終章 de 果てしない日常
紹介所の扉を打ち破る勢いで駆け込んで来たリウレムは、職員ならば必須の習わしである『ただいま』の挨拶も忘れて大声を張り上げた。大柄なリウレムはまるでオペラ歌手のような響く声の持ち主だが、発言がどのように作用するか分からない世界に身を置いている為に何時も穏やかさを意識した小声で話す。だからこそ、彼の敬語をかなぐり捨てた大声は、紹介所に緊急事態を即座に認識させた。
廊下に丁度出ていて出迎えた俺は、瞬く間に紫の髪が眼前に迫り、その事務仕事には縁遠い逞しい日に焼けた腕に襟首を掴まれたのだった。
「本当に冗談抜きでヤバいんだって!助けてくれよアレフ!」
護衛が要らないどころか、外交官として交渉の場に立ちながら要職の警護をしているようなリウレムである。そんなリウレムに問いつめられるのは、まるで恫喝である。襟首を掴まれて足が床から離れてしまった俺は、首が絞まらないようにリウレムの腕を掴んで身体を浮かせて叫んだ。
「っていうか、どうしてサタルの車でお前が紹介所に来るんだ!? その経緯が意味不明だ!」
ぐぐっと視線を持ち上げると、リウレムの肩越しに癪に障る笑みを浮かべるサタルの姿が見える。細身の身体をそっと玄関脇の壁に寄りかからせたサタルは、帰る様子も無く俺達の様子を見ている。俺と視線が合うと、いやぁ、面白いものが見えるねぇと言いたげに口元が持ち上がった。
アレンが家出したのを機に関わる事になったアレンの家族は、なかなか由緒ある家系だった。親が軍属をしていると聞いたが、一族の誰もが華々しい職業に就いている。軍の高官、国家公務員、弁護士、友人のアレフレッドも一流企業に勤めている筈なのにその経歴がくすむ程だった。だが、紹介所は彼等と繋がりを築く必要はなかった。そのような繋がりはもうあったからだ。そしてアレンが自宅に戻れば、彼等と紹介所の親交も殆ど無くなった。
このアレンのはとこという、サタルという男を除いては。
彼は時々、紹介所に顔を出していた。神秘庁の国家公務員である彼は、別に紹介所に依頼を持って来る訳でもなくただお茶をして帰って行く。職員をからかい、冗談を言ったりして暇を潰すが如く時間を過ごすと帰って行った。流石のロトも面白くはなかったようだが、営業妨害はされた事は一度も無い。害がない以上追い払う事も出来ず、この来訪者が嵐のように過ぎ去って行くのを耐えるだけだった。
しかもサタルは紹介所の職員と尽く相性が悪かった。あのアインツでさえ微笑まない。
「困ってる人がいたら、助けてあげるのって当たり前だろう?」
サタルは人の良い温和な微笑みを絵に描いたような表情を浮かべて、心から善意をしていると疑わない言葉を言った。正論だ。だが、俺は腹の中がしくしくと鈍く傷むような、内蔵を刃先で突かれているような言い様の無い不快感があった。その言葉の裏には何かあると思わざる得ない。その何かが果てしなく下らない事であったとしても、宝石のように大事に仕舞い込んでいる気がしてならなかった。
「いや、本当に外務省出て急いで紹介所に行くのに、丁度通り掛かってくれて送ってくれるって言うから…!」
俺の疑惑の眼差しを感じ取ったのか、鼓膜が突き破れそうなリウレムの素の声が貫いた。慌てて手の平で耳を押さえたが遅い。おれは頭の中がぐわんぐわんと揺さぶられ意識が遠退きかけた。
リウレムが手に力を込めた。この勘の鋭い幼馴染みが慌てる事は、もう後手に回っている証拠だ。
「頼むよー!僕の伝手じゃあ、もう限界だって!国同士でもどうにも丸く納まらないんだ!戦争まで行っちゃうかも!」
「わあった…!分かったから…!手…!手を離して、もっと小声で言ってくれ!」
リウレムがぱっと手を離すと、俺は床によろめくように腰を下ろした。リウレムの大声で、頭がフラフラである。
そんな俺の傍らに、ロトがしゃがみ込んだ。ちょんちょんと携帯端末を操作する彼女の瞳が、日の差し込む水面のように輝く。
