白の森 焼きたて遠征用のパン

 白の森の豊かな葉は次々と黒く変色し枯れ落ちて行く。
 私の見渡す限りのそれが、私を中心にして広がるそれが、私を包み込む世界が、全て過去とは違うものとなった。
 ドラグーンになって、私はたくさんの時を過ごした。
 なのに私が私であり、弟の姉である事実は変わりはしないのだ。
 姉である私に心配ばかりさせて、いつ死んでしまうかハラハラさせて、それでいて私の気持ちなど知らないのだ。
 大して年が違うわけではなかったが、私は周りからは『しっかり者』だった。家の手伝いをして手伝いもしない男共の事で母と話したり、ちょっと頼りない弟の手を引いて日々を過ごし、戦争が始まって一緒に剣を取った。たくさんいた戦友の中で最も頼れる存在となって、どんな強敵にも立ち向かえる自信を与えてくれた。
 そんな弟を
 私は手にかけられるだろうか? 
 自分の弱さが、目の前にある答えを手にできなくて、私は自分自身という強敵の恐ろしさを改めて知る。
 清涼な山風の匂いが鼻に付いた。
 枯れ葉を踏み締める軽やかな音がゆっくりと近付いて来る。たわいのない会話が距離感を失って遠くに聞こえ、足音だけが耳に五月蝿く響く。足音が何かに気が付いたように緩まり、足音が止むと、ついに声がかけられた。
「やぁ、シエラさん。ヴァディスに会いに来たんだけど…」
 運命がもう後戻りできないと、空色を通じて私を嘲笑った。


 □ ■ □ ■


「シエラちゃん。釜戸の調子が良くないから、こっちに簡易オーブン作って良いか〜?」
 ゴロゴロゴロガツッンガッツンゴリゴリガッシャンコンコンコンシュ…パチパチパチ……
「全く、メガロードの奴の食い意地の凄さにゃ飽きれるぜ。この怒りを生地に叩き込んでくれる!」
 ベッタンバッチンネリネリアンナニクッテフトラナイナンテウラヤマシベッタンバッチンゴロンゴロン
 なのに…
 どうして目の前にこんな光景が広がっているのだろう?
 シエラは自問自答を繰り返しながら、目の前にある雪崩れてきそうなパンの山を見上げた。
 隣で空色の髪が拍子を取るように揺れる。こねる手は手早く、馴れた手付きで生地が次々と出来上がってゆく。香草もジャムも果実も使わない一般的なパンを、店でも作らないだろと思う程大量に作っている。
 その姿を隣でぼんやりと見つめながら、シエラは昔を思い出していた。

