こうして欲しがるうちに

 ブランデー・アクアヴィテは魔法学校で最も注目された学生だヌー。
 いや、きっと生まれた時から期待されている子供の筈ヌー。だって、オレの兄貴が戦争に参加する時、王国直々に参戦を命令された子供だったヌー。当時は兄貴や両親も国中が、小さい子供の戦争参加を反対する意見が圧倒的だったヌー。兵士だった兄貴は露骨に『お前と歳の変わらぬ子供を戦争に担ぎ出すだなんて、国は何を考えているんだ』と怒っていたヌー。反対運動で新聞の一面にその様子が載り、ブランデーの名前はコヴォマカ中に知れ渡ったヌー。
 結局、ブランデーは戦争に行ったヌー。
 それだけ彼女が強い魔法使いだったんだヌー。光以外の全ての属性を使いこなす、1000年に一度の逸材とまで言われた子供だったヌー。その評判の通り、彼女が参加しなければ兵士が5万人は死んでいただろうとエライ将軍さんは言っていたヌー。でも、そんなのはあんまり関係ないヌー。だって、兄貴は死んでしまったんだから…。
 オレは興味津々だったヌー。
 ブランデー・アクアヴィテは一体どんな子なんだろうって。
 魔法学校の入学式の時、彼女を一目見ようと学校中の先生や生徒が集まってきたヌー。ブランデーはゴリラみたいな大柄で貫禄があるのかヌー? それとも神秘的な大人の女性みたいで近寄りがたいかヌー? もしかしたら才能を鼻にかける傲慢な子供かもしれないヌー。オレは人だかりで見る事は出来なかったけど、その後に一緒のクラスになって見る事が出来たヌー。
 いたって、フツーの子供だったヌー。
 ペシュと並べばピーチクパーチク雀のように喋りっ放し、アランシアとまったりお菓子を食べて太っちゃいそうとか後悔したり、レモンと大口明けて大笑いしたと思えば、ブルーベリーが疲れたのを察するのも早くって心配しきりで保健室に連れていくヌー。ブランデーはどうして天才と呼ばれるのか疑問に思ってしまうほど、他の女子となんも変わらなかったヌー。
 ただ、彼女は凄い欠点も持っていたヌー。
 今日も机の上に臥せって、隣に座っているウィスキーに話掛けているヌー。豊かな金髪がくるくるとしていて、ウィスキーと良く似たデザインの帽子を被り、女の子らしい可愛らしい服を着ているヌー。そんな彼女は不満と怠そうな表情で、双子の片割れに言ったヌー。
「めーんーどーくさーいでーす」
 2限目だというのに、この台詞は10回は聞いているヌー。
 このブランデーという名前の天才は、とことん面倒臭がり屋だったヌー。口調が敬語なのも切り替える必要がないからという、徹底ぶりヌー。
 魔法実習は魔法学校の歴史を塗り替える程の成績を叩き出してるけど、それ以外はピスタチオと競えるくらいの赤点のオンパレードヌー。魔法は使えない代わりにその他は上位に食い込む成績を納めているウィスキーとは、面白いくらいに真逆ヌー。
「魔法歴史学の勉強とか本当に面倒です。ウィスキー、ノート見せてくださいよ」
「大丈夫さぁ、ブランデー。君ならノート提出しなくたって、卒業出来るよぉ」
「そうですか? でも落第してしまったら、ウィスキーと一緒にいられません」
 ウィスキーが甲斐甲斐しく勉強を教えていなければ、ピスタチオの点数以下は間違いないヌー。
 悪い点数なのもウィスキーに勉強を教えてもらいたいからだと思えば、嬉しそうに並んで勉強するブランデーは誰が見ても兄貴が好き過ぎるブラコンという奴ヌー。ブランデーがどんなに面倒で動かなくても、ウィスキーが頼んだり褒めたり1つすれば俄然やる気になるヌー。魔法学校の入学の条件に『ウィスキーも一緒じゃなきゃ嫌』と校長に言って、魔法の使えない兄の入学を特例で決めたと噂もあるヌー。
「ブランデーは落第なんてしないヌー」
 オレの言葉に双子が同時に顔を向けたヌー。
「どうしてですか?」
