焔城 究極のドラゴンステーキ
奈落に突如現れた城は、奈落の溶岩流に守られ地上からは侵入できず、城の鋭利な造りと溶岩の熱風によって熱された壁に空からの侵入も阻まれた。吊り橋も熱風によってとっくのとうに燃え落ちた。
『難攻不落』その言葉が何よりも似合う城が、たった一人のドラグーンが考えた方法で崩壊寸前だった。
「はーーーーはっはっはっは!!いーーー気分だなぁ!この調子であの尖塔も潰してやろうぜ!!」
難攻不落の城を眺めて笑う彼こそ作戦の立案者。空色の髪が溶岩の照り返しで夕焼け色に染まり、酒臭い強風が真っ赤な頬に当たっている。酔っぱらっているセレスタインは、上機嫌で作戦遂行者を煽り立てた。
作戦遂行者の一人。ドラゴンキラーでありかつての敵だった少女は、明るい金髪を赤金色に染めあげながら、これまた酒を帯びているかのようなテンションで隣にいる酒樽持った巨大な骨格の骸骨を叱咤した。
「まっかせなさーーーーい!!イルゾワールちゃん、次いってみよーーーー!!」
「行くぞ、ウィッシュ殿!そりゃぁぁぁぁぁあ!!」
筋肉のない骨格が唸りをあげて無数の酒樽を城に放り投げた!バカ力といっても過言ではない力で放り投げられた酒樽は、まっすぐ焔城の基礎に当たる地盤や城の尖塔に突撃していく。
「ウィッシュスペシャル、純愛シナリオに萌えショーーーーット DE 乱れ撃ちーーーーっ!」
言葉に直せぬ爆発音が轟く!!
空中で矢に貫かれた酒樽は、熱風触れて一瞬の間も与えることなく大爆発を起こす。焔城の至近距離で起こった大爆発は基盤を削り壁に大穴をあけ、酒樽の中に仕込まれていた凄まじい酒の臭いが、熱風に煽られて周囲を覆った。
賢き人々は酒樽の中身がなんだかお判りであろう。
不死皇帝とジャジャラがこよなく愛する世界で一番危険なお酒、パンプキンウォッカである。
骨の城の地底湖に納められていたパンプキンウォッカを、焔城攻略に使用することを渋った不死皇帝であったが、もともと争いの好きなお方。セレスタインの作戦を聞いて二つ返事で快諾したのだった。
知恵のドラゴンを倒し深紅の竜帝に加担した少女は、どす黒い笑みを浮かべながら矢を射る手に力を込める。
「いいわいいわ〜。きっと追いつめられたティアマットとラルクの間に禁断の愛が芽生えるはずよ〜…。それを横から絶妙のタイミングで殴り掛かる元恋人と弟ラヴの姉……うふふふふふふ☆ 最高の修羅場でいいアイデアが貰えそう…ゾクゾクするわ〜」
「その神経分からんわ」
「あら、想像力豊かで行動力抜群って言って欲しいわセレスタイン。貴方とメガロードの取材ができなかったけど、この件が終わったら密着ストーキング取材だから、四・露・死・苦・☆」
バチコーン☆という効果音がぴたりとはまるウインクに、セレスタインは爽やかな笑みを浮かべた。
「この一件が終わったら、二度と顔を見せるなよ♪」
そんなやり取りの後ろで、むせ返るほどの濃度に高まった風に、ダウンしているヴァディスとシエラの姿があった。もともと酒など嗜むことのない堅物達は、仲間によってすでに戦力としての力を失っていた。
「空気を吸い込めば蒸発した酒が飲めそうだな」
そんな二人を介抱しているメガロードは、プチドラゴンサイズでも落ちなかった代謝能力に感謝した。
知恵のドラゴンであろうと向き不向きは当然ある。ティアマットは火炎属性でなおかつアルコールに対しての耐性は全くない。それを利用したセレスタインの作戦が、爆発性の高いパンプキンウォッカで焔城を蒸し焼きにしてから突入する作戦である。
「かわいそうに…。ティアマットの奴、きっと中で吐いてるぞ」
卑劣だ。そうとしか言えない。
実行する前は致し方ないと思っていたが、実行している姿を後ろから見ると、後悔と負い目の気持ちが募るばかりである。
「そーーろそろ中に入ってみよっか〜☆ 皇帝の旦那、ウィッシュ、あの尖塔をこっち側に倒してくれや」
「合点承知の助!!」
「カカカ、血沸き肉踊るわ!!」
「どっちもないぜ、旦那」
酔いが醒めたのか酔っていないのか分からないセレスタインの冷静な突っ込みの直後、焔城の尖塔がこちらにまっすぐ倒れこんできた!!
