アレフ

 旅に出て、今まで通り生きて行こうじゃねぇか。
 英雄だろうが何だろうが、俺は生きてるから金がかかるんだ。
 戦って、走って、死にかけて、埃にまみれる生活が当たり前な俺に、黙って留まって動かない事が苦痛なんだ。
 だから頼むよ。泣かないでくれよ……。

 ■ □ ■ □

 世界に光が戻ってもう一か月ほど経ったんじゃねぇかな?
 お日さまもポカポカと暖かい天気の良い日。俺は欠伸をかみ殺しながら、のんびりとガライの町を目指して街道沿いに北上していた。俺以外の旅人の影も見えないし、魔物達の気配もしないから平和なもんだ。
「アレフさん!!」
 人じゃない声が真上から聞こえると、突風が背中を突き飛ばす勢いで吹いてきた。立ち止まって堪える俺の目の前に、透ける蝶の羽を持つドラゴンが優雅に降り立った。深紅の瞳が俺を見つけると、ぺこりと人ならざる頭が下げられた。
「お久しぶりです」
「イトニー!どうしたんだよこんな所で?」
 俺がイトニーの名を呼ぶとドラゴンは人には聞こえぬ音域で鳴いて、俺が傍に歩み寄る頃には初めて会った時のように人間の旅人の姿に変化していた。相変わらずの緑の髪に深紅の瞳、ドラゴンだと知らない男どもが皆振り返るだろう美人の女の姿だ。
「竜王様からガライに行ってこいと命じられまして…。ほら、最近お墓が発見されたという話が出たじゃないですか。その調査隊に混ざって光の玉についての記述を調べに行くんです」
 あぁ、なるほど。ガライはロトの時代に生きた吟遊詩人だ。ロトの伝説とアレフガルドの過去を今に伝えることができたのは全てガライの偉業であり、それを調べれば光の玉の事も分かると踏んだんだろう。イトニーはそういう伝承とかが大好きなインテリジェンスだから、竜王の人選も納得の行くものだ。
「俺もガライの墓の調査隊の護衛の仕事にありつこうと思ってな」
 俺が歩き出すとイトニーも俺の隣を歩き出す。
「傷も癒えて早速平常業務ですか。全く、アレフさんの傭兵魂には唸らされますよ」
 そこでイトニーは言葉を切る。
「……で、ローラ様は?」
 窺うように切り出されたローラの名前に、俺は無表情の下で『来たよ』と嘆息した。瞼を閉じればあの泣き虫で我が儘で、苦手なあの箱入りお姫さまの顔が浮かんじまう。
 苛つきも手伝ってぶっきらぼうな答えが口から飛び出る。
「貰うもん貰ったからもう城には用はねぇよ」
 イトニーが固まったのか気配が歩く分だけ遠ざかる。あまり遠ざかるのも良くないだろうし立ち止まろうとした時、ようやくイトニーが動き出して俺の隣に駆け寄ってきた。
 不安そうな深紅の瞳が俺を見上げる。
「ちょっ……アレフさん」
「なんだよ?」
「ローラ様はお引き止めなさらなかったんですか?」
「凄かったぜ。泣くわ喚くわ暴れるわでよ、翌日にゃあ在らぬ噂が立つくらいだ。侍女どもはニヤニヤニタニタ俺を見てなにか話してるし、兵士どもは羨ましそうに眺めやがって、極めつけが爺の『昨日はお楽しみじゃったのぉ』だぞ!あんな所にいたら俺の人格がぶっ壊れちまう!」
「………ぷ」
 イトニーが突然笑い出した!
 その笑いっぷりは淑やかではにかむような笑みが似合うイトニーからは想像できない、大口あけて腹を抱えて涙目になりながら大声で笑っている。
 旅の最中でさえそんな表情など見たことない俺は、ただただ唖然とするばかりだ。
「アレフさんって純粋な人ですねぇ!私なんかそんな事ちっとも気にしませんよ!」
「なっ!」
 俺の真剣な悩みを笑い飛ばしやがっ…
「私なんか竜王様の側近して長いですから、竜王様に恋いこがれるメスドラゴンから殺意のこもった視線で見られますし、毎晩夜這いにやってくる不埒な輩を門前払いにしているものですから、最近は死神の騎士殿まで『医療品が足りなくなるからやめてくれ』って私に文句言ってきますよ〜」
 …………。
 イトニー…、お前って城でそんなことしてるのかよ…。
 竜王は奥手どころか純情でマザコンで、恋や愛って感情よりも仕事と冒険が好きな奴だとは旅で分かっていた。しかし恋愛経験くらいはあってもおかしくないのに、恋愛の『れ』の字もないのはこいつのせいだったのか。
 深夜の月の下、竜王の部屋の前で恋敵を炭にしている姿が目に見えてゾッとする。
「どうしました?」
 炎のような赤い瞳が急に大人しくなった俺に疑問のまなざしを向ける。
 俺は引きつった笑みの顔をようやく横に振ると、前を歩き出したイトニーに聞こえぬくらいの声で呟いた。
「今少しだけ竜王に同情した」
 同時にローラに好かれてるって事にも感謝した。
 きっと浮気してもローラだったら平手一つで解決しそうだから。
 まぁ、あの竜王が浮気なんてするとは想像すらできねぇけど…。
 疲れきった頬に当たった風に潮の匂いを感じた。どうやら街道が海に面している所までやってきたみてぇだ。ガライの町が荒波に削り取られた複雑な崖の遥か彼方にあるのだが、まだまだ先で今は見えない。だが今日中には着けそうだな。

