注目の的を射止めたい!

 居酒屋の店主が腹の調子が悪いとの事で、代理で店を預かる事になった。ガキの頃から何かと世話になっている人物なので、流石の俺も断れない。店主はなかなかの料理の腕前で、その腕前に見合うだけの技量があると認められたのだろう。有り難い事だ。
 どんな料理雑誌もテレビ取材も受け入れない、隠れた名店的な居酒屋。こじんまりとしたジパングの風情が漂う店内は、カウンターとお座敷に分かれてほぼ満席の状態だ。カウンターには週変わりの煮込みが並んでいて、先週はおでん系だったが今週は牛筋の煮込み系だ。醤油に味噌にトマトやビーフシチューなど、数種類用意してある。今は燗にして美味しい夥しい種類のジパング酒やビールがあるだけで、洋酒の入荷は店主の気分次第だ。
 お座敷で賑わっていた団体の客がだいぶ落ち着いて来て、俺はようやく一息ついてお冷やを口にした。
「なぁなぁ、アレフ。お前さんは興味がないのかい?」
 そう山盛りの御飯の上に牛筋のトマト煮込みをぶっかけたどんぶりを抱えながら、カウンター席の正面に居座った巨漢は言った。その横幅の大きさに彼の座っている椅子は押し退けられ、ゆう3人分の席が占拠されてしまっている。ジパングではお目に掛かれない超ど級のサイズの服を着てもぱっつんぱっつんの腹回りの男は、その丸々とした顔に埋まりそうなつぶらな瞳をサングラスで隠し、バンダナで結っているがスキンヘッドで眉毛がない。笑えば愛嬌があるが、なかなか強面の男である。
 何が? そう付き合いの長い常連に返せば、彼はレンゲにこびり付いた一滴まで舐め尽くしながら『まーたまたー』と笑う。
「最近ホットな話題と言えば、やっぱりヒーローズでしょ!」
 テレビも新聞も報道はしない。ゴシップ誌が取り上げては、胡散臭くなる一方。一番確実なのは口コミ。人々は昨日は今日はと話をしては、彼等の活躍を伝え広めている。彼等とは誰か。5色の戦隊ものヒーローな姿をした能力者。誰が呼んだか『異次元戦隊ヒーローズ』
「誰かの悲鳴が轟けば、颯爽と参上! 迅速解決! 賞賛も受け取らず正義を執行する5人組の能力者達! まさに戦隊ヒーローをリスペクトしてるとしか思えないよね!」
 拳を握り熱く語る声は、体格も相まって凄まじい。俺はちらりとお座敷の団体に目を向けたが、スーツ姿の女性は変わらずおしゃべりに熱中し、男性もこちらを気にする様子はなかった。
 ひらひらと大きな手が視界を遮る。
「こーら、オレっちの話聞いてるのー?」
「聞いてるよ、ギガントディレクター」
 彼は俺と幼馴染みが世話になった、撮影班の班長である。今では、大手テレビ局で手広く映像撮影を手掛けていて、敏腕ディレクターと名高い。元々子供向けの番組の映像を撮っていた人なのだが、そのノウハウを生かしてバラエティやアイドルライブまで関わっている。骨の髄までオタク気質があり、のめり込んだジャンルに関してはコメンテーターとして番組に出る程だった。
 今も時々仕事をくれるし、こうやってバイトをしてると何処から嗅ぎ付けて来るのか目の前に座っている。所謂腐れ縁である。
「ヒーローズの正体、すっごく気になるよな!?」
「いや、ぜんぜん」
「ちょ! オレっちは客だぜ! 少しは話を合わせてくれよ!」
 はいはい。俺は生返事をしながら、お座敷の団体さんに串焼きの盛り合わせを持って行く。次いでに追加の飲み物の注文を受け取り、空のグラスや皿を下げながら、ギガントDの声が五月蝿いと批難が出ないのでホッとしている。店を一周して一通りの注文を聞いて戻って来ると、ギガントDは待ってましたと話し始めた。
「先ず、やっぱりリーダーと言えば赤だよな! 勿論、ヒーローズにも赤い奴がいるんだよ。これが絵に描いたような熱血系男子でさ、本当に戦隊もの冥利に尽きるって感じ!? やっぱりリーダー格っぽいんだよ」
 俺は出来上がった酒をお盆に載せ、背中で続きを聞く。
「青はクールだけど、何がクールって動きだよ! 戦闘の動きがプロかって程に良くてよー、お前が入ってる動き並に良いぜあれ!」
 追加ですか? お刺身の盛り合わせひとつ。
「黄色はカレー好きで大食漢って感じじゃなくて残念だけど、今はそんなキャラはウケないだよね。気配り凄く出来るオカンっぽい子だけど、残念ながら女子じゃないんだなー」
 すいません、おでんは先週のメニューだったんですよね。今週は牛すじ肉の煮込みです。味噌が宜しいですか、わかりました。
「じゃあ最近女子枠のシリーズ出たりするから緑が女子かと期待しちゃうんだけど、中身は残念ながら男子なんだよね。風属性の能力者みたいだから、スカートひらひらーってファンサービスしてくれるって期待したんだけどねー」
 デザートですか?今直ぐご用意して宜しいですか? あぁ、食後の緑茶ですね。全員分ご用意していいですか?