「えぇ!?」
思わず身構えたメガロードだったが、メガロード達の真横辺りに尖塔が倒れこんだ。
尖塔内に籠った空気が外の倍以上の酒を含んでいるのを確認して、セレスタインがニコニコと微笑んだ。
「いい具合に蒸されてるじゃねぇか。肉は前もって酒に漬けておくと柔らかくなるんだぜ」
「あたしはミディアムレアがいいな〜」
「儂は焦げ目つくほど焼いた方が好きじゃな。中途半端に生っぽいのはどうも好かん」
「お前ら、ティアマットを食うつもりなのか!?」
お肉の焼き加減トークにメガロードが突っ込とセレスタインが目を真ん丸くする。
「えっ!?その予定じゃなかったのかっ!?」
メガロードは明らかに酔ってると思った。まだ暴れ出すほど己を失っていないのは、酒を直に飲んでいるからではなく空気中の酒蒸気しか吸っていないからである。
「頼むから。それは最後の手段にしてくれよ」
頷くセレスタインだが、酔っ払いに記憶力は全くない。しかし一応言わないとティアマットをドラゴンステーキにしてしまいそうだ。勝てるかどうかもよく分からないのに、脳天気なものである。
「じゃ、ちゃきちゃき進んで、取材しましょう〜☆ エイ・エイ・オーーーーーッ!!」
『オーーーーーッ!!』
「お〜…」
「メガちゃん元気ないよ☆ いっせ〜の〜せっ。エイ・エイ・オーーーーーッ!!」
「お〜〜」
下から照りつける溶岩の深紅の光と熱気が窓から差し込み、磨かれた床と無気味な竜の彫刻に赤い光を投げかける。魔物達のおびただしい数の影は床に伏し、侵入者に一瞥もくれる事はない。
「魔物達も酔っぱらってるか爆発の直撃で気絶してるな」
メガロードがちょこちょこと倒れた魔物達を避け、飛んで飛び越しながら言った。
ちょっとした大きさのあるランドドラゴンや、バウンドウルフなら酔っぱらって倒れるのも頷けるが、魔法生物のユニコーンヘッドやイビルウェポンまで酔いつぶれている。これだけの魔物と戦闘にならなかったセレスタインの狡猾さに感心する。
そして大分進んでいくと視界が拓け、大きな吹き抜けに出た。
吹き抜けには一本頑丈な橋が本館であろう中心に向かって建っている。遥か上にも遥か下にも、同じ市松模様のカーペットに敷き詰められた橋が同じ間隔で存在しており、竜の彫刻が抱く宝玉に照らされて幻想的なたたずまいで目の前に現れた。
ウィッシュが橋の手すりに手をかけて下を覗き込む。
「すんごい高さだね〜」
骨の城がまるまる入るほどの高さの吹き抜けだ。
まるで合わせ鏡を見ているような吸い込まれそうな景色で、よけいに高く見える。
「意外にティアマットは骨董の配置とかの趣味が良いな」
「イルゾワールちゃんはそう思うの?あたしには分からないな。 ま、あたしには縁遠い話だけどね…うわっ!くさーーーっ!」
ウィッシュが突然下から吹き上がってきた熱風によろけた。しかもその熱風は凄まじい酒臭さまで運んでくる。
「セレスタイン。思うんだけど、これってやり過ぎじゃない?臭いだけで二日酔いになりそうだわ」
「やり過ぎくらいがちょうどいいんだよ。ほれ、さっさと進め」
セレスタインが観光気分のウィッシュの背を押す。
市松模様のカーペットが敷き詰められた橋を半分ほど進んだ時、変化に最初に気が付いたのは不死皇帝だった。
「風が止んでおらぬか?」
「ん?そうか?」
すたすた進んでいくセレスタインは橋を渡りきるところで、突然鼻を押さえて仰け反った。
「いてーーーーっ!何なんだこりゃ?」
セレスタインの横に駆け寄ったメガロードがしっぽを振るうと、何か見えない壁があるのか、何かに当たる感触と反動がしっぽに伝わった。
「なにやら魔法が施されているんじゃないのかな?進めないぞ?」
