騎士の目標

 銀河最強の戦士と戦いたい。
 そう言葉を口にした騎士は、念願を叶えました。
 銀河最強の戦士はそれはもう強かったのです。過去形なのは、騎士が銀河最強の戦士と戦った後だから。騎士は瀕死と言って差し支えない痛みを堪えながら、デデデ大王のベッドの上で横になっていました。ハルバードのエンジンの振動ですら、騎士の体に潜んだ激痛を絶え間なく刺激する恐ろしい強敵でした。騎士は銀河最強の戦士に負けて、世界で一番の弱者になってしまっています。そんな騎士を覗き込んで大王はにししと笑います。
「いやぁ、良いざまだなぁ。メタナイト」
「こんな状態でなければ、貴方の贅肉を綺麗に削ぎ落としてしまえたのに残念だ」
 軽口叩いても面倒見が良いのが、デデデ大王。彼はマキシムトマトのリゾットを匙に掬って、『ほれほれ、あーん』と騎士の口元ににじり寄ります。騎士も致し方なし。仮面をずらして、美味しいリゾットの優しさを噛み締めます。
 完熟のマキシムトマトの濃厚な味わいを吸った米粒一つ一つを、とろとろのチーズが包み込んでいます。ざく切りのトマトの食感、形が無くなる程に煮込んだ野菜達の旨味がぎゅぎゅっと詰まったスープ。大王が褒めてちぎってフライパンを振るわせている、コックカワサキの力量は全く素晴らしい限りです!ハルバードの厨房にスカウトしたら来るだろうかと、真剣に悩んでしまいます。
「いいな いいな」
 湿布の香りが強烈な騎士を、枕元でまあるいピンクが覗き込みます。旅人のヨダレがじゅるりでぽたり。騎士は迷惑そうに目を細めましたが、指一本も動かせない疲労になされるがままです。
「だいおう ぼく も ぼく も」
「バンダナが客の分を取り分けてるから、拝み倒して分けてもらうんだな」
 わかったとピンクがふわり。たったったと駆けて行くのを見送ります。騎士の食事に手を出さないのは、食い意地の塊の旅人の一生分の善意です。
 デデデ城を行き来するプププランドの住人の他に、騎士には聞き慣れたハルバードの船員達の声が聞こえてきます。メンテナンスで度々足を運んでいる慣れた空気に、船員達は騎士の心配から解き放たれて穏やかな雰囲気を醸しています。
「部下達まで馳走になってすまない」
「満身創痍で赤ん坊よりもか弱くなった上司を介抱する場所として、宇宙一信頼を寄せてもらって光栄よ」
 大王はそう笑います。どんな事でも迷惑にすら感じない、彼の性格を騎士は心地よく感じます。
「で、あの銀河最強の戦士は何時になったら帰るんだ?」
 大王の呆れた青空色の瞳の先には、噂の銀河最強の戦士が足をぶらぶら腰掛けています。今はふかふかなクッションの敷かれた椅子にご執心らしく、正座したり腹ばいに寝たり仰向けになったりしてようやく普通の座り方に落ち着いています。戦士は何もかもが相当珍しく感じるようで、赤い瞳はきょろきょろ忙しないのです。
 それもそうでしょう。戦士の鎧は古風そのもの。今のご時世では使われていない珍しい金属で作られた鎧と槍と盾。まぁるいピンクは珍しくないとはいえ、純白の翼が生えている奴は大王も見かけた事はございません。
 銀河最強の戦士は色んな事に興味を示して田舎者丸出しなのも、この時代の者ではないからなのでしょう。しかし、不思議な事に、どんなに興味津々でも決して触ろうとはしません。
「ギャラクティック・ノヴァが言うには、色々調整が必要だから設定した時間になったら戻るようにしたとの事だ」
 なんでも願いを叶えてくれる大彗星。様々な時空を接続し、様々な次元の様々な条件の中から願う者の最良を抜き出してくれるのです。今回のメタナイトは『戦いたい』と願ったため、銀河最強の戦士はメタナイトの対戦後には元の時代か次元に帰る事になるそうです。ギャラクティック・ノヴァが、戻しやすいタイミングに帰すのでしょう。
 騎士の言葉にそうかそうかと言おうとした大王は、旅人の大声で鼓膜を突き破られました。
「リゾット ない!」
 うるうる宇宙の宿った瞳から、彗星がぼろぼろこぼれ落ちそうになりながら旅人はマキシムトマトを抱えて訴えます。トマトはちゃっかり持ってきたのかよと、大王は呆れ顔。
 そんな旅人の頭を、銀河最強の戦士は羽を一本抜いて羽先で撫でます。なでなで、こしょこしょ、こしょばゆい。旅人は涙もピタリと止まって、銀河最強の戦士を見上げました。
「こんにちわ」
「     」
 銀河最強の戦士もお返事しましたが、その言葉は発音すら難しく誰一人聞き取れる者がおりません。ウィスピーウッズやクラッコ、シャインやブライトのような古からこの星にいる者なら聞き取れるのかもしれないなと、大王はおぼろげに思いました。
 騎士は散々心配するような声を掛けてもらっていましたが、言葉が分からないので不貞寝するしかありません。
 旅人はまあるいピンクの体を傾けて、様々な言葉で銀河最強の戦士に話しかけます。一言言ったら次の言葉は全く違う言語です。旅人は宇宙を旅する流れ者。大王や騎士、様々な記憶媒体が知っている以上のたくさんの言葉を知っていました。旅人が声を掛ければ掛ける程、大王や騎士が知る言葉からは遠ざかっていきます。
 騎士がようやく上体を起こせるようになり、大王が枕を背中に入れてやった頃でした。
「だいおう メタナイト このヒト とっても ふるい ことば しってる!」
 すごいすごい。はしゃぐ桃玉ピンク玉。戦士と旅人は堰を切ったかのように、延々と話し続けます。
 大王も騎士も、そんな旅人が凄いですって顔をしています。
「なぁ、カービィ。銀河最強の戦士様は何て言ってるんだ?」
 大王が尋ねれば、まあるいピンクは笑います。
「うれしい だって」
 嬉しい? 大王も騎士も顔を見合わせます。
 旅人の話を要約すると、戦士はこの平和な時代が大層お気に召したそうです。星々を巻き込んだ大戦もなく、権力者の利益を求め奪い合う争いもなく、見渡す限りが平和な星が愛おしいのです。誰も、戦士に戦えなんて言いません。誰も、戦士を襲ってきたりしません。誰も、戦士にこうしろと命令もしません。それがとってもとっても嬉しいのだそうです。
 そんな戦士のお腹がぐー。大王は旅人に言いました。
「ほら、ピンク玉。マキシムトマトをやれよ」
「やだ ぼく の トマト」
 きっと目を尖らせて、トマトをぎゅ。
 仕方がない。大王はのそりと立ち上がり隣の執務室をごそごそして戻ってくると、その手には黄金の復活トマト! 旅人が欲しい欲しいとせがんでも、お前さんがマキシムトマトをやらないのが悪いと足蹴にしました。大王が戦士の手のひらに黄金色のトマトをのせます。戦士は目がまん丸。
 そっと、そーっと、トマトを持ち上げて…
 なんと、戦士の手の上でトマトが砕けてしまいました!
