ゴミ山 裏献立くず茶漬け

 天に昇る太陽に突き刺さるように、雲に負けないくらいに天を覆わんとするように、今にも崩れ落ちそうなくらいに積み重なったアーティファクト・クリーチャー達。しかしそこは崩れ落ちる物が立てる音以外、無音の空間だった。
 そんなゴミの谷間にある細い道を、おっかなびっくり歩くメガロードとセレスタインの姿があった。
「まるで死都だな…」
 空色の鎧に身を包んだセレスタインの後ろを、よちよち付いて行く空色のプチドラゴンのメガロードが山を見上げて呟く。小声であっても前を歩くセレスタインには十分聞こえる程、辺りは静まり返っている。
 生き物とは違う物質で出来た彼等は、土に還る事も、風化する事も、色あせる事も無く、死んだ時の姿のまま眠り続けている。整理するには多すぎる場所のそれらを、ゴミと呼ばれても眠りが妨げられる事はない。
「あぁ、そんな感じだな〜」
 セレスタインも見上げて答えたが、歩調を緩めて顔だけメガロードに向けてにやりと笑う。
 このゴミ山は戦争の兵器の1つと数えられた、アーティファクト・クリーチャー達の墓場である。兵器の一つと数えられ壊れて捨てられたそれらの心を癒すため、誰かが集めに集めたそこは、成仏し魂を失った物と化した人形の山になった。
 ちょっとした肝試しにもってこいの場所である。
「恐かったりする〜?」
「ば…馬鹿!恐いわけないだろ! 私は空だって飛べるんだし…。って笑うな!!」
 けらけら笑うセレスタインはいつものように槍を担いで歩いているが、今日はゴミ山に入る前に獲った新鮮な魚が何匹も入った袋がぶら下がっている。自分達で食べる物だったら、獲ったその場で調理して残った物はすぐに保存用に加工してしまうのに、何故か今回は生のまま持ち歩いている。その理由をメガロードが問うと、すぐにセレスタインが答えた。
「これはルーイの旦那のおみやげ。いつもノルンで煎れてるお茶の葉を、その人から分けてもらってるんだぞ☆」
「へぇ…知らなかった」
 メガロードは素直に驚く。その反応にセレスタインはがっくりと肩を落として愚痴りだす。
「お前は何も聞かないからな〜。お前も風読み師もヘタすりゃ女のシエラだって気にしてくんねぇんだもん。いや、シエラの方が俺より料理なんかしなさそうだな…。とにかくこうやって俺が足使って旨い物を仕入れてるんだって、誰か理解して欲しいもんだ。これだから…」
 ぶつぶつぶつぶつぶつ…
 メガロードは落ち込むセレスタインの肩まで飛び上がると、肩を叩いて慰める。
「感謝してるよ。だからいじけるなよセレスタイン」
 その言葉に、してやったりとセレスタインは笑う。
 メガロードは最初から、セレスタインが落ち込んでいるフリをしていたのだと分かってる。セレスタインもメガロードのかけた慰めの言葉が、本当に気持ちのこもったものかと問えば違うと答えるだろうと分かっている。
 お互い分かっていながら何も言わないのは、長い付き合いだからであった。
「一番奥に暮らしてるんだ。はぐれると埋まるから、しっかり付いてこいよメガロード」


 ゴミ山の上に身を潜めて、奥へ進む1人と1匹を見つめる姿がある。
 色とりどりの毛糸がもじゃもじゃに生えているそれは、毛糸から覗く青い魔法鉱物の瞳で入り口からずっと彼等を見ていた。その魔法生物は背後にいた2体の魔法生物達に話しかけた。
「うわぁ、霞(かすみ)兄ちゃん見たぁ?人間だよぉ。濁(だく)ってば初めて見たよぅ」
 子供っぽい口調の先にはぬいぐるみのような出で立ちの魔法生物が、葉巻きを吹かしていた。片目だけ切られてなくなっている赤い魔法鉱物の瞳で、濁のもじゃもじゃ顔をにらみ返す。
「人間ごトキで騒ぐな濁。そのウチおレ達も人間がいっぱい居る所に行くンダからな。そしテコの雲様を筆頭にナを轟カスのさ。ナぁそうだロ霞?」
 雲の吐く葉巻きの煙が向かいに座る鉄の体に掛かる。鉄の体の魔法生物は傍らに置いていた大剣を握って、雲に話しかける。
「折角でござろう、雲(くも)。我々の実力をその人間で試してみようではござらぬか?」
 ごばぁ、と雲の口から勢い良く煙が吹き出される。背中を向けて咳き込んでいるが、つなぎ目から煙が立ち上っている。どうやら変な所に煙が入ってしまったようだ。
「霞ィ〜。お前は大人シソうに見えて、どウシテそう挑戦的なんダ?」
「濁もがんばるよぅ♪行こうよぅ、霞兄ちゃん、雲兄ちゃん」
「仕方ねぇナ…」
 そして3体が勇み足でメガロードとセレスタインに近付こうとした時…
 がらがらがらぁ!
 いきなり3体の足下が崩れだした!
「きゃぁぁぁ!」
「ドわぁぁぁぁぁぁ!」
「まっ逆さまでござるなぁ…」
 3体3様の思いを抱えつつ、彼等は仲良くゴミ達の下に埋もれたのだった。
 合掌。


