FF系雑記ログ1


■ 金の髪飾り ■

 金の美しい細工に小粒ながら質の高い宝石を散りばめた髪飾り。
 先日、ジタンがなかなかの値打ちもんだなと、尾を振りながら眺めていた一品である。
 その黄金の曲面に己の顔が映り込む様を、スコールは複雑な思いで見つめていた。銀細工を好む彼はシルバーアクセサリーを重宝し、よく身に付けている。それは、彼が銀の質感や重みやその高貴さに好感を抱く故であって、装飾品全般を好んでいる訳ではない。
 特にスコールの認識としては、黄金に関してはきらびやか過ぎて『嫌い』と言っても良いくらいだ。
 眉間のしわが刻み込まれそうなほどに不機嫌そうに椅子に座っている青年の視線の先には、ティナの髪を結っているバッツの姿がある。旅人といった軽装の装いに健康的な色具合に焼けた肌色の腕と指先がくるりと回ると、少女の癖の強い柔らかな髪が魔法に掛かったかのように纏ってゆく。鼻歌混じりに櫛で梳き、指一本という微妙な動きで絶妙な角度を生み出して結い上げる。その一挙一動一仕草に無駄はない。無駄なのはその鼻歌と楽しそうな笑顔くらいだ。
 バッツはスコールを見て笑うと、スコールの前に置いてあった髪飾りを取った。
 まるで髪飾りは彼女に付けられるべきであったかのように、繊細に結い上がった少女の髪の上で燦然と輝いた。
 その様子にスコールは思わず見とれるほどである。
 ティナの白い肌に白金のように美しい髪もさることながら、髪飾りとその髪が互いに映えるように結い上げられた髪型は一種の金細工のようだ。高価で気品ある装飾品が装飾品としての勤めを果たし、主を引き立てているのだ。プロ顔負けの実力を発揮したバッツはというと、悪戯が成功したのを見た子供のように鼻の下を指で擦って笑っている。まだ自分の状態を把握しきれていないティナの背後に鏡を持って回り込み、合わせ鏡の要領で彼女にその成果を示す。
「へっへっへー。どいうだい? ティナ?」
 ティナは口元に両手を持ってきて驚いた声で呟く。
「すごい…。これ、私?」
 鏡越しにバッツがうんうんと頷く様を見つけて、ティナは恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。その反応が嬉しくてたまらないのか、バッツはスコールに向かって満面の笑みで訊ねた。
「スコール、お前もティナがすっごく可愛くなったと思うだろ? ジタンなら地平線の彼方でも目に留めて、ナンパしにぶっ飛んでくるぜ!」
「あぁ…」
 世辞抜き冗談抜きでそう思う。スコールは曖昧ながらも、ティナの美しさに賛同した。そして、同時に盗賊の少年ならばそうしてしまうだろう予測に、彼は内心苦笑した。
 その様子に調子付いたのか、バッツの饒舌は止まらない。
「…あとはドレスとかあったらすごく似合うだろうな! 合わせてみるか?」
 手品のように両手に淡いピンクのイブニングドレスを広げてみせたバッツに、ティナは慌てて立ち上がった。腕を伸ばしてドレスを押し返すように押しのけ、真っ赤になって頭を振る。
「わ、わたし、そういうの駄目!」
「そうかぁ? じゃ、またの機会にな!」
 あっさりとした性格故か、バッツはティナの拒否を素直に認めた。
 バッツが手に広げたドレスを消すと、ティナも髪を留めていた髪飾りを外す。滝のように流れ落ちる髪を首を僅かに振って落ち着かせると、少女は恥ずかしそうに微笑んで髪飾りをバッツに手渡した。
「バッツ、ありがとう」
「おう」
 頭を下げて立ち去っていく少女を見送って、スコールにある疑問が脳裏を掠めた。
「バッツ」
「ん?」
「その髪飾り、どうするんだ?」
 薄い茶色の髪と瞳が何の疑いもなくスコールを振り返る。
「どうするって……当然、装備するんだよ。俺が」
 凍り付くほどの沈黙の中、バッツだけが首を傾げる。
 獅子の誇りを胸に秘めた青年は、この流浪なる旅人の神経を本気で心配していた。いや、同じ男性として彼の行動を認めてしまうのはどうなのだろう、全力で止めるべきではと考える。スコールの目の前にいる青年は、ましてや年上である。年長者は見本手本となるべき者という世界に生きてきたスコールにとって、バッツのあり方自体相当問題であった。
 そんな心配を本気でしているスコールを知ってか知らずか、バッツは髪飾りを髪に挿す。そして、さらにチョコボの羽を挿した。それは金色の装飾品と黄色の羽が一つになって、なんともバッツらしい装飾品となって彼の頭上にある。
 戦闘に勝った時のような溌剌とした笑顔を浮かべ、バッツは明後日の方向へ向かって高らかに言い放った。
「これで経験値も金も稼ぎ放題だぜ!!」
 そのバッツの背中を見ながら、スコールは嘆息した。
 どうやら金の髪飾りだけでゴールドの魅力の効果が得られると思っているようだ。最低あと2つ、ゴールドの魅力の効果を秘めた防具が必要である事を、バッツは分かっていない様子である。しかもチョコボの羽もいつ壊れるか分からない物である。永久的に経験値とGILが稼げるわけがない。
 ” 金の似合う男だな… ”
 スコールは思う。
 黄金のように眩しくて魅力的で、そして愚かしい。
 自分が嫌いなタイプだろう。
 そんな男と共に戦線を渡っていると思うと、運命の悪戯の度し難さを痛感する。いや、神 - コスモス - の気まぐれであろうか?
「バッツ。金の髪飾りだけではGIL入手量が増えるわけじゃないんだぞ」
「ええっ!?そうなのか!?」
 茶色い瞳を見開いて仰天する様子に、スコールは表情に出そうになる笑みを背けて隠す。
 背後で『どうしよう、どうしよう』と頭を抱えて呻く年上の声をスコールは聞く。
 ” それも…悪くはないか ”


