旅する星々

 ローアと旅人は良くお喋りをします。
 コックピッドに立ち尽くす旅人は、声と表現するよりも唸るような声をウーウームームー言っています。誰かがローアに入ってきた時に響くチャイムの高音から、エンジンが動いているような低い音まで様々。まるで歌っているようですが、リズムはなく平坦な音が間延びして並ぶばかり。
 聞いているとマホロアはあくびが出てしまいます。本当にナァニしてるんダカ。
 『ローア と おしゃべり してる』
 旅人がそう笑った時、遥か宇宙からの来訪者は露骨なまでにバカにしたものです。笑って転がり涙目で『バカじゃないノォ!』と、旅人に言いました。その様子は流石に嘘だろうと懐疑的な旅人の仲間でさえ、ちょっと言い過ぎだろうと窘められる程でした。
 なにせ、ローアとマホロアが呼ぶそれは、宇宙船なのです。
 マホロアが遥か彼方の宇宙から、このポップスターに至るまで何千何万何億と距離を重ねてやって来た宇宙を駆ける箱舟です。ちょっとやそっと一緒にいた旅人と違って、ローアとマホロアが過ごした年月なんて月の満ち欠け何百回分になることやら! そんな間に、マホロアはローアとお話なんて出来た試しがありません。キーボードを打ち込んで返ってくる返事は、プログラムに則った事務的な回答ばかり。
 勿論、長い年月を生きた古い品物に魂が宿る。そんな信仰のある星は確かにありました。
 ローアは海に浮かぶ帆船を彷彿とさせる、古い宇宙船。今日はメタナイトが率いるハルバードのような最新鋭の宇宙船が往来する時代からは、『古美術品が宇宙を飛んでいる』そう揶揄されても仕方がない存在です。今時、磁気プラズマセイルが帆の形をしている宇宙船なんて、マホロアはお目にかかったことがありません。ローアには大事なオールの部分も現代の宇宙船の整備師が見たら『推進力を得るための装置としては、合理的じゃない』と笑うでしょう。エンジンはお世辞にも出力に優れたものではありません。
 それでも見た目も性能の優劣も、マホロアにはどうでも良いことでした。
 自分が移動できない遥かな距離を、ローアが移動できることの方が重要なのです。
 そして、ローアを操縦者であるマホロアが直すことができることが大事なのです。
 だからマホロアは少しだけ、メタナイトを見下しています。いえ、メタナイトだけではなくローアの構造を理解できない技術者を、マホロアは影で嘲笑っています。あんなに大きな宇宙戦艦、メタナイト一人じゃとても直せる訳がないから仲間と一緒にトンテンカン。『自分の船なノニ、ナァんてダサいんでショウ!』って思っているのです。『ドンナ最先端技術か知らないケド、遥か昔の人が作ッタ宇宙船一つ直せないナンテ情けないナァ』と、ローアを見上げて感動しか述べられない技術者にマホロアは呆れ顔。
 ローアはマホロアにとって、特別な存在です。
 今は亡きハルカンドラの天を駆ける船。そんな特別な船を一番理解しているのが、宇宙でただ一人、船長であるマホロアだけど自負しています。システムのメンテナンスも、壊れた箇所の修理も、星屑を巧みに避ける操縦の微妙な癖も、マホロアが一番分かっているのです。
 訪れた星の人々は手放しで称賛しました。マホロアは、イイ気分。
 だからこそマホロアは、目の前の旅人がとても疎ましく感じるのです。
 旅人はローアとお喋りします。
 マホロアはローアとお喋りなんてしません。ローアは宇宙船なのです。乗り物トお話なンテ、オカシイでショ?
