三人寄れば花火の話

 郊外の喫茶店の窓際で、繋がりが微塵も見いだせない三人組がノートパソコンを覗き込んでいた。
 テーブルの上もちぐはぐで、彼等が何故同席している意味すら見出せない。一人は喫茶店にも関わらず、飲み物は水だけで年季の入った窓を軋ませて無理矢理開け放ち灰皿を抱えて座っている。もう一人は紅茶を目の前に置いているが、手付かずですっかり渋くなってしまっているだろう。最後の一人だけが、珈琲とケーキのプレートを頼んでいた。
 画面は三人の間をくるくると回るのでよく見えないが、クラゲのグラフィックがせっせと花火の画像を作っている。
 ロト人材紹介所の職員のケネスが、アンティーク調の空間に良く似合う年季の入った煙管を片手に怠そうに座っている。煙管以外はこの空間に全く似つかわしくない。まるで引き蘢りを具現化させたような、無精髭とよれたジャージだ。彼はまるで粘土に指を押し込むような緩慢な動きで、パソコンに何かを入力していく。
「この調合なら…こんな感じの鮮やかな色彩になる」
 ほれと次に画面を向けられたのは、ソレッタ総合病院の女医である縁寿だ。スッキリとしたシンプルな装いが、彼女の黄緑色のボブショートと深紅の縁取りの眼鏡に良くあっている。なんとも絶妙なタイミングで彼女はケーキや珈琲を口に運んでいて、喋ったり相手の顔を見る時には凛とした表情だ。縁寿は氷の上を滑るアイスショーの演じ手のような動きで入力を済ますと、ほぅっと上気したように両頬を手で包み込んだ。
「あぁ計算された、この風流な広がり方…素敵ですわ」
 そんな彼女の横から画面を覗こ込んだのが、我らが公安十課の一人ルネだ。いつもの有り触れたスーツ姿のルネは、画面に浮かんだシミュレーションを見てうっとりと目を細めた。
「空に大輪の花の炎。良いわね」
「本当、調合に秀でた方が揃うと、こんなにも色彩や華の広げ方にバリエーションが出るのですね。あぁ、もっと試しましょう!」
「縁寿のイオ系の理解度があってこそだろ。あ、その配分だと煙が酷いぞ」
「花火で大事なのは、いかに煙を流して鮮明な光を見せるか…よ。もっとあたしに素敵な火を見せて頂戴よ」
「ならば演出ですわ。高さを変えて煙のない隙間を狙いましょう。まぁ、ますます面白いですわ!ねぇ、ケネスさん打ち上げの高さの調整はできますの?」
「当たり前だろ。ちょっと貸してみろ」
 つっこみがいない。
 そもそも、なぜ俺はここにいるんだろう?
 1人隣のテーブルに陣取り紅茶を啜りながら、微妙に噛み合わない花火談話が右から左に聞き流して行く。
 最初の切欠はルネが非番の日に、知人と会うと話した事だった。炎にしか関心がないルネに人付き合いがあると、誰が想像しただろう。課長でさえ眠そうな瞳が僅かに見開かれる程だ、他の面子も驚き剥き出し関心丸出しでお祭り騒ぎだった。
『スラン、貴方も非番だったでしょう? ちょっと見てきてよ』
 そうキラナに強すぎるお願いをされて、俺はルネの後を付けた。尾行はそれなりの自信がある。ルネが黄緑色のボブショートの女性と合流するのを見て、女友達が居たのかと驚きながら報告の電話をしていた時だった。
 ぽんと、肩を叩かれる。
 振り返ると、顔面に煙を吹き付けられて盛大に咳込んだ。涙に歪んだ視線の先を確認するまでもなかった。
『おいおい、この上毒消し草と満月草の苦みとすっと鼻を抜ける仄かな甘みが分かんねぇのか? お子様め。次いでに尾行するならもう少し巧くやんな』
 ケネスだ。なんでこんな所に?
