ワドルディは夢の泉で夢を見るのか?

 七色の空から星屑がふわりふわりと漂う空の下、流れ星が留まる泉から懇々と夢が湧き出す不思議な場所。真珠を砕いたような乳白色の砂の上を、透明度が高くで触れて冷たい思いをしないとわからない清らかな水が満ちています。オーロラのカーテンが世界の果てをうまく隠し、うっとりと良い香りを放つ花や果実が実る場所。蛍が輝いて群れ、蝶が複雑な硝子細工のような翅を羽ばたかせ舞う。その全ての中心に、形の良い星が淡い光を投げかけているのです。
 この世界の何処かにあって、この世界の何処にもない。それは夢の泉と呼ばれます。ポップスターの全ての夢が湧き出す不思議な泉に、来客なんて滅多にやって来ませんが誰もこないなんて事はない。
 賑やかな大王と旅人が去って静かだった地に、久々にサブサブと水面を進む足音が響きます。
 水面を進むのは赤い体にふっくらほっぺ。オレンジの足でよちよち歩く、ポップスターではお馴染み馴染みのワドルディ。ワドルディは美しい世界をきょろきょろと見回しながら、流れ星が留まる光に誘われて進んで行くのです。
 ざぶざぶ。ざぶざぶ。
 ワドルディの通った跡はゆらゆらと水面を崩し、ちょっと乱暴なのか泡立っています。
 ワドルディの背後から、まるで鳥が飛び立つように泡が飛び立ちます。七色の光を写し込み、頭上の銀河の光を吸い込んで、美しい泡が大空に向かってふわりと水面から離れて風に舞う。ワドルディが風に流され泡に気がついた時には、その泡は数え切れないものになっていました。大きさだって様々です。ワドルディが10匹入っても大丈夫なもの、おやつのクッキーがようやく入りそうな小さいもの、様々な大きさの泡全てにワドルディが写っています。
 こんなことがあるのでしょうか!
 ワドルディはあまりの美しさと驚きに、目をまん丸くしました。あぁ、こんな美しい世界を、皆に見せてあげたいな。
 ぱちん!
 あまりにも大きい音が響いて、ワドルディは驚いて飛び上がりました。
 間を置かずに、ざぶん!と大きな音が響きます。
「おぉ? ここは夢の泉か」
 聞き慣れた声に、ワドルディは背後に誰がいるのかわかりました。ワドルディ達が大好きな、デデデ大王です。振り返れば泉の水にガウンが浸かっているはずなのに、まるで日向の中にいるかのようにふかふかなままです。ワドルディに気がついて、にっかり。黄色い大きい手袋が、形の良い赤い頭を撫でてくれます。
 ぱちんぱちん!ぱちぱち!ぱちんっ!
 まるで拍手のように音は鳴り響き続け、さぶんばしゃんと泉は水飛沫をあげていきます。
「ゆめのいずみ ひどい! とまと たべそこねた!」
「ハルバードが墜落する…!のは夢だったようだな…」
「セクトニア様! 再びお会いできて、このタラン…うぅっ! ほん…うに、嬉し…ぐずぐず」
「この宝は俺のポッケにはでかすぎるようだな」
 音がしなくなった頃には、ワドルディの周りには沢山の人々がいました。デデデ城に遊びに来るまぁるいピンク玉、大王のお友達のメタナイトやメタナイツ達、お城でご飯をお皿ごと失敬しちゃう盗賊団はこの前大王に叱られてお皿を洗って返しに来たのでワドルディも知った顔です。良い香りがする花の民、蜘蛛の少年は大きい宝石のような女王様に抱きついて咽び泣いています。ポップスターの民ではない人も多くいます。とても古風な鎧を着た、翼の生えた騎士。七三分けの髭の男とピンクの髪の女の人は、かっちりスーツで浮いています。少し昔に大王と一緒にいた、青い帽子のヒトもいます。森に住む者、海で暮らす者、空を舞う者、お互い自由気ままに泉の周囲を散策し始めました。
「ふしぎ ふしぎ みんな いる」
 ワドルディの目の前で、まぁるいピンクの旅人が嬉しそうに大王に抱きつきました。大王は『まぁったく、うっさいなぁ』と、まぁるいピンクの頭を掴んで遠くに放り投げました。オーロラのカーテンの下で微睡むような雲を突き抜け、悠々と泳ぐ鯨の潮吹きにぽよよぽよよと巻き込まれてしまっています。
