イトニー

 物語や詩に綴られた愛の言葉は、作られたもの第三者の言葉です。
 告白も疑えば真偽のほどは窺い知れないものです。
 なら、どうすれば想いが届くものなのでしょうか?

 ■ □ ■ □

「ついに御結婚かぁ」
 一枚の手紙を太陽にすかして眺めても、さすがに内容を読み取ることはできないのです。でもローラ様から大体の内容は伺っているので読まなくても、何が書いてあるのかは分かるのです。
 アレフさんとローラ様が御結婚なさるそうです。
 羨ましい…。種族は違っても私とて女である事には違いありませんし、結婚には並々ならぬ興味と羨望を抱いているんです。美しいウエディングドレスに身を包み、愛しい人と永遠の愛を誓う……考えただけで頭が熱くなります!
「でも、どうしましょう…。ついに言う事ができませんでした」
 解雇を通達されてしまった事…。
 竜王様に直々に言い渡されたそれは、一週間後、つまりローラ様アレフさんの結婚式の日には竜王様の下で働くことができなくなるのです。今まで献身的にお仕えしてきましたし、何か間違いを犯してしまったとも考えましたが心当たりがありません。きっと私の知らないところや気が付かない事で、竜王様は私を必要としなくなったのかもしれません。
 か…悲しい………。自分で考えると尚更悲しく感じます。
「はぁ…」
 それでも残りの一週間は通常通りの執務の補佐の仕事があるので、通い慣れた廊下を重い足取りで進むのです。今まではものの数分で歩けた廊下は、一時間かかってもたどり着けないくらい遠く感じます。
 執務室の扉が見えてきた辺りで、なにやら執務室から話声が聞こえます。
「こんな忙しい時期に解雇を通達する必要があるのですか?」
「分かっているが、私は年中忙しいぞ?」
「それは…そうですが…」
 声からすると竜王様と死神の騎士殿のようです。
 死神の騎士殿は深紅の鎧を着込んだ大柄な方で、私よりも長くこの城に勤める古株です。少しぶっきらぼうなところがありますが賢く行動力のある方なので、部下の悪魔の騎士の方々だけでなく竜王様も信頼を置く方です。
 私は失礼ながら気配を消して扉の前で耳を澄まします。
「まぁ、私がイトニーに解雇を通達した理由はそなたにも話していなかったからな」
 その竜王様の言葉にギクリとします。その言い様から竜王様の独断で決められた事だと悟ったからです。
「私の補佐を四六時中しておっては、婚期を逃してしまうのではないかと思ってな。種族は違えどそなたも竜族の結婚事情は大体理解できるだろう?」
 確かにドラゴンは子供ができにくい種族なので未婚は決して許されません。
 どんなに寿命が長くても一生で産める卵は数個ですし、成人に達する事のできる子供はさらに少数です。徐々に衰退の兆しを見せている竜族であるから、結婚し子孫を残すという気質がほかの種族よりも強く残っているのです。
 実家に帰れば落ちこぼれであれ魔力の強い家柄に生まれた私が、縁談の話を聞かされない日はありません。未婚では責められる事はなくとも、冷たい目で見られる事は必死です。
「確かに…竜族はそのような気質が強いとは聞き及んでおります。しかし…お言葉を返すようですが、竜王様も似たようなものではありませんか?」
「なぜだ?」
「浮いた話一つなく執務をこなされるのは、部下である我々も大いに助かる事ですが…、竜族でも飛び抜けた実力を持つ貴方こそ未婚ではまずいでしょう?」
「やはり…そうなのか?」
 窺うような口調の竜王様ですが、私は扉の向こうから大きく頷きました。
 強い血を残すというのは、竜族の存亡の危機を軽減するのに大いに貢献する事柄です。竜族の老人達は竜王様が誰も娶らず執務をしていることに強い不満を抱いているのは事実ですし、多くの竜族が首を傾げていることも事実です。
 竜王様も婚期ギリギリの年齢でしょうしね。
「私は結婚したくないのだがなぁ」
「まぁ、本人の意思は本人のものですから、私が貴方の結婚についてとやかく言う立場ではありません」
 死神の騎士殿が姿勢を正したのか甲冑の擦れあう音が聞こえます。
「それよりもイトニーの解雇は控えた方がいいのではありませんか?後任の補佐候補もなく引き継ぎもなく、ただ今の補佐役を辞めさせるなんて……、しかも補佐がいない事により仕事面や精神面で苦労するのは竜王様なのですよ?」
「今、解雇せねばこのままズルズルと補佐をさせてしまいそうでな…」
「意志を翻すおつもりは無いと?」
 死神の騎士殿の問いの答えを聞くのが恐ろしい…。
 でも私は竜王様に問いただす勇気がないのも事実です。
 どうか…どうか、このままお傍に置かせて下さい……。
「イトニーは解雇する。その意志は変わらん」
 竜王様の感情のない言葉に、私は急所を強く殴られたような衝撃を受けたようによろめきました。
