ドミナ新作 人生パフェ

「昨日の土砂降りの雨のせいで地面がグチャグチャだぜ」
 赤いプチドラゴンがイライラした様子で、ドミナの市場の水たまりを蹴り上げる。水しぶきは前方をよちよち歩いていた青いプチドラゴンにひっかかった。青いプチドラゴンが水滴を滴らせながら振り返り、赤いプチドラゴンに掴み掛かった。
「ギガロン、いい加減にしろ!私だってキレるぞ!」
「キレてみるのか?優等生のメガロード」
 凄まじいメガロードの剣幕を涼しい顔で受け流し、ギガロンは後ろを歩く空色の髪を見上げた。
「おいセレスタイン、何か食おうぜ」
 端から見ればギガロンの鋭すぎる目はガンつけているようで、その口調は恐喝と言ってもおかしくない。小さいながらもポルポタの悪同盟『爆走族』の雰囲気である。泣く子も黙りそうな視線の先には鎧を着込んだ青年がぼんやりとしている。
 このセレスタインがぼんやりとするのは日常茶飯事なのだが今日はいつもと違う。2匹のプチドラゴンの視線に気付いたセレスタインは、いつもの笑みを浮かべる。『いつも』浮かべる何を考えているか分からないような、何かを含んだ笑み。
「ん…?何か言ったか?」
 『いつも』見る友の変化を察したのはメガロードだった。
「おい、セレスタイン。大丈夫か?」
「小腹が空いたかな?そう言えばドミナが新作のパフェを作ったらしい。なんでも極上のフルーツを豪勢に使った一品だとか」
 言うが早いか何処から取り出したのかガイドブックを見せる。何とも美味しそうなパフェの写真と共に、説明と評価が分かりやすくのせられている。
『森人の夫婦が愛する子供達の為に作った2種類のフルーツが存在する。
 夫婦が苦難の末に作り上げた自信作で、それぞれに子供達の名前を付けたドミナの宝石とも言える水晶玉のようなフルーツである。それが赤いサンタリンゴのような甘みと、熟したドッグピーチのようなとろけるような柔らかさの『バト』とさいころいちごのような甘酸っぱさとビーダマンベリーのような幻想的な美しさを持った『コロナ』である。
 フルーツ占いを営むメイメイ氏を経由しその日の内に、宿屋のユカちゃん氏とモティ氏の手で至高のパフェを作ってくれる。しかしパフェを食すまで道のりが長いため、食通の間では『人生パフェ』の二つ名が付いている。
 味…………★★★★★  文句の付けどころ無し。アイスとフルーツのコンビネーションは声を失う。
 値段………★★★☆☆  なかなかリーズナブル。宿屋に泊まる事が決まっていれば半額で楽しめる。
 楽しさ……★☆☆☆☆  ハッキリ言って辛い。パフェの事を頭に抱き前に進もう!』
「何だそりゃ?」
「チッ…すぐ食べれねぇのかよ」
 黙読した2匹の違う反応にセレスタインは笑って、懐からお財布とガイドマップを出してメガロードに押し付ける。
「悪いけど今日ここに友達が来るんだ。ちょっくら会って来るから宿屋にチェックインして、そいつと教会にいるから、4つパフェを買って教会にきてくれ」
「あっ…てめぇ待ちやがれ!!」
 ギガロンが吠えるもセレスタインは頼んだぞ〜と走り去っていく。取り残されたプチドラゴン達はため息をこぼす。
「まったく…。ほれ、行くぞメガロード」
 なんだかんだ言っても面倒見のいい兄貴肌のギガロンである。そんなギガロンと並んでメガロードはガイドマップを片手に歩き出した。
「宿屋に行けば買えるのだろう?ならさっさと買ってしまおう」
「セレスタインには溶けたパフェを持ってってやろうぜ」
「……やめろよ」
「チッ…優等生め」
 そんな会話をしながら2匹は市場の雑踏を抜け、酒場の隣で道具やの向かいに位置する宿屋の扉を開けた。黄色い壁に2匹は跳ね返される。弾き返された2匹に黄色い体はプチドラゴン10匹分ありそうな巨体をゆらし、宿屋の扉をくぐって謝った。
「あ、すまんッス」
「すまんッスじゃねぇーー!!…ぶっ!何しやがるメガロード!」
 メガロードは噛み付こうとするギガロンのしっぽを踏みつけた。つんのめって顔が泥まみれになりながら怒鳴る声を無視し、メガロードはその巨体に話しかける。
「パフェ買いたいんですが…チョコボのユカさんですよね?」
 メガロードが言った瞬間視界がブラックアウトした。


