槌振るう二人

 ■ 大きいハンマーとピンク玉 ■

 春風が吹き荒れて間もなく、プププランドは新緑の季節を迎えます。森の緑はのびのびと葉を四方八方に広げ、青空の下で入道雲のようにもくもくと膨らんでいます。いよいよ暖かくなった日差しの中を、まだ冬の溜息のような涼し気でさらっとした風が人々の合間を過ぎ去って行きます。
 そんなプププランドの自称大王様は、大きな歩幅でドスドスと歩いていました。大きい体格に、燃えるような赤いガウンが見てるだけでも暑そうです。そんな大王様の回りを、クリーム色とオレンジ色のワドルディ達がわきゃわきゃと歩いています。先頭を行くのはワドルディ達の隊長、一つ目のワドルドゥ隊長です。
「大王様、あの森にいるみたいです」
 ワドルドゥ隊長が、剣を抜いてびしっと指差すはプププランドでは有り触れた森です。デデデ大王の城からであれば、ちょっとしたお散歩くらいの距離でしょう。大王は暑苦しい赤い帽子を少し浮かせると、『そうか』と呻くように言いました。
 最近、春風が収まった頃に居着いた住民が、大王様の悩みの種です。
 彼はカービィという旅の者。デデデ大王がプププランド中の食べ物を盗んでしまった騒動を、見事に収めた英雄です。住人達は感激し、彼を3日3晩と持て成しました。そして何を思ったか、カービィはここに住むと言いだしたのです。
 大王様には寝耳に水。住人達は朗報です。
 住民達は瞬く間にカービィのお家を作ってしまいました。住人達は自分の家では使わないからと、ふかふかのベッド、木のテーブルと椅子、お鍋にお玉、タオルやカーテンと日用品を列を成して運び込みました。大王を懲らしめたお礼にと、食べ物だって絶えた事はありません。まだ、一月も経っていないのに、ピンク玉は呆れる程に平和なプププランドの住人として馴染んでしまいました。
 そうしたら、さぁ、大変。大王様は悪戯ができやしない!
 連日やって来るピンク玉を追い返すのが、今では大王様の日課です。毎回負けやしないけれど、勝っても負けても大王様もカービィもヘトヘトです。そしてカービィは『たのしかったよ! またね!』と帰って行くのです。大王様はワドルディ達と、溜息を零して丸いピンクの背を見送るのです。
 ですが先日、大王様のハンマーを持っていってしまってから、姿を見せません。なんだかちょっぴり、心配になっちゃう大王様です。カービィがじゃありません、ハンマーが心配なんだと大王様はそっぽを向いて言っておられます。
 わさわさと葉が茂り日差しをくっきりと切り取って暗くなってしまった森を、彼等はがやがやと進んで行きます。たまに逸れそうになるワドルディを、大王様がむんずと捕まえて列に戻す事を怠る事はありません。
「いました」
 ワドルドゥ隊長が声を潜めました。剣を下げ気味にして背後に合図を送ったのでしょう。わきゃわにゃ五月蝿いワドルディ達も、ぴたりと静かになりました。大王様も身を屈めて隊長の横に並び、茂みの向こうを覗き込みました。
 大王様のハンマー。そのハンマーをぽよぽよとカービィが弄っています。乗ってみたり、柄を掴んで持ち上げようとしたり、持ち上がらなくてぽよんと弾かれたり。微動だにしない大きなハンマーの回りを、ぐるぐる回っているようにしか見えません。終いにはちょっと涙目になっています。
「何してるんだ、あいつ?」
 さぁ。大王様の問いに、ワドルディもワドルドゥ隊長も、くりんと身体を傾げました。
「おもい! だいおうの はんまー おもい!」
 ぽよぽよ、かんかん。カービィはハンマーに齧り付いて、星の絵が描かれた所に乗り上がりました。ぽよんと飛び上がると、落下の勢いを加えて柄に飛びつきます。梃子の原理で持ち上がったハンマーを振り回そうとして、カービィは逆に振り回されてしまいます!
 その滑稽な様子に、大王様は吹き出します。
 それはそうです。大王様のハンマーは、大王様にしか使えない特注製なのです。とにかく重くて、大きくて、頑丈なのです。
「ぽよぉ… つかえない」
 転がってしまったハンマーの横に、カービィはへたり込みました。ふにゃりと丸いからだが更に丸くなると、カービィは目を瞑って眠りだしました。
 すーすー寝息を立てるカービィを起こさないように、大王様はそっと歩み寄りました。
「疲れて寝ちまったか」
 大王が覗き込めば、カービィの身体は傷だらけです。ハンマー持ち上げようと無理をして、丸いマシュマロみたいな手の平は赤い擦り傷と肉刺っぽいのでいっぱいです。身体も足も、うっかりハンマーに押しつぶされてしまって痛々しいです。大王はカービィの姿に少し動揺しながら、こつんとピンクの頭を小突きました。
「馬鹿だな。なにしてんだ、ピンク玉」
 むにゃむにゃと、カービィが言いました。
「はんまー つよい。 いいなぁ ぼくも…」
 すぴー。
 カービィの寝息と大王様がかぁっと頬を赤らめるのが、ほぼ同時でした。
 ここだけの話、大王様は人一倍照れ屋ですから分かってしまうのです。カービィが大王様がハンマーを振り回す姿に憧れて、こんなにもなるまで練習していたんですって。嬉しいったらありゃありゃしませんが、大王様は器用な方ではありません。ワドルディも片手で掴める大きな手は、力強くても細かい事は苦手なのです。口は大きいから、基本一口でぺろりですし。
 そんな大王様の部下達はカービィの寝言が聞こえなかったので、どうしたのかとオロオロします。大王様がいきなりカービィから背を向けて、城に向かって帰ってしまうんですもの。
「ど、どうしたんですか!?」
 大王様の後を追いかけて、部下達はわいわい森を後にしました。