 焼かれた何かの臭い、腐った何かの臭い、傷付けて傷つけられて落ちない臭い、人々が漏らす諦めのため息の臭い、怒りと共に吐き出される憎悪の臭い、何かを失って雫と共に染み込む臭い、全ての臭いがない交ぜになって世界を覆う。
 そんな戦争の臭い漂う時、皇帝軍に新しい軍師がやってきた。
 軍服を着ていたのに、悪を自負するような漆黒の外套を羽織っていたのに、戦の臭いが染み付いていたのに、かなり浮いた存在だった。
 軍師は珠魅狩りという特殊な職業の出身で、多くの都市を滅ぼした実績を買われて、また一騎当千といえる珠魅狩り達の力を得るために、皇帝に呼び出された。新たな軍師は仕える条件として皇帝に、『珠魅狩りは珠魅を攻撃する時のみ協力する』事を承諾させた油断ならぬ男。
『君は…あぁ、隣国の暗殺者か。全く、勤勉というか頑張るねぇ』
 軍師は部屋に待ち伏せていた私の一撃をかわすと、開口一番にそう言った。
 彼はそう言って首に絡む黒いマントをぐっと引っ張って緩めた。その胸元に輝く空色の輝きに、私は当然驚いた。
 一つは珠魅という種族は私たちにとっても敵だったから、これほど真近に見ることがなかったからだ。共に手を取り合い戦おうと持ちかけても、決して人に心を許さず、下手をすれば特使を殺してしまうこともあったし、門前払いは当然のようにあった。
 もう一つは私達にとって心臓と言えるそれを、私の前にさらすということだった。
『どうした?君達の策略に乗らないのが面白くないから殺しにきたのか?それとも先を読んで君達の組織を追いつめるのが、気に入らないのかな?』
 暗殺者の私にとって意味のない質問だ。殺すのが仕事であるからそれ以外の用事などない。
 軍師は黙るとカップを二つ取り出してお湯を注いで温めだした。慣れたを通り越し作法を心得た優雅な動きでお茶を注ぐ。部屋の中に良いお茶の香りが漂うくらいになって、ようやく私は口を開いた。
『なぜ、敵に茶をだす?』
『何をする訳でもなく、用事を済ます訳でもなく、ぼさって突っ立ってたらさ、お茶くらい入れてやらなきゃと思うだろ?』
 そう言って軍師は笑った。
『警戒するなら飲まなきゃ良いんだ』
 簡素な口調に妙に納得する。
 確かにそうだ。それに彼にとっては毒を盛るよりも、切り掛かった方が遥かに早いはずである。
 その間にも彼は自らのカップにお茶を注いで啜る。
『君は暗殺者だ。その刃にのしかかる命の重みが理解できてる?』
『当然だ』
 皇帝を殺せば戦争が終わるのだ。
 故郷は救われ、支配下に置かれた諸国が解放されるだろう。世界は平和になり、混乱が静まるのだ。
『じゃあその命が失われた後まで予測できてる?』
『え?』
『旦那が全てを治め得る実力者である事は、俺も諸手を挙げて賛成せざる得ない。だが、旦那は大きな間違いを犯した。……跡継ぎがいない事だ。跡継ぎがいないこの帝国が倒れれば間違いなく後継者を名乗り、旦那の残した遺産を得ようとする輩が諸国の国王達を筆頭に現れるだろう。戦火は、今とは比較にならんほど広がるに違いない』
 テーブルに広げた地図を見下ろし、びっしりと書き連ねた資料と見比べ、地図に目印を置いて思案しながらの言葉だった。
 軍師は顔を上げた。粗野で力強い笑みで、暗い部屋にある窓のように空と見紛う瞳がそこにぽっかりと浮かんで見える。
『貴方はそういって殺されるのを逃れるのか?』
 脅しなどに屈しない。
 この軍師を殺し、より早く戦争を終わらせねばならない。
 軍師は私の言葉にそうだったな…と苦笑した。
『実質的な話をしていたんだったな。皇帝は全てが本当に必要な訳ではないのに、全てが欲しいのさ。矛盾を乗り越え己を試している。そんな『主』が面白い人だから仕えているのさ。ま、それも珠魅の都市を全て滅ぼすまでであって、その後はハッキリ言って邪魔だがね』
 頭を殴られるような衝撃のある言葉で、直ぐには何を言っているのか分からなかった。
 主と慕っている存在を利用しているような言い回しだったのは、辛うじて分かる。
『嘘だ』
 ならばなぜ皇帝の下で軍師などしているのだ?
 いつか敵に回す存在に従うことができる?
 お前は私達の敵ではないのか?
『君は人殺しを損得で考えているな。いずれ自分の大切なものを、自らの手で失わせてしまうぞ』
 違う。
 私は…ただ……皆の為に…
『それとも大切なものを失う覚悟が既にできてるのかな?』
 言い放つと軍師は戦へ出かけた。
 最後の珠魅の都市は、その戦いで滅んだ。