 俺の疑問に答えたのはルネの挨拶だった。魔物対策課に出入りする事も多いケネスは、ルネから煙草に火を借りる仲だった。もちろん、ルネは煙草を吸わない。ケネス煙管に入った煙草が、不思議な色に燃えるのを見るのが楽しみなのだ。
 俺がルネの同僚という事で頭を下げた女性は、縁寿と名乗った。後々聞く事になるのだが、炎の精霊に愛されている縁寿の炎はとても美しいのだそうだ。ルネが見初めて声を掛けて以来、腐れ縁なのだそうだ。
 俺でなくとも混乱する。
 公安十課の炎使いと、敏腕女医と、無類の草好き。どう考えても、この顔ぶれが揃う事すら想像できない。
 一体何を話すのかと思えば、花火の話だった。
 ケネスの草の知識と調合の経験から、常識では考えられない鮮やかな花火が作れるそうだ。確かにイオグランデの矢の破壊力は凄かったし、その美しさは今でも思い出せる。
 花火の広がり方に関心を寄せるのは縁寿だ。大輪の華、降り注ぐ柳の枝と葉、霞草のにぎわい、滝のように流れ落ちる光の雫、果てはスライム型等のキャラ物。従来の花火の型を、瞬く間に理解した彼女は新しい表現に熱意を燃やす。
 ルネはひたすら、二人の作る花火を思い描いてうっとりしている。空に火花が咲き誇る事が、今から楽しみで仕方がないと言いたげだ。
「打ち上げタイミングの制御はSICURAにお願いしますわ」
 ヨン。パソコンの中のクラゲが返事をする。
 ケネスの関係で来たと思ったSICURAだったが、どうやら縁寿の繋がりらしい。
 どうやら紹介所とも繋がっているらしく、演出の提案が聞こえる。可愛い声のチャットボイスから、アインツだろう。
 そうしてできあがった花火のシミュレーションは、とても凄い物だった。これで花火大会をすれば、集客の利益すら上げられるんじゃないかって出来だ。実に平和的な才能の無駄遣いだ。
「後は、花火の制作だな」
 ケネスがぽつりと言った。
 そして二人の声が重なる。
「アレ兄さんに頼みましょう」
「アレフにやらせよう」
 すかさずパソコン画面から悲鳴が上がった。裏返っても低い声の主は、今話題に上がったアレフ本人である。
 ケネスが煙管の燃え尽きた煙草を棄て、新しい煙草を詰める。ルネが嬉しそうに指先に火を灯して、煙草に火をつけた。何が入っているのか知りたくもないが、煙草は鮮やかな緑と黄色に移ろいながらゆっくりと燃えだした。金属が燃えるような、鼻を突くような匂いがする。
「縁寿はアレフの知り合いだったのか」
「えぇ。血は繋がっておりませんが、私にとって兄と呼べるお人ですわ」
 大人びた表情を少女のように綻ばせながら、縁寿は笑った。しかし、パソコンからは怒声が飛んでくる。
『いい加減にしろ! 縁寿、お前のイオ花火で、良い思い出はひとっつもねぇんだぞ! 俺を巻き込むな! だいたい、ケネス、お前が作れよ! 火薬の扱いはお前が一番だろ!』
「この花火面倒臭い」
「アレ兄さん、可愛い妹のお願い叶えてくださいまし」
 絶対、ごめんだ! アレフは一言一言叩きつけ、スピーカーの音が割れる。
『アレフさん、アインツちゃん、何してんのー?』
『今、花火を作ろうってお話をしてるんです』
『ちょっとまて!ロト!お前は来るな!頼む来ないでくれ!』
 わいわいと画面の前と向こう側で賑やかだ。動き出した事柄を、たった一人で押し止められやしないだろう。御愁傷様。
 花火大会かぁ。可愛い子いるかなぁ…。浴衣が似合う女の子で、浴衣の柄は何がいいかな、スライムよりもモーモン柄の方が流行なんだよね。団扇で揺れる毛先、微笑む口元。ああ、綿飴持って欲しいな、買ってあげよう。すると浮かんだ妄想に班長とテングが乱入して、突如終了した。俺に在り来たりなロマンは来てくれないらしい…。
 紅茶が少し塩っぱかった。