 ■ □ ■ □


 「ぽよ」
 カービィは冷え始めた空気に身震いしました。うっかり寝入っちゃったみたいです!
 夕ご飯間際の空の色を見て、あぁ、この重たいハンマーを持ってお家に帰る前にぺったんこになってしまいそう! お腹に相談すると、お腹がぐーっと返事をします。カービィは不安です。それでも、大事な大王のハンマーを野ざらしにしておく訳にはいきません。
 カービィは起き上がって、ハンマーを見ました。
「あれ?」
 なんだか、ちいさい。
 カービィはハンマーの柄を持ち上げて、ぶんぶんと振り回してみました。大王が軽々と使うハンマー捌きを思い出して、その通りに振ってみます。どしん、ががが、ぶん、ぶおん! カービィは思い描いた通りに振り回せるハンマーを、キラキラした瞳で見上げました。
「かっこいい!」
 カービィはハンマーを背負うと、たったったと軽い足取りで家に帰って行きました。家に帰るまでにぺっちゃんこに なる事もありません。むしろ、これから色んな所に持って行って、色んな奴をぺっちゃんこにしちゃうんですもの。
 それは、また別の話。


 ■ 小さいハンマーと自称な大王 ■

 デデデ大王の城にド派手な音が響く事に、もう誰も驚かなくなっていました。
 コックのカワサキは天井から漆喰が剥がれて落ちて来なければ、鼻歌混じりでフライパンを返す手を止めたりなんてしません。ワドルディ達はド派手な音よりも、お互いの雑談でわにゃわにゃ五月蝿いです。
 最早、それは日常。カービィは今日も、大王様の元にやって来ていました。
 カービィを追い返す頃にはヘトヘトだろうと、ワドルドゥ隊長が扉の前で飲み物をトレイに乗せて待機しています。大王様だけじゃなくて、勿論、カービィの分もです。
 隊長の立っている扉の奥から、一際大きな音が響いて隊長が少し浮き上がりました。
 大王様の振り下ろしたハンマーを、シャボン玉のように軽々と避けるとカービィはハンマーの上に乗り上がります。そのままぽよんと軽く飛び上がるが、ハンマーの速度はカービィの動きとは全くの別物です。鋭く振り下ろされた小振りなハンマーの頭部が、咄嗟に避けた大王様のお腹を掠めます。
 お腹の腹巻き越しに掠めた感覚に大王様は舌打ちしました。
 全く、なんてピンク玉だと内心呟きます。
 小振りなハンマーを手にいれたカービィは、早速デデデ大王の城にやって来て勝負を挑んできました。しかし、流石、ハンマーを主力として戦って来た大王様。手にいれたばかりのハンマーを振り回す、素人との勝負なんてあっという間についてしまいました。
 それでもカービィは悔しがるどころか、目を輝かせて『たのしかったよ! またね!』と帰って行くのです。ワドルドゥ隊長が、ピンクの頭の天辺に雪だるまの頭みたいな たんこぶに湿布をぺたりと乗せた時も同じ反応です。あぁ、なんて痛そうなんでしょう! 折角の隊長の同情が無駄です。
 最初は大王様も笑って、カービィの相手をしていました。
 しかし、日を追う毎に大王様から笑顔が消えて行きました。
 カービィが強くなって来たのです。
 大王様も本気で応じないと、カービィに勝てないようになりました。そしてその時になって、ようやく大王様は気が付いたのです。カービィのハンマーを用いた戦い方が、大王様の戦い方と全く同じだという事が…。二人の戦いの違いは、すでに個々の力や体格の差だけになってしまったのです。
 こいつ、戦いながら俺様の戦い方を覚えていやがるのか…。
 大王様も負けてはいられません。それは部下達が一番良く分かっていました。ハンマーを振り抜く速度も、ハンマーを振り下ろす威力も日に日に上がっています。ガウンを脱いだ時に見える腕は、見違える程ムキムキでカチカチです。執務で使うペンが強くなった握力でうっかり潰してしまうって、大王様は先日新しいペンを新調されました。