「なーんかね、教授の所の王立研究所の機密データ、ジパングの人が持ち出しちゃったんだよね。で、持ち帰ったデータの管理が甘くって、オンラインに流出しちゃったんだよね。リウレムさんとSICURAが即座にシャットアウトしたから今は無理だけど、一回でちゃったからねー」
「そうなんだよ!あの国はやったらやり返す文化がまだ根強くて、こっちの痛手と同等の被害を与えるから首洗ってろだってさ!」
あー、教授ならやりかねん。俺は思わず目を細めた。
砂漠の国の一つに、教授が所属する技術の進んだ大国がある。その大国は過去から受け継がれた技術と、新しき発見と過去の研鑽から生まれる知識を金銀財宝よりも尊ぶ国である。その国はその技術や知識を資源に、世界と渡り合う。その為に、知識の盗用と流用は死罪と等しい重罪だった。
そして砂漠の国にはその国独自の風習が色濃く残っている。
運が悪い事にその国は、国が負った被害と同等の被害を、相手に制裁として与える国でもあった。その為に、どの国とも同盟を組む事はない。国同士の話し合いを担う外交官には、窓口もない非常にやり難い相手だろう。だが、リウレムには奥の手がある。教授を常連客として扱っている、この紹介所の存在である。
知識を尊ぶ考えは国外にも及ぶ。自分達よりも知識深き者には惜しみない賞賛を送るし、自分達の知識の及ばぬ所へ導く賢者を同胞のように扱うのだ。紹介所は砂漠の国の外にあって、砂漠の国に通じている数少ない組織であった。
「頼むよ!教授を説得して欲しいんだ…!」
俺はロトと顔を見合わせて、残念そうに首を振った。
「ぶち切れた教授を止めろとか、ギガントドラゴンと相撲を取れと言っているのと同じだ。教授のビックバンでジパングが真っ二つ待った無し、御愁傷様だな」
「先ずは泥棒さんを血祭りに上げる所からするだろうから、避難する時間はあるんじゃないの?」
「二人共、真面目に考えてくれよ! この国が滅びちゃうって!」
リウレムの悲鳴を流しながら、俺はサタルの瞳に鈍い光が灯ったように見えた。だが、何時までも玄関先で話している訳にはいかない。俺は立ち上がり、それぞれに中に入るよう促した。
今では手広くやっている関係で、リビングでも契約の相談が行なわれている。
一番手前の3人掛けのソファーを一人で占領し、ローテーブルには宅配ピザを三段重ねにして貪っているのは体格の良過ぎるディレクターである。俺やリウレムが幼い頃に世話になった特撮班の班長だったが、今は有名なテレビ番組をいくつも手掛ける敏腕だ。それでも得意分野の子供向けを中心に、今はバラエティにも手を伸ばしている。今でも仕事を寄越してくれる、常連の一人だ。
彼は堅太りした身体を揺すって、俺に振り返った。ぎっとりと脂に塗れた指をぺろりと舐める。
「アレフー、面白そうな事になってるなー。なぁなぁ、密着取材しても良いかい?」
そんな顔なじみに対面していたケネスが、ピザを一切れ失敬しながら呆れ顔で言った。
「ギガントDさんよ、オタクは『ドキドキ!リアル魔法少女パトリシアちゃん光臨!?謎の魔法少女を追え!』特番のガイド契約に来たんじゃなかったのかよ?」
「そうだけどさ、面白そうじゃん!」
いや、確かにそうだけどよ。ケネスがそう言いたげに顔を歪めた。赤い短髪に日に焼けた肌ジャージの上下の出で立ちだが、彼の醸す気怠気な雰囲気が全てを台無しにしていた。それは変わらない。やる気というやつがこの男からは抜け落ちているのは、いつまで経っても変わらなかった。
キッチンのスツールにも二人の女性が座って、話をしている。そのうちの一人が、こちらに顔を向けた。
養護施設の後輩、義理の妹とも言える縁寿だ。相変わらず1年の数ヶ月を細切れにした日数をソレッタ総合病院に勤めながら、世界中に活躍の場を拡げている。幼馴染みの老舗企業の社長と一つ繋がって、製薬会社に顔を出し様々な新薬を開発したりもしている。その功績を讃える式典を片っ端から蹴りまくり、貧困地域や国外の医療現場を歩き回っているらしい。時折、ロトの父親の手紙を持って来るので、ロトは少しこの妹が苦手なようだ。
