ごちゃまぜ雑記ログ3


■ 悪役の信頼 ■

 悪役が三人揃えは悪巧み…。
 大乱闘の会場の片隅の、薄暗いカウンターでクッパとデデデとガノンドロフが飲んでいる。体格の良い彼等の為に、マスターハンドは壊れ難い椅子とご飯が沢山置ける広々としたカウンターが用意されている。そんな事に感動する性分ではないと、悪役三人は思い思いに杯を傾けていた。
「はぁー、どうしてワガハイがマリオ達なんかと組まねばならのだ…!」
「リンクやゼルダ姫と戦線を共にするなど、遺憾の極み…」
 クッパが巨体に似合わず器用な箸さばきでイカそうめんを摘む横で、ガノンドロフがグラスに波々と注がれたワインを一気に飲み干した。そんな彼等と対面するようにデデデ大王が只管に、彼等の愚痴を聞いている。
 悪役が三人揃ってする事は、彼等の場合は飲み会で愚痴会である。
 なにせクッパとガノンドロフは、裏の裏を掛かれて手先のように扱われ、プライドがずたずたなものだから愚痴も滑らかマンゴープリン並に飛び出す。滑る。打ちまける。敵対しているマリオやリンクの愚痴なんて、よくもまあ出るなぁとデデデ大王が感心する程である。
 追加の鶏の唐揚げと串揚げとポテトフライのヨッシーアイランド盛りを受け取りながら、デデデ大王は笑った。
「まぁまぁ、良いじゃないか。一時の事だろう?」
 そんなデデデに、二人は串焼きの串の如き視線を向けた。先端が尖って突き刺さりそうだ。
「デデデは良いだろ。カービィと仲良しなんだろ?」
「ライバルです」
 大王の言い分も、彼等にはちくわの穴。
 鶏の唐揚げをワイルドに噛みちぎったクッパだが、ガノンドロフはタルタルソースを掛けながら貴様も人の事は言えないと見るのである。ガノンドロフから見れば、クッパとマリオも仲がよく見えるのだ。敵対する以上、相対すれば殺しあうのが常である。
「しかし、リンクもゼルダ姫も、何故俺の事を信頼できる」
 理解できぬ。
 そう呟いたガノンドロフに、熱燗を啜っていたデデデは目を丸くした。
「ガノンドロフだから信頼したんだろ」
 クッパも焼酎を煽りながら頷く。
 串でポテトフライをぶすぶす刺しながら、ガノンドロフが二人を睨みつける。全てのトライフォースを手中に収めんとするガノンドロフは、リンクとゼルダ姫にとって宿敵と言える存在だ。信頼すれば背後から斬り殺される事だろう。騙す騙される世界において、信頼は何よりも危ない感覚である。
「意味が分からぬ」
「がはははは! ガノンドロフ、キサマは何年リンクの敵をやっておるのだ! キサマならリンクの行動くらい、容易に推測できるであろう?」
 クッパの横で、デデデ大王は『ちなみにカービィは、食欲睡眠食欲だけどなー!』と笑っている。酒でぽよんぽよんとだらし無く鳴る腹太鼓共に、ガノンドロフは怒鳴りつけた。
「俺が若造に遅れを取ると言いたいのか!?」
 ちがうちがうと剣を抜きそうなガノンドロフのグラスに、デデデ大王はワインを注いだ。
「つまりさ、リンクもお前さんの事が同じくらい分かってるって事。敵は敵の事を誰よりも知っている。それはガノンドロフだけじゃなく、リンクだってそうなのさ。リンクが今の所背を預けても大丈夫って、お前さんと戦ってるからこそ信頼してるのさ」
「そうそう。ワガハイはピーチ姫を良く誘拐しておるが、ガノンドロフが誘拐したらマリオは城ごと燃やしに掛かるぞ」
 マリオは切れるとワガハイよりも手が付けられんぞ。クッパがたこわさをかき込んでつーん。
「クッパは配管工兄弟と桃姫と仲良いよな。あんな手強い二人、信頼が無いと命がいくつあっても敵役なんかできないぞ」
 マキシムトマトのサラダを抱え込んで食べるデデデ大王に、クッパがそうであろうと嬉しそうに頷いている。ピンクの悪魔の食欲にかかれば、だれもがごくり。クッパも流石に食われるのは嫌なので、デデデ大王の度胸は買っているのである。
 ガノンドロフはチーズを1つ口の中に放り込んで、神妙な顔だ。
「利害の一致か。確かに若造にも姫にも、今は剣を向ける事も向けられる事も無いな」
 ワインを一口含み、ガノンドロフは葡萄の吐息を吐いた。
「不思議なものだ」
 真面目腐って鯖味噌がひっくり返りそうだ。デデデ大王とクッパは互いに杯を満たして、大笑い。
「祭だから、楽しめよガノンドロフ。悪役だってたまには遊ばねーとな!」
「がはははは!遠慮はいらぬぞ!」
 全く、くだらん。そう言いながら晩酌してる自分は何だと、賑やかな声を聞きながら思う。
 信頼か。たまには…な。
 ガノンドロフは溜息1つ吐いて、小さく笑った。