 ■ □ ■ □

 勇者ロトがこの地に光をもたらした後に創立されたこのガライの町の歴史は、アレフガルドのどの町よりも浅い。しかしガライの残した歌や伝説などありとあらゆる文献が残されている今は、この町は学問と芸術の町で温泉郷マイラ並に特色のある町だった。
「さて…どこに行けば調査隊の仕事を受け付けてくれるんでしょうね?」
「さぁ…?」
 俺とイトニーはガライの町の入り口から町をぐるりと見渡した。ガライの町のシンボルといえる巨大な煉瓦造りの建物を中心に、商店街と住宅街が取り巻き、さらに海の方へ近付けば漁師達の住処と船ばかりがある。
 俺は黒々とした煉瓦造りの建築物を指差した。
「とりあえず図書館でもいくか。あそこは役所も兼ねてるからな」
 この町の創立者ガライは煉瓦造りの建築物を一番はじめに作り上げたという。この土地はアレフガルドの最北に位置し、しかも強い海風が北と西から吹き付けるから、冬には大雪を伴い夏も数週間ほどしかやってこない。だからガライは雪と風に強い煉瓦造りの建物を築き、家をも潰す雪の避難所として、そして避難所生活を楽しませるため自らの歌を聴かせる為の施設として機能させたという。
 ガライ亡き後はガライの残した膨大な文献をこの建物に保存し、彼の遺産を継ぎし者達がその管理をした。今も避難所として機能も果たすが、堅牢な建物が役所を兼ねているのは自然な事だろう。
 そしてその図書館で衝撃の事実が告げられた。
「吟遊詩人ガライの墓はまだ発見されておりません」
『えぇ!?』
 発見されていません…ってどういう事だ!?
「実際はガライの墓についての文献が発見されたので、墓が見つかったら調査隊を募るという話をしていたのです」
 情報だけがフライングしやがった…。ラダトームの情報屋、帰ったら絶対締め上げてやる!!
 俺が脳裏で復讐の内容を考えている間にも、手ぶらじゃ帰れないイトニーが役所の職員に食らい付いていた。
「文献が発見されたのに、未だに墓が見つからないんですか?」
「そうなんです。内容が全く抽象的な物で、具体的な記述がどこにもなくて…」
「その文献、拝見させてもらってもよろしいですか?」
 イトニーの願いに差し出された文献は、転写されて間もないのか新品の本だった。しおりが挟まれている所には、確かに抽象的でどこの事を言っているのかさっぱり分からない文章が綴られていた。

『闇を恐れず、闇を庇護しつつ、闇を進め
 闇の中で生まれし私が闇の中で果てる事という事は、この世界を光へ導いた発端となるべき存在への、この地で得た最初の親しき者への、そしてこの地を奪ってしまった事への、最大の敬意であり謝罪である
 光の境界線を超えたそこに、私の残す最も長き物語と、私の竪琴を安置するだろう』