「アッテムトの毒ガスのサンプルの話はどうなったんですの?こっちはかなり火急の話なんですのよ?」
日差しに輝く黄緑の髪と赤いフレームのコントラストの下に、批難の色を帯びた瞳がこちらを見た。
そんな縁寿に深々と頭を下げたのは、アインツ。何とも不思議なのだが、アインツは年齢を重ねてもちっとも背が伸びない。顔は大人びる事なく幼さから抜け出せない童顔で、瞳は相変わらずくりくりと人形のように愛らしかった。不思議だと言えばSICURAもそうで、サーバールームの一輪挿しの花が最近枯れないのだ。変な影響が紹介所に出ていないか、なんだか不安である。
「ごめんなさい。ガスの濃度が凄く高い所は、ケネスさんでも意識消失するレベルなのでなかなか上手く捗りませんで…。近々、ダンジョンキャットさんという方の協力で別のアプローチにて採取を試みています」
そんなアインツの後ろから、背の高い青紫の洒落た男がお茶を持ってやって来た。
「俺が今回貴方のサポートで解毒薬の開発に関わるテンレスだ。高名な縁寿先生と一緒に仕事が出来て嬉しいなぁ!」
そう調子の良さそうな口調で言ったのは、最近入社したテンレスという若者だ。練金学を学んでいてその技量は世界から認められ引く手数多だろうに、なぜこの紹介所扉を叩いたのかは未だに分からない。新入社員のくせに会社の仕事はそこそこで、ふらりとどこかへ行ってしまう。それでも、彼がどんなに仕事に対して不誠実でも、与えられた仕事はきちんとこなしている。まぁ、俺も個人の伝手でバイトをしている身だ。あまり注意出来る立場ではないし、彼を注意する人物は別にいる。
視線を縁寿から受け取った成分表を見るテンレスから外し、ベランダに見遣るとロレックスとバイオリンケースを傍らに置いたスーツ姿の男性が座っている。バイオリンケースの上には、ちょこんとスライムが乗っている。
男性は柔らかい茶髪の上に、日差し避けなのか帽子を被りロレックスに美しい声で説明する。
「デンガー達が未だにスライムの名を、名乗らないのだと困っているらしいのです。名乗らないなら種族から除名したいんですけど、彼等は貧弱なスライム族。私も調停は何度もした事はあるのですが、やはり護衛が欲しいのですよ」
男性も以前から関わりのある、ガライという音大の教授だ。民謡から民俗学にまで手を出し、ケネスに依頼をして世界中様々な所へ足を伸ばしている。そのなかで魔物との住処に近い場所も多く含まれていたのだが、音楽の力とは偉大なもので魔物達と心を通わすまでになったらしい。魔族と人間が和睦した現在、調停者的な立場として人と魔物の言葉に耳を傾けている。
そんな教授と向かい合っている、青年が頷いた。
「分かりました。ガライさんの護衛は任せて下さい」
頼もしくなったもんだ。ロレックスは精悍な顔立ちに、見る者を安心させる自信を滲ませて書面に必要な事を書き出して行く。ロレックスも随分と前に一人前になった。技量的にはケネスには劣るものの、ケネスでは絶対にやらないだろう追加料金的な追加プランをその場で判断して実行してくれる。1から10まで内容が決まっているガイドより、臨機応変さを求められる仕事を彼が引き受けるようになっていた。
特に魔族と人間のトラブルは一筋縄ではいかない複雑な事情が絡むのだが、それを上手くまとめあげてしまう才能があるらしい。今ではリウレムがこっそり魔物側への交渉で、連れて行ってる程に信頼されているようだ。
俺の袖がつんつんと引かれた。
見下ろすとアインツよりも少し年上に見える、幼さから抜け出したばかりの少年が俺を見上げていた。テンレスは勤める時の条件に、弟も同居したいという提案をしていた。そして了承した後に兄が連れて来たのが、この弟のルアムだった。青紫の髪と瞳は確かに兄に良く似ていたが、性格は真反対。しっかり者で責任感が強く、兄が仕事でいい加減な事をしようとしたりフラフラ出掛けてくのを叱るのは彼の役目だった。
