ごちゃまぜ雑記ログ6
■ 樵の鍛錬 ■
女神が降り立ったと言われ、ハイラル最大級の大聖堂が建てられた台地。宿場町から階段を抜け大聖堂へ至る参道は美しい石畳が敷かれ、煉瓦を積み上げ白い漆喰を塗り重ねた美しい道が整備されている。参道の傍らには聖堂の預かり手である聖職者達の建物があるだけで、台地の殆どは手付かずの自然が残されている。天を貫くヘブラよりも低くとも防寒具なしで登るのは無謀な雪山に、心の臓を止めるほどに澄んだ雪解け水の湖。森は鬱蒼として多くの命を育み、魔物達でさえ我が物顔できぬ原始のままの世界がそこにある。
そんな大聖堂から少し離れた場所に、使い込まれた丸太を組み合わせた頑丈な小屋が一つ。見晴らしのいい平原にポツリと生えた大樹の木陰に、ひっそりと隠されるように建っている。
しかし、隠れる気がないと言いたげに、一定の間隔で音が朝霧の中に染み渡っていた。
音の主はぶおんと無骨な樵の斧を振り上げ、切り株の上に置かれた不揃いな木の上に振り下ろす。慣れぬ者なら木の上に斧を当てる事すら難しいのに、音の主にかかれば子供でも出来るように易々と薪にかえてしまうのだ。
大樹の樹皮に似た渋い色合いのシャツの上に、丈の短いフード付きの短い外衣。緩く波打つ真っ白い髪を一つに結わえ、滴る汗を使い込まれた手拭いで拭う。
「起こしてしまったかね?」
その顔は威厳溢れる皺が刻まれているが、立派な体躯から溢れる生命力は若者のそれである。厄災ガノンの襲撃により辛くもハイラル城から撤退したローム・ボスフォレームス・ハイラルに見上げられた、若きリト族は小鳥のように喉を震わせて笑う。
「リト族の朝の早さはご存じでしょう?」
他の種族と比べれば夜目が利かぬリト族は、夕日が沈む頃に眠り朝日と共に目覚める。勿論、リト族のみの集団なら不寝番も行うが、他の種族と行動を共にする場合は免除されることが多かった。
枝から飛び降り、翼を一つ羽ばたかせてふわりと降り立ったリト族の英傑リーバルは、丸太の周囲に転がる沢山の薪の一つを手にした。申し分ない大きさの薪は、小屋の脇に積み上げられて乾燥されるのだろう。
「精神を研ぎ澄ますのに、薪割りは丁度良くての」
そうなのですか。リーバルは当たり障りない相槌を打った。
リト族は薪割りという重労働を、里の近くの馬宿に住み込むハイラル人に委託していた。リト族自前の暖かい羽毛のお陰で夜に火を必要としないが、食事の支度で薪は必要だったからだ。
こーん、こーん。薪を割る音は、リーバルの望郷を掻き立てた。
リーバル。リト族の若者が畏まる前に、王は二の句を告げていた。
「共に狩りに行かぬか?」
ハイラルの王族はリト族一番の弓の名手から、弓術の手解きを受ける。ゼルダ姫の弓術の師匠は、リーバルが優勝を収めた弓術大会の審判を務めた里一番の狩人だった。ハイラル王の師匠はもう存命ではないが、大人達なら誰もが弓の名手と褒め称える逸材だ。ゼルダ姫に子が生まれたら、リーバルに声が掛かるだろう。
リーバルは、あまりに実践的で驚いてしまった。
耳を澄まし、身を低くして森に溶け込む。獣の足跡を探し、足跡を読む。
ハイラル王宮で豪華な衣装に身を包み、リト族に負けぬ胸筋を張って歩く王が膝を泥で汚し藪に潜り込む。勿論、先ほど薪割りをしていた森に溶け込む渋い色のシャツとズボン、森の中では光るほどに目立つ白髪を黒いフードの影に押し込んでいる。リト族の里長も狩人から引退してる思い込みも手伝って、国で一番偉い者が本格的な狩りをする姿に、開いた嘴がなかなか閉じなかった。王族の狩猟は娯楽だと、心の何処かで馬鹿にしていた己の羽毛を引っ張って戒めた。
ぎっと弓を引き絞り、息を詰める。
獲物が王の漏らした殺気に、はっと顔を上げた。
たぁん!と音を響かせて、鹿の眉間に矢が穿たれる。倒れた鹿に素早く近寄ると、解体用のナイフを取り出しさっと首を掻き切って血抜きを行う。その手際の良さにリーバルは感嘆の声を漏らした。
「お見事です」
世辞ではなく、心の底からそう思う。
一撃で獲物を屠り、喜びの声を上げるよりも血抜きを優先する、リト族なら一人前と評価される狩人だ。王はようやく真剣な表情を緩ませ、『リト族の英傑に褒められるとは、嬉しいのぅ』と冗談めいた口調でも喜びを露わにした。
