高らかな宣言

 日中は光の屈折で常に夕焼けの色彩に染まるダングレスト。
 今日はこの街の英雄で、誰からも尊敬の念で慕われていたドン・ホワイトホースが亡くなった日である。彼は『戦士の殿堂』の頭首の死が『天を射る矢』の不手際にて齎された、その責任を取って切腹した。刃を伝い介錯の際に溢れ出たその赤を、夕焼けに見るのだろう。いつもなら誰もが見上げた茜色の空を、住人達は目をそらしただ瞑目して悔やんだ。
 だんだんに紅が紫苑と濃紺に染まり行く空には、次第に星々が輝きを宿し町並みには灯火が灯る。夜景と夜空に取って代わりつつある、ダングレストを一望できる場所にドン・ホワイトホースの墓が建てられていた。真新しい墓石には彼が率いた『天を射る矢』の者達が精魂込めて考えた、彼を讃える賛美の言葉と彼の名が刻まれている。色とりどりの献花と、酒と、ギルドの壁を越えて多くの人々が集まっている。
 泣き崩れる者、怒りに拳を握りしめ震える者、信じられないと呆然とする者、様々な者達の様々な想いが溢れていた。献花用の花束を持って墓参りにやって来た男はそのあまりの人波に、花束を墓に添えるまでどれほど時間が必要なのか全く分からないと悟る。ましてや、花束の持ち主はドンを殺す事に間接的に関与した身。一騒動起きる事も用意に想像できる。
 彼は青い髪を少し整え、乱れ一つない服の下に忍ばせた銃を確認する。ドンとも互角にやり合う実力故に、情に崩れた戦士は物の数ではなかったが、指先に触れた銃の冷たい感触が安心を与えてくれる。花束の持ち主は、一歩後ろに控える様に付き添って来た少女達に言った。芝居掛かったような流暢な言葉が、血の色の薄い唇から優雅に流れた。
「ゴージュ、ドロワット。ここからはme onlyで行きます」
「了解しました、イエガー様」
「宿屋でまってるわよん!」
 短い了解の言葉と、躊躇い無く去って行く気配。
 道の端の街路樹に背を預けていた男は、去っていく二人を花束を持ったイエガーの代わりに見送った。黒い髪に碧の瞳、紫の羽織はドンの傍に居た『天を射る矢』の幹部のレイヴンである。ドンに最も信頼されている幹部とも言われ、殆どの任務をダングレスト外で行いユニオンと帝国の交渉役という特殊な役割すら受け持っていた。あのドンを前に物怖じ一つせず、冗談や軽口を叩けるの深い信頼関係を持っていた幹部は彼だけだったとされている。
 『天を射る矢』の血の気の多い復讐論者の怒りをどうにか抑えて来たのだろうが、最も怒りを感じているのはレイヴン自身であっただろう。だが、ドンが命を賭して守りたかった全て、ドンの決意と意思を無駄にするつもりかと諭した故にその怒りはやり場無く胸に燻っていた。ギルド最大人数を誇る『天を射る矢』が掟も顧みず暴走すれば、ギルドの存在自体が危ぶまれるのだ。
 だからこそレイヴンは世間話でもするかの様にイエガーに話しかけた。
「墓参りか?」
「Yes」
 イエガーは花束を持ち直し、レイヴンを軽く見遣った。束ねられたキルタンサスの花の甘い香りが、二人の間に柔らかく満ちた。
 小さく墓の周囲の人集りを見てやれやれと肩を竦めると、イエガーは改めてレイヴンに向き直った。
「聞きましたよ、ドンがyouにmeの後始末を頼んだ事…」
 皮肉を帯びた笑みでレイヴンを見つめる。レイヴンも隠す事も無いと言いたげに、黙って視線を受け止めていた。
 なにせ、ドンが切腹する直前に大衆の面前で言った言葉だ。背徳の館で時間を出来るだけ稼ぎ、ダングレストに到着するのが遅かったのもあってそのタイミングしか言い様が無かったが、ドンのその言葉はおそらくダングレストのギルド全体に知られていた。
 レイヴンがドンの仇討ちとして指名された。
 ドンの意思を尊重するならば、それはイエガーの仇討ちをレイヴン以外が行っては行けないという事にも繋がっている。怒りを燻らせるギルドの人間達は、ドンを殺した間接的原因のイエガーにも怒りを感じていたが、やる気を滲ませずへらへらと平然としているレイヴンにも同様の怒りを向けられていた。事情を知っている人間が見たら、何故目の前に居るのに仇を討たぬのかと叱責されても文句が言えない。