「ん〜…」
 イトニーが頭を抱えた。
「確かに吟遊詩人ガライは生涯銀の竪琴を肌身離さず持っていました。銀の竪琴が未だに発見されいていないという事は、未発見の彼の墓に共に安置されていると考えるのが普通です。でも…どうして隠すような真似をするんでしょう? 彼の功績は数百年経った今でも讃えられているのに…」
「そんなの知るかよ。でもガライは誰かに対して悪い事しちまったから、その罪滅ぼしの為に墓は誰にも見つからないような所に作っちまったんだろ?讃えられる事すら苦痛なのかもしれねぇ」
 『世界をよくぞ救ってくれた』
 ラダトームに戻った俺を迎えた幾千の人間たちの異口同音の感謝の言葉。俺はその言葉に耳を塞ぎたかった。
 言ってやりたい事が、反論したい事実がたくさんあった。だが、言ったらどうなる?『あらぬ不安と混乱を招く。だから黙っておけば良い』竜王がイトニーを通じて伝えた言葉は確かに的を得てた。
 だが俺は……正直申し訳なかった。
 真実が言えない事。我慢させている事。そして、気遣ってもらっている事。
 そんな後ろめたさを持っている奴が、讃えられる事をどれだけ苦痛に感じるのか、俺は痛いくらい分かった。
「あ〜ぁ……結局無駄足かぁ…」
 俺は腰に手を当てると腰に下げた相棒の鋼鉄の剣が、がちゃりと揺れた。
 ピィン
「ん?」
 何か、嫌〜な音がした気がしたんだが…。
 俺がその音の正体を探そうとした時、教会からか鐘の打つ音がここまで響いてきた。夕刻の鐘の音で店じまいをする商店も多く、どうやらここも閉館らしい。職員や利用者が慌てることはないが、動き出した。
「アレフさん。もうじき閉館のようです。今日はここで引き上げて宿を取りましょう」
「あ…あぁ」