蔦を切って鹿の手足を結ぶと、よっこらせと担ぎ上げた。
シーカータワーを用いて食料を安全な地域から運ぶことは出来ているが、陥落したハイラル城から撤退した兵士達の胃袋を満たすにはまだ心許無い。この鹿も解体されて兵士達の糧になるし、狩った獲物が血肉になるのは正しいと、リーバルは獲物を背負った王の大きな背を見上げた。
「少し前までは、良く取り逃がしておったよ」
ご冗談を。そう返事をしようとしたが、切ない王の声にリーバルは黙り込んだ。
ゼルダ姫の努力を、リーバルは高く評価していた。それと同時に、その努力が報われていない事もリーバルは知っていた。王宮ではゼルダ姫は『無能な姫』と呼ばれ、王は姫を貶す不敬を沈黙という形で黙認していた。
リーバルは姫に同情していた。
努力はリーバルだけが使える唯一無二の力になったし、村一番の戦士として同族から評価されていた。それは当然のことなのに、その当然が姫には与えられないことが不憫でならなかったのだ。
勿論、王には王の事情がある。その事情は同じ英傑となり肩を並べる者達の方が詳しかったし、健気な姫君は王を決して責めなかった。姫様が責めないのなら、部外者の自分がどんなに囀ったとしても意味はないと若くともリーバルは弁えていた。
「娘と和解出来て、迷いが消えたのじゃろう」
ほっとした安堵の声。
確かに、王宮で会った張り詰めた感じでは、獲物にも逃げられてしまうだろう。そんな事は、弓を持たせてもらったばかりの雛鳥でもわかる事だ。あんなにも頑なな顔で近づかれては、雷が落ちると尾羽を腹の下に収めて震え上がってしまう。
厄災が復活し娘の優しさに助けられた父は、封印の力が全てではないとようやく受け入れられたのだろう。娘も封印の力に目覚め、ようやく父と向き合うことができた。
当然が、ようやく始まったのだ。
「それは、良かったですね」
本当によかった。
リーバルは心から同意しながら、何気なく弓を引いた。たぁん!と音を響かせて、木々の隙間を縫って鹿の眉間に矢が刺さる。リーバルが斜面を降りて、素早く鹿の血抜きを行う。
にこりと笑顔を王に見せれば、王はむっと唇を尖らせた。
狩人達の朝は、明日も早いだろう。
■ あの魚料理が食べたい! ■
リリトト湖から突き出た岩に蔦を這わすが如く家を作るリト族の集落は、他の種族に比べればずいぶんとこじんまりしている。朝賑やかに階段を昇り降りしていた子供達は、リリトト湖を超えて兄弟岩で遊ぶ。里の大人達はかつて子供だった自分達がそうしてくれたように、兄弟岩で遊ぶ子供達の事をそれとなく見守ってきた。
リーバルも例外ではなく、飛行訓練場から里に直帰するのではなく兄弟岩を経由して戻るよう心がけている。今日もふくふくした羽毛で膨らんだ雛鳥達が、空を滑空するリーバルに向かって手を振っている。そのうちの一羽が地面にぺったりと座り込んでいるのを見て、リーバルは翼を傾けて高度を落とす。やはり座り込んだままの雛を認め、柔らかい草が旋風に撫でられる中心にふわりと降り立った。
「リーバルお兄ちゃん!」
まだ餌を強請る甲高い声の雛鳥達が、わっとリーバルに駆け寄る。リーバルは里一番の狩人ではあるが、里のリト族の中ではかなり若い方である。雛鳥達にとってリーバルは凄いけれど、『大人』ではなく『お兄ちゃん』なのであった。
ぴよぴよ! 群がる雛鳥達を大きな翼で撫でてやりながら、リーバルは座り込んだ雛鳥の前で膝を折った。雛鳥特有の大きな瞳がうるっと涙ぐんでいるものだから、リーバルは怪我がない事を素早く確認して生成り色のマフラーでその涙を拭ってやった。
「どうしたんだい? お腹でも痛いのかい?」
ぶんぶんと大きな頭が振られると『疲れて動けないってところかな?』とリーバルは思った。雛鳥達が遊び疲れてリリトト湖を超えられないなんて、よくある事である。親が夕食の時間になっても戻ってこなければ、迎えにいって抱えて飛んで帰ってくる事は日常茶飯事だ。
にいちゃん、あのね! 雛鳥が頭のてっぺんから出たような声で訴える。
「あの おさかな が たべたいの!」
リーバルの首が、こてんと傾いだ。
あのね! おさかなは しろいの!
