ジャングル珍味 ドゥ・カテの実

 蒸し暑いジャングル。輝く太陽を受けて生い茂る緑と、色とりどりの動物達の楽園である。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁああっっ!!』
 その楽園に相応しくない悲鳴の主達は生い茂るを草むらに転がり込んだ。影は息をひそめて気配を殺して身を隠してることしばし…
『ごをぉぉぉぉぉぉぉ……』
 怒りに満ちた獣の声が、荒々しい足音と共に近付いて来る。そして隠れている者達の上を無数の影が追い抜いて行き、そのまま奥へ行ってしまった。
 空色の鎧に身を包んだセレスタインが、息絶え絶えに地面に倒れ込んだ。背中に背負い込んだパンパンに膨らんだ唐草模様の風呂敷から、血のように紅い果実『ドゥ・カテの実』がこぼれ落ちる。
「うあぁ〜…危なかった〜」
「あんなに執拗に追いかけられるとは思わなかった…。 確かに…なかなか手に入らない、幻の果実と呼ばれるだけはある」
 セレスタインの隣にへたり込んだのは、プチドラゴンサイズになっているメガロード。彼の背にもまた市松模様の風呂敷が背負われている。風呂敷を降ろすと、同じく『ドゥ・カテの実』が入っていた。
 『ドゥ・カテの実』とはファ・ディールの五大珍味と呼ばれ、ピジョンブラットごとき紅さをたたえ、サイメロンの500倍甘いと言われている。これを日常的に食しているドゥ・カテという魔物は爪の先まで甘くなると言う。
 しかし入手はきわめて困難。ドゥ・カテはその非常に甘味なる果実を中心に『巣』を作る。まずはそこから果実を盗み出すのだ。だがドゥ・カテも指をくわえて見ている訳ではない。空を灰色に染め上げるような殺気を放ちながら、追いかけてくるのだ。
 紅い果実の甘い香りにメガロードは生唾を呑んだ。手を合わせてドゥ・カテの実に向き合う。
「では、さっそく…」
 メガロードとセレスタインは並んで黙々をドゥ・カテの実を食べ始めた。果実は柔らかく、口にほおばると果汁と果肉がとろけるように広がる。
 セレスタインが3つめの実をほおばると、何とも幸せそうに呟いた。
「ドゥ・カテの実うま〜」
 メガロードも幸せいっぱいになって、次の実に手を伸ばそうとした。その時その実の傍らに何かが落ちているのに気が付いた。食べ物ではない鉱物っぽい輝きをまじまじと眺めるとそれは見事な黒いダイアである。
「黒いダイアか」
 拾い上げた漆黒の輝きに見とれていると、その輝きの向こうからスゥと何かが近付いて来る。そして何とも幼い歌声も聞こえて来る。
「♪ウルトのだいじなダ〜イアさん、ウルトのくろ〜いダ〜イアさん。と〜〜てもだ〜いじにして〜たのに。お〜ちてど〜こかにい〜〜っちゃった♪ ど〜しよったらど〜しよ♪」
 歌声の主は透き通った羽に昆虫のしっぽのような物のついた、「透き羽の民」又は妖精と呼ぶ種族だ。ダイアの前でその妖精が止まるとウルウルした大きい瞳で、じぃっとダイアを見つめる。警戒心が全くない妖精に、メガロードはダイアを軽く持ち上げて声をかけた。
「このダイア、お前のか?」
 こっくり頷いた妖精にメガロードは黒ダイアを手渡した。妖精は体の半分はあろう大粒の黒ダイアを受け取り、にっこりと笑った。メガロードもにっこりと笑みを返した。
 次の瞬間…
 ガチッ

 妖精が黒ダイアに思いっきり噛み付いた!!