 そこから10メートルくらい離れた場所で、メガロードとセレスタインが振り返っていた。先ほどまで通っていた道が、アーティファクト・クリーチャーの雪崩で塞がっていた。それを見てセレスタインが陽気に言う。
「おぉう、雪崩だ。恐いな〜♪」
「雪じゃないから新鮮だな」
 ファ・ディール屈指の標高を誇るノルン山脈の雪崩は、もちろん雪である。アーティファクト・クリーチャーの雪崩とは珍しいなと、メガロードも感想を述べた。
「だがいつまでも見ている訳にはいかないだろ。ルーイさんの所へ行こう」
「OK♪」


 もはやメガロードもセレスタインの姿が見えなくなってしまった頃、アーティファクトの雪崩後が爆発したように吹き飛んだ。
 その下には大剣を構える雲が、息も絶え絶えに言い放つ。
「くっ…人間メ…」
 その後ろにいた霞がボソリと呟く。
「と言うでござるが、我々の自爆ではござらぬか?」
「駄目だよぅ霞兄ちゃん。雲兄さんを刺激しちゃぁ」
 濁と霞など聞こえないのか、頭から煙を出しながら雲は絶叫した!
「アいツ等絶対ぶっ殺しテヤる〜〜〜!」
 てやる〜〜…
 てやる〜…
「な〜んかプチガルーダが鳴いてるな〜」
「そうか?私は怒り狂った魔物の遠ぼえかと思ったが…」


■ □ ■ □


 霞が黙々とゴミの山に爆弾を仕掛けている。雲と濁がボンボヤジの所からくすねて来たニトロの火薬を、霞が爆弾にしているのだ。メガロードとセレスタインのはるか前方に回り込んだ3体は、この爆弾で1人と1匹を吹き飛ばすつもりなのだ。
 霞の作業を眺めつつ雲が煙を笑いながら吹かす。
「ふハハはハ…こレで人間ドもは消し炭ニなるのだぁハハハはは…うっ、ごほごほがハッ!」
 むせて体のあちこちから煙が立ち上る雲の背中を、濁がさする。雲の咳が収まった頃を見計らって、濁が雲に話しかける。
「雲兄ちゃん、濁達のお父さんは遠くの国の人だったんでしょぅ?」
「あぁ、オレ達もあんマリ知らなインだ。ルーイのおっちゃんガ東から来た人間ダト言っていた」
 雲の言葉に濁が1人と1匹が来るだろう方角を見やりながら、寂しげに呟いた。
「あの人間はお父さんの事、何か知らないかなぁ」
「サアな…」
 そう言って葉巻きに火をつけようとマッチを取り出した雲に、作業に熱中していた霞が慌てて振り返る。
「雲!火薬の傍で火は…」
 時すでに遅し。

ちゅどぉぉぉぉぉぉん!

 激しい爆発音と共に、メガロードとセレスタインの目の前のゴミ山の一角が崩れた。セレスタインが呆れたような口調で言う。
「うわ〜。爆発したよ〜」
「つまらない場所かと思ったら、意外に危険だな」
 メガロードの独り言を聞きながらセレスタインは崩れた箇所を覗き込む。
「うーん…。ちぃ〜とばかし危険だなぁ。よぅし遠回りしよう♪」
「あぁ、分かった」
 その会話が交わされているちょっと先で、魔法生物の兄弟が仲良くゴミ山の生き埋めになっている。
 合掌。