■ 悪人と蜘蛛の糸 ■

「カンダタ…という男を知っているか?」
 そう友人が呟いたので、ケニー・アッカーマンは『誰だって?』と聞き返した。なにせ、ケニーという男は人の名前など覚えたりはしない。この眼に映る殆どのものを『殺せるか』『殺せないか』で区別してきた男である。利用価値のあるなしは特に関係はない。奪うなら殺して奪えば確実、利用した後に殺してしまえばいい。そんな考えの持ち主であるケニーは、巷では『切り裂きケニー』という都市伝説に名を連ねるような殺人鬼であった。
 ケニーの耳から脳天に突き抜けるような問いに、ウーリ・レイスは苦笑した。
「カンダタという男は大昔にあった創作の物語に出てくる男の名だ」
「ふん。俺は本が読めるほど教養がねぇんでな、お付き合いできなくて悪うございましたね」
 癪に障ったのだろうケニーの言葉に、ウーリは声をあげて笑った。
「すまない。君を貶すつもりで聞いたわけではない。その物語は…壁の中の者も誰も知らないような物語なんだよ」
 あん? 睨めつけるように見るケニーに笑みを返し、ウーリは朗々と響く声で語り出した。それは多くの信者と言える大衆に語りかける声ではなく、子供を寝かしつける御伽噺のように優しく緩慢だった。
 あるところにカンダタという男がいた。その男は殺人や強姦、放火に窃盗と人々が考え付く悪事に悉く手を染め最後は地獄に落ちてしまった。…地獄というのは悪さをしたものが、死んだ後に行き着く場所と言われている。そうか、そのくらいは知っているか。
「俺様が死んだら間違いなく、そこへ行くだろうよ」
 ケニーがそこに落ちるというのなら、私もきっとそこに行くよ。死んだ後が楽しみだな。
「ウーリ。お前とは付き合いが長いが、本当に変な奴だな。まさか、これで話は終わりってわきゃぁねぇだろうな?」
 もちろんだとも。そう唇を湿らせたウーリの瞳は、光を吸い込むような、途方もない深みをケニーに感じさせた。ケニーは思う。この男は、この瞳で壁の向こうも、遥かな未来も過去も全てが見通せるのではないだろうかと。
 カンダタは息をするかのように悪事を働く男であったが、一つだけ善行を行った。それは、踏み潰しそうになった蜘蛛を殺さなかったことだ。その善行に報いるためなのか、神の戯れか、地獄から見上げる遥かなる高みからカンダタを目掛けて一本の蜘蛛の糸が降りてきた。
 カンダタは蜘蛛の糸に捕まり、垂れてくる光を目指してひたすらに登り始めた。
 地獄からだいぶ登ってきたと思った頃、カンダタは蜘蛛の糸がやけに揺れることに気がついた。見下ろした彼は驚いて目を見開いた。なんと、彼の後に続いて多くの地獄に住まう悪人が、蜘蛛の糸に捕まり登ってくるではないか。カンダタはこれ以上誰かが登ってきては、糸が切れてしまうと急に不安に駆られた。この細く輝く蜘蛛の糸は俺のものだ。そう叫んで後から登ってきた者達を蹴落とし始めた。
 その浅ましさを見ていた神でもいたのだろうか。糸はカンダタの上からプツリと切れ、カンダタは再び地獄に落ちてしまい二度と天から蜘蛛の糸が垂らされることはなかった…
「というお話だよ」
 ウーリがそう結ぶと、黙って聞いていたケニーは腹を抱えて笑いだした。