「なななななな、な、何してるんだ!?歯が砕けてしまうぞ!」
 口から血を流しながら地面に落ちようとする妖精を、メガロードは滑り込んで受け止める。 メガロードが妖精を手のひらに受け止めたのを確認すると、後ろから呑気なセレスタインが声をかけた。
「何、騒いでんだ〜?メガロード〜」
「セレスタイン!妖精がダイアを噛んで、歯茎から血ぃ流して、そんで…」
 セレスタインは慌てて捲し立てるメガロードの鼻とあごを手で挟む。こうされてはしゃべる事が出来ず、口の隙間からム〜ム〜とうめき声が漏れる。
「……落ち着けメガロード」
 セレスタインがやけに落ち着き払った声でメガロードに話しかける。メガロードもやっと落ち着くと、セレスタインは鼻とあごから手を離し腕を組んで言った。
「悪いが、俺にゃあ妖精が見えん」
「は?今、私の手の中でぶっ倒れてるぞ」
 メガロードが気絶している妖精を、見せようと手をセレスタインに近付ける。セレスタインも差し出された手の中を覗き込む。1分程覗き込んでからセレスタインは言った。
「素質なんだろうが、万人全てが妖精が見えるとは限らないんだ。妖精が姿を隠す事もあるし、邪悪な心の持ち主には姿が見えないとかいろいろあるんだ」
「じゃあ、お前は邪悪な心の持ち主なのか?」
「否定はしない」
 予想以上の即答である。
「あ、おい、怒ったのか?」
 そのままくるりと背を向けて歩き出すセレスタインに、メガロードが慌てて問いかける。セレスタインが草むらをかき分けて手を止めて、メガロードに顔だけ向けて笑って言った。
「まぁ、そういう話があるだけ。しるきーちゃんに頼めば、妖精くらい見えるようにしてくれるだろ〜よ。あんまりその場から動くなよ〜」
 セレスタインの姿が見えなくなり、がさがさ聞こえる葉ずれの音も遠のいて聞こえなくなった。
 残されたメガロードは手のひらを動かさないようにして、地面に座り直した。ジャングルの湿気を含んだ風が木々を揺らし、手のひらの妖精の薄い羽を揺らして通り過ぎる。
 風に揺れる動きとは違う、ぴくりと意図的に羽が動いた。
「うぅ…」
「目が覚めたか」
 メガロードが顔を寄せると、妖精も顔を上げる。黒曜石のように澄み切った瞳がメガロードを映す。妖精は当惑したり警戒したるする様子も無く、朝起きたばかりのような寝ぼけた顔でメガロードを見上げる。
「私はメガロード、セレスタインって友達と『ドゥ・カテの実』を獲りに来たんだ」
「ウルトはウルトって言うの」
 妖精の自分自身の顔を小さい指で指し示しながら言った自己紹介を聞いて、メガロードは崩れ切った顔で弱々しく微笑んだ。どうやらこのウルトという妖精、少々どころか、かなり子供っぽいらしい。
「じゃあウルト、なんでダイアに噛み付いたんだ?」
 メガロードの手のひらにはウルトだけではなく、ウルトが噛み付いた黒ダイヤも乗せられていた。ウルトはしげしげと黒ダイアを見つめていたが、メガロードに視線を移してとても嬉しそうに言う。
「あのね。ウルトがこのダイア噛み砕く事が出来たら、皆がウルトの事見直してくれるの♪」
 メガロードは慌てて喉まで迫り上がった言葉を飲み込んだ。
「♪ある〜ひ、ジャング〜ルで、ドラゴンさんに〜〜であ〜った、やさしいドラゴンさんは〜〜、もうウルトのお〜と〜もだ〜ち〜♪」
 「できる訳がない」と、この純粋な心の持ち主に言う訳にはいかなかったから…。


■ □ ■ □


 戻って来たセレスタインは結局、まじないも効かなかったらい。『ドゥ・カテの実』をジャムにしながら、メガロードから事のいきさつを聞くと、呆れかえった様子で呟いた。
「阿呆な話だな…」
「馬鹿にしちゃだめだろセレスタイン!」
 別に悪びれた様子も無く、セレスタインは荷物袋から瓶をいくつも取り出し始めた。始めから食べきれなかった『ドゥ・カテの実』は、ジャムにするつもりだったらしい。瓶がごろごろ出て来る。その様子をとても珍しそうにウルトが見つめていたが、メガロードの傍にやって来て尋ねてきた。
「ねぇ、メガロードはダイア噛み砕ける?」
「う〜ん…。できるんじゃないかなとは思うが、試してみた事はないなぁ…」
 こんなナリでも生きた伝説『知恵のドラゴン』の1匹である。今まで虫歯にもなった事も無いし、歯の強度はどんな種族にも勝る。メガロードもダイアモンドを噛み砕くくらい出来るとは思う。しかしダイヤモンドなどなかなか見る事は無いし、ましてや歯で噛み砕くなど思った事も無い。
 このファ・ディールの生物の中で、ダイアを噛み砕くなどと真剣に悩んでいるのは、このウルトだけであろう。
