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■ 咎人のいが届く日へ ■



 グランゼドーラ城には王族専用の礼拝堂がある。10人座れる程度の長椅子が置かれた、小さな村の教会程度の空間だ。王族、賢者、侍従頭や兵士長など限られた人数にしか知る事は許されぬ場所である。
 そんな王城の小さな礼拝堂は、謁見の間に負けぬ華美さが施されていた。正面のステンドグラスには、グランゼドーラ王国の建国者にして勇者と盟友であった兄弟の姿を金の枠に納めている。人間の守護神の眷属にして、勇者を乗せて天を駆けるペガサスの彫刻は天井いっぱいに施されて今にも舞い降りて来ると錯覚するほどに素晴らしい。地面に施されたタイルの幾何学模様は、真紅のカーペットに隠されてしまうのは惜しい美しさ。長椅子も説教台も磨かれた木目が、長年使われて飴色に輝いている。王城が建設された時代と変わらない古き一角である。
 そんな美しい礼拝堂は、長年王国の苦しみに寄り添ってきた。
 礼拝堂を任される神父やシスターは、生まれつき足の悪い者や盲目の者を聖職者として王国に招く。生涯、何不自由なく生きる安寧を与えるかわり、王族の懺悔を墓まで持っていく事を誓った者達だった。
 今日も現グランゼドーラ王国 国王であるアリオス王が、ステンドグラスの光を浴びて深々と頭を垂れて祈っている。玉座に座れば威厳に満ちた壮年の面差しに、よく響く声は凛として勇ましい。王族に相応しい恵まれた体格は武芸に秀で、国民を思う気持ちは行動として現れ民から尊敬を集めた。勇者の国に相応しい賢き王。アリオス王は言葉を体現した、立派な王である。
 そんな王が勇者の父になる。賢者としてこの国に召し抱えられるようになった私は、彼が勇者を立派に育て上げ世界を平和に導くだろうと確信していた。不安材料など何一つなかった。
「ルシェンダ殿か…」
 アリオス王は足取り重く立ち上がり、私は跪き敬意を表す。
 トーマ王子の国葬を行った時に比べれば随分と痩せてしまったと実感する。だが彼の妻ユリア妃の憔悴を思えば、気がつけぬ程度のやつれである。子供二人を失っても力強く民を率い大魔王と戦う王からは想像もできぬ、弱々しい表情だった。
「珍しいな。貴女がここに足を運ばれるとは…。そうだ、今日は神父殿ではなく、貴女に私の懺悔を聞いてもらうとしよう」
 さぁ、どうぞ。長椅子の向かいを示され、私はそこに腰を掛けた。控えていた神父もシスターも、王の言葉を聞いてか物陰から姿が消えている。グランゼドーラ屈指の王国の城とは思えぬ静寂さは、光の粒子が漂う音まで聞こえてきそうだった。
 王が向かいに腰を掛け、小さく笑った。
「女の勇者が生まれるものなのか…そう問うたのはアンルシアが生まれて間もなくの事だったな。まるで先日の出来事のようだ」
「あの時は、今代に伝わる9つの神話の中で語られる勇者に、確かに女性が存在した。世界に光を灯せし最初の神話が語りし勇者は、勇気ある男の娘であった。勇者が男であると必ず定められてはいないのだ…と申し上げたと思います」
 ユリア妃が身篭った二つ目の命。それがこの地で産声を上げた時、それまで降り注いでいた雨はピタリと止み虹が掛かった。美しい青空に掛かる橋は、数々の神話に語られる勇者を導く虹の橋を彷彿とさせる見事なものだった。世界がこの子の誕生を祝福している、そう、誰もが思った。
 新たな命の誕生を喜ぶ声がまだ熱を帯びていた頃、まだ幼かったトーマ王子が神妙な顔で王と私に言ったのだ。
 『僕はこの子を守る。勇者の影武者になって、魔王の目を欺く』
 その言葉に私達は言葉を失った。誕生した王女が勇者ではないかと思い始めていたが、確信に至らぬ段階であった。闇の気配は穏やかで、戦乱の気配は運命の振り子を揺らす事はなかったからだ。幼くとも成人の男性よりも硬い決意を決めた王子の言葉は、この先を思えば願ったり叶ったりの甘い誘惑であったかもしれぬ。我々は二つ返事で彼の願いを了承した。