□ ■ □ ■


 ギガロンがチェックインの手続きをした一室でメガロードは目が覚めた。目が覚めたのに気付いたギガロンが大声で笑い、メガロードの高頭部の激痛を促進させる。
「はははは、まったく知恵のドラゴンがなっさけねーな!」
「いきなりで何が起きたか、さっぱりだ」
「ああ、クロスカウンターチョップでぶっ飛ばされた。速すぎて俺でもかわせねーよ」
 ギガロンがかいつまんで説明してやろうかと言い、頼むと返しながらメガロードは心の中で思う。
(宿屋にチェックインしてベッドに私を寝かせたり、いちいち説明してくれたり…本当にギガロンは面倒見の良い性格だな。言うと怒るが…)
 なんでもメガロードが言った瞬間、その自称カナリヤのユカちゃんはメガロードをふっ飛ばしたらしい。くちばしで鋭い突きの直後クロスした羽で相手を突き飛ばす、ギガロンも間に入れないほど完璧な攻撃であった。そして高らかに言い放つ。
『ウチはカナリヤッス!それにユカちゃんと呼ぶッス!!』
『もう気絶してっぞ』
 ギガロンの言葉にユカちゃんはてへっと笑う。
『いや〜。新ツッコミに力が入ってしまったッス』
 その後慌てて出で来た宿屋の主人モティにギガロンが『掛け合って』無料で部屋を借りたのだ。そこで話し終えたギガロンにメガロードはまだ見ぬモティさんに同情した。
(可哀想に…)
 ギガロン流の『交渉』とは恐喝も同じである。しかも相手が了承するまで手加減なしに攻撃する。
 かつてギガロンの『ノルン山脈に居候する』という申し出を、メガロードが拒否した時半殺しにされかけた。本人曰く『ちょっとしたスキンシップ』だそうだ。
 後で宿代を渡しておこうと思うメガロードはベッドから降りた。
「じゃあパフェを買ってセレスタインの所にいこうか」
 カウンターのモティさんは、メガロードの思った通りおびえた目つきでギガロンを見ていた。だがメガロードの丁寧な口調に気を取り直しパフェについて話し出す。
「まず果物をメイメイちゃんから買ってきて下さい。そしたら僕らがパフェを作りますから」
「何だと!?てめぇが買ってこ…むぎゅが!」
 カウンターを越えて殴りかかろうとするギガロンの口にしっぽを叩き込み、メガロードは明るく返事をした。
「はい!いってきます!!」
 変な所が子供じみたギガロンを引きずりながらメガロードは内心ため息をつく。ガイドブックの『楽しさ』の項目が星1つであった事にメガロードは妙に納得した。

 市場の一角に恐ろしく目立つメイメイを見つけるのは簡単だった。バスケットいっぱいに盛られたフルーツに囲まれ、ぶどうの髪(?)の植物人は若い見た目とは裏腹に熟女のような目つきで2匹に言った。
「果物は占いの料金と引き替えだよ」
「俺様は占いなんか信じねぇ。お前が何か訊けや」
 ギガロンの言葉にメイメイはムッっとするが、ギガロンはどうでもよさそうにそっぽを向く。メイメイは気を取り直しメガロードの訊ねる。
「何を占う?」
 メガロードもあまり占いを信じない方である。しかし訊かなくてはならないならと必死に考え込む、全ては極上パフェの為!
 そういえばとメガロードは思う。本人には訊けないが、こういう事で訊いてみてもいいかと思う事が一つあった。
「……じゃあ、私の友人の様子が変なんだ。それを占ってもらおうかな」
 分かったわと言うとメイメイの乗ったバスケットが回転し始める。
「ビタミン、カロチン
カリウム、ファイバー……
ポリフェノォ〜〜〜ルッ!」
 回転の速度は奇声のボリュームと比例して速くなり、バスケットに盛られた果物がプチドラゴン達に襲いかかる。メガロードもギガロンも最後は避けきれず、仲良くバネバナナに当たってしまう。
「っつくしょう!痛ってぇじゃ…ごぼっ!」
 メイメイに掴み掛かろうとしたギガロンの口に、メガロードは特大のすずぶどうを突っ込み黙らせる。
「雨が上がって、雲がなくなり、青空覗く。何か今日みたいな天気ですね」
 メイメイの言葉にメガロードは眩しそうに晴れ上がった空を見上げる。昨日降っていた嵐のような豪雨の事など無かったかのように空は、雲一つ無い。
 昔はあのような嵐が多かった。セレスタインは知らないだろうが、メガロードは良く見ていた。
(あぁ…そうか)
 その後重要な事に気付き、メガロードはあごが外れそうになった。
(あと3回分質問を考えなきゃならんのか!?)