「判りました」
 死神の騎士殿の声が非情に感じます。
「ですが竜王様、一つだけ進言させていただきたい」
 しばらくして扉が開き死神の騎士殿が私を見上げると、少しだけ肩を竦めます。
 竜王様に頭を下げて扉を閉めると、その深々とかぶって表情も口元も窺えない兜の下から照れくさい声が響きました。
「精々頑張るのだな」
 甲冑を鳴らし廊下を歩いてゆく死神の騎士殿の背に、私は深々と頭を下げました。

 ■ □ ■ □

 アレフガルドでも前人未到の聖地という所は残っているとは文献で知っていました。
 しかし…これほど素晴らしい所とは想像していませんでした。
 切り立った崖が連なり、その下では低い山が抱える豊かな森が波打つ海のように広がっています。雄大な自然からぐっと視線を引き寄せれば、澄んだ湧き水が大きな岩の隙間から湧き出てせせらぎとなり、寄り添うように花が咲き甘く優しい香りを放っています。木々は青々と茂り、木の実は枝をしならせるほど大きく育ち、まるでお伽話の世界のようです。
 アレフガルドには滅多に見られない温暖な気候がこのような豊かな自然を生み出しているのでしょう。
「ここは南風が吹き込んでいるからな、アレフガルドでも珍しい植物や動物が多いのだよ」
 小さい魔物のお姿の竜王様が緩やかな傾斜の坂の上から降りてきました。
「ただ、アレフガルドの魔物は寒い方が好きだからな。この地に住む魔物はほとんどおらん」
 そこまでいうと人間の姿になっている私を窺うように見上げました。金色の瞳が不安そうに揺れます。
「やはり、退職記念にはならんか?」
「そんなことありません!すごい嬉しいです!!」
 竜王様と二人っきりで旅行だって事ですら舞い上がりそうなのに、竜王様が選んで下さった先がこんなに素晴らしい場所だなんて…。もう、何て申したら良いか…。
「そうか」
 竜王様が微笑むとゆっくりと先を歩き出しました。
 その背中を私も追いかけます。
 そう、死神の騎士殿が進言した内容は『長く仕えたイトニーに何かしら褒美を授けたらどうか』という内容でした。竜王様もそれなりに罪悪感を感じておられたのでしょう、その進言はあっさりと承諾されたのです。そしてつれてこられたのが、このアレフガルドの南端にある島なのです。
「イトニー」
「は、はい!」
 突然話かけられて心臓が飛び出しそうです!
 二人きりってだけでも緊張して緊張して息苦しいくらいなのに…。
「どうした?もう遺跡についたぞ」
 竜王様が足を止めた場所は何でもなさそうな小さめの洞窟でした。
 実はこの島には『聖なるほこら』という遺跡の伝説が残っております。私がローラ様の世話をしている時、竜王様が大魔道殿と虹を生み出す魔法陣を突き止めた場所だとも聞いております。
 竜王様の事ですから、やはり研究の一環でつれてきたのかもしれません。
 それでも、嬉しい事には変りはありませんけど…やっぱり、ちょっとだけ、がっくりです。
 すると竜王様は持ってきていた荷物からたいまつを取り出して、そっと火を灯しました。暖かい光が薄暗い洞窟の闇をさらに深くして奥に追いやります。
「私達にはたいまつは必要ないと思うが、ここは明かりを灯しても見る価値があるぞ」
 竜王様は嬉しそうに言うと先に洞窟に踏み込みました。
 果てしなく深く感じるような暗い闇に赤く照らされる鍾乳洞。滑らかな光沢と真珠に見違えそうな白さを持つ鍾乳石の柱が、自然だけが生み出せる空間に圧倒されます。天井から落ちる雫と、糸のように小さい水の流れがこの洞窟を満たしています。
 ひんやりした空気にしか感じないのも、おそらくはたいまつの熱気のおかげかもしれません。
「凄いですね」
「いや、もっと驚くのはこれからだぞ」
 竜王様はいたずらっぽく笑うと、終点なのか洞窟の最奥で足を止めました。
 そこには石で作られた扉があり小さなガラスが複雑な模様を描くように美しく嵌められて、明らかに人の手が加わった形跡が認められます。竜王様はその扉を壊れ物を扱うようにそっと押しました。
 広くはないが決して狭くはない空間が扉の奥にありました。所狭しと書物が重ねられ、見た事のない物の方が圧倒的に多い魔法器具が置かれているのが、この空間を狭くしている最も大きな原因でしょう。地面に大きく描かれた魔法陣には見覚えがありました。
「これは…虹の力を生み出すための…」
 私が呟く声にたいまつを壁にかける竜王様が頷きながら答えます。
「そうだ、アレフと私が外界に出る際に使った、虹の力を生み出すための魔法陣だ」
 言いながら魔法陣を横切ると竜王様は一番奥にある壁に目を落とします。

 強き光があれば、太陽と雨でしか生み出せない虹は新しい形となるはず…
 全てを色つかせる光こそ虹と呼ぶに相応しいのではないか?