「後戻りもできんぞ!閉じ込められたのではないか!?」
不死皇帝も元きた道を戻ろうとして橋から出られなくなったらしい。どんどん叩くも手が何かにぶつかったように、弾き返される。
「みんな下がって」
突如ウィッシュの真面目な声が響く。殺気などの感情はなく、ただ闘気だけが彼女から湧き出る。
スゥ…と弓矢を構えたウィッシュの目には矢の穂先の到達点しか見えておらず、とてつもない集中力を前に皆が矢の通る道を開ける。
「監督とお呼び DE ショーーーーーーット!!!」
雷が落ちる瞬間の青白い光が赤を払拭し、無風の空間に嵐を呼び込む!
風も勢いも収まって、一同がウィッシュが矢を放った先を見た。試しに駆け寄ったセレスタインは橋を渡りきるところで、再び鼻を押さえて仰け反った。
「………お前、真面目にやってる?」
「やってるわよ〜。面白くないし、お話的においしくないわ」
ウィッシュの心底つまらなそうな声を上げるとボサボサと頭を掻きむしった。
「取材する前に迷っちゃったんならジョーダンになるけど、閉じ込められちゃうんじゃジョーダンにならないわ!!」
「先にも後にも横にも上にも行けねぇんじゃねぇ…」
セレスタインもうーんと唸る。
「じゃあ下しかないな」
ぽつりと言い放つと槍の先を橋に軽く当てる。槍を抱え込むように握ると、集中して高められた闘気が青い光を帯びる。
「青龍!!」
気合い一閃!
槍から現れた青龍の形になった闘気は床を貫いて、さらに下の橋に触れる当たりで空気に溶けるように消える。不死皇帝が狭い思いをすれば通れる穴を開けて、セレスタインが真下にある同じ形の橋に飛び下り着地した。
そのまま進もうとしたセレスタインは橋を渡りきるところで、本日三度目、鼻を押さえて仰け反った。
「降りれたがどうやらあそこも結界が張られてるみたいじゃな。入るのは簡単だが出ることはできない結界のようだが、下に張り損ねるなんぞ、意外にティアマットも抜けておるな。我々もセレスタインに続いてガンガン降りてくかの」
冷静な不死皇帝の解説に、セレスタインの行動に吹き出していたウィッシュも頷いて穴に飛び込んだ。
メガロードが飛び込もうとしてぴたりと足を止める。
「どうした?」
「いや、飛べるんだから先に最上階に行こうかな…って」
「うむ。しかし、無理をしてはならんぞ」
メガロードは驚いて穴に落ちそうになる。
「と、と、と、止めないんですか!?」
「止めたとて最後はそこへ行くのであろう? おぬしはティアマットが心配で居ても立ってもいられんのだし、それを一番良く分かっておるのは珠魅の若造だからあやつこそ止めはせんだろ」
それに…と不死皇帝はメガロード耳に耳打ちする。
「あのウィッシュ殿の目の前で説得を試みれば、何を思われるか分かったものではない」
「はぁ…?そうなんですか…」
いまいちウィッシュの性格と神経を理解できないメガロードは首を傾げる。
『分からない方がいい』と囁いて不死皇帝はプチドラゴンサイズの肩を人さし指で軽くポンポン叩く。
「武運を祈るぞ。じゃあな」
飛び下りた不死皇帝に続いて穴を潜り、そのまま浮上する。
ちらりと下を見遣った時、セレスタインと目が合った。別に咎める素振りもなかったのを見ると、メガロードはそのまま最上階を目指して翼をはばたかせた。
酒臭い追い風に助けられメガロードは天井まで後少しという所まで上り詰めた。
本館の踊り場の窓を見つけると体当たり。割れずに、めしゃり。
「痛た…。意外に厚いガラスだったんだな……」
はばたく手を休めて風の精霊達の力で浮かぶと、赤くなった額をさする。
休憩後再度挑戦。今度はぐぐっと下がって天井に足をつけると、天井を蹴って体当たり!重たいガラスの割れる音が響く!