 負けず嫌いの大王様は、にやりと黄色い口元を笑わせました。この技は真似できまい。
 振り下ろして来た小振りなハンマーを迎え撃ち、大王様は小さいハンマーごとカービィを打ち返してしまいました。ぽよぉーと声を上げてカービィが放物線を描いて飛んで行きます。大きな長い隙がカービィに生まれ、大きな長い時間が大王様に与えられました。
 大王様は息を整え、姿勢を低くしてハンマーを構えます。
 ぼっと音が響いて、カービィは落ちながら何の音だろうと大王様を見ました。
 大王様のハンマーはそれは大きい。ワドルディなら10人分は入ってしまいそうな巨大さです。その木製のハンマーが燃えだしました。
「ぽよ!」
 カービィは目を真ん丸にして、驚いた声を上げます。
 火の力は瞬く間に強くなり、大王様の青い肌も瞳もオレンジ色に輝いています。赤いガウンに燃え移らないかハラハラしてしまいますが、木製のハンマーは何故か燃え落ちたりしません。炎の熱気が未だに宙を漂うカービィの丸い身体を、撫で回して通り抜けて行きます。
 驚きと不思議に目を瞬かすカービィに、大王様は遂に炎を纏ったハンマーを振り抜いたのです。
 それはそれは、今までに聞いた事の無い凄まじい音でした。ポピーブロスJr.の爆弾の音なんかよりも凄まじい。石造りの城を揺さぶり、シャンデリアが大きく弧を描くのを誰もが不安そうに見上げていました。衝撃で何人もが転び、何があったんだろうと何人もが駆けつけてきました。
 当然、一番最初に駆けつける事が出来たのは、扉の前に陣取っていたワドルドゥ隊長です。
「大丈夫ですか!?」
 その大丈夫かは、彼等の大王様と、ちゃんとカービィにも向けられています。部下達はカービィの心配も、彼等の大王様の代わりにしてあげているのです。部下達は、大王様の言葉を代弁します。そうしないと、黄色い口が鳥の嘴みたいに尖ってしまうって知っているんです。
 隊長が見たのは、真っ黒く焦げたカービィが驚いた様子で床に座り込んでいる姿。大王様は焦げ付いた黄色い手袋を見遣って、ちょっと苦々しい表情を浮かべています。
「かっこいい!」
 真っ黒いカービィが突如甲高い声を上げました。
 真っ黒いからこそ一際輝く瞳が、彗星のように大王様のガウンに飛び込みました。大王様がバランスを崩して尻餅をつきます。
「だいおう! あちち ぼーぼー! かっこいい!」
 大王様の丸いお腹を、興奮したカービィはぽよぽよ叩きます。
「おしえて! だいおう おしえて!」
「うるせぇ!」
 大王様がピンク玉をむんずと掴むと、ぶおんと遠くに投げました。それでもカービィは軽やかに着地をすると、疲れて座ったままの大王様に飛びつくのです。
「あぁ、腹巻きも着物も真っ黒ですね」
 ワドルドゥ隊長の後ろに、いつの間にかやって来たバンダナワドルディが朗らかに言いました。
「お風呂を湧かしましょうか、それとも冷たいタオルで拭いた方がさっぱりしますかね?」
 そんなバンダナワドルディの問いに、ワドルドゥ隊長はふーむと唸りました。隊長たる者、主人以上に主人の意向を汲み取らねばならぬのです。彼等の大王様はそれもう素直ではない方なので、大王様に選択させたほうが不貞腐れの度合いが酷いのです。
 隊長は一つ目を閉じて考え込んでいたが、かっと見開いて集まった部下達に高らかに告げたのです。
「まとめて風呂に突っ込みます!」
 わにゃー!
 ワドルディ達が敬礼し、彼等の大事な大王様とその好敵手に襲いかかったのである。
 デデデ大王の城から楽し気な声が響く事は、もう当たり前になっていました。
 最早、それは日常。カービィは今日も、デデデ大王の城で笑っています。