こんがり いいにおい!
かむと じゅわーって なるの!
でもね! しろい おさかなは こんがり ぱりぱりしてるの!
リーバルを囲んでいた雛達が一斉に囀り出した。
どうやら、座り込んだ雛鳥に触発されて、全員が『あの魚料理』の嘴になっているらしい。これが夕刻が迫る時間であれば抱えて連れて帰って『親に作ってもらいなさい』で済むのだが、リーバルはそうしなかった。
雛鳥達の嘴が、すくっと立ち上がったリーバルに釣られて上向く。つぶらな視線の先で、にっと嘴が上がった。
「じゃあ、これから作ろうか?」
リーバルが兄弟岩の端の草むらに向かうのを、雛鳥達はちょこちょこと付いていく。
草原と林の境目に立つと、夜空の色が草の上に落ちた小さな木の実を摘み上げた。硬い殻に包まれたハイラル全土に良く見られる木の実で、殻の中身を香ばしく炒ればリト族が大好きなおやつになる。他にも火種に使える傘の開いたまつぼっくりや、焚き火に使えそうな手頃な枝をひょいひょいと拾い上げていく。それを翼の上に並べ、雁首揃えた雛達に見せる。
「覚えたかい? これを集めておいで」
わっと小さな羽毛が草むらに飛び込んでいった。ふわふわの羽毛が立った寝癖や、拾うためにピンとたった小さい尾羽が草むらの隙間から見えている。雛鳥達の『あった!』を横目に見ながら、リーバルは木の根元に生えたハイラルダケを摘み取った。
にいちゃん! きのこ とってるの?
どく おっかなくない?
雛鳥の嘴についた葉っぱを払いながら、リーバルは笑う。
「キミ達はきちんと見分けられるようになるまで、とっちゃダメだよ」
毒キノコだったら、お腹が痛くなって死んじゃうよ。そう言えば、雛鳥達は怖がってリーバルの手に持ったキノコから大げさに離れていく。そうして雛鳥達が抱えるくらいの量が集まると、兄弟岩に戻ってくる。リーバルは刃の中身が抜かれて軽量化されたナイフを取り出すと、集めた木の実の硬い殻を手慣れた様子で剥き出した。既に割れているものに虫がいないか、腐っていないかを確認すると、剥かれた木の実を出来るだけ平らな石の上に置いた。小さい石を一番小さい雛に持たせると、木の実を砕かせてみる。
「こうやって砕いて粉にするんだよ」
やってごらん? そう促せば夢中になる雛達の中で、年長の小鳥を捕まえる。
「さぁ、君達はこっちだよ」
リト族は男女問わず狩りをする。氷に閉ざされたへブラで獣を狩るのは男子が多いが、女子もリリトト湖で魚を獲り大地の恵みを収穫する。然るべき年齢になれば、大人が子供に教えていくのだ。雛鳥達には早そうに見えるが、強風に思いも寄らぬ場所へ吹き飛ばされる危険性もあって、危険な場所や火の起こし方、迷い込んだ時の対処法などをすでに叩き込まれている。
リリトト湖から突き出た岩の上に降り立てば、太陽の光にキラキラと輝く湖面の下に魚影が見える。黒い影が赤や青といった色鮮やかな鱗を煌めかせ悠々と泳ぐ様を、雛鳥達は岩から身を乗り出して覗き込んでいる。
「よく見ておくんだよ」
そう雛鳥達に言えばリーバルは岩の上から飛び立ち、次の瞬間湖に落ちる勢いで急降下した。おちる! そう翼で顔を覆った雛鳥達は、羽の隙間からおにいちゃんがどうなったかをおっかなびっくり見た。
リーバルは両足で立派な鯛を掴み、大きな翼を羽ばたかせて舞い上がった! 湖の水が翼に触れて舞い上がり、キラキラと輝く飛沫を纏って既に遥か上空のリーバルに、雛鳥達は夢中で翼を叩いて大歓声だ!
