当たりの日

 はい、どうぞ。
 木目の美しいテーブルに置かれたのは、一切れのショートケーキだ。ティアラのように天辺を飾るのは、大振りの苺。純白の生クリームをたっぷりと纏い、花嫁のドレスのように絞ったクリームが美しい飾られている。断面は果汁を染み込ませてほんのり赤く色づいたスポンジと、白いクリーム、カットされた苺の断面が層を作っている。さらにケーキにバニラと苺のアイスクリームが添えられて、砕いたナッツと黄金の蜂蜜が白いキャンパスを華やかに彩る。
 サイドに添えられた銀色のスプーンとフォークには、口をあんぐりと開けたアシェットの顔が映っていた。ぽかんと開いた口が閉じられ、えっとと舌が歯の裏を弾く。
「本当は腹に溜まる物を、食べさせてやりたいのだが…」
 珈琲を置いて向いに腰を掛けたのは、若き騎士の上官。ぎっと木製の椅子を軋ませて着席した所作すら上品で、この人が平民から叩き上げで帝国騎士団隊長主席になったと忘れてしまう。
「君に是非食べさせてやってくれと、青年が言っていてな」
 そう目を細めたシュヴァーン・オルトレインはオレンジの長衣を羽織った比較的砕けた装いで、テーブル半分に広げられた書類を手に取ったところだった。
 報告の為とはいえ久々の帝都だ。帝都出身の同期のユーリ・ローウェルに勧められた店の一つに訪ねてみれば、何故か上官がショートケーキとアイスの盛り合わせを奢ってくれると言う状況になっていた。しかも店主はカウンターの奥で寝ている為、上官手ずから盛り合わせてくれた。
 同僚達に話したら絶対に羨む状況に感動しながらも、アイスが頃よく溶けているので慌てて手を合わせる。
「いただきます!」
 柔らかいケーキにフォークを差し入れると、ふわりと軽い手応えで掬い上げる。しっとりと白いクリームの上に塗される艶めき、きらりと光る苺の果汁、それらを柔らかく受け止めるスポンジ。さらにバニラアイスと蜂蜜を絡めれば、甘党で有名だったユーリすら羨む一口の完成だ。アシェットは向いに上官が座っているのも一瞬だけ忘れて、その一口を頬張った!
 ぱっと脳裏で、黒い艶やかな長髪をしならせユーリの白い顔が振り返った。弱い蝋燭の光でも、その表情は喜びで太陽のように眩しい。
『アシェット、今日は当たりの日だ!』
 口の中に広がった美味しさを逃すまいと、思わず手が口元を覆った。
 本場の貴族主義に辟易しながらも、厳しい修練と座学に耐え忍んでいた騎士見習い時代。その時代のちょっとした楽しみが、ユーリ・ローウェルを中心とした食堂へのつまみ食いだった。巡回の隙を狙って食堂へ行き、残り物を失敬する。平民だからとおかわりが禁止されていた為に、慰め程度でも腹に納めなくては食べ盛りの胃袋は一晩中鳴き続けるからだ。
 マーボーカレーに唐揚げポテト。ミネストローネに野菜炒め。残っていない時はバレないようにパンに野菜とハムを挟んでサンドイッチにしたり、おにぎりをこさえたものだ。
 そんな日常の中に『当たりの日』が存在した。
 どんなに話題が盛り上がっても声を上げて笑ったりしないユーリが、すごく嬉しそうに声を上げる。甘党ユーリだけが嬉しいだけではなく、その日に当たった奴は誰もが喜んだ。
 『当たりの日』はデザートが残されているのだ。
 しかも、すごく美味しい。
 店があったら毎日通えると甘党ユーリに言わしめたが、アシェットも店があったら両親の手土産に焼き菓子を購入したいくらい美味しいのだ。平民出身の騎士見習い達の殆どは、この当たりの日のデザートに救われたといって過言じゃ無い。
 美味しくて、幸せな一口。
 貴族の心無い仕打ちや、平民だからと辛辣な扱いに折れそうな心を救ってくれた味。アシェットも思わず涙ぐんで、鼻の頭が赤らんでくる。
「喜んでくれたようで何よりだ」
 同期の出世頭は団長にまで上り詰めてしまったが、アシェットは小隊長にもまだ慣れない下っ端だ。それでも、頭を回せと日々言われて世界を駆け回るシュヴァーン隊の騎士だ。
 青年が食べさせてやってくれと頼んだ。この青年がユーリ・ローウェルを指す言葉であることは、シュヴァーン隊で知られていた。隊長がもう一つの姿で、ユーリ・ローウェルが所属するギルドと共に行動することがあったからだ。
 きっと、ユーリは『当たりの日』のデザートを、シュヴァーン隊長が作っていると気がついたのだ。
 だからアシェットにも食べさせてやろう。
 上官を顎で使うのはどうかと思うが、ユーリの人の良さには感謝する。
 珈琲を一口啜った上官に、アシェットは上目遣いで尋ねた。
「隊長が食堂にデザートを置いて下さっていたんですか?」
「それはどうだろうな」
 シュヴァーンが若き見習い騎士だった頃にも『当たりの日』は存在した。
 しかし、それは罠だ。
 恐ろしい上官殿の夜のおやつが入っている。うっかり手を出して翌日には、恐ろしい扱きが待っているのだ。そんなうっかりした同期に罪を擦り付けられ、地獄を見たことなどアシェットは知る由もない。
 今の世はそんな心配もないのだから、平和なことだ。シュヴァーンは小さく微笑んだ。
 今夜もきっと『当たりの日』だろう。
 棚に入っているのはショートケーキに違いない。