「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」
「どうしたんですか!?」
 宿を取った俺は毎日欠かさぬ剣の手入れを始め、さっきの嫌な音の正体をようやく理解した。柄と刃が分離してしまった鋼鉄の剣の前で呆然する俺を、隣の部屋から慌ててやってきたイトニーが見下ろした。
「留め金をどこかに落としてしまったんですか?」
 そう、あの音は剣の留め金が落ちる音だったんだ。
 留め金はがなくなっては、剣は剣であって剣にあらず。つーか切れ味のいい刃があっても、グリップの効いた柄があっても、その二つを固定する留め金がなくては剣にならねぇんだ。逆に留め金がなくちゃ剣をバラして刃を打ち直してもらうこともできねぇ。
 このままでは…鋼鉄の剣を買い直さなくてはならん……。
「そんな出費、認められるかぁぁぁぁっ!!」
「うわっ!…ってアレフさん!どこにいくんですか!?」
「図書館だぁぁぁ」
「と、図書館!?今は閉まってますよ!?」
「知るかぁぁぁっ!」
 全力で走って図書館までやってくるとイトニー言う通り閉館している。だが、そんな事知ったことではない。
 俺の鋼鉄の剣を買い替える金に比べれば、扉をぶち破る行為などなんと小さいことだろう!
 だが俺は平和主義者。そんな野蛮な行動する奴らよりも、スマートな傭兵なのよ。
 ベルトに仕込んだ針金を取り出すと、鍵穴をそれで器用に開けた。知っていると便利だからと元盗賊の同業者から教わったものである。俺はいざって時のために常にベルトに針金を仕込んでいるんだ。
 案の定中は真っ暗。
 雪と寒気を防ぐために、この建物には窓がないのだ。
「ちくしょう。松明持ってくりゃあよかったぜ」
 だが、夜目が利く方だから階段とか壁とかが分かるくらいにまで目を慣らすと、俺はそのまま中に進み出した。
 夕方頃にイトニーと閲覧してただろう場所は、図書館の入り口から大分奥まったところにあった。たどり着くと早速落とした留め金を探すため両手を付いて机の下を覗く。確か留め金は錆びちゃいねぇだろうし、毎日磨いてるから灰色っぽいはずだ。
 しかしさっきから気になってたが、毎日役所や図書館として使われてるくせに、なぜかカビ臭いというか青臭い。
「洞窟ん中にいる気分だ…はぁっくしゅん!!」
 ……ちくしょう、むかつく
 鼻を啜ろうとしたとき、耳に微かに何か小さい金属が転がる音がした。
「と…留め金!ど、どこだ!?」
 音のする方角に必死に手を伸ばすと、右手の薬指の先が小さい何かに触れた。
 ちりぃん、ち…りぃん、……………………りぃん、りぃりぃりぃん…。
 煉瓦の床に留め金らしい金属が落ちる音が遠ざかる!どうやら何かの段を落ちていってしまったらしい!
「わっ!待て!」
 手を伸ばそうとした瞬間、反射的に使えもしない剣に手をかけて振り返った!
「見つかったんですか?こんな真っ暗の中ではドラゴンの私なら見えても、人では見えませんよ?」
 イトニーが右手にレミーラの光を掲げて歩み寄ってくる。松明の暖かみのある光とは違い、冷たい白い光がテーブルを本を高い天井を、俺の視界に映る全てを薄ぼんやりと照らす。
 ようやく白い光に慣れたところで、俺はさっき手を伸ばした所に向き直った。
「今見つけたんだけど、隙間だかなんだかに落っこちまったみ…」
「…?隙間なんかありませんよ?」
 イトニーの声を背中に聞く。
 そこには留め金一つ滑り込む隙間もない、床と壁があるだけのただの壁際だ。きっちりと寄せられた煉瓦は、しっかりと漆喰が埋め込まれていて風の通り道すらない。
「そんな訳ねぇ。だって…だって今留め金が落ちていった音が聞こえたんだ」
 壁を触っても叩いても、壁に当たる振動と衝撃が確かに腕を伝わった。
 イトニーが横にしゃがみ込んだ。
「アレフさん、別に鋼鉄の剣を買い替えなくても、留め金だけ新調すれば良いんですよ。留め金だけなら数百ゴールドくらいで出来るんじゃないですか?」
 …………はっ!
 そうだ、鋼鉄の剣を買い替える事ばっかり考えていたが、俺の手元には柄と刃が残ってる。留め金だけ買えば、出費はそれだけだ。
 …………
 …………
「そんな出費、認められるかぁぁぁぁっ!!俺は留め金が見つかるまで探すぞぉぉぉっ!!」
 がぁんと何かがぶつかる音が響いて、いきなりレミーラの光が消え失せた。
「あぁ!全くアレフさんの言葉に呆れてレミーラの光が消えちゃいましたよ」
「…ちょっと待てイトニー」
 イトニーが慌てて呪文を唱え直そうとするのを俺は止めた。
 なぜか外の外気とは違う空気を鼻先で感じる。先ほど感じたカビ臭さも意識を集中するとより強く感じる。
 恐る恐る手を伸ばす。そこには壁があるはずだ。
 体を前に出し過ぎないほど手を伸ばしその手が何も触れないと分かると、今度はゆっくり手を下げる。床を探るために下げられた手は、床についた俺の膝よりも下で冷たい石の感覚に触れた。
 俺は手を引いてイトニーのいるだろう方向に言った。
「イトニー、お前の目で壁は見えるか?」
「いいえ……っておかしいですよ。ドラゴンの目は闇でも見えるようにできてるのに、アレフさんの前辺りだけ何も見えないです。真っ暗な闇が広がっているだけ…」
「明かりを付けずにこの先を進むぜ。もしかしたら、俺達が初めて墓参りに行く生物かもしれん」
 謎が解けたように感じた俺は、はやる気持ちと嬉しさを抑えて目の前の闇を見つめた。