「しかし黒ダイアを砕くねぇ…」
 ぽつりとセレスタインが呟く。煮詰まったジャムを火から下ろして、今晩の食事を作り始めた。
 セレスタインは野菜を切り始めながら、メガロードに訊ねる。
「ウルトだっけ?そいつも飯を食べるのか?」
 「さぁ?」と首を傾げるメガロードがウルトを見ると、ウルトの瞳は好奇心いっぱいにセレスタインの様子を見つめる。どうやら聞くまでもなく食べてみたいのかもしれないと、メガロードは思った。
「とりあえず3人前作ったら?」
「簡単に言うな。お前は自分がどれだけ食べているか分かってんのか!?小さくなっても俺より食べるくせに…」
 ぶつぶつぶつ…
 なんだかんだ言いながら、3人前作り出す。
「さっきから思っていたのだが、これは珠魅の核ではないか?」
 メガロードの呟きに、セレスタインの手が一瞬止まる。が、何事も無かったかのように支度を押し進める。
 宝石からは心臓の鼓動のような魔力を感じる。そのような魔力を感じ取れるのは、メガロードがドラゴンだからであって珠魅であっても感じ取る事は出来ない。だからといってセレスタインに『共鳴』で確かめてくれとは言えない。なんとかして確かめてはくれるが、すこぶる機嫌が悪くなる。
 だから意見を言うくらいの言葉にとどめているのだ。
 メガロードの経験上、セレスタインに珠魅の事を頼むのは一種の禁忌である。
「珠魅って何?」
 目に好奇心をたたえてウルトが訊いて来る。うっ…と息が詰まったメガロードは、子供にも分かりやすく珠魅の意味を噛み砕く努力をして、ウルトの問いに答えた。
「宝石が心臓になってる種族って言えばわかるかな…」
「ふ〜ん…」
 なんとなく納得したのだろう、ウルトはダイアを見つめた。
 会話が途切れた静寂の中、セレスタインの声が熱帯雨林に響き渡った。
「燃すとか」
「……は? 燃す?」
 メガロードは理解できなかったように、セレスタインを見た。
 セレスタインは何事もなかったかのように、今夜の晩ご飯を盛り付け始めていた。どうやらシチューのようだ。メガロードの説明の端々にウルトがお子さまだと滲んでいたので、セレスタインがお子さまでも喜んで食べそうなもの、として作ったのだろう。
 シチューの皿の端に、ジャングルに入る前に焼いたパンを添える。そして盛り付け終わると、顔を上げて言った。
「そ、黒ダイアを燃やすのさ。ダイアってのは炭素物質の集まりで、火にかけると炭になっちまうのさ」
 セレスタインは菜箸で、たき火の火で炭になってしまった木炭を持ち上げる。そして、ぐっと木炭を持つ菜箸に力を込めると、木炭は砕けてしまった。
 そこでにや〜っと、セレスタインは笑みを浮かべて続ける。
「なぁ〜に、ダイアも炭も黒いからわかりゃしねえさ」
「なるほど、炭ならウルトも噛み砕けるかも!」
 ウルトが歓声を上げた。なんて頭がいいんだろうとでも思ったのか、尊敬の念がにじみ出ている。
 セレスタインが盛り付けた3つの皿の内2つをメガロードと、メガロードの傍らに置いた。メガロードはそれを見計らって、セレスタインのあごに左ストレートを喰らわせる。
「馬鹿者〜!!」
「ぐはっ!」
 さすが、メガロードのドラグーン。セレスタインは左ストレートを喰らって真後ろに倒れたが、手に持っていた自分の分の皿から、料理をこぼす事は無かった。
 あごをさすって起き上がるセレスタインの鼻先に、メガロードの手がビシッ!と突き出される。
「その宝石は珠魅の核ではないか!第一、それは約束を破ってる!」
「むぅ…いいアイデアだと思ったんだがな…」
「良くない!!お前も珠魅だろ!」
「ふぅ…ウルト、メガロードが寝たらこっそり燃すか」
 セレスタインがメガロードの傍らに置かれたシチューを、スプーンで飲もうとするウルトを見て言う。ウルト自身は見えないが、空中に浮かぶスプーンは見えるのだろう。
 ウルトはとても元気に答えた。
「うっす!」
「こら〜〜!純真な子供を悪い道に引き込むな〜!!」
 セレスタインの頭をメガロードは、バシバシバシバシバシと乱暴に叩く。愉快そうに笑い声を上げるセレスタインは性懲りも無く言い放った。
「ははっはっは!燃すのは良いアイデアだったのにな〜♪」
「まだ言うか!」
 熱くなり過ぎたお陰で、メガロードがいざ食べようとしたシチューは冷めてしまっていた。


□ ■ □ ■


「おぉぉぉぉおおりりゃぁぁぁぁあああ!!!」
 早朝にセレスタインの気合いを込めた声が響き渡る。大きく振りかぶった槍を力の限り、速く、的確に、黒ダイアに叩き付けた!