体を丸めて床に散らばる破片と降り注ぐ破片から身を守る。もう降って来ないだろうと恐る恐る顔を上げると、巨大な門と言ってもおかしくない扉が見えた。
重厚な彫刻を見上げると、メガロードは首を傾げる。
「ティアマットの部屋かな?あいつ結構趣味がいいからなぁ…」
扉に手をかける。
少しだけ開くと、部屋の熱い空気が流れ出す。
慎重に、中を覗く。
「あ」
溶岩と燃え盛る炎で深紅に染め抜かれた室内。赤黒く照りかえる絹のカーテンの向こうに、炎よりも紅い『彼』が横たわっていた。翼の折り畳まれた背中は身じろぎ一つしない。
やはりこの酒臭さで、参っているのだな…。
メガロードはそう思い苦笑すると、背中を丸めて横たわる巨体に近付いた。
「大丈夫か?」
そう声をかけてメガロードは気が付いた。
体が中を舞い、体中の骨が衝撃に耐えられないで折れる。とっさにとった風の防御壁がなければ即死していたに違いない。
「相変わらず、お人好しだなメガロード」
入ってきた扉の脇に落ちるまでの間、メガロードはめいいっぱい後悔した。部屋を覗いた時、気付かなければならなかった。
この部屋は酒臭くなかった。
メガロードの嗅覚はすっかり外の酒臭さになれて、この部屋の清浄な空気に気が付けなかったのだ。
「辛辣な方法で攻め込まれるのにはずいぶんと驚かされたが、お前一人で我の前に現れるなど…。くくく…お前のドラグーンが築いたチャンスを水泡に帰してしまうようなものだ」
炎の光を遮る巨大な黒い闇。その中で紅く輝く二対が笑うように細くなる。
「いや…お前がドラグーンに頼り過ぎた結果だな」
そうかもしれない…。
息をつく度に聞こえる変な音と、ティアマットの声を聞きながらメガロードは思う。
いつも自信たっぷりのセレスタインの言葉を、私は信頼しきっていた。どんな無茶苦茶な事もやってのける計算高さに、完璧だと思っていた。自分の危機には必ず駆け付けてくれる…そんな存在であったから。
「だが、あとはお前とヴァディスのみ…」
だから、ここに来るまでに不安よりも感謝が強かった。
だから、油断した。
「我は世界の支配者となる」
あぁ…どうすればいいんだろうな?
メガロードは近付いてくる黒を見上げながら、考えられないでいた。変な音が、体中の痛みとは違う不安を与えて考えられない。息苦しくなるとその音は考えを奪うくらいの雑音になって響く。
どうすればいい?
失敗した時は、どうすればいい?
その失敗を覆すには、どうしたらいい?
この状況を凌ぐには、私はどうしたらいい?
『どうにかするしかないだろ?』
どうにかするには、どうしたらいい?