「ははっ! 畜生は死ぬまで畜生で地獄がお似合いとは、天にまします我らが神がお認めになってくれるたぁご親切よ! 皆に教えてやるといい。救済なんてものは、クソの役にも立ちゃしねぇってな! ガキどもの学校に配る教科書に載せるべきだ!」
「ケニー。そういう話ではないのだよ」
 会話が噛み合わずとも、二人は何故かウマが合った。現に、ウーリはケニーにつられ笑っている。
「どんな悪人にも、救いが必ずあるということだよ」
「俺様みたいな超が付くほどの極悪人に、救いなんて存在しねぇよ」
「だが、君は甥を生かし育てている」
 ウーリの言葉に笑い声はピタリと止み、まるで極寒の冬空のような冷たい風が顔を打つ。誰もが恐れのあまり心臓を掴まれ縮み上がる切り裂きケニーの殺意だったが、ウーリはまるで待ちに待った愛撫のようにその身に受ける。
「わかっている。アッカーマン一族の迫害はもう行われない。それは、僕の代が終わり何人代替わりが行われようと、君と交わした約束は履行される。僕を生かす君への謝礼としては、お釣りが出るほどだ。信じてほしい」
「俺の大事な妹の置き土産だ。関わるどころか口にもして欲しくねぇ」
 すまなかった。そう深々と頭を下げるのだから、ケニーはウーリの底の知れなさを痛感する。この壁の中で最も強い存在。それは絶対的な権利としてだけではなく、実際に巨人化したウーリに握りつぶされそうになったケニーだからこそ肌で感じる強さだった。強者は踏ん反り返るもの。だが、ウーリは弱者に遜る。
「僕はケニー、君が心底羨ましい。君は本当に極悪非道な悪人だろう。だが、救いがある」
「救いなんて、あるわきゃねぇ。俺は死ぬときも、悪態ついて天に吐いた唾が顔にかかって最悪な気分になっておっ死ぬだろうよ」
 それは大層『切り裂きケニー』らしい最後に思えた。ケニー自身も自分の死に様をありありと描き、なんともらしいじゃねぇかと満更でもない笑みを浮かべた。
「君が甥を殺さずに死ねる」
 ケニーがウーリを見た。ウーリもまた、ケニーを見ていた。あの吸い込まれるような光を讃える瞳ではなく、ウーリ・レイスが生来から持つ瞳で。
「それが、きっと君の救いになるだろう」
 ケニーは短く笑い飛ばし『お安い救いなことだ』と言って立ち上がった。ウーリが見送る彼の背から、挨拶がわりなのか右手が軽く振られていた。そんなケニーを見送り、残されたウーリは一人空を見上げた。壁の中だけにある、平和で長閑な青空だ。青い空、白い綿雲、鳥が遠くを飛ぶ姿。押し寄せる風の音に、虫や動物達の声。この壁の中だけに約束された平穏な日々。
「ケニー、僕はね。君が想像もつかない程の悪人なんだよ。君が首都ミットラスで百人の憲兵を殺めようと、憲兵が察知しえぬ幾万の殺害に関わっていようと、僕の悪意を超えることなどできない」
 ウーリは袖を強く握りこんだ。
「壁の外は地獄だ。その地獄の底に生きる民に、蜘蛛の糸一つ垂らすこともできぬ己は歴史上類を見ぬ極悪人だ。そんな僕に救いなどない。そう…だから存分に恨んで欲しい。憎んで欲しい。それが、僕にとっての救いといえるだろうから」
 何故、ケニーを見送ってしまったんだろう。後悔に苛まれ、白い布にジワリと赤が滲んだ。


