FF系雑記ログ2


■ 野薔薇の歴史 ■

 暗闇に浮かぶ白く細い手に浮かぶ一輪の薔薇。どこか粗野で整っていない風潮を見せる趣は、庭で育てられる薔薇とは違う。手にした男もまた『この野薔薇は…』と戯れに寄越した男に言う。
「一度でも地が汚れ焦土と化すと芽吹く事すら出来ぬ。しかし野に咲く草花と共にどこにでも咲く薔薇だ」
 野薔薇を手にした男は整った鼻梁の通った輪郭を若干背け、鼻で笑う。髪の色と同じ色彩の装束と、飾り付けられた様々な装飾品が小さく音をたてる。
「私が皇帝として支配していた国にも野薔薇が咲く時代があった。だが、今では一本たりとも咲きはせぬ。なぜだと思う?」
 野薔薇を矯めつ眇めつ眺めながら、滑らかに言葉を紡ぐ。
「高貴なる薔薇の庭を無数の下賤なる野薔薇が食い荒らした時。その時、その野薔薇の中で最も美しく強い者が薔薇として選ばれ、その庭の支配者となる。故に薔薇は決して野薔薇を認めたりはせぬ」
「弱肉強食…世の理だ」
 銀色の長い髪がわずかに動き、男が言葉を遮るに至らない程度に留めた同意を示す。
「支配を取り除こうと努力する者は、その支配から逃れた時支配する側になる。そして……かつての支配の苦痛など時間によって忘れさせられ、かつて暴挙と憎んだことすら平然とする事になるのだ。特に、王が戦争の美味を知る英雄であるならばなおさら、国は英雄によって壊されるものだ」
 腕が撓り、野薔薇が宙に舞う。
 控えめな香りと光の尾を描きながら、まるで儚き夢のように中を泳ぐ。そう、その野薔薇は夢幻。愚かなる者の描いた稚拙なる幻想。
「英雄といわれた貴様は、何者を打ち倒したのだ?」
「とうに忘れた。奴との決着を付ける以上の意義を見いだせぬ存在であったのだろう」
 受け取った頃合いを見計らって掛けられた言葉に、英雄と呼ばれた男は素っ気なく言う。
 骨の髄まで、魂の底から、存在のすべてが、戦士である。清々しいほどに純粋で、『そのもの』の返答であった。
「愚かだが…まだ救いある選択だろう」
 その返答に高貴なる皇帝は顔色一つ変えずに呟いた。
「英雄とは制度を打ち倒し変革する以外は何も役に立たぬ。役目を終えた瞬間に国に裏切られ、仲間に見棄てられ、民によって十字に掛けられ殺される。それが、英雄となる者の宿命」
 何処かの国の皇帝である男は喉で笑いを堪えて、くつくつと喉が鳴った。
 まるで、己が野薔薇を守護しているかのようである。
 己が執拗といえるほど、野薔薇を否定しているというのに。”