 でも、旅人はローアとお喋りします。ローアとお喋りをした生き物なんて、長い長い航海の中で一度も見かけたことはありません。確かにハルカンドラが生み出した多くの古代文明の遺産で、生き物でないのに生き物と意思疎通ができるように見える存在はありました。でも、マホロアが知る限りそれはローアのプログラムと大差ないのです。生き物が要求を告げ、遺産は応じて実行するだけ。それは意思疎通、お喋りとは程遠いものでした。
 独り言ッテ思うでショ? マホロアだって、最初はそう思いました。
 全くお気楽デお人好シでバカで幸セだネェと、笑ってやりましたとも。普通は『お日様、今日も僕らのことを見守ってください』なんて声をかけて『おう! 大丈夫! ちゃーんと見といてやるぜ!』なんて、太陽は返事をしません。ポップスターの太陽が変なんです。マホロアがきちんと説明すれば、旅人の言葉を馬鹿正直に信じた大王だって引きつった顔でも頷かなくてはいけないのです。ダッテ、ソレガ当たり前なんですモノ。
 しかし宇宙を旅する旅人は、常識の少し外にいる様子。
 旅人はちゃんとローアと会話しているんです。
 マホロアが気がつけない些細な不調を、旅人はローアが話してくれたと教えにきます。エンジン音を響かせる前に調子が良いと、ローアが言っていたと無邪気に笑う。騎士がこっそりと冷蔵庫に向かうこと、大王がバンダナワドルディと出かけていること、ディスプレイに表示される前に旅人はローアに教えてもらうんです。
 なので、マホロアは胸が痛みます。
 ボクがローアの事を一番分カッテいるハズなのニ。そんなナイーヴなマホロアの気持ちなんて、旅人が理解するわけなんてない。食べ物を掠め取られて悔しがっている大王の気持ちだって、分かっているのか分からぬのやら素っ気ない。
 ほらほら、御覧なさい。旅人がキョトンと、来訪者の金の瞳を見上げている屈託無い笑顔を。
「あのね ローア ほし なの」
『ローアは宇宙船ダヨォ。星ジャないヨォ』
 旅人はワープスターに乗って旅をします。確かに宇宙を旅する手段としては同じかもしれませんけど、ワープスターとローアは大きさも速度も形も違いすぎます。ローアに星の装飾が施されていますが、流石に星じゃあないでしょう。
 旅人は体をくりくりと捻ります。どうやら首を横に振っているようです。
「うちゅうせん の ぶひん ほし なの」
 旅人は柔らかいまぁるい体を伸ばして、切々と説明します。
 宇宙のどこかにワープスターの発着所があるのです。旅人達は行きたい場所に向かう星を見つけては、その星に乗せてもらって目的地へ旅立つのです。なぜなぜ発着所なのかって? 星が集まる場所だからです。その発着所と呼ばれた場所は遠巻きからは金色の渦に見えるほど、美しく大きくとても目立つものでした。キラキラと光を四方八方に散らしているのは、旅立つ星々の輝きです。
 でも、悲しいかな。星には寿命があるのです。
 発着所には元気に飛び回る星もたくさんありましたが、寿命を迎えて飛ぶことのできない星もたくさんいるのです。飛べない星はたくさん降り積もって、大地となって飛ばない星になるのです。
「ほし ゆめ みる」
 旅人は来訪者の金の瞳を写し、言葉を語る。
「もういちど うちゅう とびたい」
 飛べない星が降り積もった飛ばない星は、大昔に栄えた鉱山になりました。飛べない星は砕かれ溶かされ、船体に、エンジンに、細かい計器に加工されて、人々を運ぶ宇宙船になったのです。
 旅人の話を聞いて、マホロアはぞくりと背筋が冷えたのです。
 古に栄えたハルカンドラ。そこで作られた宇宙船のほとんどが、ひとつの星の鉱山から手に入れた鉱物でできていたこと。ハルカンドラの宇宙船は、当時のあらゆる文明が生み出した宇宙船の中で速度も小回りもバランスも最高の船だったのです。圧倒的な力の差を見せた宇宙船は、彗星と呼ばれるほどでした。
 現在の宇宙船にも引けを取らない、ローア。マホロアの自慢の宇宙船です。
 旅人は笑う。
「ローア マホロア の こと だいすき」
 嘘だ。マホロアは笑い飛ばしてしまいたかった。
 宇宙船が、誰かヲ好きにナル? 原料がワープスターだったカラっテ、夢見過ぎジャないノォ?
 でも、否定ができません。喉元に詰まった言葉を吐き出す前に、旅人が言いました。
「ゆめ を かなえてくれるから」
 星と話す旅人。
 今日も、旅人はローアとお喋りしています。