「トーマは勇敢な男子だった。あの幼さで世界を背負う気概を見せた。勇者であると、誰が疑っただろう? 大魔王も、その配下も、そして、本物の勇者であるアンルシアでさえ、トーマが勇者であると思っていた」
 王子として公務に参加される事を許される歳に、彼は自らが勇者である事を宣言した。アンルシア姫の影武者である為の嘘だと気がつけた者など誰一人居らぬほど、グランゼドーラは王女の誕生と勇者の登場に熱狂した。
 トーマ王子は勇者に相応しい風格と実力を持っておられた。剣術の才に恵まれ、傭兵上がりの実力者である兵士長でさえ舌を巻いた。戦術は数々の軍師を輩出したアラハギーロに自ら出向き、五大陸を巡って見識を高めた。民に優しく、決して驕らず、真っ直ぐに力を付けていく様は勇者そのものであった。
「トーマが勇者であれば良かった。ユリアはよく言っていた。こんなに可愛い娘に、剣を握らせ魔物を斬り殺し、血塗れた戦場に向かわせるなんて、神は何と意地悪な事をしてくれたのだ…とね」
 子を思う母の気持ちは、声を荒げ、腕を振り上げ、神を呪い罵りまでした。耳の奥を直に爪で引っ掻かれるような声が、今だに脳裏に焼き付いている。ユリア妃が身籠り、血肉を分け与えて産んだ子供の行く末を憂うのは仕方がないことだった。子には幸多からんことを。彼女こそアストルティアで最も子供達の幸せを願っているに違いない。
 しかし、グランゼドーラの王家の血筋であるアリオス王も、トーマ王子がどんなに努力をしても勇者にはなり得ぬことを知っている。勇者は神に選ばれるのだ。神の選定の結果を捻じ曲げる事は、如何なる存在にも出来はしないだろう。
「トーマ王子は盟友を目指していた。勇者と肩を並べて戦い、時に勇者の前に躍り出て守護する盟友になることを彼は望んでいたのです」
 王は昔を懐かしんでおられるのか、くしゃみを堪えるような笑みを浮かべた。
「アンルシアがレイピアを授かった日、あの子は笑った。『ほらね。僕の言った通り。でも、大丈夫。僕が盟友になってあの子を必ず守ってみせる』とな」
 勇者の宿命から逃げる事は叶わぬ事を悟った日を語る王は、苦痛に顔を歪め胸を押さえて体を折った。深く深く膝に額を擦り付けた頭部から、王冠が落ちて床に転がった。乾いた音が沈黙を叩く。呻くような声が平らになった静寂に爪を立てるように漏れた。
「私がトーマを殺したのだ」
 否定しようと口を開くが、王が言葉を次ぐ方が早かった。
「大魔王の軍勢は勇者を殺しにきたのだ。でなければ、トーマを殺め、アンルシアを戦闘不能にした陥落寸前のグランゼドーラから撤退するなどあり得ない」
 そう、大魔王の腹心の部下。魔軍師ゼルドラドが自ら赴いた、グランゼドーラやアラハギーロへの同時期の侵攻。その本当の目的が何なのかは、実は測りかねている。
 純粋に敵対している人間という種族の王国を滅ぼす為ならば、ゼルドラドの戦略は最大限に発揮され完璧に遂行されていた。グランゼドーラは勇者の橋まで攻め込まれ、最も強いとされる勇者を殺め王女も戦闘不能にした。アラハギーロもムーニス陛下を筆頭とした王国軍が壊滅にまで追い込まれ、王国の民はほぼ全員が避難した。あと一歩踏み込めば、目的と仮定された王国の破壊が完遂されたはずなのである。
 しかし、ゼルドラドはしなかった。
 ならば、私が想定した作戦を、ゼルドラドが放棄した可能性を模索しなければならない。
 一つ目は、大魔王が撤退を指示した事。
 二つ目は、元々の目的が王国の破壊ではなく、別にある事。
 三つ目は、大魔王の指示を翻してでも作戦を中断すべきと判断させた事態が起きた事。
 可能性として一つ目は低いであろう。大魔王が勇者を殺したことで満足し撤退を指示したとしても、冷徹非情、大魔王の忠実な僕であるゼルドラドであるならば、大魔王の利益の為に王国を破壊する事だろう。私が彼の立場であったら、間違いなくそうする。