『暴れりゃいいじゃないか。抵抗するんだ。今の状況に、自分に迫りくる運命に』
だが、死にそうだ。
『死ぬんだったら、その後の事なんか考える必要もないじゃないか』
その後の事?
『そうだ。死にそうなら体の事なんか気にかける必要ないだろ? ティアマットの事だって気にする必要がないだろ?』
あぁ…そうか。
それもそうだな…。
「……抵抗するのか?」
信じられないと言うような声が真上から響いた。
メガロードは立ち上がって喉まで迫り上がった熱い物を吐き出した。それが自分の血だとなぜか分からない。
「私は…もう、お前のために戦ったりはしない」
死にそうだから。
死なないために。
次の瞬間、ティアマットの尾がメガロードを薙ぎ払った!
■ □ ■ □
最深部らしい洞窟めいた空間にラルクはいた。
それを嬉々とした目で見つめるウィッシュに怯えるような印象はあるが、妨害のために立ちふさがる者としてセレスタインは不死皇帝と並んで武器を構えた。
「二人で畳んで、最上階の近道を吐かせるぞ」
「策士の若造にしてはずいぶんと余裕がないな」
見下ろす先にいる若者の顔色はやけに青白く、注意してみれば息が乱れている。
「メガロード一人でティアマットに勝てると思う?」
「そこまで思っていたのなら行かせるな…」
「だって、あいつ俺の制止なんか聞かないんだもん」
不死皇帝が肩を竦めると、一瞬にして間合いを縮める。
一瞬にして間合いを詰め背後を取る『背面取り』。肉と血液をなくした身軽な体は、瞬きするより早くラルクの背後に滑り込んだ!
「!?」
不死皇帝はラルクが反射的に振るってきた片手斧を骨で弾くと、肉の付いていない最硬度を誇る骨密度の掌底でラルクの顎を打った!
セレスタインは皇帝の掌底でぶっ飛ぶラルクを迎え撃つ為、槍を構えて衝撃波を打つ準備を一瞬で済ます。
「もう一回死んでこいや!」
「アンタが止め刺しちゃ、駄目に決まってんでしょうが!」
セレスタインがとっさに飛び退った後に、クレーターが出来上がる。できたてホヤホヤのクレーターに続くようにラルクが嫌な音を立てて墜落。
戦いを止めた味方ではないが、敵かどうかあやふやな少女は弓矢を構えて3人を睨み付けた。
「この場にシエラちゃんがいないと場面的においしくないでしょ!?誰よ!シエラちゃん置いてきちゃったのは!」
ヒステリックに叫ぶウィッシュにセレスタインは不死皇帝の方を振り返って恨みがましく言った。
「…旦那、もしかして俺達のせいにされてるのか?」
「しかし、ウィッシュ殿もシエラ殿が来れない状況だと分かっていなかったか?」
「そこーーー!!あたしの妄想中の私語は慎みなさい!」
びしっ!! と突きつけられた人さし指の先の2人はそっぽを向く。
「いつでも妄想中のくせに…」
ぷい。
「言いがかりだ」
ぷい。
「全くヤロー共には繊細さが足りなくてやんなっちゃうわ! いい!? ここは純粋に姉弟愛を確かめる最大の見せ場なの!だからここにはシエラちゃんとラルク君がいないと駄目な訳! オーケー!?皆そういう事を望んでいるの!ニーズに答えなきゃ!」
「純粋さもお前の歪んだ考えのおかげですっかり濁りきってるぜ」
「一体どこにそんな需要が存在しておるのだ?」
「一回死んどく?」
満面な笑みを浮かべる少女にセレスタインはぱたぱたと顔の前で手を振った。
「俺達一回死んでるようなもんだけどね」
「そうだったわね…」
過去の戦争で死んだ戦士と、暗殺された皇帝と、核のない珠魅を見てウィッシュはため息をつく。
「じゃあ、しょうがないわ」
ウィッシュは静かにラルクを見た。
「ラルク君に呼んでもらいましょう」
「何を……だ?」
今まで黙りこくっていたラルクが、あまりの嫌な予感に後ずさる。
「きっとラルク君を半殺しなり何なりすれば、姉のシエラちゃんにビビッと助けを呼ぶ声が届くはず……そうしたら冷静でお堅いシエラちゃんだって、弟のピンチにいても立ってもいられないはずよ!颯爽と弟をいじめる2人組を背後から暗殺し、弟を救うのよ!」
ぼーーん!