 実際光を屈折させることにより虹を生み出すのは確認済み…なのだが……
 強い光…私の手もとにある光だけでは足りないし…
 お手上げだ…もうやってられん。この研究は打ち切ってしまおう。

「これは…もしかしてロトの?」
 最後は諦めたような文面が見て取れるそれは乱暴に削りつけられていた。
「おそらくな…。ロトは我々が用いた『太陽の石』と『雨雲の杖』と『ロトの証』で作った虹の力とは違う、もっと強い虹を生み出そうとしたようだ。…が『強い光』というものが手に入らず完成することはなかったようだ。見てみろ、ここまで完成しているのにだ」
 取り出して見せた大きい羊皮紙の束は保存状態も良好で、数百年前に書き綴られたとは思えぬほど文字が美しく残っていました。書き連ねた計算書は悟りの書など比べ物にならない深い呪文への理解と、世界の気の流れや理を熟知してもたどり着けないような複雑さです。魔法の知識があればその内容の壮絶さは鳥肌が立つほどです。
 そして最後に記された『ロト』の署名に戦慄を覚えます。
「ロトは勇者より賢者と呼んだ方がしっくりする。私もこれを理解するのに一年くらい費やしたからな」
 解読するのすら大変なのに『理解』までたどり着いた竜王様も相当なものだと思いますが…。
「まぁ、強いかどうかは分からぬが私の手もとには光の玉がある」
 竜王様の楽観的な声に嫌な予感が脳裏を過ります。
「まさか…試してみるおつもりですか?」
「もちろんだ」
 満面の笑みで返される言葉に、忘れかけていた胃炎が再発する!
 キリキリキリと胃の機能がおかしく動いて変な音を立て、腹痛の痛みが体を走り抜けて立てなくなります。私はへたり込んだまま竜王様にすがりつきました。
「そんなのやめて下さい!死んでしまわれたらどうするんですか!!」
「全く、イトニーは心配性だな…。私の計算では最終的にこの虹の力は集約されて、結晶化するはずだ。だから爆発したり蒸発したりはせんよ」
 そう言うが早いか竜王様は体格に見合わない力で私を抱き上げると、すたすたと部屋から連れ出そうとします!抱き上げられるのは嬉しい限りでも、今はのんきに喜んでいられる状況ではありません!
「な…何するんですか!!?」
「光の玉を使うのだ。イトニーも危ないから一旦部屋の外で待っていると良い。光の玉の光は直接浴びると危ないが、ガラスなどを通した光ならば魔物でも危なくはないからな」
 ガラスの嵌め込まれた扉の横に下ろされた私は、羊皮紙の計算書を抱えたまま閉じられた扉を見つめるしかありません。
 危険でなければ…良いのですが…。
 ドラゴンではなければ聞き取れないような小さい音が聞こえます。金属を軽く叩くような済んだ音が洞窟中に響き渡り、荘厳な音楽のように耳に届きます。呪文の発動時にはよく聞かれる空気の振動でしたが、ここまで美しい音色のように聞いたのは初めてです。
 不安で改めて扉を見ると、扉から金色の光が漏れ出しています。
 金から徐々に白い光になると、引き絞られた矢を放つように閃光となって扉を突き抜けました!!