■ 太平楽極まる傍観者達 ■

 絹を引き裂くような悲鳴が上がり、轟音が響く。その様子を気にして確かめに行く程の甲斐性を持っているのは、残念ながらカオスの軍勢の中ではバッツくらいだった。しかし、それは甲斐性というよりも好奇心とも言えなくも無い。
 その轟音の発生地点がケフカの使っている部屋だと分かると、バッツはきっと聞き取れないと思いつつドアをノックして開けた。ここにはカオスの軍勢の中では幼いくらいに若い女の子が居て、以前バッツはノック無しで開いて驚かれた事があったからだった。この悲鳴もケフカがティナと呼ぶ人形のものなら、驚く暇も無いだろうからノックも不要なのだが…。
 開いて覗き込んだ部屋は惨々たるものだった。殆どが魔法の類いで壊された形跡を残す様々なものが床に散っている。元々どんな物だったか推測出来きぬ程に壊されていて、魔法の攻撃力の高さを物語っている。部屋の中で暴れまくっている当人は空中に浮かんでおり、きゃあきゃあ悲鳴を上げながら何かに向かって滅多矢鱈に魔法を放っている。水色のマントがあっちむいたりこっちむいたり忙しなく回っている。
「おやま、いらっしゃーい」
 入り口の横で体育座りをして部下のようを観察していたのだろう。ケフカはひょいと手を上げてバッツを迎えた。
「何をしてるんだ?」
 何をしているのか全く分からないバッツが怪訝な顔をして訊ねた。
 その問いにケフカは道化そのものの格好にしては似つかわしく無い程、平凡な口調で世間話のように応じた。
「いやぁ、ブリ虫が出ましてねー」
「あぁ、ブリ虫か」
 バッツはケフカの横に胡座をかいて応じた。召還師の重いローブが床に広がり、時折飛んで来る破片が角に当たらないよう首を動かす。ケフカは運動神経は無いが破片に対して無防備で、拳大くらいの破片を食らっては『あいたぁ!』と大袈裟に反応していた。流石のバッツもプロテスくらいは掛けろと言いたくなる。
 散乱する部屋には埃が舞い上がり、黒く素早く時折飛んでかさかさ音を立てて進むブリ虫の姿は見えない。
「ボクちんの可愛いお人形が、悲鳴を上げながらブリ虫を退治しようと頑張ってる所。あぁ、破壊の衝動を滾らす瞳に汗が滲む横顔。正に破壊神に仕える天使の様じゃありませんか。戦場でもあれくらいやる気出してくれれば、お互い楽しいのになぁ」
 バッツも野菜を食う害虫として認識しているので、彼女の様に殺意剥き出しなのは理解出来る。しかし彼女の場合は苦手意識があるのか、あまり退治した経験がないのかブリ虫を仕留めるのに手間取っているようだった。魔法使い系の女の子のようなので、運動神経とかそういう面も不確かなのかもしれない。
「動揺と焦りで集中力が乱れているな」
「んー。今後の課題ですかねぇ」
 じょりじょりと顎を擦って部下の様子を観察するケフカは事も無げに言う。
 二人並んで慌てふためく少女の様子を観察する事しばし、バッツはぼつりと訊ねた。
「ブリ虫の油って普通に料理に使ってるけど、彼女は知っているのか?」
 その問いにケフカは盛大に吹き出した。


■ クールビズを実施せよ ■

 破壊神カオスの玉座は灼熱の溶岩地帯に存在する。その熱気たるや空気で火傷を負う程である。カオスに属する戦士は破壊神カオスの加護がありそのような熱気からは守られているが、流石に秩序の神の如き優しさは無いのであくまで火傷しない程度である。本来は大樹であり構造が不明なエクスデスはともかく、人間であるガーラントやゴルベーザは気が触れているとしかバッツには思えない。自身も魔導師の装いはしているが、これでも熱気をさらに遮断する魔法を使っている。
「あっついなぁ」
 熱を吸収し難い、見た目にも他よりも暑苦しくは無い白魔導師の姿でバッツは項垂れていた。
 あのセフィロスでさえ上半身裸で過ごしているんだからと、見えないのを良い事に中身はステテコ一丁でも良いのではないかと誘惑と戦っている。もしくはコスモス側にいた重火器という鉄の弾を飛ばして来る男が、シャツとズボンというとても戦闘向きではないが涼しげな服装も良いだろう。ケフカはあの格好にこだわりがあるようだが、装束の色合いを涼しげな物に変えたりはしているようだ。頭がおかしくて熱も感じないという訳ではないらしい。
「コスモスの聖域に涼みにでも行こうかなぁ…」
「何処に行くというのだ?」
 背後に沸き上がる等に気配があると思えば、落ち着いた声が頭上から振って来る。バッツは露骨に驚いた声を上げて声の主に振り返り、更に二度目の驚きの声を上げた。
「誰かと思ったよ」
 そこには漆黒のマントを羽織った偉丈夫が立っている。銀髪は柔らかく、浅黒い程の肌が髪の色とのコントラストを更に際立てる。腕には無骨なアミュレットが重なって音が鳴る。声の主は普段はフルアーマーに身を包んでいる為に、顔を見たのは初めてという程だ。コスモス側にいるだろう弟とは、確かに似ている。
「其方に素顔を見せるのは初めてでは無かった筈だが…」
「それ、一回コスモス側にいた頃が挟まってるんじゃない? 俺はあんたと違って忘れっぽいの」
 バッツの言葉にゴルベーザはそうだったかと、感情が無いかの様に答えた。
「あんたもその格好で過ごしてれば、動き易いし涼しいし楽なんじゃないか? 一人の時はその格好なのか?」
 その言葉にゴルベーザは、いや…と返事を濁した。
「月は暗く冷たい。甲冑に身を包んでいた方が何かと都合がいいのだ」
 ふーん。バッツは頬杖を付いて相槌を打った。


