」
「でも、君は付き合ってくれるじゃないか」
 あぁ、そうでした。アレフは低い声で同意して台所に引き上げて行く。
 彼はいつもそうだ。どんなに面倒だ 余計な事だ する必要は無いと言っても、結局は付き合ってくれる。俺達二人は同期だった。入社式も名前の順番だったから隣同士だったし、事ある毎に企画で徹夜をしたり、仕事の大変さや将来の事を酒を片手に語り合った。彼が退職する切欠になる取引の話だって、彼の責任ではない。俺から見れば上司の失態を被って引責辞任した形にしか見えなかった。それでいいんだ。彼は言う。
 俺に余計な世話だと言いながら、それでいいと彼は付き合ってくれるのだ。
 君だってお人好しのお節介だ。そう言ったら、怒るだろう。帰らないだろうけど。
 俺はそう意地悪に思いながらも考えて、台所から再び顔を出したアレフを迎えた。鍋敷きを敷いて土鍋を置くと、土鍋から上品な煮物の匂いがする。彼が見ていない隙にちらりと覗き込むと、金目鯛の煮付けだ。赤い皮の切れ込みからはふっくらとした白身が覗き、細く切られた生姜とざっくりと切った絹さやがアクセントになっている。カブとキャベツは浅漬けにされていて白ごまが振られている。汁物は豚汁で、ごぼうやジャガイモがふわふわと漂う味噌から顔を覗かせていた。御飯は炊飯器ごとおじさんが座るだろう座布団の横に置き、保温モードにしておく。
 思わず空腹を訴えて腹が鳴る。
「美味しそうだな」
「どうだろうな。競う相手は愛しい奥方、勝てる見込みもねぇな」
 アレフは冗談を言うと、同じ献立を少量盛った小鉢や小さいお茶碗を並べ始めた。
「それは?」
 仏壇の前、おじさんが座るだろう席の向かいに並べ終えて、アレフはリンと鈴を鳴らした。
「ん? 奥さんの分だ。合格点を貰えると良いのだがな」
 アレフはざっと周囲を見回した。
 玄関から居間はとても綺麗になり、洗濯物は片付けられてシャツとハンカチはアイロンまで掛けられている。窓が開け放たれ淀んだ空気が入れ替わった空間には、とても良い香りの夕飯のにおいが満ちていた。アレフが一度だけガスの元栓を確認しに台所を覗き込み、そして1つ頷いた。
「こんなもんだろう。行くか」
 連れ立って玄関を出て俺が鍵を閉めると、改めてアレフに頭を下げた。
「本当にありがとう。良かったら夕ご飯を食べて行かないか?」
 俺の言葉にアレフは即座に断った。
「可愛い奥さんとラブラブな旦那さんのプライベートな時間を、邪魔するつもりはない」
「そんなことない! 妻も喜ぶから!」
「そんなことある! お前等の惚気を聞いてると疲れる!」
 どすどすと先を歩くアレフを俺が追いかける。
「そんな、ひどい」
「やめろ!」
「お礼くらいさせてくれ!」
 君が頷くまで、俺は諦めないからな!

 ■ □ ■ □

「アレフレッドさん」
「どうしたんだい?アインツちゃん」
 アインツちゃんが声を掛けて来た。珍しい事もあるものだ。
 俺が幼い彼女の前に膝を折って目を合わせると、碧の目は涙でうるんでいた。俺は思わずぎょっとする。
「アレフさんがアレンさんのお父さんに美味いって言わせるんだって、ジパング料理ばっかり作るんです…。私、ロマリアとかポルトガの料理が好きなのに…」
 う。俺がブラムおじさんの酷評をアレフに伝えてしまった事で、こんな被害者が出る事になろうとは…。
「アレフレッドさんは一生懸命過ぎます。アレフさんを巻き込まないで下さい」
「す、すまない」
 俺が心の底から謝罪すると、アインツは膨らんだ頬を戻して項垂れた。幼い子を虐めているようで、凄く申し訳ない。
「謝らなくていいです。来週にもう一度リベンジされるのでしょう? 良いんです。今度、私が当番の時はアレフさんと、美味しいパスタ料理作ります。ケーキも作ってもらうんです。ピザとパエリアも、それと…」
 止まらない作ってもらうリスト。
 俺は足の痺れを堪えながら、アインツの恨み辛みを只管に受け止めていた。