 ありえない再会に涙を流す者。
 今日のお昼の続きを話す者。
 意気投合したはじめまして。
 賑やかな輪が泉の隅々まで行きわたります。
「お前さんが、願ったんだろう?」
 ワドルディはきょとんと大王を見上げます。そんな大王の手にはいつの間にか、金色の星の形のハンマーが握られています。大王がハンマーを振りかぶって、力一杯泉に叩きつけると、それはもう大きくて月まで隠れてしまうような水しぶきが上がったのです。
 雫が虹を描き、泡が舞い上がる。
 誰かが、綺麗だ、と歓声をあげました。
 きらきら。きらきら。満月に負けず輝く満天の星、夜空の漆黒も穏やかに揺蕩う。オーロラの虹色は風に棚引くようで、頭上の虹は雫のきらめきに彩られて輝いています。それらを鏡のように写す泉。見上げる友。世界の素敵の全てが集まっているかのようです。
「皆が、お前さんの願いに応じてやって来たんだ」
 大王がワドルディを肩に乗せてくれました。大王の背丈の分だけ高くなった視界には、たくさんの人々がいました。彼らは満面の笑みで世界を見上げています。その笑顔が素敵で素敵で、ワドルディは心が温かく満ちていくのです。
「お前さんの願った世界は、今夜限りのお祭りだ。明日にゃ明日の風が吹いて、みーんな散り散りになっちまうだろう」
 ワドルディもわかっています。
 プププランドでもこんな沢山の人々が集まるなんて、大王の誕生日でもありえないことなのです。この泉の水が満ちる水平線の彼方まで、人が集まること自体奇跡のようではありませんか。
 だから、夢から醒める時、ワドルディは木の根元で一人目覚めることになる。夢は朧げで、顔を洗っている間に忘れてしまうかもしれません。あまりにも寂しくて、ワドルディは目が潤んで星の光をあらん限りに詰め込みます。
 そんな目元を、大王は乱暴に拭ってくれました。
「だが、心配はいらねぇ。お前さんの願いが生み出したこの素晴らしいひと時を、誰もが皆、覚えている。忘れちまうだろうけれど、ふと、思い出すんだよ。そんで、あぁ、また誘ってくれないかなぁって思っちまうもんだ」
 今この場に、争いも、悲しみも、不幸もない。ただ、隣に誰かがいて、その誰かの喜びがふんわりと自分の胸を温めてくれるのです。
 また、こんな素敵なことが起きれば良いのに。ワドルディは思うのです。
 すると、大王が大きく息を吸い込みました。仰け反るものですから、ワドルディは必死に白いファーに噛り付きました。
「全員!注目!」
 大王の声は見渡す限り全てに響き渡りました。
 むんずと黄色い手袋がワドルディを掴むと、高々と上げたのです。わわ!恥ずかしい。小さい赤い手がぱたぱたします。
「ここにいるのが祭りの主催者だ! お前ら、言いたいことがあるんじゃねぇか!?」
 隣と顔を見合わせて、そして誰もが笑って頷きました。
 ワドルディは顔が燃えるほど熱くなるのを感じました。
 だって
 今、全ての人々がワドルディを笑顔で見ているのです。そして、こう、言ってくれたのです。

『 あ り が と う ! 』


 今日は晴天いい天気。初夏のからりとした風に、日差しがとっても暖かい。青空に呑気に雲が浮かんだ、文句のつけようのないお天気です。
 なのに何故か、誰もがパッとしない表情です。皆 目覚めがイマイチで、何故だかとっても寂しい気分。
 首を傾げたワドルディは草原の上にころり。そんな頭を誰かがぽよん。
「ほらほら、しょぼくれてんな!出掛けるぞ!」
 大声の主は我らが大王。突いたのは隣で駆けてる旅人です。
「きょうは なに しよう!」
 風に背を押され、ワドルディは起き上がって走り出します。賑やかなパレードに、一人一人と加わって行く。帆を広げ飛び立つ宇宙船を見送って、友を見つけてご挨拶。
 今日も素敵な日になりそう!