 可能性が増してきたのが、二つ目の目的。疑いの域を出ることのなかった、別の目的の為の侵攻であったこと。ムーニス陛下は帰還されるまで、こことは似て非なる世界に囚われていたという。五大陸の調査団が辿り着いたレンダーシアが、ムーニス陛下が連行された偽りのレンダーシアであること。これらを踏まえれば、大魔王の思惑は想像の範囲外で大きく動いていると思わねばならない。
 そして、最後の可能性。あのゼルドラドが作戦を中断すべきと判断するほどの事態。
 そんな事態が起こり得るのか。あるとしたら、それは、おそらく一つだけ。
 アンルシア姫が、真の勇者であると敵に知れた。
 敵はトーマ王子が勇者であることを前提に動いている。しかし勇者が別に居たら。戦略を大きく変更しなくてはならないだろう。しかし、ゼルドラドが真の勇者の正体を知った後に、アンルシア姫を戦闘不能にしているならば、トドメを刺しているはず。勇者殺害という目的を果たしたとして、大魔王の利益の為に王国を破壊しなかった理由は不透明なままだ。
「ムーニス殿は、五大陸の調査団の者達は、アンルシアらしき存在が生きていると告げた。だが、帰ってきた娘になんと言えば良い」
 帰還されたムーニス陛下、五大陸の調査団のウェディとドワーフが示した希望は確かに希望であった。
 ゼルドラドが真の勇者であるアンルシア姫を取り逃がした為、戦略を見直す為に撤退した。やや、しこりのような疑惑は残るものの、納得できなくはない筋書きではある。
 だが、王にとっては純粋に希望と受け取ることが出来ない。
「兄はお前の影武者として死んだ。真の勇者はお前だ、アンルシア。どんな顔をして、そんな真実が告げられよう!」
 真実を告げる役目は、王以外存在せぬだろう。一人の父として、勇者の国の王としての感情が辛苦の色を伴い、血反吐を撒き散らすが如く迸った。
「王よ…」
 私は立ち上がり、項垂れる王の前に跪いた。
「まずはアンルシア姫の帰還を待ちましょう。全ては…それからです」
 勿論、アンルシア姫が帰ってくるのを待っている間、何もしない訳ではない。大魔王が本格的に動き出している事実は変わらぬし、敵は待ってはくれぬ。じきに五大陸の調査団が調査時期の満了で、もう一つのレンダーシアからレンドアへ撤退するという。そのタイミングでこちらに来れるよう、迷いの霧を乗り越える手段を講じなくてはならない。情報の少なさが、我々を後手に回らせているからだ。
 王は良くやっている。勇者と後に盟友になるべき子供達を失い、大魔王と戦う為の指揮をとらねばならない。もう少し、もう少し王には立ってもらわなくてはならない。このレンダーシアの、アストルティアの全ての生きとし行ける者の為に。
「そうだな…」
 王は弱々しく微笑んで顔を上げた。
「アンルシアが生きて帰ってくる。今は、ただ、それだけを親として祈らねばならない」
 人は強くもあるが、弱さを抱えている。こうして向き合い溜め込んだものを吐き出す事も、時に重要なのだ。私は大きく頷き、立ち上がった。お暇させていただく旨を告げようと姿勢を正した時、ぞわりと背筋を撫で上げる悪寒が走る。
「ルシェンダ殿。いかがされた?」
 余程酷い顔色であったのだろう。私の血相が変わったのを見て、アリオス王も顔に緊張を走らせた。
 強い邪悪な力が、突如グランゼドーラ城下町から湧き出している。そう告げて足早に礼拝堂を出る。巧妙に死角になるよう作れられた細く短い廊下を抜け、明るい広間に出る頃には風が強くなっているのに気がついた。もともと海に面したグランゼドーラは海風が強く、硝子戸は強固に作られている。そんな窓や扉がまるで嵐のようにガタガタと強く揺らされているのだ。私が礼拝堂に向かう前は晴天であったのに、今は真っ黒い雲が垂れ込めている。
「何が…起きようとしているのだ?」
「分かりません。王よ。今すぐ、民を城内に避難させてください」