 ガキィィィィィイイィィンン………
 槍の刃と黒ダイアがぶつかり合う音が響き、森の空気に溶け込む。黒ダイアに傷1つない事を確認すると、セレスタインは手を押さえてその場に崩れ落ちた。
「うぐぅ…。硬ぇ……」
 じんじんと痺れる手をさすりながら、セレスタインは顔だけ上げてメガロードに言い放った。
「おい、メガロード! お前も見てないで、噛み付いてみろよ!」
「無理だったじゃないか…。うぅ…昼飯食べられるかなぁ…?」
 メガロードは頬の辺りを氷で冷やしていた。メガロードが魔法で空気の温度を急激に下げて作った氷を見て、常夏の楽園に暮らすウルトは興奮してはしゃぎ回る。無邪気な声が歯にしみていい歳でありながら涙目を浮かべている。
「飯の事ばっか考えてんじゃねぇよ」
 呆れ顔のセレスタインの横で興奮した顔からしょんぼりとした顔になったウルトが呟いた。
「皆がやっても無理なら、ウルトが噛み砕くなんて無理なのかなぁ…」
 メガロードとセレスタインがこうしてダイアに立ち向かっている理由は、ウルトが自信をなくしているからだった。口も聞けぬ(いや、珠魅には声が届くかもしれない)黒ダイアには悪いが、メガロードも困っている者が優先である。
 しかし、さすが世界最硬に属するダイア。
 プチドラゴンサイズのメガロードでは、歯が立たず。百戦錬磨のセレスタインも白旗を揚げかけている。
「そんな事無いよウルト。どんな種族も、やろうと思えば何だってできるんだから」
「うん!」
 メガロードの言葉に、ウルトは笑顔を浮かべて答えた。
 体格が小さいのもさることながら、どうやら花の蜜などを主に食べているせいで、噛むという習慣がないらしい。
 それを知ったセレスタインが提示したトレーニングが、「とりあえず噛んで食べろ」だった。そしてウルトは1時間も経たずに頬とあごが筋肉痛になってしまった。今もなおイルカきゅーりの輪切りに歯を立ててはいるが、歯茎から血がにじみでていて痛々しい。
 「時間掛かるだろうなぁ…」と、聞こえぬよう呟くセレスタインが苦々しく笑う。
 ティアマットの野望を阻止する目的がある為、長い間一カ所で過ごす事は出来ないのである。それでもなぜ各地で土産を漁っては食べているかと言えば、メガロードに対するセレスタインの思いやりが含まれている。ティアマットの野望を阻止したとなれば、メガロードの元には再びマナストーンが戻ってくる事になるだろう。そうなればマナストーンの守護を運命付けられたメガロードは、ノルンから簡単に出る事など出来なくなる。
 今のように各地を、自由気ままに歩き回るなどできない。
 だから今、1つでも多くの事を、食料や旅費の調達中に見せてやっているのだ。 その行為がメガロードにとって良い事なのか悪い事なのかは、その内メガロード自身が決める事である。外を見たから運命を捨てたいとメガロードが言ったとしても、セレスタインにはどうする事も出来ない。
 セレスタインが見つめる先には、ウルトを励ますメガロードの姿がある。
(お人良しのメガロードの事だ、最後まで面倒見ようとか言い出すだろうなぁ。目的はどうするんだと言えば、しぶしぶ付いてくるんだろうが、心ここにあらずって感じだろうな…。さて、どうしたものか…)
 メガロードはウルトに自分を重ねているのではないか?、とセレスタインは思う。『どんな種族も、やろうと思えば何だってできる』なんて事を言うのも、奴らしいが、どこか言い聞かせるような響きがあった。3体がかりで封じた敵は蘇り、共に封じた者の1体であるメガロードは無力化されている。ティアマットはダイアなのだ。噛み砕こうにも歯がたたない、でも負けられないのだ…と。
 セレスタインは、ぼんやりと食料を入れる袋を見つめた。この袋をいっぱいにするのに、食料の宝庫と言えるジャングルならば幾日もかからないと思うと、セレスタインの気が重くなる。

 が、何はともあれ、食料調達はセレスタインの仕事である。主が万年育ち盛りだからたまらない。
「第一、本当のサイズの時と今のサイズの時で、食う量が変わらないなんて、おかしい。理不尽だ。世界が間違ってる。俺が過労死してしまうじゃないか、ぶつぶつぶつ…(以下略)」
