どうぞよろしく

「シュヴァーン隊は不思議な部隊ですね」
 フレンはその言葉に不思議そうに隣で酒を飲む男性を見た。今回の主役の一人、シュヴァーン隊に所属する女性と結婚する事になった男性だ。新郎はフレンより年上で実力もある為に、フレンが小隊長に抜擢されなければ彼が小隊長になっていたと噂される程だ。真実はどうであれ、フレンと新郎は同じ平民の出身で仲が良かった。
 王城の中庭を借り切り、ささやかな披露宴を行っている真っ最中だった。楽器が得意な騎士達が歌を歌い楽器を奏で、男性は隊服のままだが女性はドレス等を身に纏う。宴の隅では隊服の男性達が巡回や警備の業務を交替し、より多くの隊員が宴に参加しようとしていた。
 花嫁の真っ白いウエディングドレスが輝く様に美しく、祝福の声があちこちから響く。星喰みの脅威や魔導器が失われる事等混乱が続く中、小さくとも明るい話題が騎士達の心を明るくさせているのを感じさせた。
「騎士らしくは無いのかもしれませんけど、凄く素敵だなって思わされます」
 フレンの視線を感じて男は笑いながら説明した。
 シュヴァーン隊に所属する花嫁は貴族の令嬢で、前代未聞と言うべき平民への嫁入りを果たした。上流でも下級でもない中層の貴族だったが、彼女はともかく貴族意識が根付いた彼女の身内からの反対は熾烈極まるものだった。騎士団に属している騎士は皆、貴族意識とその自尊心の高さを知っている。全てを語らずともそれだけで十分な説明だった。
 婚姻に至るまでの経緯だけで、一冊の本になるだろう大恋愛だった。平民で諦める事に慣れていた男も、何度も諦めようとしていた。そんな事を苦笑しながら語る新郎は、ふと花嫁に視線を送る。
 真っ白いドレスにシュヴァーン隊のオレンジの腕章を付けた花嫁は、夫の視線を満足そうに受け取って百合の様に微笑んだ。着飾る中に戦闘できる動き易さを考慮したお洒落をする女性騎士に囲まれているかと思えば、彼女らはシュヴァーンを囲い込んで話している。あまり背の高く無い隊長は、女性達の高く結い上げた髪に隠れてしまいそうだ。
「シュヴァーン隊にはとても助けられました。実は主席の事は良く知らないんですが、きっと良い人なんだろうなって思っていました」
 新郎は笑って言った。フレンも笑って同意した。
 それぞれの隊は隊長の影響を色濃く受ける。アレクセイは正に騎士そのものを具現化したような人物で、彼の部下達も騎士として振る舞う事を求められる。キュモール隊は貴族主義が濃厚で、貴族への騎士団の配慮が具現化した隊だったろう。またシュヴァーン隊も異色の隊である。人魔戦争の英傑と称えられるシュヴァーンらしく、最善を選ぶのに逐一上を伺ったりしない様な戦闘と任務に特化した隊である。
 それぞれの隊長の特色は、個人差はあっても確実に影響を及ぼす。新郎もまたシュヴァーン隊の複数の騎士達から、隊長の存在を感じているのだろう。そしてシュヴァーンと共に行動した事のあるフレンは、新郎の言葉に深く納得するのだ。
「シュヴァーン隊長は良い人ですよ」
 勿論、レイヴンさんでも。それは口にしなかったが、フレンは心の中で付け足した。
 新郎は嬉しそうに微笑んだ。
「貴族も平民も同じ人間。私はそう思って騎士団に居ましたけど、やはり平民は否定されがちでした。隊長主席の隊ほど貴族も平民も関係ない隊はありませんよ」
 シュヴァーン隊の援助は正に多岐に渡るものだったそうだ。平民出身が多い隊だからこその同情や励ましもそうだったが、彼等はとにかく諦めなかった。彼女は親の説得を続けたし、そんな彼女の為に隊は一つになって力を貸したという。新郎は自分が諦める事の方が振られる事より格好悪かったろうと笑う。
 当時を振り返っている新郎の瞳は遠くを見ていたが、その瞳に宿る光は温かい。
「まるで家族のようです」
 平民は騎士団に入団すると、殆ど家族と会う事が出来なくなる。それは騎士団の任務の煩雑さだけではなく、平民だからこそ余計に任務を回され戦闘に駆り出されるからだった。平民の家族が騎士団の人間の援助等、金銭的にも立場的にも難しい。そんな場所で家族のような存在がどれだけ力強い事か。帝都の下町に家族と言える存在がいたフレンは痛い程分かる。