「セレスタイン」
「ん、やっぱり作り過ぎちまったか? でもさ〜メガロードってストレスを食い物で発散するタイプだから、これでも足りないって感じなんだぜ〜。これから焔城に行くんならこの倍は作っておかないと、俺達が食べる分もなくなっちまうぞ」
 声をかけた意味が制止に聞こえたのだろう。セレスタインは手を休める事も顔を上げることもなく答えた。
「なぜ、メガロード様のドラグーンになったのだ?」
 皇帝すら利用した男が知恵のドラゴンに仕える事が、シエラには不思議でしょうがなかった。
 セレスタインは即席のオーブンに出来上がった生地を入れると、向き合うように腰掛けた。
「さぁて、なんででしょう♪」
 戯けて言ってすぐに表情が強張る。
「そんな怖い顔するなよ〜」
 シエラはその顔の表情と同じく怒りと不信で頭が熱くなっていた。
 それよりも真面目なシエラにはセレスタインの不真面目な態度が、水と油と例えるほどに気に入らなかったのだ。
 なんでヘラヘラと笑っているのだ?お前も私と同じ、主は違えどドラグーンだ。我々は力を合わせ、巨大な敵に立ち向かわなくてはならないのだ。それなのに………なぜ、笑っていられる?
 その笑みが、信用ならない。
「私はヴァディス様の為に戦う」
「うん」
「ヴァディス様は私をドラグーンの主従関係の前に友人として見て下さる。だから私も友人を、ヴァディス様を守る為に戦う」
「うん」
「では、お前は?何の為に戦う」
「うん」
「話を聞いておらんだろ?」
「うん…ってうわぁぁあ!!フェイント反対!!」
 悲鳴のようにわめきながらもセレスタインは笑顔を崩さない。
「全く、シエラちゃんはおっかないな〜」
 くすくすくすと笑う。本人はちょっとした悪ふざけのつもりだったのかもしれない。
 が、その時のシエラに冗談は通じない。
 跳ね上がるように短剣の切っ先はセレスタインの鼻先をかすめ、つい今しがたセレスタインが座っていた場所に踏み込んだ右足が乗る。抜群の反射神経で避けたセレスタインは大した者だと改めて思う。もし避けていなかったならば、この場に一つ骸ができていただろうから。
「うわぁ…。もしかして本気?真面目に答えないと、殺しちゃうぞって感じ?」
 シエラは無言で頷いてみせた。こうでもしないと、この男は戯れ言ばかり言うに違いない。
「……そうだなぁ」
 セレスタインが目を細めた。ここではないどこかに向けられ、うっすらと笑う。
「今までも俺を慕う珠魅狩り達は俺を見つけては、妻を夫を子を孫を紹介し、紹介された者達も俺を見つければ身内を紹介するんだ。そんな交流が続く限り珠魅狩りは珠魅狩りであるという認識を忘れることはないだろう、だから…俺は去る事を決めた。
 『俺も珠魅狩りと共に消えれば、珠魅狩りは本当の意味で消える』そう、真剣に考えていたんだ。
 ……遠くへ行こうと思った。もう誰の手に届かない場所へ…ね」
 そこで笑みに苦みが加わる。
「それなのに…それなのにメガロードの奴はなんて言ったと思う?
 『私達は…仲間だな』…って」
「……」
 シエラは黙ってはいたが、全く訳の分からぬものだと思っていた。知恵のドラゴンであるメガロード様と珠魅の男がどうして仲間なのか、共通点すら見いだせない。
「…って意味が未だに理解できん。つまり俺も訳分からんって事だ」
 そう笑い飛ばすと、セレスタインはパン作りを再開した。