■ もしもの話 ■

 チャグムはカンバルの王が恩人であるバルサの運命を狂わせた男でなかったことに、少し複雑な思いを感じていた。
 存命であれば王として玉座に座していてもおかしくない年齢だ。息子のラダール王は厳しいカンバルの大地では珍しくない、遅く授かった命であると聞く。老齢に達しなくとも、壮年の王としてチャグムと相見えることはあり得る話であった。
 目の前に現れたからといって、恩人の仇と憤り手を上げる幼さはチャグムにはない。そう出来たならすっきりしたかもしれないという若さはあったが、それはを空想に止めることができただろう。
 だが、もしログサム王がいたならば、恐ろしい脅威であっただろうと思う。
 ログサム王はタルシュと手を組み、ロタと新ヨゴ皇国を我が物としようと画策しただろう。
 恩人の用心棒の話を聞き、皇国の闇を覗き込んだチャグムには、ログサムの冷酷さと天性の才と呼ぶべき先見の明があったと感じていた。しかし、それを善意で選ぶ人間でないのは、バルサの言葉で明らかだ。美しく輝く青い石ルイシャを売って民の糧を得るよりも、南方の国々を支配する方が楽だと思ったこともあったはずだ。
 そうしなかったのは、兵を徴収し軍を創立するのは容易いが、山を超える大規模な準備を他国に気取られず行うことは不可能だったからだろう。当時の周辺国の王や各国の狩人達から警戒されたことが、牽制になっていた可能性もある。決して豊かではないカンバルだ。貿易の段階で何らかの取引が行われていた可能性もある。
 だが、タルシュが南方から攻めてくるとなると話は別だ。
 結託すれば、ロタも新ヨゴも挟み撃ちにされ成す術もなく瓦解する。そんな好機を見逃す男ではないだろうし、タルシュに味方をしたふりをして出し抜いてロタや新ヨゴに大きな貸しを作ったかもしれぬ。どちらにしろ、ログサムの存在は巨大な暗雲としてチャグムの前にあったことだろう。
 恐ろしいことだ。チャグムは改めて身震いした。
 ラダールはチャグムから見れば臆病な王である。サンガルで即決しなかった時、カンバル王城でロタとの同盟を承諾するまでの逡巡、それらは体が燃え上がるほどの怒りを感じたものだった。だが、サンガルではチャグムが自室に戻る頃には決断を伝えたし、チャグムの捨て荷と呼ばれる機転で彼自身の決断を翻しロタとの同盟を果たした。
 気が弱いが、愚かではない。王という重い立場を担わされるには、辛い気質であるとチャグムは思う。優しいが故に茨の道を進んできたチャグムも、似たように思われているかもしれない。
 ラダールが王であったことは、幸運だったのかもしれぬ。それとも、運命だったのかもしれぬ。
 もう少し、頼り甲斐があると良いのだが。そう、言葉を付け足して。


■ 異国で故郷に触れる ■

「チキであったな」
 そう呟いたラダールの言葉に、王の槍達は小さく頷いた。
 祝いの演舞の素晴らしさは、ラダールのみならず王の槍の誰もが息を飲む雄々しさと壮麗さを感じさせていた。海を知らぬ山の民であるカンバル人にとって、波々と張った巨大な水盆のようなルノ・ヤルターシという舞台の上で、不安定な船の上を跳ねまわり演武を交えることは想像もできぬほどに難しく思えた。暴れ狂う馬の上に立って、槍舞をするようなものである。
 しかし流石は海の男。サンガルのタルサン王子の実力は、屈強な男達の中でも一際に輝かしいものだった。そんな彼が、躓きよろけ、倒れたところを新ヨゴ皇国のチャグム皇子に抱きとめられたことは青天の霹靂ともいうべき失態であったろう。
 だが、武芸に秀でたカンバルの男達は誰もが見抜いていた。あれはタルサン王子の失態ではなく、ワザとであると。チャグム皇子が彼の拳を跳ねあげなければ、タルサン王子の拳は容赦無くチャグム皇子の顔を打ち据えたことだろう。
 チャグム皇子に怪我はなく、その場を穏便に済ましてしまった。結局はサンガルと新ヨゴの間のことであり、カンバルが口を挟めば大小であれ軋轢が生まれる。このことにラダールは言及しなかったし、王の槍もまた彼らの王が口を噤んだことを口にすることはなかった。恐らくそれはカンバルだけでなく、他国の王族の護衛達も感じていたことであろう。だが、彼らの言葉は全てチャグム皇子の機転の前に封じられてしまった。このことは一生明るみに出ないことだろう。サンガルは新ヨゴに大きな借りを作ったことになる。
 それよりも、チャグム皇子がとっさに行った受け身。これが、カンバルに伝わる『チキ』という体術であったことの方が、彼らにとって驚きであったのだ。カンバルで武芸を嗜むものは、武器を握る体を作るための基礎としてまずチキを学ぶ。カンバルが武勲誉れ高いのは、馬でも槍の扱いに秀でているのでもなく、武器がなくともその身一つで武人たりうるが故である。
「咄嗟の反応を見るに、チャグム皇子は祝いの演舞の全体を見ていたことでしょう。多少武術に通じて出来る技ではありません」
「影武者か? 供につけている者が皇太子にしては少なすぎると思ったが、影武者ならばありうる」
「いや、あり得ない。サンガルの『新王即位ノ儀』に影武者を送るなど、互いの国に亀裂を生じさせる愚かな行為だ」
「しかし、新ヨゴ皇国の帝になる者は、穢れてはならぬという。武術は穢れに近い存在で、護身用に学ぶ機会も与えられぬはずだ」
 口々に交わされる言葉を聞きながら、ラダールはぽつりと呟いた。
「歌語り」
 王の槍達ははっと気がついた。美しい歌声を持つ放浪の歌い手。彼の歌はカンバルの王城でも披露されたことがあり、その演目には隣国であるチャグム皇太子の物語があった。チャグム皇太子がカンバル出身の女性の助けを得て、天の恵みを引き寄せた話であった。多くの家臣は大それた物語と流したが、ルイシャ贈りの儀式に参加した者達はその不思議な出来事に興味深く耳を傾けた。
「チャグム殿下は本当にカンバルの民に助けられて、あの場にいるのだな。縁とは不思議なものだ」
 ラダール王はそう言って、窓辺に歩み寄った。サンガル王の計らいで最も涼しい風通しの良い部屋を当てがってもらったのだろうが、日が沈んでもカンバルの夏よりも暑かった。確かに海の恵みは素晴らしく、豊かさも美しさもカンバルとは比べものにならぬほどである。しかし、この暑さだけはどうにも我慢できなかった。
「早く、ユサの山並みを見たいものだ」
 部屋にいた誰もが、王の言葉に心から同意した。
 どんなに素晴らしい場所でも、故郷を敏感に感じてしまうほどに恋しかったのだ。