「…!」
 閃光は扉のガラスの複雑な屈折によって、幾千の光の糸になって洞窟に投げかけられ
 水に濡れた鍾乳石の合間を鏡の反射ように乱舞し、光は磨かれ川に虹色の光を映し
 交わっては光は強く、離れては光は鋭く
 洞窟でありながら、影がなくなってしまうほど強烈な光と虹の生み出した空間
 自分の手すら見えなくなるようなそこは、暖かく眠気すら感じる安心感を感じます
 耳を打つ音色が一際高く強く響くと、鍾乳洞の高い天井に光が集い集約され…
 水滴が落ちる音を最後に全ての音が消え去りました
「どうだった?」
「凄かったです…」
 扉からひょっこり顔を出した竜王様の声に、私は上の空というか心ここにあらずと言った風に答えました。
「大丈夫か、イトニー? それよりも虹の力の結晶はできたか?」
 私の心配と実験の結果の心配を一緒にされて、申し訳ないけれど苦笑してしまいます。
 全く…本当に心配していらっしゃるんですか?
 竜王様は少し高い鍾乳石に飛び乗ると、辺りを見回して一点に視線を留めた。その留めた視線の先にずんずんと近付く竜王様を目で追うと、どうやら私が見た光が集約された天井の真下のようです。
「おぉ!凄いな!ちゃんとできて……る?」
 歓声の最後が疑問系ですよ、竜王様。
 何かあったのでしょうか。首を傾げる竜王様は屈み込むとまっすぐ私の元に戻ってきます。
「これが虹の結晶なのだろうか?雨雲の杖より頼りないぞ」
 竜王様が私の目の前で包み込んだ手のひらを開くと、そこには虹色の光を放つ液体がありました。美しい真っ白な光が七色の輝きになってゆく美しい…液体です。ふるんと動きますから間違いないでしょう。
「摘んでみても良いですか?」
「あぁ…」
 そっと摘むと弾力を感じないながらも形は維持できるようで、雫のような形になりながら虹の液体はつまみ上げる事ができました。なんだか…スライムのようですね。いえ…虹の液体はすっごく水っぽいんですけど、なんだか質感というか雰囲気といいますか…。
 虹の結晶よりも虹の雫と言った方が正しい気がします。
「全く…宝石のような物になると思っておったのに……」
 竜王様がとっても残念そうに言います。
 その顔があんまりにも残念そうなので、思わず声を殺してですが笑ってしまいます。
「あまり笑わんでくれ…」
「すみません…。あまりにも悔しそう…というか残念そうな顔なので、つい」
「全くだ…。本当はこれをあげるつもりだったのに…」
 …?
「今までの礼には足りな過ぎるかもしれんが、虹の結晶なら相当綺麗な物なのではないかと思ってな…。ちゃんとした宝石であったなら、アクセサリーの類いとか…婚約指輪とかで使えるかもしれんと思っていたのだが…。これでは…なぁ」
 ……
 ……
 あのぉ…その言葉の意味ってどう受け取れば良いんでしょうか?
 竜王様の金色の目が恨めしそうに虹の雫に向けられると、ため息をつきながら私に手を差し出した。
「もっとマシな物を用意する。カッコつける訳ではなかったが、これを褒美としてやるには間抜け過ぎるだろう」
 竜王様が怪訝な顔をしました。
 私が虹の雫を手放さないし、笑っているからでしょう。
「竜王様は虹の結晶を私にプレゼントする気だったんですよね?」
 覗き込むように訊ねると竜王様が苦く微笑みます。
「まぁ、そうだ。だが、これでは女性が着飾るとかはできぬぞ?」
「良いんです。頂きます」
「だが…」
 私は荷物の袋から小さい調味料を入れる小瓶を取り出すと、私はさっと虹の雫を落とし込んでふたをすると、また小瓶を道具袋に放り込んだ!道具袋を抱きしめるように抱えると、尚も返して欲しそうに手を引っ込めない竜王様に、私は意地悪く睨みつけてみました。
「返しませんからね」
「分かった。好きにすると良い」
 竜王様は諦めたように部屋に戻るとたいまつを持って先を歩きはじめました。
 その後に続きながら、ふと思い出します。
「こんな時に話すのもおかしいですけど…アレフさんとローラ様の御結婚が正式に決まりました」
 言いそびれていました。
 だって死神の騎士殿と入れ替わりに入ったら、早速『出かける支度をするんだ』ですから、報告する暇もありませんでした。
「そうか…人間は早いな。歳を重ねるのも結婚するのも死ぬのも、まるで全力で走っているように急いでいるようだ」
 竜王様が呟くと足を止めてたいまつの炎を消す。もう地上の太陽の光が差し込む所まできていました。
「で、式はいつ挙げるのだ?」
「来週です」
「早いなぁ…。徹夜すれば研究も捗るだろうか?」
 考え込む竜王様に私は訊ねました。
「闇の衣を消滅させるのに、アレフさんとローラ様の結婚式に間に合わせなくても良いじゃないですか?」
「そうは言っても出来る事なら、イトニーが居る内に済ましてしまいたいのが本音だ」
 前に進み出てお顔を覗き込むと、私が見ている事にも気付かず深く考えている様子の竜王様です。
「私、来週には貴方に解雇されてしまうんですよ?」
 悠長に構えていて大丈夫なんでしょうか?