 □ ■ □ ■ 


白の森の最も深い部分には、純白の竜が棲んでいた。
 その竜はよく耳にする鱗と翼が雄々しい竜とは違い、霞のように軽やかな毛並みと黄金の優雅な角を持っていた。そんな純白の令嬢は優しい声色で、とてつもなく小さくなってしまった友人を迎えていた。
「あの空色の髪の彼が貴方の新しいドラグーンですね?」
「ん? ヴァディスには紹介していなかったっけ?」
 メガロードは首を傾げて台座に腰掛けるヴァディスを見上げた。
「シエラから良からぬ印象のばかり聞かされていたのです。実際お会いするのは初めてのはずです」
「そう」
 セレスタインを正式なドラグーンとして紹介していなかったというか、メガロードは風読み師などドラグーンを抱え過ぎていたために『正式』に紹介することはなかった。面倒臭いというのも原因の一端でもある。
「たくさん風読み師が亡くなられたそうですね」
「うん。ラルクが強くてね。殺されてしまったよ」
 悲しみも伺わせない態度のメガロードにヴァディスの方が戸惑った。
 メガロードはメガロードで風読み師達が、奈落で馬鹿騒ぎしているのを知っているから悲しくはないのだ。ただ、心配なだけだ。
「セレスタインさん…でしたね。彼はラルク君と互角に渡り合えるのでしょう?」
「ん〜…。今の私の魔力ではちょっと互角は苦しいのではないかな」
 セレスタインもシエラも、主である知恵のドラゴンの魔力で生きている存在だ。
 主が弱れば弱るほど、実力が出せなくなって行く。しかも魔力を奪われたメガロードはセレスタインの生命維持をするくらいの魔力しか残っていないときたもので、セレスタインが自らの核を見つけてこなければ戦うことも難しかったはずだ。
「メガロード、これを機に彼一人だけをドラグーンに迎えてはいかがです?」
 その言葉にメガロードヴァディスから目をそらした。
 知恵のドラゴンがドラグーンを抱える時、その人数が少なければ少ないほど長寿で主君と変わらぬ時を過ごす事ができる。逆に多ければ多いほど、寿命はドラグーンではない普通の種族と変わらない長さになる。メガロードは前代未聞の多くのドラグーンを抱えていたから、ヴァディスの言いたい事はよく分かる。
 生物の死に関わらず、自らを傷付ける事なく、生きてゆけばいいと言うのだ。
 メガロードは思う。
 不老と考えられそうな『知恵のドラゴン』も年をとる。生き物の生死に関わる関わらない以前に、我々も生き物であるという自覚が足りないのでは? 大きい力を持っているが故に、死んでしまうという事を忘れてしまったのだろうか?
「種族を超えて付き合う事の苦痛を、私は忘れた訳じゃない。でもね、私は他種族の共存を望んでいるのは変わらないよ」
 メガロードがヴァディスを見上げて笑った。
「あいつはね、その苦痛を知る仲間なんだ」
「あいつ…とはセレスタインさんの事?」
 メガロードは静かに頷くと、翼を羽ばたかせてヴァディスの座っている台座よりも高い所の枝に飛び乗った。そこからは白の森とヴァディスが守っていたマナストーンがかつてあった所がよく見える。
「救う事も守る事も変える事もできない『寿命』によって、親しい存在を失った苦しみを知る者なんだ」
 強い意志を感じる言葉に、ヴァディスは眩しそうに木漏れ日を眺めた。
「いつからでしょうね。貴方が他種族と共存を望みはじめたのは…」
「風読み師達の先祖が私に仕えるようになった辺りかな? 私は彼等と日常を過ごしてゆくうちに、皆に死んでほしくないと願うようになった。ずっと、日々が続くことを願った。そして無理だと知った」
 小さい空色の背中が、丸まってさらに小さくなる。
 ヴァディスはその小さい背を心配そうに見つめた。『知恵のドラゴン』が皆悟りきっていた『生き物の生死』を、メガロードだけが納得もせず、足掻いて傷付いて秩序を乱した。その当時のメガロードの荒れっぷりは、『知恵のドラゴン』の誰もが手が付けられなかった。

『あの若造はどうにかならんのか!?』
 『知恵のドラゴン』の中でも、最も冷静沈着な深紅の竜は神経質に言ってきた。
『このままでは地上から生物がいなくなってしまうかもしれん。日照りが続くかと思えば、大洪水を引き起こす嵐が一か月も続くのだぞ!しかも一番被害を被っておるのはヴァディスではないか。いい加減どうにかせねば…!』
『しかし風のマナストーンを扱えるのは奴一人。殺せば世界が傾くだろう』
 黒曜石よりも黒く紫に輝く鱗を持つ巨大な竜は、純白の柔らかな水流のような毛並みの竜に目を向けた。
『ヴァディス、ティアマットの言う通り一番の被害者はそなただ。儂が言っても反感を募らせるだけなら、温和なそなたの言葉でもって奴を宥めてくるのだ』