さり気なく『ウィッシュ七つ道具』の一つ『演出火薬』がいい感じに爆発した!
爆発の光の中で感じの良いポーズを決めたウィッシュの前で、セレスタインと不死皇帝がひそひそと囁く。
「暗殺は颯爽とできるものなのか?」
「というか、俺達いじめる役決定?」
「ちょべりぐーなアイデアが湧いたんだから、早速実行しましょうーー!」
すごく言いたげな不死皇帝のマントをセレスタインは引っ張った。
「待ってくれよ旦那。このチャンス活かさねぇ手はねぇよ」
毒を含んだ笑みを認めると、不死皇帝も言わんことを十分に察した。
「そうだな。ウィッシュ殿の制止を受けることなく、半殺しにできるな」
かつて帝国という組織にいた2人は、かつて隣国の戦士だった男にゆっ……くりと振り返った。
■ □ ■ □
深紅の尾を何回打ち付けたか既に分からない。だが焦っていた。
何を焦る必要があるのかさっぱり理解できない。相手は同じ『知恵のドラゴン』であってもプチドラゴンの大きさに縮んでしまうほどの魔力を失い、珠魅のドラグーンの核で命を繋いでいるような体である。精霊の力を借りているが、それも全てのマナストーンを吸収した我が身を脅かすには至らぬ微々たるもの。
力の差は歴然。揺るぐ事のない有利。永遠と言っても良い余りある時間。
しかし、焦りは消えず募るばかりだった。
「……なぜだ?」
思わず訊く。乾ききった牙に己の余裕のなさを感じた。
「なぜ立ってくる?」
翼も至る所の骨が折れてしまっているのに、肺が傷付いて空気が漏れる音が聞こえているのに、いくつもの鱗が剥がれ血が滴る姿であるのに、歩く事もできないほど傷付いているのに、彼は立ってくる。
幾度尾で薙ぎ払い、床に叩き付けて、爪で切り裂いても、立ってくる。
確かに殺すつもりはない。
殺してしまえば、風のマナストーンを制御する事はできないからだ。
だが、このままでは
殺してしまう。
「ティアマット…」
先ほど『大丈夫か?』とかけてきた声とは違うかすれた小さな声が聞こえる。
「私達が…なぜ…支配者に…なれ……ないか…分かるか……?」
カッとなる。尾で薙ぎ払い、壁に思いっきりぶつける。
なぜ決めつける?
女神すら超える力をつけた我ならば、全てのマナストーンと6体の『知恵のドラゴン』の力を持つ我ならば、支配者になれる。
「私達もまた……支…えられて……いるからだ……」
そう言いながら立ち上がる小さい姿。
いや
先ほどとは何かが違う。
「私の…い…のちも……今は…お前に…ささ…え、られて…る」
「何?」
何を言っている?打ち付け過ぎて気が狂ってしまったか?
小さい姿でも、微かに、微かに笑っているのが見える。
「きゅ…うしゅう……しようと…思…えば…で、きるのに……しない…じゃ…ないか」
それが目的のはずだ。こんなにも傷つけずとも、戦わずとも、吸収は十分可能だったはずだ。
なぜ、忘れていたのだろう?
「メガロード!!」
声よりも一瞬遅く己の体と同じ規模の衝撃波が迫る。その衝撃波を翼を振って消滅させると、尾を伝って誰かが切り込んでくる。衝撃波を身に纏い、自らの生み出した衝撃波に身を裂かれながら、圧縮された衝撃波を纏う一撃が的確に『竜の急所』に迫る!