□ ■ □ ■


 ドミナの町外れの教会の屋根に一人の男装の女性が座っていた。その女性に向かって下の階段からセレスタインが声をかけた。
「やっぱ待っててくれたんだな。悪いな〜」
 全く詫びる様子も無いセレスタインの言葉に、女性は首を静かに横の振る。無造作に結んだ髪が降り注ぐ太陽を浴びて輝き、瞳の色もセレスタインの見る角度によって変化する。
「まさか会いにくるとは思いませんでした」
 そして切なそうに微笑む。
「僕は裏切り者ですから…」
 セレスタインはノルン山脈で培った脚力で一気に屋根に飛び上がる。女性の横に着地すると背中をバシバシ叩く。女性がむせるとセレスタインは明るく笑って言った。
「昨日の雨は凄かったからな…。アイツが懐かしそうに言ってたぜ」
 セレスタインは眩しそうに晴れ上がった空を見上げる。昨日降っていた嵐のような豪雨の事など無かったかのように空は、雲一つ無い。その嵐を見て、こともなげに言った友の言葉はセレスタインには衝撃だった。
「珠魅が泣いたような嵐だな…ってさ」
 その言葉に女性が驚いた表情を見せる。おそらく自分もそんな顔をしたのだろう。そして女性が着込んだ服の上から胸元を押さえるのを、セレスタインは見逃さなかった。
「これからはもっと太陽が眩しく輝くぜ。隠れる日陰がなくなるくらいにな」
「貴方も不安そうですね。一族全てが歓喜に打ち震えていると言うのに…」
 その言葉にセレスタインは苦笑いする。
「やらなきゃならない事が一気に増えたからね〜。俺の女主人様や友達を起こしてやらなきゃならん。いっそ盗ませて皆と一緒に復活させちゃえば良かったと思うよ」
 セレスタイン以上に苦しそうに顔をゆがめる女性を気にせず、セレスタインは笑みを浮かべた。
 いつもの笑みを浮かべた男に、女性は違和感を感じた。
「馬鹿は死ななきゃ治らねぇもんだ」
「…?」
 ぽつりと言ったセレスタインの言葉に女性は首を傾げた。女性の目の前で、みるみるセレスタインの表情がなくなっていく。
「俺は珠魅が滅んでしまっても構わなかった。お前が何人珠魅を殺そうと俺はそれでもいいと思った」
「!?」
 都市が崩壊しバラバラになってしまった珠魅達を間接的に守っていたはセレスタインだ。
 セレスタインが珠魅である事は、珠魅戦争以前から珠魅狩りはもとより草人まで知っていた。それを利用し珠魅狩りと交流を深め珠魅を狩らないように仕向けたり、人の多い所に進んで現れドジをかましては珠魅の偏見を取り除いたのだ。男装の女性はその事を今までの行為を通して知った。だからこそセレスタインが人を見捨てるような性格ではないと思っていた。
 セレスタインは面白い物を見るような目つきで言った。
「意外か?」
「当たり前じゃないですか。貴方は珠魅が知らない所でレディパール以上の事をやってのけていた」
 女性の言葉にセレスタインは堪えきれずに大声で笑った。
 その笑い声は女性の背筋を寒くさせるには十分なほど乾き切っていた。


