たんじょうび という日

 今日はなんだかあっちこっちで食べ物が動いて、あっちこっちで人々が忙しない。そわそわざわざわ、のんびり平和なプププランドでは珍しい春の日です。そんな中で一際せっかちで忙しないバンダナワドルディは、いつも以上に走り回っています。蝶を追い越し、雲を追いかけ、風と一緒に止まりもしません。
「カービィさんはお誕生日は、いつなんですか?」
 そう青空色のバンダナのワドルディが、後を付いてくる旅人に訊ねます。バンダナワドルディは小さい手に復活トマトの包みを持って、小走り駆け足せっせか走る。金色トマトの匂いに引っ張られ、ちょっと齧らせてもらえるかもと欲望丸出しの旅人は くりんと身体を傾けました。
「たんじょうび?」
「ご存じないんですか? 自分の生まれた日ですよ」
 そういうが早いか、先を走っていたワドルディ達に追い付いてしまいました。彼等は4人組で、大きい大きいサラダの大皿をわっしょいわっしょい。摘みにやって来た鳥を槍でしっしと追い払うと、バンダナワドルディはサラダ御輿を追い抜きました。
 ウィスピーウッズに分けて頂いたんでしょう。林檎が沢山過ぎて押しつぶされ気味のワドルディ達を見つけると、バンダナは彼等から籠を1つ譲ってもらって林檎をぽいぽい放り込みます。こんもり沢山入ったら、その林檎山盛りの籠をまあるいピンクの上に載っけました。ぽよよよおもい。
「しらないの へん?」
「いいえいいえ。大王様だって、ウィスピーウッズやMr.ブライトやMr.シャインや、クラッコだって、だーれも覚えちゃいませんよ」
 バンダナワドルディは残ったワドルディ達が林檎が運べそうなのを確認して、また駆出しました。
 誕生日。旅人はそれはもう不思議でなりません。
 旅人もワドルディも大王も、ウィスピーウッズやクラッコだって今ここに生きている全ての生命は生まれた瞬間が確かにあるのです。でも、誰も生まれた日の事を覚えていないなんて。
 思えば、旅人だってそう。気が付いたら旅の空。星に乗ってあっちの星、こっちの星。生まれた時の事なんて、全く覚えてなんていません。まあるいピンクはごろりと頭上の林檎の籠を抱え直しました。
「だれも しらない たんじょうび どうして あるの?」
 誕生日はいつですか?
 そう訊ねたのは、バンダナワドルディです。
 誰も覚えていない誕生日。どうして存在してるんだろう?
 今こうやって走っているのは、ワドルディ達が催すデデデ大王の誕生日会の準備の為なのです。旅人がプププランドを始めて駆け巡った日、それは丁度デデデ大王の誕生日でした。でも、誰も覚えていないなら、デデデ大王も自分の誕生日なんか覚えていない筈です。
 バンダナワドルディが、えぇ!っと驚いたように目を丸くします。
 驚いて空中一回転。お城の入り口の横で揚げ物を揚げまくっていた人々が、そそっかしいバンダナが青から狐色にならないようさっとお玉で打ち退けます。鍋の真横でぺこぺこ青が上下して駆出す後ろで、まあるいピンクが揚げたてコロッケを頬張ってあちちあち。
「そりゃあ、お祝いしたいからですよ」
 ワドルドゥ隊長にさっと敬礼して通り過ぎると、旅人の真横でキャベツの千切りが沸き出した!千切り乱切りいちょう切り、ワドルドゥ隊長の鼻歌混じりの剣捌きを横目に見ながら旅人は青いバンダナを追いかけます。
「ほらほら、こんなに皆、楽しみにしてるじゃないですか。結局、誕生日に乗じて、騒ぎたいんですよ」
 そう笑うバンダナの視線の先を追いかければ、旅人が最初に訪れたデデデ城の光景がありました。調理を運ぶワドルディのキラキラした表情。星や太陽や雲や虹の飾りを天井に吊るブロンドバートとツイジー。ディジーは飾り物に混じってサボっているのを、スカーフィが脅かして働かせます。空が飛べりゃあなんでも良い。重たい樽やテーブルをグリゾーが運ぶ横で、楽器を練習する一団が音合わせをしています。どんな魔法か星を宿した水の球が宙を浮かんでは、スクイッシー達が忙しなく行き来しています。ブルームハッターは、ゴミ一つ水滴一つ落ちようものなら凄い早さで片付けてしまいます。シャッツォの横にポピーブロス達が群がって、次々と花火を打ち上げたりします。
