アルビノでいっぱいの口腔

 『王の教室』。消失の魔王デルキラが使用した格調高き教室は、今では問題児クラスが使用している。贅を尽くした荘厳な部屋に似合う威厳は、問題児クラスと分類されるだけあって持ち合わせてはいない。それでも強力な保存魔術が掛かっているおかげで、ウァラク・クララが机に落書きしようとしても全く書き込めないし、全力で殴りかかっても窓にヒビ一つ入れることはできない。『王の教室』は使用する悪魔の騒動など、どこ吹く風と言いたげに悠然と存在を保っていた。
 担任は生徒に保護者宛の手紙が行き届いたのを確認し、忌々しげに吐き捨てた。
「この日程で家庭訪問を行う」
 手紙が何枚か宙を舞い、問題児クラスの面々は大袈裟なまでに色めきだった。
 『カルエゴ先生がうちに来るの?』という驚きも二種類。こんな陰湿教師が親に何を話すのだろう、とてもではないが生徒である自分達には有利な事にはならないだろうという恐れがほとんど。中には純粋に、先生が来ることが面白くて楽しみという生徒もいる。
 もはや近くの席同士顔を突き合わせて、あーだこーだと話が止まりそうにない。
 プルソン・ソイは耳に流れ込んでくる、洪水のようなクラスメイト達の声を聞いている。誰もソイには話しかけないし、ソイも会話には加わらない。ただ背筋を伸ばし、静かに俯いている瞳は寂しさもなく静かな色を湛えている。
 別にクラスメイトが嫌いなわけではない。
 ソイはどちらかといえば、賑やかなクラスメイトが好きだった。見ているだけで飽きないし、賑やかな様子は見ていて楽しい。こんな学校生活なら悪くないとすら思っている。
「粛に!」
 担任の声が鋭く生徒達の雑談を破る。
 このまま放課後の師団活動に流れるのだから、静粛を強制する事もできぬ。担任は痛そうにこめかみを押さえながら、自身で用意した椅子の背もたれに身を預けた。
「とにかく、各自、家に私の訪問を伝えておくように。親かそれに準じる者と、生徒、私の三者で面談を行うが、所用などで不可能な場合は申し出るように。別途、面談方法を調整する」
 この教室に相応しい厳かさで告げた言葉を聞いている悪魔は、どのくらいいるだろう? それでも『担任のナベリウス・カルエゴが訪問する』というのは、パワーワードだ。押し寄せる雑談に耳を傾けながら、ソイは思う。
 子供を教育する。それは悪魔の苦手を煮詰めたような職業だ。ハイランクであればあるほど、欲は強い。強い欲は多くの悪魔を魅了するが、生徒に向き合う教育とはかけ離れてしまう。だからこそ、教師になるハイランクの悪魔は多くない。この厳粛な教師は、魔界では稀有な存在なのだ。
 ソイは席を立って、担任の横に歩み寄った。前を横切っても、真横で擦れ違っても気が付かないクラスメイトと違い、担任はその鋭い視線をすっとソイに向ける。
 気がつかれている。教室に入ってくれば生徒を全員確認し、しっかりとソイも見てくる。それは、認識阻害の大御所とも言えるプルソン家の悪魔として生まれ、家族以外には殆ど認識されてこなかったソイにとって心臓に悪いことだった。
「僕の家にも来るんですか?」
「当然だ。問題児クラス全員の家を訪問する」
 さも当然と言いたげに、担任は生徒の問いに答えた。
「話すこと、あるんですか?」
 鼻先で担任は笑うと、つらつらとソイに話し出す。終末テストの順位、苦手な教科、使い魔契約と飛行テストの結果のランク評価についての分析、所属師団の活動。今まで学校でソイがしてきたあらゆることを、何も見ずに空で言って退ける。ソイは真っ赤になった。
 暴かれる。
 他者の秘密を知り、隠されたことを暴くプルソン家。その跡取りの自分が暴かれているのは、羽を掴まれて身動きが取れなくなっているような恐怖と、感じたことのない不思議な感情とで揺れている。その不思議な感情は、磨かれたトランペットを指の腹で擦るような艶やかで高い音としてソイの聴覚に響く。
 そんなソイの表情を見ながら、カルエゴは驚くことではあるまいと言いたげに呟いた。
「私は教師として、生徒を見ている。厳粛に…な」
 見られてはいけない。隠密の腕を磨くことに意味がある。
 それでも、ソイはそこにいる。そこにいるのを、担任は知っている。
 それでも、ソイは授業を受けている。目の前にいる担任は、それを評価している。
 体が火照る。ソイは担任から視線を外し、大きな窓から外を見た。空が憎たらしいほどに綺麗で、今日は良い音が響きそうだと思う。もう、熱に押し出されて喉元まで言葉が迫ってくる。整理のつかない言葉の破片が、喉に詰まって窒息してしまいそうだ。
 早く。ソイはうわ言のように呟いた。
「早く、トランペットが吹きたい気分」
 カルエゴは『そうか』と短く答えた。