□ ■ □ ■


 水で洗われたフルーツが宝石のように輝くと宿屋の主人モティさんが綺麗に切り分けていく。
 本来カレーが得意で他の料理は得意ではない、モティ村の出身者の抜群のフルーツさばきに感心しながら、メガロードは横から言った。
「凄い手際の良さだなぁ」
「このフルーツを作った夫婦の奥さんに教わったんだよ。奥さんはね、すごい料理が上手かったのさ。旦那さんともども魔法はからっきしだったけど」
「そうそう料理上手だったのよ、ホントにィ!」
 隣からジェニファーが口を挟んだ。
 占いの質問に苦悩するメガロードは、残り3つを近くにいたジェニファーに頼んで質問してもらったのだ。横から聞く限り、主人の悩み、娘の思い詰めた態度、店にある石像と穏やかな内容ではなかったが、ジェニファー本人は気にしていないようだった。
「魔法使い辞めて酒場でもやったらって言ったら、どんなに落ちこぼれと言われようと、魔法使いは辞められないって夫婦そろって言っていたわ」
「そういう事を本人を前にして言ったのか!?才能が自分の理想と違うのは辛い事なんだぞ!」
 モティさんが言うと、だって〜とジェニファーが言い返す。
 そんなやり取りから離れて、メガロードがずいぶんと静かなギガロンの隣に座った。
「でも理想を持ち続けたのは立派だよな」
「どっちだろうと美味しいパフェが食べれるんだ。どうだっていいさ」
 メガロードの言葉にギガロンは鼻を鳴らして答えた。
 青と赤のプチドラゴンが並んでパフェが出来上がるのを待っている。一枚の絵になりそうな光景の中ギガロンがぽつりと呟いた。
「今思えば、お前と肩を並べるなんて考えた事なかったぜ。俺様は元ティアマットの手下のドラゴンだったからな」
 そう言われればとメガロードは思った。
 メガロードと知り合った時はギガロンはまだティアマットの手下だった。しかしなんの因果か分からぬが、いつの間にか成り行きでノルン山脈の居候の1匹となった。誇り高きドラゴンの1匹として能力を高めティアマットに服従していたとは、今では微塵も感じない。
 そんなギガロンがメガロードを見やり呟いた。
「お前ならティアマットとも、仲良くなっちまうんじゃないかって思っちまう」
「ないない」
 メガロードがぱたぱたと翼を振った。
「へっ…。そんなんでよく他種族と共に共存しようなんて思うもんだな。さっきの理想を持ち続けたのは立派だよなってセリフが嘘くさく感じちまうぞ」
「う…」
 メガロードが言葉につまるのをみてギガロンが意地の悪い笑みを浮かべた。そこでメガロードはギガロンの心情を察した。
(今でもティアマットを想っているんだな…)
 ヴァティスもかつてティアマットの恋人であったために、ティアマットをジャジャラほどに批判する事はない。だが内心『彼を殺してでも止めたい』と考えているのは、今でもティアマットを想うが故だ。
 以前の主に敵対する者と肩を並べる事は、当然ギガロンの心情を複雑にしているのだろう。
(セレスタインもそう思うだろうか?)
 思うかもしれないとメガロードは思った。
 メガロードがティアマットと同じ立場ならおそらくセレスタインが殺しに来るだろう。メガロードはティアマットが幸せ者だとつくづく感じた。
「できればいいな」
 もしかしたらと希望を込めて……。


□ ■ □ ■


「まぁ〜ったく、優しいっつーかお人好しだな。あれは珠魅の為じゃない。結果はどうだか知らないけどな」
 セレスタインは笑いをかみ殺すと真剣な眼差しを女性に向ける。
「逆だろ。一番珠魅を救おうと躍起になっていたのはお前で、俺は一番無関心だったんだ。例え涙石が手元にあったとしても決して使わなかった。珠魅の為にも自分の為にも…」
 そう言って女性をじっと見つめる。セレスタインの瞳に映っている姿が震えたのが見えて、女性は目をそらす。セレスタインが優しく言った。
「お前が珠魅を救ったんだ」
「………そんなこと誰も思ってはいません」
 セレスタインが立ち上がって遠くから歩いて来る影に手を振った。
 女性の頭上から太陽の光と共に声が降り注ぐ。
「ありがとうな。アレクサンドル」
 その顔に眩しい太陽の光を受けながら、アレクサンドルは顔を上げた。


□ ■ □ ■


 遠くからプチドラゴン達が危なっかしい足取りで教会に近付いて来る。2匹とも両手に1つづつ『人生パフェ』を持ちながら、教会の屋根で語り合う2人を目指して進む。
 その内一人が立ち上がって手を振った。その姿を見ながらギガロンはメガロードに訊ねた。
「お前、占いの結果を聞いてからなんか変わったぞ。嬉しい事でもあったのか?」
「どうだろうな」
 占いの結果を思い出しメガロードは笑った。
(珠魅が涙を取り戻したのかもしれない。 だから… 『いつも』と違っていたのは戸惑っているからなのだろうな、いろんな事が昨日を境に変わったから。でもアイツは何一つ変わらないだろう。あぁ…でも空の青さが深まったぐらいの変化があるかもな。珠魅は未来を手に入れた訳だし…)
 その横顔を見ながら、ギガロンが体に似合わぬ渋い声で呟いた。
「人生って複雑だなぁ」
「お前が言うな」