 力は更に膨らんでいて、肌に痛みを感じるほど。普段と変わりない様子で警備をしていた兵士達も、ソワソワと周囲を見回し始めた。王も事の異常さを感じで、私の言葉に素早く応じた。兵士達に素早く声を掛け命令を下せば、矢のように人々が駆け出した。
 人々も大魔王が勇者の橋に攻め込んできて、まだ記憶も鮮明であるのだろう。兵士達に促される前に、紫の稲光りが走る暗雲から逃げるように、人々が着の身着のままで民が城を目指している。トーマ王子の国葬からまだ日にちも経っていない為に、喪服の住民達は真っ黒な津波のようであった。
 私は力の源を探りに、人々の波を掻き分けて城下町へ向かう。
 ついに、紫の稲妻が城下町へ落ちた。湧き上がる瘴気が黒い霧となって城下町に吹き荒れ始める。兵士達が民に急ぐようにと大声を張り上げ、民が悲鳴をあげる。冒険者達が民に肩を貸し、避難を手伝っている姿が所々に見られた。勇敢な冒険者が力の源を探ろうと瘴気の源流に向かうのを諌め、私は只管に城下町を進む。
 剣戟が聞こえた。激しく打ち合わさる剣戟は、まるで土砂降りの雨を再現するかのよう。時々パッと黄金色の光が走るのをみて、私は目を見開いた。
 光は清浄な力を感じる。勇者が己が身を守るために発動する力。そんな言葉が閃いた。文献と想像のみでしか知り得ぬ力であるが、その黄金色の光は私が想像する勇者の力にピタリと一致した。
 誰かが戦っているのだ。途轍もない邪悪と。
 大地が激しく揺れる。誰もいない石畳が、大きな何かに踏み潰されたかのように大きく砕け散った。剣戟はいつの間にか止み、城下町が強風と濃い瘴気に蹂躙され、硝子の砕ける音、木の柱が強い力にひしゃげて折れる音、煉瓦が崩れる音が響き始める。
 力が膨れ上がる。感じた事のない強さでありながら、性質が真逆の力が目の前で対立するように膨れ上がるのだ。
 私は見た。瘴気の向こうに剣を構えたアンルシア姫と、見た事のない巨大な魔物の姿が対峙しているのを…。
 アンルシア。その名を呼ぼうとした声を飲み込んでしまう。
 私は彼女を生まれた時から見てきた。真っ白い布に包まれた福与かな赤子の姿。顔を真っ赤にして目を腫らすまで泣いた幼少時。兄の助けになりたい一心で、マントの裾を引いて魔法の指南を強請った少女の時代。剣術の才能に目覚め、両親の反対を押し切ってレイピアを賜った誇らしげな娘。そして、凛々しい面持ちで人々の期待を背負い、戦場へ向かったあの日。私はアンルシアという一人の女子の人生の全てを見知ってきた筈だった。
 だが、目の前の娘は、私の知るどのアンルシアでもなかった。
 アンルシア姫の姿ではあった。亜麻色の癖毛の跳ね具合も、彼女が一時期嫌っていた口元のホクロの位置も、あの美しい青い瞳も何もかもが記憶のままの姿だ。だが、その雰囲気は別人のようだった。魔王軍との戦いで行方知れずになった後、一体、どれほどの経験を積み重ねてきたのだろうか。その成長ぶりに感動すら覚える。
 突如湧き上がった強風と雷が至近距離で落ちたような音に、思わずよろける。思わず顔を庇った腕から覗いた世界は、まるで神話の戦いのようであった。魔物が放つ紫電と、アンルシア姫の放つ黄金の雷が真っ向からぶつかり合っているのだ。
 勇者。勇者アンルシア。その言葉が自分でも驚く程にすんなりと浮かんだ。
 民を守る為に戦場に飛び出した頼もしい背を見て来ても、心のどこかでは勇者とは認められぬ自分がいた。覚醒の光がなかったから? まだ勇者として告知していなかったから? 彼女が勇者になる事は決定された未来であったはずなのに、彼女はまだ勇者にはなり得ぬ娘だと心の底では思っていた。
 彼女は勇者だ。この世界を覆う邪悪な闇を打ち払う。心臓が高鳴り苦しさすら感じた。
 徐々に紫電の勢いが増す。劣勢になる黄金だったが、アンルシア姫の震える切っ先を誰かが背後から支える。そして小さな影がアンルシア姫の肩に飛び乗り、一枚の護符らしきものを投げた。