 人魔戦争で多くの仲間の死を見、自身の死も感じたシュヴァーンである。誰よりも他人の死を嫌い、また死を避けられないものと受け入れている人であろう。だからこそ関係を大切にし親身に接するのだろう。後悔の無い様に。
 きっと言葉にする事はないのだろうが、それを部下は感じ取り実戦しているのだろう。本人が聞いてこれほど誇らしく感じる事もないだろうが、別の隊の小隊長のフレンでさえ胸が熱くなる。アレクセイのような毅然とした騎士も目標であったが、フレンにはそんな小さくとも大切な事を何時までも大事にしたい騎士でありたいとも思う。
 心地よい沈黙に、突如女性達の歓声が響いた。
 見れば花嫁がシュヴァーンに抱きかかえられている。花嫁は嬉しそうに笑い周囲が羨ましそうにはしゃいでいるのを見ると、花嫁がシュヴァーンに願い出たのだろう。会話の端々には『このまま隊長と結婚しちゃおうかな!』という冗談も聞こえるが、流石のシュヴァーンは上手く流している。騎士であっても一人の女性の嬉しそうな様子に、シュヴァーンも何時になく穏やかな笑みを浮かべている。
 シュヴァーンは花嫁を抱えたまま新郎の前まで来ると、深々と頭を下げた。
「どうぞよろしく」
 短く淡々としていたが、まるで娘が結婚する事を諦めた父親の様に見えてその場の誰もが笑いを堪えた。そうでなくても花嫁の上司がそんな事を言う義理があるのだろうか。律儀なのか生真面目なのか判断に悩むが、シュヴァーンの人の良さを彼等は目の当たりにした。
 新郎は今までフレンが見たどの敬礼よりも背筋を伸ばし、今まで見た中で最も誇らしい顔で即答した。
「必ず幸せにします!」
 その答えにシュヴァーンは眉を顰めた。
「彼女だけじゃなく、君も幸せになるんだ」
 まるで訓練の際の指摘のような温度の無さだったが、それが真剣味を増して響く。
「はい!」
 顔を耳まで真っ赤にしながら、新郎の誓いが空の下に響き渡る。花嫁が降ろされると、跳ねるような身軽さで新郎に抱きついた。シュヴァーンが短く祝福の言葉を告げて一歩身を引くと、周囲に控えていた他の騎士達が押し掛ける。おめでとうという言葉が大輪の花の様に広がって、幸福が匂い立つ様だ。
 シュヴァーンはぼんやりとその様子を見つめていたが、フレンが隣に歩み寄ると照れ隠しの様に苦笑する。元々、祝いの席にこれほど似つかわしく無い存在は居ないだろうと自負するシュヴァーンは手持ち無沙汰だったからだ。フレンはシュヴァーンの気まずさ等知らぬかの様に頭を下げた。
「隊長、ありがとうございます」
「何故、君が礼を言うんだ?」
 本来ならもっと素敵な建物と厳かな空気の中で誓いの言葉を交わすべきなのに、彼等の目の前にあるのは王城の緑溢れる中庭で誓いの言葉は歓声と拍手で上手く聞き取れずに居る。花束は帝都の花屋で買って来たものだろう。食事も結局、それぞれの隊の腕自慢が用意した。ちなみにウエディングケーキはシュヴァーン作で、ルブラン小隊が仁王立ちで撮み食いから死守している。
 もっと素敵な式だって挙げられた筈だった。貴族の花嫁なら不可能ではないのだ。
 不思議そうに見上げるシュヴァーンを、フレンは快晴の空のような笑みを浮かべ前を示した。
「ほら、見て下さいよ」
 花嫁は屈強な騎士に持ち上げられ、新郎は胴上げされる。その様子は確かに結婚式に遠かったが、結婚式では見られないだろう笑顔で新郎新婦は笑っていた。その笑みに吊られ、シュヴァーンも嬉しそうに微笑む。
 フレンはその笑みを見て思う。隊長は愛する人だけでなく自分も幸せになりなさいと言ったが、それは周囲も同じ事を隊長に望んでいるのではないかと。新郎の言う通りの家族のような隊なら、身内の幸せを誰もが望むものだ。結婚らしい式を拒否してこの形式を取ったのは本人達の希望だとフレンは聞いた。
「幸せそうだな」
 良い事だ。シュヴァーンはそう言って微笑みながら部下達の宴を見つめていた。