「研究に欠かせない資料の整理の仕方を分かっているのはイトニーだからな、それに執務に処理に際して私の決定を仰がなくてはなくてはならない書類の選定などもやってくれる訳だし、居てくれるとすごく助かるのだが…」
 あら?
 やはり本心は解雇はしたくないわけですか?
 竜王様が顔を上げると目の前に私の顔があるのにびっくりしたようですが、そのままため息をついた。
「仕方ない、死ぬ気で押し進めるほかあるまい。イトニーも最後の仕事が大変で申し訳ないが、付き合ってもらうぞ」
「あの、竜王様」
「なんだ?」
 見上げる竜王様が首を傾げます。
「私の気持ちを聞いてはおりませんでしょう?」
「やはり、解雇は不服か?」
 竜王様が眉をひそめるように訊いてきました。
「もちろんです。私は竜王様のお傍を離れるつもりは毛頭ありません。まだ公表もしておりませんのでしょう?ですからお傍に置いて下さい。お役に立ちます」
 私がきっぱり言い放つと、竜王様は戸惑ったように視線を彷徨わせます。
「しかし…それではイトニーが幸せになれんのではないか?」
「そんな事ありません。竜王様のお傍で仕える事ができるなら、それ以上の幸せはありません」
「それはお前がずっと私の補佐をしていたからだろう。私の元を離れれば新たな出会いがあるはずだ」
「私は竜王様以上の男性など見つからないと思っておりますわ」
 当然です。これだけ優しくて強くて想って下さる殿方がいるものですか!ある意味私は告白してるんですよ!
 竜王様も困り果てたように空を仰ぎ見ましたが、意を決したように私の目を見つめてきました。
「全く、私もいい部下を持ったものだ。事実無根の世辞をこんな真顔で言ってくれるなんてなぁ」
 頭の中が真っ白になります。
 もやは鈍感の極みと、無礼ながら面と向かって言えそうです。
「もう口で言っても理解していただけないなら……実力行使しかありませんよね?」
「……実力行使?」
 次の瞬間、竜王様めがけて私はありったけの魔力を瞬間的に右手に集め火炎球を放った!
 轟音に竜王様の背後にあった洞窟の入り口が崩落し、一部の岩が溶けたか蒸発したかで抉られています。もはやメラゾーマ級の火炎球を間一髪で避けた竜王様は放心しきった様子でその光景を眺めています。
 その竜王様の背後に立つと、びくりと小さな背中が震えて私を見上げる。
「まずは解雇宣言を撤回していただきます」
「まず…と言う事は……まだ他にもあるのか?」
 完全に脅えていらっしゃるのか、それともこのように暴力に出るなどと想像だにしていなかったのか、竜王様は恐る恐る訊ねてきました。しかし『まず』という所に気が付いて、私の告白は気が付いて下さらないのは、鋭いとおっしゃるべきか鈍感とおっしゃるべきか判断に悩みます。
 えぇ…と私は薄く唇を笑わせました。
「とっても…大事な事です」
 竜王様の黄金色の瞳が、何かに気が付いたように少しだけ見開かれました。素早く下がると本来の竜のお姿に戻り、翼を羽ばたかせ飛び立つ!
「すまんな、イトニー!アレフ達の結婚式まで一週間しかないし、研究を急がねばならん!じゃあな!」
「逃がしませんわよ!!」
 自分自身にピリオムをかけ素早さをあげると、私も竜の姿に戻って翼を羽ばたかせ風に乗る。大空を二つの影が駆け抜けて行きます。
 竜王様、私は諦めませんからね!!