■ 半分は優しさで出来てる ■

 ふと、鼻先を過る今までに嗅いだ事のない匂いにスコールは目を覚ます。
 そこには幸せそうな寝言と共にぱたんぱたんと揺れる尾を持つ同行者と、コップのような大きさの小さい鍋に向かう旅人の装束の同伴者がいる。
 匂いの元はその鍋か。
 スコールは鍋と呼ぶには小さすぎるそれの中身をかき回す同伴者を見遣る。焚火の光に照らし出されたバッツは見張りの当番だ。ただ起きてるのも暇だから…、等という理由でスコールには分からぬ何かを作っているのだろう。ガーデン、そしてそこで得られる資料や実地訓練という知識しかないスコールにとって、世界中を旅する年上は己の知識外の世界を生きているのだと思う。
 小さいすり鉢を摘まみ上げ、粉末を鍋に投じる。
 地平線から昇りはじめた太陽の色彩を帯びた瞳が、すぅっと細められる。睫が滅多に見せない彼の真剣味を表すように微動だにせず、照り返してオレンジに灼熱した髪が熱波に揺れる。真一文字に引き結ばれた唇をスコールは初めて見た。
 焚火に焼べた枝が爆ぜる音が響くだけの世界。
 その静寂に満ちた世界に佇むバッツを、スコールは他人のように見つめた。初めて見るような、人見知りする自分の弱さが心から滲み出てくる。
 声を掛ければ、バッツはスコールの知るバッツに戻るのか。もし戻らなかったら…。不安が胸に重く垂れ込める。
 その不安をどう扱ったら良いのか考える間に、バッツは鍋の中身を匙でゆっくりとかき回していく。何度も中身を掬い上げ、何十回も同じ動作を繰り返すうちに、匙からこぼれ落ちる液体は煮詰まって蜂蜜のようなとろみを得ていった。
 そこで、旅人は初めてスコールを見た。
「ニュートラライズ。化膿止めと傷の治りが良くなるんだぜ」
 起きて見ていたのに気が付いていたのか。獅子は恥ずかしさに眉間の皺をより深く刻み付けて、素っ気なく返した。
「器用だな…」
 まぁな。笑い声が小さくも愉快そうに上がる。
「でも、使わなきゃ意味がない」
 バッツはそう言いながら視線を焚火に戻した。別に湧かしていた熱湯にて煮沸消毒していた空の小瓶を、菜ばしでつまみ上げる。その中に、器用に薬を流し込んで詰め込んでいく。きつく栓をして軽く頷くと、スコールに笑みを向けた。
「薬の半分は優しさで出来てる。その優しさは治って欲しい願いの優しさって奴さ」
 バッツの手から小瓶が放られ、スコールはその小瓶を受け取らざる得なかった。何の変哲もないガラスの小瓶には、白い出来たばかりの薬が詰め込まれている。先ほどまで煮詰まれていたからか、火傷しそうな熱を持って指先を焦す。
「独りの時は尚更、体調管理は万全にな」
 旅人は微笑む程度の笑みにとどめ、その目は真剣に獅子の実直さを心配している。その視線を受け止めてスコールは思う。
 次に独りになる時、更に彼等の為に道を切り開かねばならぬと熱か訴える。
「有益な支援、感謝する」
 あの羽を握る時に感じた優しさに、思わず獅子は微笑んだ。