 闇を恐れず、闇を庇護しつつ、闇を進め
 ガライの残した墓への道しるべの通り、明かりの元では決して見つけることのできない入り口だった。窓一つ作らなかったのも、もしかしたらこの墓のためだったのかも知れない。
 閉館になった図書館に流れ込んでいたカビ臭さや青臭さは、どうやらこの地下にしみ込む海水で壁に苔やカビが生えているからのようだ。床や壁は湿っている程度で滑りやすくはないが、カビや苔を注意しなくちゃならねぇ。
 螺旋階段だろう造りの石畳をひたすら手探りで降りて行く。暗闇に強いドラゴンの目も役には立たない特殊な闇。
 おっかなびっくりの足音が遠く低く筒状の空間に落ちて響く。
 遠くから水の滴る音が、流れる音が足音と一緒に無音の空間で無気味な音楽を奏でる。
 魔物がいないのがせめてもの救いだ。おそらく入り口は図書館の中だけだったんだろう。
「もう階段がないみたいですね。気をつけて下さい」
 イトニーの言葉が響いた瞬間、突然俺達の頭上に蝋燭のような明かりが灯った!
 真っ暗で何も見えない時間が長過ぎたせいか、レミーラよりも柔らかい光ですら眩しく感じる。イトニーがその光を掲げる燭台に近付いて調べはじめた。
「ある一定の条件で発動する呪文が組み込まれた燭台のようです。…すごくよくできた仕掛けですね。呪文で加工された金属ですから腐食の具合で年代は測れそうにないですが、これだけの技術は近年の職人や魔法使いでは不可能でしょう」
「それよりも、この燭台の下つーかタイルにはめ込まれたこれ、ロトの墓の文字じゃないか?」
「そうみたいですね…」
 イトニーが俺が指差した壁を見始めた。実は壁は文字が刻まれたタイルで覆われていて、タイルの一枚一枚に一文字の割合でロトの墓所で刻まれていた文字が刻まれている。
「すごい!今までの歴史がひっくり返りますよ!!」
 イトニーが壁に向かって歓声をあげてるんで、俺も読めもしないのに壁に目を凝らす。
「何が書いてあるんだ?」
「勇者ロトの伝説が、ガライが伝えている伝承よりも精密に記されているんです」
 そういったが早いか、イトニーは飛ばし読みのように歩きながら壁に刻まれたロトの伝説を読みはじめた。自動的に灯る明かりでレミーラは必要なく、集中する彼女の呟く声でロトとその仲間達の軌跡が俺にも分かってきた。
 デルコンダルの国王の言った事、ムーンブルクのリウレムの言葉、光の玉の事、勇者ロトの事、ルビスの無言の肯定、ゾーマと呼ばれた魔王、そして竜王という存在。今までこの地に光をもたらそうとして、知ったこと全てが繋がるような気がする。
 海水がしみ込んで小さい川が巨大な墓の中にいくつもできている。その川の流れにそって、物語は進んでいく。
 そして地下4階にも及ぶ広大な物語の最奥に、吟遊詩人ガライの墓があった。銀の竪琴のはめ込まれた石碑を中心に、海水に満たされた池が青く輝いている神秘的な空間だった。その光の正体は青く輝くタイルで、魔法陣のような複雑な模様になるように床に敷き詰めらているかららしい。イトニーが言うにはこの魔法陣こそこの墓全体の仕掛けの中核なのだそうだ。
 石碑にはガライの言葉が、ガライの口調で刻まれていた。

『ようこそ 私は吟遊詩人のガライと申します
 もうお気付きでしょう 私は人々に優しくも卑しく嘘をつき、真実は私と私の竪琴と共に封印しました
 しかし私は思うのです
 私が仲間と過ごした幾千の今が、新たな町の新たな財産になるでしょう
 しかし、吟遊詩人を極めた時、真実ばかりではなく少しの嘘が必要だと分かったのです
 私はこの世界を光へ導いた発端となるべき存在へ、最大の敬意と謝罪をもってここを残します
 闇を恐れぬ方よ もしこれを伝えるべきだと思ったならば私の墓にはめ込まれた竪琴を外して下さい
 希望は光
 闇がなくては光の価値はないが、それを知る光は、光を知る事によってさらに輝く事ができるのです
 伝える時が訪れ、真実が明かされる希望を秘め、私はここに真実と共に眠り続けます』