 文句と不平を口走りながら、セレスタインは次々と食料となる果物や木の実、動物を狩って行く。
 メガロードも反論したくとも、ここはぐっと堪える。今のプチドラゴンサイズは、体の代謝もプチドラゴンとかわらぬのだ。大きくなれば、そう500歳くらいであったなら、大気中のマナを栄養分にするくらいできる。だが今は100歳以下くらいなのだ、食べる以外に栄養を取る手段が無い。
 そう言えば、セレスタインも黙るかと言えばそうではない。無意味なので言う気も起きないメガロードである。
「あのね、メガロード」
 ウルトが黒いダイアを大事そうに抱えながらメガロードの前に飛んで来た。
「ん、どうした?」
「ウルト達、迷子になっちゃた♪」
 てへ♪っと笑うウルトを見るメガロードが、固まった。
「何だって〜〜〜!?あんなに自信たっぷりに歩いておきながら〜!!」
 興奮のあまり出した大声は、前方を進むセレスタインに届くには十分だったらしい。急いで引き返して来たセレスタインは、暴れるメガロードのしっぽをつかんで宙づりにする。
「まあまあまあ、メガロード」
 メガロードの天地逆さまになった視界に、宥めるような笑顔のセレスタインが森を見渡している。
「大丈夫さ、ここは食料の宝庫。遭難しようが餓え死ぬ事はない」
「そう言う事じゃ…いや、とにかく降ろしてくれ…。頭に血が…」
 メガロードが言うと、セレスタインがパッと手を離す。メガロードは空中で一回転し地面に着地した。ウルトがダイアに小さい玩具みたいな歯を立てながらメガロードに言う。
「でもねここら辺はドゥ・カテの縄張りなんだよ」
「そうなのか?じゃあ急いで離れなきゃな」
 メガロードがセレスタインを見上げると、ヘバタノタコムシの煮汁を飲まされたような苦い表情を浮かべている。
「どうしたんだ?セレスタイン?」
「見えないし会話も聞こえんから、ちょいと寂しいんだ」
 そこまで言うとセレスタインの表情が強張る。
「……どうした?」
「何か来る…」
 セレスタインが木の枝に飛び乗って槍を振り下ろすと2倍以上の体格を持つドゥ・カテが気絶している。それだけではない。セレスタインが薮の中や木の上に登って槍を振り回す度に面白いようにドゥ・カテが気絶して降って来る。
 そんな合間にも森の奥から次々と湧くようにドゥ・カテが現れていく。
「どうやら、ドゥ・カテの巣に近付き過ぎちまったようだな〜。おい、メガロード、切りがないからさっさと逃げる…」
 セレスタインが見つめる先にはドゥ・カテのド真んなかに突っ込む、プチドラゴンサイズの主が映る。
「メガロード!!何してんだよ!!?」
 セレスタインが顎も外れそうな絶叫をあげるが、メガロードはおかまい無しにドゥ・カテの群れに突っ込んで行く。目的のドゥ・カテの腕にしがみつくと、巨大な手に握りしめられる小さい妖精が涙まじりにメガロードに訴える。
「きゃうぅぅうう!苦しいよ〜。メガロードおぉぉ!」
「セレスタイン!このドゥ・カテを倒せ!!」
「どうしてさ!?」
 メガロードはドゥ・カテを殴って気絶させたり鳩尾を突いて気絶させたりしながらも、主から視線をそらさないセレスタインに言った。
「ウルトがコイツに握り絞められてるんだ!!どうにかせねばならんだろう!?」
「無茶いうなよ〜。こんなに沢山相手にしながら、すぐ近付ける訳ねぇだろ!第一妖精じゃちょっと攻撃しただけで、ドゥ・カテが握り潰すかも」
 ドゥ・カテを叩きながらも一歩も近付けないセレスタインだが、メガロードにもドゥ・カテの視線が集まり身を屈めたり飛んだりしてドゥ・カテの攻撃をかわし続ける。
「じゃあどうすれば…」
「気絶させるか、妖精を持ってる手を切り落とすしかないだろ。とりあえずドゥ・カテをどうにかして、ウルトを捕まえろよ!そうしたら俺もコイツら一掃できるからさ!!」
「分かった!」
 メガロードが攻撃の間をすり抜けてウルトの傍に近付く。
「メガロード!危ないよ!」
「ウルト!黒ダイヤ貸してっ!」
 メガロードがウルトから奪うように黒ダイアをひったくると、ウルトを握りしめるドゥ・カテの薄く開いた口に放り込む。ドゥ・カテの奥歯に滑り込んだ黒ダイアを確認する間もなく、メガロードはドゥ・カテの頭に力一杯の魔法を叩き込む!!