自分から仕事をしたいと申し出て、学業の傍ら、紹介所の家事や事務仕事を担っている。二親に先立たれて兄と二人暮らしだったからか、家事はほぼ完璧。仕事も遅いながらにきちんと仕上げてくれる。今後が楽しみな逸材である。時々、彼等兄弟の瞳に燃えるような感情が灯るのだけが、少しだけ心配にはなるがな。
ルアムはひらりとファイリングされた紙の束を持ち上げた。ファイルの上にあるのは、異国の言葉が連なったメールを印刷した紙のようだ。
「アレフさん。サンマリーノの漁協組合から、指定した魚から名物になるような激旨料理のレシピを考案して欲しいって依頼と、世界中の料亭アレフガルドの上半期売り上げ報告来てます。机の上で良いですか?」
「あぁ、頼む」
俺が頷くと、ルアムはファイルを脇に挟みながら、依頼人達にのカップにお茶を足して行く。温めた良い香りのする異国の茶が、花開くようにリビングに広がって行く。お盆に載ったポット以外に、一つカップが載っている。そのカップを渡す先に心当たりがあってルアムの背に声を掛ける。
「あぁ、ルアム。そいつに茶は出さなくていい」
「ひっど!」
サタルが本当にそう思っているのか分からないが、表情とは裏腹に批難の声は上げた。
それでもルアムはちゃんとカップを渡した。良い子だな。
「あーもう!アレフだけが頼りなんだって!このままじゃ、手荒な方法で事が進んで、両国の関係が悪くなっちゃうよ!」
おっと、リウレムの存在をすっかり忘れる所だった。
「国が出来ない事は僕等がやる!紹介所はそういう組織でしょ!?」
そうだな。俺は小さく頷いて、事務所の俺の机を開いた。中にはそれなりに整頓された空間が広がっていて、その中から何の変哲もない巾着袋を取り出した。ジャラリと音を立てるそれをリビングのテーブルに持って来ると、中身を明ける。中には様々な絵柄の無数のコインが散らばった。分かる者がヒュウと口笛を吹いた。
その中から探し出したコインは3枚。他は巾着袋にしまって、そのコインを片手に携帯電話を起動させる。
「SICURA、教授に繋いでくれ」
携帯電話がヨンと返事をした。
『ヨン。教授が泥棒君の相手で忙しいって、通話拒否してるヨン』
「今直ぐ繋げろ。強制割り込みだ」
ヨーン。空間が揺れる。目の前には馬面のスーツ姿の男を組伏す、背の低いずんぐりとした白髪と髭と眉毛に犬のように見える老人が映し出された。老年期に差し掛かっても勢いが衰える事のない教授は、今まさに振り下ろそうとしたハンマーを寸での所でぴたりと止めた。馬面の悲鳴が響き渡り、髭が不満げにひくひくと蠢いた。
『やあ!副社長君!なんじゃね!? この泥棒君を煎餅にしちゃイカンとか言うんじゃあるまいな? 生温い。ジパングも泥棒の首に紐でも付けて、他国で粗相せんように教育するべきじゃたな! この泥棒の次はジパングじゃ。地面を揺らし、火山を動かしてやろうぞ…!』
俺は眉一つ動かさず、少し身を乗り出すようにしてホログラムに語り掛けた。
「教授一つ提案をしたい。あんたには良い話だ、聞いて欲しい」
ふん。教授が鼻で笑った。
教授もそれぞれの国の懐には、良く切れる刃物がある事は百も承知だろう。名前は国々で様々、ジパングでは特殊能力犯罪対策室、通称公安十課と呼ばれている。教授の命も非常に危険な状態にある事だろう。だが、そんな脅威よりも国の自尊心を優先するのは、彼が砂漠の民である事を誇りに思っているからだろう。偉大なる頭脳と尊敬された教授が殺されたら全面戦争も避けられないのだが、そんな事も辞さないプライドの高さが教授と砂漠の国にはある。