 魔法学校はグラン・ドラジェが校長を務めるウィル・オ・ウィプスが一番有名であるだけで、世界中に大小様々な学び舎があるヌー。そんな中で『千年に一度の逸材と呼ばれたブランデーが卒業した学校』という事実は誰もが欲しがる評判ヌー。きっとブランデーの元にはコヴォマカだけじゃなくて、世界中どころか、夜空の星の向こうからだって入学を希望する手紙が来た筈ヌー。魔法学校はブランデーを手放したりしないヌー。
 そんな所は考えない辺り、ブランデーは狡賢い怠け者じゃないって思うんだヌー。
「だって、皆は魔法がもっと上手に使えるようになったり、強い魔法が使えるようになる為に学校に通ったり修行したりするヌー。ブランデーは皆が求めてるものを、既に手に入れてしまったヌー。勉強なんか必要ないし、もう卒業単位はクリアしてると思うヌー」
「わぁ! 言われてみれば、そうですね!」
 ぱあっと満面の笑顔ヌー。その反応は皮肉ではなく、恐らく『勉強しなくて良い』という方に受け取っているだけヌー。
 オレは机に肘を付いて、言ったヌー。
「ブランデーが羨ましいヌー。皆が欲しいもの、全部持ってるヌー」
 全てを手に入れてみせる。
 兄貴と付き合っている女が言った言葉が、今も耳の内側の木洞に木霊している。兄貴の言葉に顔を赤らめて控え目に笑っていた彼女は、突然そう言っておかしくなったヌー。急に強くなった彼女、笑って泣いて兄貴を振り回した彼女、姿を消してしまった彼女を捜して兄貴は何ヶ月も帰って来なかった。コヴォマカに強力な魔物が現れて徴兵された兄貴は、結局彼女を見つけられずシブスト城の見える丘に埋葬されたヌー。
 彼女が、ヴァニラが全てを手に入れていたら、兄貴とヴァニラは結婚して幸せだったんだろうかヌー?
「全部なんて手に入る訳ないじゃないですか」
 あっけらかんと、ブランデーが否定したヌー。
「ママみたいに美味しい御飯は作れないし、パパみたいにお給料貰えるお仕事にはまだ就けないのです。アランシアみたいに楽器は演奏出来ませんし、ペシュの羽根は逆立ちしてもきっと生えません。ブルーベリーの頭の良さも、キャンディの努力も爪の垢飲んで手に入るんなら飲みますよ」
 隣でウィスキーが『そんな努力なんか絶対しないくせに』って笑ってるヌー。そんなウィスキーの頬だけ引っ張って、ブランデーは言ったヌー。
「私にはウィスキーがいますもの」
 そしてブランデーは、はにかむように笑った。
「私を満たすものはこの世の全てではなく、私を私として理解してくれるウィスキーの存在なのです」
 オレはその言葉に兄貴と恋人のヴァニラを想う。
 兄貴を殺した凶暴な魔物。そんな魔物が閉じ込められている城が見える位置に、どうして埋葬して欲しいと兄貴は願ったのか。オレは魔物がヴァニラだったんじゃないかって思うんだヌー。ヴァニラは恋人を殺しても、戻らなかったんだヌー。
 恋人は決して手に入れる事も満たされる事も出来ないものの為に狂ってしまい、兄貴はそれを気づかせる事も出来ずに死んでしまったんだと思うと辛くて胸が割れてしまいそうだったヌー。
 すると、そっと前髪に指が触れたヌー。
 顔を上げると、ウィスキーが心配そうにオレを覗き込んでいたヌー。あぁ、心配させてしまったヌー。オレは変な奴って思われてしまうヌー。慌てて笑顔になってみせた鼻先で、ウィスキーもホッとしたように微笑んだ。
「本当に大事な事はねぇ、どんなに時間が掛かっても伝わるんだよ」
 だからねぇ、大丈夫。
 どうしてそんな自信満々に言っちゃうヌー。兄貴とヴァニラの事も、本当か分からないでオレが勝手に思い込んでるだけかもしれないのに。兄貴は死んでしまって、どう転がったって救われやしないのに。ヴァニラだって行方知れずのままで、兄貴の言葉も想いも伝えられっこないのに。どうして、皆救われる事を期待させる事、言っちゃうヌー? 何も手に入らないのに、ただ言われただけなのに、どうして心がいっぱいなんだヌー?
 あぁ、兄貴。オレ、泣いちゃって良いヌー?