「最後は黒なんだけどさ、これが変わり種でさー」
 いい加減にして欲しいな。俺はケーキの盛り合わせと平行して、抹茶パフェを作りながらげんなりしていた。
 3人前の牛すじ肉の味噌に込みに5つ程餅を入れて『味噌と餅の相性って最高だよね!結婚するべき!あ!でもチーズも捨て難いし、もう不倫しちゃうしかないね!』なんて上機嫌に独り言を言いながらも食べる手を止める事はない。目を見開いたり仰け反ったり美味い美味いと食べたり言ったり、とにかく見ていて忙しない。食べながらよくもまぁ淀みなく喋れるものだ。
「どうやら、中身が一人じゃないみたいなんだ」
 む、抹茶ムースがうまく乗らない。
「俺が収集したヒーローズの映像を確認しても、黒の中身は3人はいる感じ。一人は凄く運動神経が良い奴で、青と競い合える程度に運動神経良いし武術も齧ってる。2人目はそこそこに運動神経良いし、赤と同じくらい突っ込む熱血漢だな。3人目は黒い薔薇の花びら散らして能力を放出する正統派黒のイケメン枠って感じ」
 はい、お待たせしました。本日のケーキは苺のタルトのキャラメルアイス添え、こちらが抹茶パフェです。お茶は熱いので気をつけて下さい。
「だけどさー、オレっちが把握してる限りではもう一人いるんだよ」
 びしっとマイ箸を俺に突きつける。
「アレフ、お前じゃね?」
 俺は迷惑そうにギガントDのマイ箸を退けた。
 刺身の盛り合わせのついでに、海鮮丼を出すとギガントDは特に疑問を持たずにかき込み始めた。あんたは何時になったら満腹になって帰ってくれるんだ? 食べられないから酒は飲まないって言ったって、食うのにも限度があるだろうに。
「俺はお前のスタント見慣れてるけど、滅多に出て来ないすげーサボる黒の動きがどーにもお前っぽくてさー」
「俺が金にもならないボランティア活動に精を出すと思ってんのか?」
「そうなんだよなー、それが謎なんだよ」
 そうもっちゃもっちゃ食べてる間に、席を立った客の会計をすます。
「いやさぁ、本当にヒーローズはヒーローらしいんだよ。人々の評価も名誉も要らない、ただ人助けの為に自己を犠牲にする精神、貫かれる正義感とか子供の模範になるべきだと思う。最近は能力者の犯罪も多いし、厳密には危険種だけど魔物の動きも活発だし、彼等の活躍は勲章ものだよ。でもね能力者は能力を使ってはならないって法律のこの国に限っては、ボランティアであるべきだと思ってる。そう思えば、彼等の活躍はこの国に則してる」
 客の見送りから戻って来ると、ギガントDは俺を真っ直ぐ見つめて言った。
「割としっかりしたバックがあるんじゃね? スーツは既製品でもないし、手作り感もないプロの仕事だよ。能力者である事を加味しても、パワードスーツみたいな技術力がある。戦隊もので言えば博士みたいな技術組がいるし、頭の良い支援者がいるんだろう。趣味や個人の思いつきにしては本格的すぎるんだよ。それこそお前が副社長してる人材紹介所なんか、おあつらえ向きじゃないか」
 俺はじっと目の前の巨漢を見下ろした。
「悪いんだけどさ、うちの紹介所をネタに新作の戦隊ものは作らないでくれよ」
 ギガントディレクターが頬をパンパンに膨らませた! 
「だってー、テレビや新聞で報道しちゃ駄目だっていうんだぜー! ニュースキャスター一筋の海老プロデューサーが、公安に食って掛かってるんだけど許可降りないしさー。企画部のアンドレアルはドキュメンタリー作るにも相手と接触出来たらなって取り合わないし! それなら探偵関連に探り入れるじゃん? 情報掴めないじゃん? じゃあ無理じゃんってなるし! 社長に取り合おうとするじゃん! 秘書のヘルバトラーが『社長は奥様と新婚旅行で一年帰ってきませんので、勝手な企画は許されません。メール等で不要な事を送ったらクビと思え』だってよ!」
 ついに頭を抱えてディレクターは叫んだ。
「あーーー!作りたい!あの噂のヒーローで特撮もの作りたい!!」
 御愁傷様である。
 それにしても、ヒーローズは想像以上に人々の支持を得ているのだな。俺は感心するばかりだ。俺が最年長であるものの、実質はヒーローズの活動には全く口は出していない。子供達的には年齢や力の差に縋りたい所だろうが、そんなのは無意味だ。現場の意見が反映される事の方が、よっぽど有益だ。
 このまま、のらりくらりと代理を立てながら、ヒーローズの活動とやらが終わるまで逃げ回れそうだ。
 一銭の金にもならないボランティア活動等、まっぴらごめんだ。
「そういえば、アレフ。お前、また銀行強盗縛って沿道に放置して、書類送検されたんだって?」
 俺は顔を上げて、首を傾げた。暫く記憶を遡り、そんな事もあったと頷いた。
「あぁ、入金の為に待ってたら運悪く出会してな。シフトに間に合わなくなると困るから、ぶん殴って服ひっぺがして縛って外に転がしといた」
「海老Pがその事件の取材したいって言ってたんだけど、アレフは断るだろうから断っといたよ」
「助かる」
 締めにと作ったキングスライムアイス盛りを、ギガントDは嬉しそうに受け取った。
「取材費も出るし有名にもなるだろうってのに、変な所でアレフって謙虚だよね」
 冷蔵庫を覗くと、もう何も残ってはいなかった。暖簾を外し、『閉店』の札を下げる。
「オレっち、アレフがヒーローやっても良いと思うんだよね」
 ぺろんと皿をひとなめして、ギガントDは笑った。
「なんだかんだで、良い奴だもん」
 俺はぽかんと阿呆みたいに口を開けてしまった。
 俺みたいなのがヒーローだなんて、世の中どうにかしてる。