砂漠の民がその決定を覆すには、その誇りを穢された行いよりも、もっと大きな利益を与えなくてはならない。酒を奪われても、貴重な水を与えれば、どんな罪をも帳消しにしてくれるのだ。ただし、与えるべき利益を少しでも間違えれば、誇りを傷つけられ止められなくもなる。危険な掛け引きだ。
俺は手に三枚のコインを載せ、教授に見せるように差し出した。
「今、俺の手元にはキラーマジンガのコインが3枚ある。さらに、世界的ハッカーSICURAとその制作者のリウレム。世界錬金術選手権で優勝した期待の新星テンレスもいるし、社長の頭脳は言わずもがなだ。紹介所の総力を教授に貸していい。こんな条件は滅多に提示出来ないだろう。言いたい事は、分かるよな?」
『興味深い提案じゃな。…じゃが、まだこの罪を許す対価にはなり得ぬ』
教授が方眉を持ち上げて値踏みするように見る瞳に、俺は心底意地悪い笑みを浮かべてみせた。
「いや、彼も参加で良いだろう。教授が如何にしてその知識を深め、その研究の成果を成したか、身を以て知らしめさせてやろうじゃないか」
教授の目に愉快だと言いたげに、きらりと光った。
砂漠の民は罪人を砂漠に置き去りにし、砂漠に罪を改めさせると言う裁きの方法がある。危険な調査に泥棒を同行させる事は、その砂漠の裁き方に良く似た手法になるだろう。
『こんな馬面な泥棒君じゃあ、ビームで胴体がぱっかーんってなってしまうじゃろうなぁ!そこまでは面倒見んぞ?』
「守りはアインツとロレックスがいる。調査の面でも泥棒の死因の件でも、教授に迷惑は掛けない」
もしも、この泥棒が死んだ場合の責任は紹介所が持つ。重要なのはこの泥棒の死因が、教授と砂漠の国の意思ではないことなのだ。俺がそっとリウレムを見遣れば、リウレムはなんとかしてみせると小さく頷いた。
ふーむと教授が考え込むように唸っていたが、次の瞬間ぱっと顔を上げた。気の良さそうな老人が、快活な笑みで俺を見た。
『良かろう!副社長君の提案を呑もう。知識探求の経緯全てが、泥棒君の罪をジパングの失態を問いただす。この一件でキラーマジンガを含めた魔族の機械技術の解明の進展は、我々には大きな収穫となろう。泥棒君がこの調査で生き延びたら、罪は不問としようではないか!』
リウレムの喜びが、瞬く間に空間に広がった。
「悪いな、教授」
『ふふん。お主らの人材紹介所には世話になっとるからの』
俺は立ち上がり、彼等の民の独特な仕草で深々と頭を下げた。
「砂漠の民の善意と、地の王の慈悲に心から感謝申し上げる。…で、日程はどうする?」
「そんなの、勿論、今直ぐっしょ!」
背後からロトの声が弾けた。振り返ればキラキラとした蒼い瞳に、ひょこひょこと跳ねるものだから黒髪がもっさもっさと動いている。そんなロトにルアムが首を傾げた。
「あれ、今日はお客様が来る予定じゃなかったですか?」
そう、今日はヒーローズのガキ共が来る日なのだ。だからこそ、この紹介所では珍しい全員集合の状態であったのだ。
だが、なぁ?
俺がロトを見ると、ロトも嬉しそうに俺を見上げて笑った。
「子供達とはまた会えるから、大丈夫! さぁ、皆、今の仕事を片付けて、準備して出掛けるよ! だってリウレムさんが困ってるんだもん。皆で解決しちゃおう! いっくよー!」
ロトが手を挙げて宣言した。職員達は思い思いに笑みを浮かべて、頷く。それぞれの交渉が始まった中で、いつの間にかサタルがいなくなっている事に気が付いた。
全く、ジパングの命運が掛かったような話なのに、脳天気なものだぜ。だが、いつもの事だ。この紹介所に来る依頼は、国が関わる程でもない事から、国が匙を投げるような面倒な依頼まで様々だ。俺達は今目の前にいる依頼主の為に、そして家族となった職員の為に、全力を尽くすだけだ。国や世界の事等、その次だ。
ヒーローズのガキ共が来た時には、藻抜けの空だろう。それに怒った声を上げるか、呆れた笑いを零すのか…。一人一人の顔を思い浮かべ、俺は苦笑した。
まぁ、紹介所はそんなもんだ。今までも、これからも、ずっと…な。