「お前さん程の裏見えない組織、簡単に挑んじゃう程無謀じゃないつもりよ」
 軽薄な口調で冗談の様に言葉が紡がれ、羽衣の袖が笑う様に風を含んで膨らんだ。
 でも目の前に居るイエガーを殺す事も出来るのよ? と含まれた冗談では済まされない言葉。しかし、レイヴンは胡散臭い笑みを浮かべて動く事はしない。
 ギルドの人間にはあまり見られない慎重な見解と、多角的な分析。ユニオンの盾とも言える帝国との交渉役を務める彼だからこそあって然るべきそれだが、能ある鷹は爪を隠すと言いたげに滅多に明るみに出ない。レイヴンがドンの右腕として信頼された実態をかいま見て、イエガーは悪戯でも思いついたかのような笑みを浮かべた。
「ドンはyouにギルドをknowして欲しいのです。ギルドの義による制裁のPain…、それは帝国のLawが人々を傷つけるPainそのものです」
 イエガーの押し殺した笑い声は、皮肉を微塵も感じさせなかった。
 まるで友人を前にしたかのような優しさがある。
「youに期待しているんでしょう。youならば若者達が、間違った方向に行くのをSilentしては居られない」
 『おめぇだから、頼めるんだ』
 ドンの最後に向けられた言葉。それが鮮明に浮かんで、レイヴンは沈痛な面持ちで瞳を臥せた。
「ドンの言いたい事…分かってるような言い方だな」
「少なくとも、youよりかは」
 しれっとした様子で、イエガーはレイヴンを見下ろした。
「Will it be so? シュヴァーン?」
「………」
 レイヴンはシュヴァーンの名に眉間に皺を寄せた。その表情はユニオン本部で飄々と歩き軽薄な笑みと態度を崩さないレイヴンではない。
 その頑なまでの表情にイエガーは苦笑を漏らす。
 久方ぶりに会ったシュヴァーンは相変わらず、お人好しで仲間想いのままだ。帝国は法で人を裁くが、ギルドは義と掟にて人を裁く。二つの道を器用に行き来して来た筈のこの男は、今その狭間で苦悩しているのだ。命を多く失う事を知り、これ以上命が失われる事を拒んで来た彼が、殺人を強いられる苦痛を自分が想像しては失礼だとイエガーは考えるのを止めた。
「ドンはmeを裁く人間をレイヴンにNominationしました。それはドンの心遣いです」
 『天を射る矢』の暴走を抑える為、ギルドの掟が崩れない為、多くの仲間の血が流れない為。相手の裏を知ろうとしないまま仇討ちに走れば、ギルド内での戦争にも発展しかねない。仇討ちの為に戦争も辞さない、それほどの偉大なる男の死であったのだ。
 そして、きっとイエガーとシュヴァーンの為。
 イエガーが裁かれて本望だと思うのはきっとシュヴァーンだけ。シュヴァーンも犯罪に手を染めたイエガーを止めたいと心から願っている。誰かに止めてもらうなんて、真っ平ご免と責任感の塊なのだから殺してでも止めるならシュヴァーン本人が動くだろう。いつの間にドンが彼等の事を知っていたのかは知らないが、ドンはそれを知っているからこそ言ったのだ。だからこそ、イエガーは口にした。言わなければこの物わかりの悪い男は、いつまでも悩み自分が死んでも割り切れやしないだろう。
 そして、相手もそれを理解した。友人だから伝わりやすいのだろう。シュヴァーンは碧の瞳を切なそうに細めた。
「お前は相変わらず優し過ぎるな…」
「Meは今、Very Very Happinessですよ。私の罪を裁き、殺しにくるのが貴方であると知ったのですから」
 イエガーは手を広げ、大げさに言う。
 その様子に、シュヴァーンが目の前に歩み寄った。互いに手を少し伸ばせば触れてしまいそうな距離に、キルタンサスの花が咲き誇っている。
「必ず、殺してやる」
「待っていますよ、マイフレンド」
 高らかに告げられた宣言。
 諾々と受け入れた宣言。
 それらを交わす表情は、昔から変わらぬ親友を見て笑っていた。