「神風!!」
身を捻ってその一撃を避けるが急所のすぐ横を大きくえぐられ、その一撃の余波で守りの薄い翼が片翼切り飛ぶ!
痛みと怒りに、振り向きざまに落ちている空色の鎧を切り裂いた!
バラバラになってけたたましい音をたてて落ちる空色の鎧の中で、その空色の鎧の主が着地した。左肩から胸を大きく切り裂かれた男は、メガロードの元に駆け寄り抱きとめて距離をとって離れる。
痛みで、視界が霞み、意識が揺らぐ。
目がおかしくなっただろうか?
傷を与えた男は、メガロードのドラグーンだ。
そいつに抱えられたメガロードは
プチドラゴンサイズではなかった。
淡い空色の輝きを纏いながら、少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
「セレスタイン…」
メガロードの目が薄く開く。
折れた翼がいつの間にか治り、滴っていた血が止まっている。
ドラゴン特有の再生能力。
「一緒に、あいつをやっつけちまおうぜ」
そうメガロードのドラグーンが笑った時には、メガロードは人が乗れるほどの大きさにまで大きくなっていた。
セレスタインは体が壊れそうなくらい『きらめき』を感じていた。
セレスタインは珠魅と共鳴する事は滅多になかったから、それに対する知識も感覚もなかったが、今自分が共鳴しているのは、メガロードの中にある自分自身の核なのだとはっきり分かっていた。
共鳴する事で増幅した核の力がメガロードの力になっている。
セレスタインはその時
今まで生きてきて、初めて
「一緒に、あいつをやっつけちまおうぜ」
珠魅である事に感謝した。
目を開くと、今まで見た事のない晴れやかな笑みがそこにあった。
「一緒に、あいつをやっつけちまおうぜ」
崩れ落ちる。
その時
セレスタインが助からないくらい大きな傷を負っているのに気が付いた。
「セレスタイン!」
血が一滴も流れない珠魅の傷口。
メガロード自身も感じた事のない熱さに、傷口に触ると肉を焼いてしまいそうで迂闊にその傷口に触れられなかった。
「急所をえぐり損ねちまった…」
そう言って笑う。
その笑みにつられて、メガロードは喉が干上がるほどの怒りを感じてセレスタインの手の上から槍を握った。
「謝るのは…こっちの方だからな」
口を開いて紡ごうとした言葉を、セレスタインに止められる。
「今まで嘘付きっぱなしだったからな」
力強く槍を押し付けられる。
その力と同じくらい力強い笑みを向けられる。
「さぁ…」
躊躇った。
今、目を逸らせば、もう会えないと思うから。
ほら、今もこんなに、軽くなってしまっているのに…
メガロードは飛んだ。
セレスタインの槍を構えて、ただ一言、叫ぶ。
『颶風!!』
空を海を混ぜる強風は、急所のすぐ脇を抉られた深紅の竜帝と、友人を失った竜のいる空間をかき乱し続けた…
■ □ ■ □
核が残っているとは思えない。
期待せずに眺めていると何かが光る。淡い虹色の滑らかな煌めき。
巨大な手のひらでその小さな一粒を拾ってそれが何なのか考える。考えて見当の付いたそれの正体に少し驚く。
でも、そうかも知れないと納得する。
『仲間』の死を、『同族』の悲しみを、笑みで隠して偽り続け
『仲間』の喜びを、『同族』の未来を、笑みで濁して偽り続け
泣けば、癒したい者は癒せず、ただ自らの命を削るだけで
泣けば、守る者を奪う者を、生きながらえさせるだけだと
『仲間』から止められていたに違いない。
皮肉なものだと思う。
嘘偽りないその一言を表したものが
珠魅の象徴と呼べるものなのだから…。
群青の守護神は飛び立つ。
晴れ渡った青空は穏やかに、風は優しく舞い戻った守護者を迎えた。