■ 王とは ■

 舞い手が全てを語った後、初めて王の槍が王の元に召集された。カンバルの王、ラダールはカンバル人にしては色の白い男ではあったが、その顔色が蒼白に見えるほどに顔色が悪かった。体調が優れないのか、王の一挙手一投足に武人達の眼差しが向けられた。だが、物心ついた時からカンバルを導く武人として叩き込まれたラダールの足運びは、その気質とは裏腹に乱れなく力強いものだった。
 掛けよ。その言葉がようやく王の槍達の耳に触れ、カンバルの氏族最強の槍使い達が席に着いた。
「バルサから、皆、全てを聞いただろう」
 ラダールの消え入りそうな声に、王の槍達は無言で頷いた。
 先代カンバル王が奸計により王位を手に入れたこと。武人が武器で打ち合い力量を示すのと異なり、ラダールの父であるログサムは病弱な兄に毒を盛り殺し、口封じのために主治医を葬った。その主治医にも、娘の命を脅かすことをチラつかせ脅迫させたうえで実行させたのだ。そして最終の仕上げに娘を殺す。ここに居並ぶ王の槍だけではない、カンバルの民全てが嘔気付くようなおぞましい事実だった。
 そして主治医の男から娘を託された、ジグロ。彼は、ここにいる王の槍の親族を殺している。
 バルサはジグロがなぜ、友を殺さなくてはならなかったのか。なぜ、彼らの敬愛する親族は殺されなければならなかったのか語った。この場にいる全員が、ラダールの父の奸計の一部始終を知るに至っていた。
「私の父の行いは許されることではない。だ、だから、お前達が私に、忠誠を誓い続ける、ことも、ない」
 震える王の言葉に、王の槍達は王が何を言いたいのか察した。
 ラダールは自分に自信がない。誰よりも自分が王であって良いのかを悩むような男だった。気弱で判断力に欠き、お世辞にも賢明という評判は得られてはいない。彼が王であれたのも、偽りの英雄であるユグロの存在があったからだ。
 今では王の槍が王の意見を促し聞いている。しかしユグロが隣にいた時は王の意見より先にユグロが物言い、それに王が同意する形式が成り立っていた。先王が崩御された直後に即位した、幼さの残るラダールであったら誰もが致し方ないと思うだろう。だが、もう、ラダールは成人している。
「わ、わたしは、王に、ふさわしくない。お前達が、そう思うなら、あ、新たな王を、選ぶと良い」
 ラダールは絞り出すように言った。
 ログサムの息子はラダール一人だが、ログサムには兄弟が多くいた為にラダールには幾人もの従兄弟がいる。ラダールよりも年上の従兄弟も存在した。中でもアローンは溌剌で聡明と評判であり、王の側近として挙げられる日も遠くはない。
 ログサムの陰謀を明らかにするだけで、ラダールを今の地位から引きずり下ろすことは実に容易いことだった。そして王の槍が全員で新たな王を選び忠誠を誓えば、カンバルに新たな王が誕生する。それを止める力はラダールにはなかった。
 ラダールはじっと待った。王の槍達が己を王として失格だと罵る声を、薄汚い王座に座していると侮蔑する声を、無能な王だと失望する声を、ありありと思い描いていた。とても苦しいことだったが、それを否定することができなかった。
 『そんなことはありません』ユグロの声が耳に触れたが、ラダールはその声を拒絶した。自分が王であることが、カンバルの未来を曇らせることをラダール自身が一番よくわかっていたのだ。
「王のご意見は理解いたしました。我々の意見を申させていただきましょう」
 そう言ったのは、ムロ氏族の王の槍だった。彼は席から立ち上がり、集まった王の槍達を見回した。全員が起立し、その石突で床を打った。ダーン! 響き渡った音にラダールはびくりと身を固めた。
『我らが王は、ラダール王、ただ一人!』
 王の槍が声を揃えてそう言った。その言葉に、ラダールは目を見開き、口だけが『なぜ…』と動いた。
「我々は王に忠誠を誓った瞬間より、絶対の服従を自らに課しています。王の判断が過ちであっても、我々は従います。ログサム王にジグロ討伐を命じられた先代の王の槍達のように、我々は私情を捨て王の手足となるのです。その覚悟は今もこの槍の穂先の輝きのように鈍ることも陰ることもありません」
 ふふっと笑い声が漏れた。王の槍達が口元に笑みを浮かべ、彼らの王を見ていた。
「王よ。貴方は、自身が思うようなお方ではありません」
「先代の陰謀に、生まれてすらいない我らの王が無関係であることは明白」
「ルイシャを取りに行く時、王は怯えておいででした。美しくも未知の世界、偉大すぎる山の王。圧倒されたのは、我々とて同じです」
「カームの言葉で恐怖を振り払った貴方の行いは、まさしく王だった」
「王は自らの恐怖よりも、民を思い行動できるお方であると示したのです」
「恐怖を振り払っても、手元が狂うのは混乱と等しい。しかし、王は見事ルイシャを賜った。冷静であった表れです」
 そして、最後の王の槍が言葉を口にした。
「王がカンバルの民のためにルイシャを得たその日、私達は忠誠を揺るぎないものとしたのです」
 金の輪が王に向け高々と掲げられた。その金の輝きは朝焼けのように美しかった。