■ 拾われた故郷 ■

 いつの間にか、召還出来る奴の中に知り合いが居る。それも、ちょっとした顔見知りとか一緒に旅をした仲間ではなく、格好良く言えば宿敵だった。ただし、バッツは自分も相当馬鹿だが相手も折り紙付きの馬鹿だと思っている。敵でもシリアスにはどうにもなれない。
 そいつの名前はギルガメッシュ。バッツの仲間である老人の世界に旅立ってから腐れ縁の様に刃をあわせ、老人が倒れた時は一瞬哀悼を滲ませる顔になった敵である。
 何故か彼は顔が広く、スコールやジタンにも気軽に挨拶をしていた。ギルガメッシュがスコールとバッツの顔を見て何か言いかけるのを、スコールが問答無用のエンドオブハートで刻んでいたりもした。どちらにしろ、ギルガメッシュの知り合いがバッツだけではなかったという点もあって、バッツは再会して初めてギルガメッシュとゆっくり話す時間を得たのだった。といっても、大して話す事はない。互いに狭間の世界を放浪している様な状態なので、『その後はどうした?』 という世間話は要らなかった。
「お前と一緒に戦う事になるのは、なんか不思議な気分だよ」
「そりゃ、俺様もだ」
 薄暗い雲に覆われた空を、バッツはギルガメッシュと並んで見上げていた。互いに敵対していたが悪い奴ではないという認識だったので、周囲の仲間が経緯を聞いて驚く程に馴染むのが速かった。なんにしろ二人には細かい事である。
「そうだ、バッツ」
 ごそごそとギルガメッシュが何本もの腕を動かして何かを探している。エクスカリパーやら斬鉄剣やらカードやらバラバラと出て来る中、それはがちゃんと音を立てて地面を転がった。
 バッツは驚いた。それは装飾の施された何の変哲もないオルゴールである。だが、それは生まれた時から、バッツの生家にあり音を奏で続けたオルゴールだっ た。何時までも家にあり、家の主が変わっても不動に座する存在だった。初めて、バッツは所定の位置以外の場所でオルゴールを見たのだ。
「おぉ、これこれ」
 ギルガメッシュが何気なく拾い上げると、人の良さそうな笑みを浮かべて言う。
「一時期、エクスデスが無の力を使って町や村を飲み込んだ頃があったろ。お前の故郷もあったそうじゃないか」
 そこで、箱をちょっと持ち上げる。
「これは何故だか狭間に落ちてきたんだ。時期的にお前の故郷の物だろうよ。次にあう事があったら渡してやろうと思ったが、延び延びになっちまったな」
 ほれ。ギルガメッシュが箱を差し出し、バッツはおずおずと受け取った。
 手にして、痛い程伝わる。故郷の何もかもが凝縮してそこにあった。開けば、音が出る。懐かしい音色と共に、故郷の空気が広がり流れてバッツを包む。あの豊潤な緑に包まれた村を、両親の眠る奥まった場所にある花畑を、池に映り込む懐かしい友人達を鮮明に思い出させてくれる事だろう。
 バッツの様子をギルガメッシュは不思議そうに覗き込んだ。
「どうした? やっぱ違ったか?」
 ゆっくりと首を横に振る。箱に手を掛けて開ければ、バッツにとって懐かしい音色と空気が広がって行く。
 嬉しそうに、切なそうに、そして彼は歌う様に言った。
「ただいま」