■ 対極の守護者 ■

 ユウナはこの世界で初めて自分以外の召還師を見た。
 頭部に一角獣を思わせる黄金の角を生やし ーもしくは一角獣の角を模した装飾品を付けー 、黄色と緑を基調としたゆったりとした衣に身を包んだ男性だ。歳の頃は自分よりもやや年上で、肌は小麦色に焼け茶色い髪の人好きしそうな顔立ちだった。そんな彼はカオスの軍勢に属する人である。
 そんな召還師の男と初めて召還獣を召還し対決した時、ユウナは目の前で己を庇い崩れ落ちた友を見た。涙がはらはらと落ちて、召還した事を悔やむ気持ちと、自分の為にこんなに傷ついた事を悲しむ気持ちでいっぱいになった。
「泣いてる暇なんて、君にあるのか?」
 目の前に敵が居る。感情を表に出さない敵は、傍らに彼が召還したチョコボをあやしながら立っていた。
 じわりと憎しみがユウナの中に湧いた。いつの間にか唇をきつく噛んでいたようで、口の中に僅かに鉄の味が広がっている。ユウナの気持ちを感じ取ったのか、男は失笑に似た笑い声を上げた。
「俺を憎むのか? 君が悪いんじゃないか」
 そして男は吟遊詩人の様に朗々と響く声で言った。
「召還獣と君の絆は称賛に値する。彼等は君の信頼に応える為に、本来の力以上を出して敵に臨むだろう。だが、勇敢と無謀は別だ。属性の相性を君は考えないのか? 君の信頼する召還獣を傷つけない為に、敵の出方を模索し推測し倒す戦略を君は立てないのかい?」
 ユウナは驚きに目を見開いた。召還獣はあらゆる生命を凌駕する力を持っている。ユウナが召還して戦いが終わる事も良くある事だ。ユウナの中で召還獣同士の戦い等、想像する事等無かった。
 男は言った。『ここは戦場だ』と。
「君が力を上手く使わなければ生き残る事は出来ないよ」
「召還獣はただの力じゃない」
 男は冷ややかにユウナと彼女の言葉を見下ろした。
「君が望むも望まぬも、君が死ぬ戦いなら召還獣も死なねばならぬだろう。君が召還獣を生かしたいなら、君は強くならなきゃならない」
 男の声を否定的に受け止めながら、ユウナは何故男がこんなに長々と自分に話しかけているのだろうと疑問に思った。カオスの軍勢に属する敵は、皆が容赦無い冷血非道な戦士達だ。自分に強くなれと勧める敵。なんだかおかしかった。
 ユウナが急に黙り込み敵意が消えた事に、男は一瞬眉をひそめた。
「貴方は良い人なの?」
 男は今度こそはっきりと笑った。
「君にとって都合の良い人ではないよ」
 その言葉を言い切るかどうかの瞬間には、男とチョコボはまるでそこに居なかったかの様に消えていた。