 旅人は、それはもう沢山の星を旅してきました。記憶をひっくり返して比べても、城の中はどこよりも賑やかで活気に満ちていました。
 デデデ城のてっぺんに到着すると、デデデ大王は吃驚したように旅人を見ました。
「わ! なんでお前がいるんだよ!」
「おいしいもの いっぱい!」
「食いもの目当てで来てんのか!」
 摘み出してやる!ハンマーぶおんぶおんと振り回す大王に、はしっと旅人はくっ付きます。ばたばたくるくる、大王がどんなに頑張っても まあいるピンクは張り付いて離れません! はぁあと諦めたが最後、ガウンの中に潜り込んで絶対出て行かないぞな旅人です。
「だいおう たんじょうび」
「俺様だけの誕生日じゃねーよ」
 そう大王はにやりと笑います。空に輝き出した星々を掻き集めるように、大王は大きく大きく手を広げました。
「今日は皆の誕生日だ。俺様の仲間達の誕生日、一年中祝ってちゃあ流石に食い物が足りねぇからな! 一年分、いっぺんに祝っちまうのよ!」
「でもでも、最初は大王様だけのお祝いだったんですよ」
 こら、うるさい。大王はちょっと赤くなりながら、青いバンダナをぽかり。
「ぼくも おいわい してくれる?」
 大王のガウンの裾から、まあるいピンクのまあるい青い瞳。星々の光を吸い込んで、期待にキラキラ輝いています。
 大王の渋い顔に、旅人はもう一声。
「みんな いっしょ おいわい されたい」
 じっとみつめて、日が暮れる。
 大王はお腹の息を全部吐き出す程に、長い長い溜息を吐きました。しょーがねーなと呟けば、旅人は満面笑顔でありがとう!
「大王様、そろそろ宜しいですよ」
 せっかちバンダナワドルディの宜しいですよは、全然宜しくありません。見下ろす中庭にはまだまだ、人は集まっていません。大王はガウンの中からまあるいピンクを取り出して、ぽーんと放り投げます。空気を吸い込んでふわりと膨らんだ旅人は、ちょこんと大王の肩に掴まりました。離れろ。やだ。繰り返すうちに、中庭に人々が集まってきました。
 彼等はじっと大王を見上げています。彼等もまた、星々の光を吸い込んで期待にキラキラ輝く瞳をしています。
 大王はにやりと笑って、大きく大きく息を吸いました。大きく仰け反られて、旅人は白いふわふわのファーに、一生懸命しがみつきます。
「 み ん な 」
 大王の声はプププランドに響き渡る。旅人の歌と比べても良いくらいの、大きく響き渡る大声は中庭の仲間達、森の友達や空の雲達や星々、空の果てで見守る太陽と月にまで届いたのです。彼等は大王の一言を聞く為に耳を澄ます。まるでプププランドが耳を澄ましているように、静かな一瞬。
「 た ん じ ょ う び お め で と う ! 」
 世界が揺さぶられる程の歓声が響き渡りました! 皆が弾かれたように笑って喜びあい、御飯を食べて歌って踊りだす。おめでとう。ありがとう。そんな二言が寄せては返す波のように広がって、世界を輝かせているかのようでした。旅人はあまりの幸せに、目がくらくらしてしまいます!
 肩で嫌に大人しい旅人の頭を、大王の黄色いミトンが撫でました。
「おう、カービィ。おめでとう」
「デデデ おめでとう!」
 大王と旅人はにっと笑いあうと、二人揃って空を見上げました。
 地上の喜びを見た星々は、とても幸せそうに輝いています。上から見下ろす彼等も、幸せそうに見上げて地上を見回す2人組を愛おしく見ている事でしょう。今までも、これからも、この日が迎えられる喜びを祝って。
 お誕生日おめでとうございます。