おにいちゃん すごい! かっこいい! もういっかい やって!
ぴよぴよぴよ! 岩の上に戻ったリーバルを囲い込んで、雛鳥達はぽわぽわした羽毛を膨らませて興奮している。そんな雛鳥達を翼で撫でながら、リーバルは湖面を指差した。
「ほらほら。次は君達がやるんだよ」
そうして、雛鳥達は湖に飛び込んでいった。空気を含んで沈まない体で、お尻とピンと立った尾羽を空に向けて、一生懸命魚を取ろうと格闘している。しかし、雛鳥達の頑張りも虚しく、魚達は放たれた矢のように逃げていってしまうのだった。
「僕のやり方を見てないねぇ」
しょうがないねぇ。そう笑うリーバルは、雛鳥達を遊ばせるだけでそれ以上を教えたりしなかった。
リーバルが二匹目の鯛を捕まえた後、雛鳥達を引き連れて兄弟岩に戻ってきた。
リト族の狩人は、鎧の下にさまざまな荷物を潜ませる。荷物として体に括り付けて重心が変わってしまうと空が飛びにくい為に、鎧の下に限界まで軽量化した荷物を忍ばせるのだ。リーバルが鎧の下から手品のように荷物を出していく様を、雛鳥達は目を輝かせて見ている。
取り出したのは携帯の調理器具だ。薄く頑丈な一人前のフライパンと蓋を兼ねた皿を重ね合わせ、その間に調理用のナイフや火打ち石、調味料の小袋が入っている。食材は現地調達が基本なので、熟練のリト族の狩人はこれだけの装備でへブラの山から生還してしまうのだ。
鯛の鱗をナイフで剥がすと、小さい鱗が翼の中に入って雛鳥達は大騒ぎだ。
きらきらしてる!
とれない!
はいりこんじゃった!
雛鳥達が騒ぐのを横目に見ながら、リーバルは鯛の腑を取り輪切りにして、岩塩を砕いたものを鯛にまぶしていく。
雛鳥達にキノコを裂かせている間に、焚き火の用意もする。乾燥した木の枝を組み合わせ、風よけの石を積み重ねる。火種にする松ぼっくりに綿毛を仕込み、そこに火打ち石から迸った火花を引火させる。火種から木の枝に火が移り安定したところで、フライパンを乗せて温める。
雛鳥達に砕いた木の実を切り身にまぶさせ、切り分けたバターを温まったフライパンの上に乗せさせる。フライパンからむわっと立ち上る熱気に、おっかなびっくり切り身を乗せる雛達の様子をリーバルは真剣に見守っている。
わぁ!
じゅわっといい音といい香りが一気に広がって、雛鳥達がフライパンを覗き込む。
リーバルは鯛の切り身をソテーし、付け合わせのキノコにもたっぷりとバターを染み込ませた。
「あの おさかなだ!」
雛鳥達の嬉しそうな声に、リーバルの嘴も嬉しげに持ち上がる。
蓋を兼ねた皿に盛り付ければ、女神様への感謝の祈りもそこそこに嘴を突っ込む。焼き立てだから、雛鳥達はあまりの熱さに大慌てだ。
「こんな おいしいの はじめて!」
ぺろりと平らげ口々に囀る感想に、リーバルも悪くないねと味見をする。
「こんどは おにいちゃんに つくってあげるね!」
雛鳥達が声をそろえると、リーバルは『そのうちね』と笑って頭を撫でた。まだまだ学ぶ事がいっぱいの雛鳥達だ。彼らがリーバルに作ってあげられる日は、当分先のことだろう。
陽が傾いて夕暮れがやってくる。親が迎えに来れば、雛鳥達は興奮気味に今日あったことを囀るのだ。雛鳥達の『おにいちゃん』の話は、眠くなるまで続くだろう。