 メガロードとセレスタインの姿が見えなくなってしまった頃、アーティファクトの雪崩後が爆発したように吹き飛んだ。その下には大剣を構える雲が、息も絶え絶えに言い放つ。
「くっ…人間メ…」
 その前にいた霞がボソリと呟く。
「と言うでござるが、我々の自爆ではござらぬか?」
「駄目だよぅ霞兄ちゃん。雲兄さんを刺激しちゃぁ」
 濁と霞など聞こえないのか、頭から煙を出しながら雲は絶叫した!
「アいツ等絶対ぶっ殺し……」
 言いかけて辺りが暗くなった。いや、少し先は陽が当たっているのに、雲が立っている辺りが妙に暗い。まるで背後に何か立っているかのように…。少し前で濁が震え、霞が大剣を構える。
「雲兄ちゃん…。ら、ラストモールドだよぉ!」
 雲が振り返ると何だか付く分からない体に、何本もの剣が突き刺さったラストモールドが立っている。
ごあぁぁぁ…
 ラストモールドが口を開けて呻くと、黄色い吐息が雲に掛かる。
 まるで腐ったウリぼうスイカに、臭くて食べれないが珍味と称されるモルボルモールのみんちを加えてドロドロになった液体に、ジャングルの暑い陽気に程良く腐ったゾンビが漬かっているような、吐き気を覚えるような匂いである。
 その吐息のあまりの臭さに雲がひっくり返った。
 霞がとっさに雲を引きずってラストモールドから引き離し、濁がほっぺたをひっぱたいて雲を起こす。
「ク、臭ーーーッ!!」
 身悶えて転がる度に雲の体のあちこちから黄色い煙が立ち上る。ちょっと身を引く霞は、ゆっくりとだが確実に近付いて来るラストモールドに大剣を向ける。
「こんな所で殺られる訳にはいかないでござる…。2人とも、父上の残してくださった『あの技』を使うでござるよ!」
「よぉし!任せてぇ」
「遅れるなヨ!!」
 濁の体の周囲の温度が下がり、もじゃもじゃの体に氷が結晶を結び始める。ラストモールド懐に飛び込んで大剣を振るった瞬間、ラストモールドを中心に雪が舞い上がる。
 続いて雲が煙をまとってラストモールドに飛び込む。その大剣の軌道は煙を引いて黄金色の月のように美しく跡を残す。
 最後に霞がラストモールドを突き上げた。霞の鉄の体が大気の空気を乱反射し、花の舞い散る姿のように敵を粉砕した。
『これぞ倭活奥義!乱れ雪月花!!』


■ □ ■ □


 雪と月と花の織り成す幻想的な光景が、ゴミの丘の1つ向こうで繰り広げられていた。それを遠くから見ていたセレスタインは七輪で魚を焼きながら、これでもかというほど和みながら言った。
「奇麗だな〜…ごほごほっ…」
 魚の煙が顔の直撃し、セレスタインは思わず咳き込む。しかし釣ってそれほど経っていない、新鮮な魚の香ばしい香りがルーイの部屋に広がる。
「………」
 その部屋の真ん中にあるちゃぶ台にメガロードがちょこんと座っている。ルーイが入れてくれたのだろう湯飲みに注がれたお茶を、考え込んだ表情で凝視している。
「どうしたメガロード?」
「今日は何事の無い日だったな、と思ってな」
 メガロードは湯飲みを持ち上げて呟く。視線の先にある茶柱を立たせようと躍起になっているのか、回したり傾けたり、何だか良く分からないが熱中しているようだ。
「ヘイワダトイウコトハ、ヨイコトデス」
 メガロードが視線を上げると、そこにはお盆にどんぶりを乗っけて近付いて来るルーイがいた。どんぶりにはご飯が盛られていて湯気を上げえている。
「何ですか?これ」
 ルーイは帽子とマフラーの隙間から覗く小さな目で、メガロードを見つめる。メガロードはその目が何とも優しそうに映る。
「ゲンキナゴミチャンノ、ツクリヌシガ、オシエテクレタ”オチャヅケ”トイウモノデス」
 言うが早いかご飯の盛られたどんぶりに緑茶を注ぎ、焼きたての魚が入れられた。焼きたての魚がたてる”じゅうぅぅ”という音を聞きながら、メガロードは今日は時に何も無い日だったなと改めて思う。
(まぁ、いいか…)
 別に騒動を切実に願っている訳ではないのだしと付け足しながら、メガロードはルーイからどんぶりを受け取った。