 余りの巨体に吹き飛ばす事はできなかったが、ジャングルの鬱蒼とした木にドゥ・カテが後頭部をぶつける。
そして…
 ガジィ!なる鈍い音を伴ってドゥ・カテが昏倒した。
 少しの衝撃で無意識に力をこめて歯を食いしばった結果、硬い物を噛んでしまった凄まじい痛みにドゥ・カテが気絶したのだった。大きく開いた口からは傷1つない世界最強の硬度を誇る黒い輝きが零れて空中を泳ぐ。メガロードは昏倒して緩んだ巨大な手から妖精を捕まえて、黒ダイアも掴むとセレスタインに言い放つ。
「セレスタイン!ウルトを捕まえたぞ!」
「うっしゃぁぁぁ!ふっ飛べぇぇぇっ!!」
 セレスタインが力の限り放った真空波はジャングルの木々をなぎ倒し、巨大なドゥ・カテ達を下敷きにした。残ったドゥ・カテも戦意を喪失したのを確認し、セレスタインがメガロードの元へ歩み寄る。
 そしてメガロードの手元を見て、嬉しそうに言った。
「お、俺も妖精が見えるようになったようだな♪」
 初めて見る妖精をしげしげと見つめるセレスタインは、ふと何かに気付いたように顔を歪めた。
 そのセレスタインの表情を見てメガロードも妖精を見る。何か変だ。だが、何が変なのかは分からない。どこも怪我をしている様子はないし、透き通った羽も変わらず美しい。だが今まで妖精を見る事が出来なかったセレスタインが、いきなり妖精を見る事が出来るなんておかしい。
 最初に変化に気が付いたのはセレスタインだった。
「なんかさ〜、ダイアがくっついてるみたいなんだが…」
 メガロードも言われた本人のウルトもハッとなった。
 妖精の昆虫ようなしっぽの部分が黒ダイアになっているのだ。ご丁寧にも妖精のしっぽの形に変形までしている。ウルトが驚いて自分のしっぽを触る。黒ダイアのしっぽは冷たい輝きを宿しながら、ウルトの顔を映し出す。
 たまらずウルトが叫んだ!
「あ〜〜〜〜〜!!何なのこれぇええ!?」
「思うのだが、珠魅になっちゃったんじゃないか」
 メガロードの言葉にセレスタインも思い出したかのように、言葉を続けた。
「あぁ、石に気に入られると珠魅になれるんだぜ。まぁ、そんな石がそこいらごろごろしてる訳じゃないが、アイスの棒に当たりが書いてあるくらいはあるんじゃないかな〜」
「でもダイアが無くなった訳じゃないし、ウルトは頑張るよ!皆に認められる為に、頑張ってダイアを噛み砕くんだもん!」
 満面の笑みで答えるウルトに聞こえぬよう、メガロードはぽつりと呟いた。
「………哀れな黒ダイアだな」
「ウルトがダイアを噛み砕けるようになるのなんか、一体いつになる事やら…。気が遠くなりそうだぜ…」
 脳天気でマイペースに自分の一部になったダイアを齧る音と脳天気な歌声を聞きながら、メガロードとセレスタインはジャングルをこっそり後にした。
「♪がりがりがっりん、ダイアさん〜♪せかいでいちばんかたいけど〜、ウルトはぜったいかみくだく〜…♪」