 戦士が握った様子も、魔法を使った様子もなかっただけに、一同びっくり。しょんぼりした戦士の言葉に耳を傾けた旅人が、大王に言いました。
「つよすぎて こわしちゃう ごめんね だって」
 銀河最強の戦士は、真の意味で銀河最強です。力も、速さも、魔力も、全てがその銀河の可能性の頂点にありました。拳を振るえば星をも砕き、飛び立てば彗星を追い抜き、どんな強力な魔法をも凌駕する力を振るえました。戦士に挑む者の動きはまるで溶けた飴の中でもがくように緩慢で、万が一当たってもそれは蝶が羽を休めている程度の感覚でした。逆に戦士が触れれば、ありとあらゆるモノは壊れてしまうのです。
「気にするな。知らなくて、こっちこそ悪かったな」
 そう言いながら、開け放たれた扉の側に控えているワドルディに大王は耳打ちします。ワドルディはこくこく、たったったと駆けて立ち去って行きました。
 ベッドの上の騎士は、仮面越しでもわかるしょんぼり具合です。
「私も、相当手加減していただいたのだな」
 旅人を慰める為に、頭に何度も触れた羽。あれは銀河最強の戦士の精一杯の手加減だったのでしょう。戦士が何にも触れようとしなかったのも、なんとなく納得。誰彼構わず触りまくって、城が壊れたりワドルディの屍が積み上がらなくて良かったと大王はホッとしております。
 旅人が通訳すると、銀河最強の戦士はぱたぱた手を振りました。
「あそんで くれて ありがとう だって」
 騎士はがっくり。もう、このまま消えて無くなってしまいそうです。
 殺意や敵意を持って向かって来る者達を、戦士は心底恐れていました。何せ、手加減できないのです。触れるだけで壊れ、動かなくなるまで向かってくる者達。降り立てば、屍は音を立ててひしゃげたのです。
 騎士は戦士が相対した者の中で、少し変わった者でした。騎士は打倒の為に剣を振るっていない事は、すぐに理解できたのです。殺意や敵意ではなく、ただひたすらの挑戦。だからこそ、殺さずに戦い抜けたのです。
「たたかって いきのこった ひと ちょっとだけ きみ の じつりょく」
「慰めの言葉に感謝する」
 騎士はベッドにのめり込んで、床を突き抜けるんじゃないかって程に沈んでおります。そんな空気を読まない桃色達ですが、大王はノックの音に気が付いて扉を開けました。ふんわり流れる甘いリンゴの香り。焼きたてホットケーキに飴色のリンゴや、真っ白いホイップクリーム、黄金色バターの川と蜂蜜の川が混ざり合った魅惑の一皿を持ったワドルディ達が入ってきます。最後の入場の水兵帽子のワドルディは、ミルクたっぷりのデカンタをテーブルの上に置きました。
「折角来た客人を持てなさずに返すのは、王の恥って奴だからな」
 大王はホットケーキを切り分けたフォークを戦士に向けました。
「壊しちまうなら、食わせてもらえばいいだろ」
 赤い瞳をぱちくり。戦士はちょこっと仮面をずらし、ホットケーキをぱくり。パキンとフォークが折れましたが、ぷっと器用にフォークの先だけ吐き出しました。さも可笑しそうに、大王と旅人が笑います。戦士はそれはそれは嬉しそうに次の一口を待っていて、まるでひな鳥のようです。
 水兵帽子のワドルディが切り分けてくれたホットケーキを口にしながら、騎士は戦士を眺めていました。戦士は誰よりも臆病で、戦いなんて大嫌いなのでしょう。騎士は戦士だった頃を思い返して、真逆だなぁとしみじみ思ったのです。
「おいしい おいしい!」
 ばんばん赤いガウンを叩く旅人に、大王はうるさいと怒鳴り返します。
 やはり、先ずは大王には勝てるようにならないとな。
 騎士はそう結論づけると、舌鼓を打つことに集中しました。考えながら食べるだなんてとんでもない美味しさです。
 その後、銀河最強の戦士は大彗星に足繁く通って、この時代のこの星を訪れるよう願ったとか願わなかったとかは、また、別の話。