『生き物が死すべき定めは変えることはできません。ドラグーンも不老であって不死ではありませんよ』
 やんわり言った言葉に冷たい冬の空のような瞳がきつくなった。
『ならばどうして私達はドラグーンを得ることができる!?なぜ私達は他の生き物を識別できるのだ!?私達以外の種族である彼等の存在は、いったい何なのだ!? 自我がなければ……知恵のドラゴンなどというマナストーンの管理者など存在しなければ…私は死んでしまえるのに!!』
 カッとなったのを覚えています。
 気が付いた時には手に残る痛みと、頬を押さえるメガロードが私を見上げていました。
 初めて手を挙げた…それに気が付いても、私は言わずにはいられなかった。
『それでも、我々は世界の守護者です』
 メガロードのなんともいえない複雑な表情を見下ろして、私は言い放った。
『それは貴方の我が儘です』
 それからは全く別人のようにマナストーンの制御に勤しんだのです。時に感情を乱すことがあっても、それは数日と短く、ジャジャラも気にとめることもなくなりました。
 今思えばメガロードは感情を押し殺していたのでしょう。

「セレスタインの奴にこの話をするとな、『んなこと当たり前じゃないか』って笑い飛ばすんだ。あいつは笑い飛ばして自分も相手もごまかしてしまうんだ。すごい辛そうに笑っている事ですら、今でも無自覚で…」
 小さい背を細かく震わせながら、真上を見るために伸び上がった。
「同じ事を考えるあいつを見て、すごく嬉しかった。私は……間違っていなかった」
「メガロード…」
 そのメガロードがここまで心を開く存在に巡り会えた事に、ヴァディスは感謝し同時に恥じた。
 セレスタインよりも長くメガロードを知っておきながら、未だに彼を理解できていないという事。それは彼女がかつて愛した存在も、理解していないのではという不安にもさせられる。
 2体のドラゴンの聴覚が遠くから声を捉えた。
「焔城にはシエラちゃんだけじゃなく、俺やメガロードも行くんだよ。んな気負ってたら疲れるぞ♪」
「だが…」
 甘える事などできようか…。
 自らの問題を自らの手で解決してきた元暗殺者は口ごもった。
「大丈夫。絶対うまくいくよ」
 そう彼女の胸の中には、殺さなくてはならない気持ちと、殺さなくても済むのではないかという儚い願いが渦巻いている。
 シエラは是が非でもラルクを殺すという選択を取るだろう。
 ヴァディスはかつて愛した存在を『殺してでも止めたい』と願っている。
 しかし…。
 『しかし』と思うのだ。
 そしてセレスタインは言うのだ。
 『うまくいく』の中身が『殺す』『殺さず』どちらにも含められている事を、声を聞く二人の女性は心から感謝した。
「すまない…」
「今すぐ決めなくたって良いさ。自分が良いと思う時に答えを得れば良いんだから」
 セレスタインの声が優しさを含んで森に染み渡る。
「羨ましいですね」
 メガロードにその呟きは届かない。
 香ばしいパンの香り漂う包みに突進していった小さな背中を、ヴァディスは微笑ましく見つめていた。
「……ちょっ、メガロード!食うな!」
「焼きたてが美味しいんだから、ケチケチするなよ〜」
 結局メガロードを防ぎきれなかったのか、セレスタインが焼きたてのパンをかすめ取られて悲鳴を上げる。まるで子供のようにはしゃぐメガロードは抱えたパンをほおばった。
「ヴァディスもシエラさんも食べる?」
 太陽の恵みの下では白く煙るほどに豊かっだった森に、焼きたてのパンの香りを振り撒く。
 小さい手に乗ったまだ暖かいパンにヴァディスは微笑んだ。
「じゃあ一ついただきましょうかね」
 戦の臭い、森の匂い、パンの香り、周りのあらゆる匂いが安らぐ香りとなって戦の臭いを遠ざける。
 『しかし…』と答えを迷える贅沢と、それを与えてくれる目の前の存在に心から感謝しよう。
 そして、答えを得よう。
 答えはいつでも、自分が好きな時に得られるものなのだから。
 今だけは…
 戦う前だけは…
 それを忘れる程に堪能しても良いじゃないか。