 瞬間、黄金が爆ぜた。
 暴走魔法陣の力が黄金の雷の力を倍増させ、輝く鳥になって魔物を撃ち抜いたのだ!鳥は勢いよく舞い上がり、上空に垂れ込めた暗雲を打ち抜き真っ青な晴天と太陽が差し込んだ。魔物は跡形もなく消え去り、温かで眩しい日差しは不安を尽く拭い去ってくれた。
『これが、勇者姫がアンルシアさんの力を手に入れれば、勇者になれるって言った根拠かもしれないな』
 まるで硝子越しのような不明瞭な声色だったが、それは確かに聞こえた。
『レンダーシア全土で攻防を繰り広げた魔王軍との戦いで、かつての勇者が用いた鉱石だよ。この石を用いて、勇者はレンダーシアの何処にでも移動し、魔王軍と戦い続けたらしい。ルーラストーンよりも高度で強力、さらに勇者が用いることから勇者の石…ブレイブストーンと呼ばれている』
 魔物が立っていた場所に、背の高い旅人風の男が何かを拾い集めた。その掌の中をアンルシア姫とプクリポと、大柄な男が覗き込む。プクリポはスケッチブックを取り出して、アンルシア姫の肩に乗っているのに熱心にスケッチし始める。
『この石を使えば、元の世界に帰る事ができるだろう』
『どう やる?』
 拙い大柄な男の言葉に、背の高い男はツバの広い帽子を小さく持ち上げ天空を指差した。
『今丁度、大きな穴が空いた。きっと、俺達が今立っているグランゼドーラと、本当のグランゼドーラは凄く近い位置にある。世界の自己修復が働く前なら、この砕けた石と、リレミトの力で移動してしまえるだろう。相棒が言うには、勇者の力と両次元の分子を保留した個体が揃えば、二つの場所を行き来する事ができるそうだ』
 なかなかの知識を持ち合わせた男だ。私は感心し、五大陸から調査団として送られた精鋭は実力者ぞろいだと実感した。
 プクリポがアンルシア姫の肩から降りると、絵筆を取り出し彼らの周りの地面を一周回り始める。淡い妖精の粉で描かれた魔法陣は、なんとリレミトの魔法陣だ。多くの魔法使いが呪文として行使する為に、魔法陣を描ける者はそう多くない。先ほどの暴走魔法陣を発動させた護符のような物も、このプクリポが製作したのだろう。魔法への深い理解と共に、魔法陣を正確に描ける技量が揃わなくては出来ぬことだ。
 淡い光が魔法陣から湧き出し、リレミトの力が空間に干渉していくのを感じる。
『さぁ、アンルシアさん。故郷を、破壊されていない本当のグランゼドーラを思い描いてください』
 託されたブレイブストーンの破片を胸に抱き、アンルシア姫が願う。勇者の力が優しい光となって満ちていく。肌を一瞬違和感が走る。二つのグランゼドーラが重なった瞬間、炎で蹂躙された戦場と瘴気の臭いが鼻腔を掠めた。
 光の中に気配を確実に感じる。背後に幾人もの足音が駆け寄ってくる。振り返れば兵を伴ったアリオス王が、目を見開いて光の中に見え始めた赤を見つめている。アンルシア姫が好んで使っていた赤い色は、戦いで煤汚れ所々切れていたが、光の中で最も早く浮き上がっていた。
 熱に浮かされたように歩む王を、私は止めなかった。
「お父様…?」
 アンルシア姫の声が聞こえる。王は恐る恐る手を広げ、小柄な何かを抱きしめた。その肩が小刻みに震えているのを見て、王がどのような表情であるのかを察するのは簡単なことだった。
「よく…よく生きて戻ってきた…。おかえり、アンルシア…」
「ただいま。お父様」
 王の大きな背に、細い腕が回った。親子の再会に兵士達が涙を流すのを聞きながら、私は天を仰いだ。
 勇者が帰還した。このうら若き乙女に戦いの道を強いる咎人である我々に、未来を与えてくださる神の寛大さに感謝した。そして、もう二度と彼女が危機に瀕せぬよう我々は力を尽くさねばならぬ。賢者とは、その為にいるのだ。
 だが、今はこの喜びを民と分かち合おう。歓声が爆ぜ、じきに王城に届く。

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