「はぁ〜」
 俺はイトニーの翻訳を聞きながら、ため息じゃねぇけど、なんだか気が抜けちまう息を吐いた。『伝説や真実を後世に残す』という行為をある意味初めて行った奴が、俺と同じ気持ちを抱えて逝ったなんてさ。
 真実を伝えたいと、心の底から願っていたくせに。
「どうしよう…なぁ?」
「どうして私に聞くんです?外して公表してしまえば莫大な金が手に入るんじゃないですか?」
「ん…そうだよ……な」
 それこそ『あらぬ不安と混乱を招くから黙っておけば良い』じゃねぇか?
 俺は傭兵だ。金になる事は何でもこなせるって思ってた、が。
 この前の旅ですっかり変わっちまったな。昔だったら迷わず竪琴を外していたに違いねぇのに…。
「ねぇ、アレフさん」
 イトニーの深紅の瞳が青い光に照らされて神秘的な紫に輝く。その目が不思議そうに俺を覗き込むんだ。
「どうしてローラ様との縁談を蹴ったのですか?混乱を招かない為の嘘とは言え、貴方は魔族を束ねる者を滅ぼした存在です。国王はそんな力ある貴方と娘の縁談を、これからの政治や経済面での発展を見越して強力に押し進めていました」
 知っていた。知っていたさ。
 地方自治権と防衛力がラダトームに勝るメルキドや、魔法開発の最前線を行くリムルダールは虎視眈々と独立を望んでいるというか半独立状態だ。俺がローラと結婚することで生まれる『勇者の血筋を汲む王家』はそんな地域を従える格好の材料だ。
「金に困る心配もなくなるでしょうに、どうして貴方は傭兵に戻ったんですか?」
 金は欲しいさ。国王になれば金にも困らねぇのは分かる。
 でも
「傭兵を辞める気はねぇよ」
 そうだ。あの鬱々とした空気は苦痛だ。淡々とした日常では俺は生きていけない。
 俺は生きるために必要なものが金以外にあることを知ったんだ。
「俺に国王なんか似合う訳ねぇだろ?」
 イトニーが控えめに笑う。『そうですね』と目を伏せる。
「きっとローラ様も同じことを申されるでしょうね。『あたしに女王なんか似合う訳ないじゃん』…って」
 イトニーの声色はイトニーそのものだが、ローラが言う姿が簡単に想像できる。
「ははっ!そうかもな」
 女王の内面が暴かれた日にはラダトームは滅びるだろう。ガキっぽい本性を曝してしまえばいいのにと思うのに、あいつなりの責任感や真面目さの現れなんだろうな。己の地を隠して猫をかぶっているんだ。
 不思議な女だ。
「ローラ様から聞きましたよ。怒って出ていったって…」
 イトニーの囁きにやっぱりなぁと笑みの下でため息をつく。
「もう一度良くお話し合いになって下さい。お願いします!」
 下げられたイトニーの頭にもそうだが、俺はそのお人好しぶりに頭が下がるね。ローラに泣きつかれて俺を追って来たんだろうとは想像に容易いが、他人にそこまでしないだろって思ってしまう。ある意味、ここまでお人好しな存在は俺にとって異質に感じるほど珍しい存在だった。
 しかし…
 『お話し合い』の末に怒って出ていったんだがねぇ。
 ラダトームを出る直前の会話を思い出すが、なにぶんお互い凄まじい罵り合いで、内容などちっとも覚えちゃいない。ただ最後はローラが泣きだして会話にもならなかった。
 ぼろぼろ大粒の涙を流して、言葉はしゃっくりになっちまって、それでも手は俺の服をしっかりと掴んで…。
 そんなローラの態度が大嫌いだ。
 罪悪感がらしくもなく募るから…
「さぁ!ラダトームに戻りますよ!」
 ちょっと待て!俺に決定権無しなのか!?
 俺が驚いて反論する前に、下手から強引にスイッチを切り替えたお人好しの手が伸びる!
「…ぐわっ!マントを引っ張るな!首が…し、締まる!」
「リレミト、ルーラの直帰コンボで帰りますよ!」
「待ってく…れ!まだ留め金が…」
「私が自腹を切って差し上げます!」
 意識が遠退きそうな苦しみを味わいながら、俺は竪琴の音を聞いた。
 茶色の髪と瞳が青い光に濁されることなく、旅人の服をまとう男が石碑に腰掛けている。温和で優しい笑みを浮かべてこちらを見つめる彼が、吟遊詩人ガライなんだろうか?
 そうだとしたらなんで笑ってるんだ?
 癪に障るぜ。
 こっちは女の事で悩まされているというのに…。