■ 髪梳きと毛繕い ■

 アンジェラとリースがシャルロットの髪の毛を梳き解すのに一苦労。シャルロットのふわふわの綿菓子のような金髪は、1日でも手入れを怠れば、鳥の巣の如しで、さぁ、大変。欠かさなくとも、二人掛かりでも、大変時間がかかるのです。女子の身支度は時間がかかるものとは言いますが、デュランやケヴィンはもう修練するのにも飽きてしまう頃合いです。
 そんな様子を壁越しに感じていた男子諸君は、思い思いに時間を潰します。デュランはソファーの上でゴロゴロ、ホークアイは荷物の整理、ケヴィンは机に突っ伏してだらり。
 いたいでち いたいでち、シャルロットの声が聞こえます。ごめんね がんばって が山彦のように帰ってきて、とても終わりそうな気配はありません。そんな声を木の葉の擦れる音のように聞き流していた男子諸君ですが、ふとケヴィンが顔をあげて言いました。
「かわいそう、けど、うらやましい…」
「可哀想は分かるけど、羨ましいって何だよ?」
 クッションを枕替わりにしていたデュランが、顔だけ向けて聞きます。ホークアイも訝しげです。
 いたいでち いたいでちは、髪の毛が引っかかって痛いのでしょうから、男子諸君も仕方がないとはいえ心は痛むもの。可哀想とは思います。しかし、羨ましいとは、これ、いかに? 二人の疑問の眼差しに、饒舌ではないケヴィンはうーうー唸ってしまいます。
「だって、毛繕い、してくれる。信頼の、あかし」
「あぁ、なるほど。獣人の文化で言えば、彼女らの行動は確かに毛繕いだね!」
 ぽんと手を打ったホークアイですが、にっこり笑ったままケヴィンに言いました。
「でも、彼女らには毛繕いなんて言っちゃダメだよ。信頼しあってる、は良いけどね」
「何でだよ。良いじゃないか」
 デュランの言葉に、ホークアイは口を尖らせます。
「女心がわからないと、苦労するよ」