■ その意図の事実は何処ぞ ■

「お前が今回こちら側だった事は幸いだった」
 そんなカインの呟きに、バッツは一つ首を傾げた。
 セシルの友人である竜騎士の男性。口数はバッツに比べれば寡黙な程に少なかったし、思慮深く落ち着いた雰囲気は賑やかしい性格とはあまり合わない。バッツにとってあまり親しい方ではない竜騎士の言葉は、セシルの様に上手く汲んではやれなかった。
 暫くしてバッツが辿々しく言う。
「つまり、俺が頼りになるってこと?」
「そう言う事になるな」
 カインが少し口調を明るくして答えた。竜騎士の特徴と言える目元まで目深に覆う兜のせいで表情は窺えないし、バッツもカインの事は悪い奴ではないのだろうと思う程度の認識である。
「お前がこちら側にいる事で非常にやり易くなった」
 カオス側のバッツが抜きん出て優秀という訳ではない。コスモス側にいるバッツも戦士としては一流だ。
 しかしカインが仮にバッツがカオス側にいたとしたら、今回の作戦に支障が少なからず出るとは思っていた。生き残らせる筈の者が何人か消されただろう。同じく警戒していたケフカは彼自身の部下の事に関心を寄せていて、今カインや光の戦士が立てている作戦の事は勘付かれてはいない。バッツやケフカ等、己の予想外の事をする確率の因子が限りなく少ない今は絶好の…そして二度目はない唯一の機会であった。
 そんなカインの思惑を嗅ぎ取る事の出来ないバッツは、純粋に喜んで微笑んだ。
「そりゃ良かった」
 頭の後ろに腕を組んで背を向けたバッツに、カインは躊躇いなく切り掛かった。こうする必要があった。その為だけにバッツがコスモス側にいる事に安堵したのだ。彼は己に切り裂かれ倒れる、そう確信していた。
 しかし、バッツが立っていた場所は既に何もない空間である。瞬く間に頭上の密度が上がり、カインは直ぐさまその場を飛び退る。轟音を立ててバッツが着地した。仮に槍を構えていたら、竜の頭蓋すら貫通する程の一撃だとカインは直感した。
 ゆらりとバッツが立ち上がった。
「俺は物真似師だけど、竜騎士も経験してるんだ」
 すっと槍が手元に現れ構えて切っ先をカインに向ける。その姿勢は熟練の竜騎士であるカインですら息を呑む程に洗練され、そして強敵と思わせる威圧を伴っていた。同職の竜騎士でこれほどの感情を抱くのは、師と認めた存在以来だ。
 カイン。短く、バッツが名を呼んだ。
「お前以上の動きを見せてやろう」
 その力強い言葉に、誰がやり易いなど言っただろうとカインは苦笑した。


■ チョコボと人形 ■

 チョコボと言えば人が乗る事の出来る大型の鳥である。一般的にチョコボと言われるのは黄色で、地上を走る事に特化しており鳥ではあるが飛ぶ事は出来ない。基本的に臆病で慎重な性格であり人間が飼ったり懐かないと乗る事は出来ず、乗る事が出来るのは雄に限定される。他には真っ白いチョコボ、真っ黒い空を飛ぶ事の出来るチョコボもいる。人間に攻撃的なチョコボ種も存在する。
 バッツはこのチョコボを特に好んでいる戦士で、多くが空間転移等を用いる中で彼だけはよくチョコボに乗って移動する。そんなバッツは部屋よりも彼のチョコボが居る近隣の森等を探した方が早く見つかる。しかし、彼は自分のチョコボの傍にいつもいる訳ではない。
 チョコボは独り森の中でのんびりと水を飲んだりして過ごしていた。バッツが居ない事に寂しさを覚えつつ、彼は自分の事を忘れた事がないと確信している。賢いチョコボはバッツが『待っていろ』と言った所で、きちんと待っているのだ。
 そんなチョコボを草むらの影から見つめる者が一人。
 金髪に淡い空色の瞳の少女は、初めて見る黄色い巨鳥を注意深く見つめていた。黄色い羽毛を丹念に毛繕いする様を見つめているうちに、少女の瞳はキラキラと 輝き出す。
 かさっと手元が葉を揺らしてチョコボが気が付いたが、その黄色い鳥は逃げる事も警戒する様子も無くその場に座って寛ぎ始めた。
 少女がそんなチョコボの様子を観察して、日が動いたと実感する程の時間が流れた。
 意を決して近づいてきた少女にチョコボは『クエッ』と鳴く。驚いて声を上げてしまった少女だったが、チョコボは待っているかの様に動かない。ごくりと唾を 呑んだ少女は、決意を新たにチョコボに触れる。丹念に毛繕いをした羽毛は軽やかで温かく、細い腕があっという間に羽毛に包まれてしまう。
「ふわふわ…」
 抱きしめても嫌がらない鳥に顔を埋め、少女は満足そうに呟いた。